第13話 セリナを守るために
草原を駆け抜け、森へ飛び込む。
木々の間には細い道が続いており、張り出した根を跳び越えながら、ボクは教えてもらった目印を探した。
目印は二つに分かれた大きな木。
道を進んでいると、右手にそれらしい木が見えてきた。
「あった……!」
太い幹が途中から二又に分かれている。
側では草が踏み倒され、折れた枝が地面に散らばっていた。
痕跡を辿りながら奥へ進むと、背負い籠が転がっていた。
中からはみ出している布に見覚えがある。
今朝、セリナがギルドで整えていたものだ。
「セリナ……!」
ボクは籠を残し、さらに奥へ走った。
木々の向こうに、灰色の岩が見えてくる。
「……離して!」
「っ!」
聞き覚えのある声に、足が速まった。
岩の間を抜けると、開けた場所に出た。
そこには、五体のゴブリンと、一回り以上大きな魔物がいた。
そして、その大きな魔物に腕をつかまれているのは――。
「セリナ!」
「レイン……!?」
ボクの声に、セリナが顔を上げた。
すぐに駆け寄ろうとしたけれど、ゴブリンが棍棒を振り上げて立ちはだかる。
「邪魔しないで!」
振り下ろされた棍棒を避け、剣を振り抜いた。
ゴブリンが倒れる。
そのままセリナへ向かうと、大きな魔物が彼女の腕を放した。
代わりに、太い棍棒が横薙ぎに振るわれる。
「うわっ!」
慌てて飛び退いた。
目の前を通り過ぎた棍棒が、近くの木にぶつかった。
鈍い音が響き、幹の表面が砕け散る。
……危なかった。
まともに受けたら、ただでは済まない。
「セリナ、こっち!」
ボクが呼ぶと、セリナが駆け寄ってきた。
けれど、途中で足がもつれ、倒れそうになる。
「大丈夫!?」
「う、うん……。でも、足に力が入らなくて……」
無理もない。
あんな魔物に捕まっていたんだから。
ボクはセリナを支え、近くの大きな岩まで連れていった。
「ここに隠れてて。すぐに終わらせるから」
「レイン、でも……!」
「大丈夫!」
安心させるように笑ってから、魔物たちへ向き直った。
ゴブリンが左右から近づいてくる。
セリナのところへ行かせるわけにはいかない。
先に飛び込んできた二体を斬り伏せると、残ったゴブリンたちが岩の方へ走り出した。
「あっ、そっちはダメ!」
急いで追いかけ、剣を振る。
最後のゴブリンが倒れたところで、セリナの声が響いた。
「レイン、後ろ!」
「っ!」
振り返ると、大きな棍棒が迫っていた。
横へ跳んだ直後、棍棒が地面を叩く。
土と小石が飛び散り、頬に当たった。
ボクは剣を構え直した。
残っているのは、あの大きな魔物だけだ。
ゴブリンよりずっと大きな身体。太い腕と、力強そうな脚。
確か、ホブゴブリンという魔物だったはず。
普通のゴブリンより強いとは聞いていたけれど……。
「……大きいなぁ」
思わず声が漏れた。
ホブゴブリンが、こちらを睨みつける。
ボクはセリナのいる岩から離れるように、ゆっくりと移動した。
*
「くっ……!」
棍棒を避け、ホブゴブリンの腕へ斬りつけた。
けれど、浅い傷がついただけだった。
相手は怯むことなく、続けて棍棒を突き出してくる。
「うわっ!」
慌てて後ろへ跳んだ。
……おかしい。
ヒートモスと戦ったときは、攻撃を避ければ反撃する余裕があった。
でも、このホブゴブリンは違う。
こちらが斬りつけても、すぐに次の攻撃が飛んでくる。
ホブゴブリンって、こんなに強いの?
「レイン……!」
岩の陰からセリナが顔を覗かせた。
「大丈夫! まだ出てこないでね!」
返事をした途端、ホブゴブリンが踏み込んできた。
棍棒を避け、今度は脚を狙う。
刃が食い込むと、ホブゴブリンが怒ったように吠えた。
「うわっ、ととっ!」
振り回された棍棒を避け、距離を取る。
傷はつけられる。
けれど、なかなか倒れてくれない。
どうしよう。
セリナを連れて逃げようにも、あの様子では走れそうにない。
もう少し、相手の動きを見ないと……。
「おい、レイン!」
「えっ?」
突然、聞き覚えのある声がした。
木々の間に立っていたのは、ダンだった。
「ダン!?」
どうしてここに?
ダンはボクを見るなり顔をしかめ、それから岩陰のセリナを見つけた。
「セリナ! 俺が助けに来たぞ!」
「ダン……?」
「下がってろ、レイン! ホブゴブリンなら、前にも森で倒してるんだよ!」
ダンが剣を構えた。
……え?
ホブゴブリンを倒したことがあるの?
こんなに強い魔物を?
だったら、ダンに任せた方がいいのかな。
でも……。
ボクは目の前のホブゴブリンを見た。
さっきから何度も斬りつけているのに、ほとんど効いていない。
いくらダンが強くても、一人で戦うのは危険な気がする。
「ダン! ボクが抑えるから、その隙に――!」
けれど、ダンは聞こえていないのか、そのままホブゴブリンへ駆け出した。
「くらいやがれっ!」
勢いよく振り下ろされた剣。
その一撃を、ホブゴブリンは棍棒で受け止めた。
ガンッ!
重い音が響く。
「……は?」
ダンが目を見開いた。
「な、なんで……?」
ホブゴブリンは、びくともしていない。
それどころか、棍棒を押し返し始めた。
「ダン! 離れて!」
「くっ……! こ、この野郎……!」
ダンが力を込める。
けれど、次の瞬間。
「ぐあっ!?」
ホブゴブリンの蹴りが腹に突き刺さり、ダンの身体が吹き飛んだ。
地面を転がり、仰向けに倒れる。
「ダン!」
ボクが駆け寄ろうとしたとき、ホブゴブリンが大きく跳び上がった。
両手で握った棍棒を、高々と持ち上げている。
その真下には、倒れたままのダンがいた。
「ひっ……!」
ダンが顔を引きつらせる。
このままじゃ、潰される!
「危ない!」
ボクは地面を蹴った。
ダンの腕をつかみ、力いっぱい引っ張る。
なんとか身体を引きずり出せた。
けれど――。
「っ!?」
避けきれなかった棍棒が、左腕をかすめた。
いや、かすめただけじゃない。
ものすごい衝撃が走り、身体が宙に浮いた。
「うわぁっ!」
地面へ叩きつけられ、息が詰まる。
起き上がろうとした途端、左腕に鋭い痛みが走った。
「いっ……!」
袖が破れ、血が流れている。
腕を動かそうとすると、肩まで痛んだ。
「レイン!」
セリナの悲鳴が聞こえた。
けれど、返事をする余裕はなかった。
ホブゴブリンが、もう次の棍棒を振り上げていたからだ。
「くっ……!」
必死に転がって避ける。
地面に棍棒がめり込み、土が跳ねた。
ボクはどうにか立ち上がり、右手で剣を構えた。
左腕が、ずきずきと痛む。
少し離れたところでは、ダンが尻もちをついていた。
「ダン! 早く逃げて!」
ダンはボクの腕を見た。
それから、ホブゴブリンを見上げる。
顔が真っ青になっていた。
「そ、そのまま囮になれ!」
「……え?」
耳を疑った。
ダンは立ち上がると、こちらに背を向けた。
「う、うわぁぁぁぁぁあ!!」
そのまま、森の奥へ走り去ってしまった。
「…………」
助けたばかりなのに。
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
ボクの後ろには、まだセリナがいる。
ホブゴブリンが、再び棍棒を構えた。
*
左腕が痛い。
このままじゃ、剣をまともに振れそうにない。
回復薬を飲まないと……。
ボクは少しずつ後退し、セリナの隠れている岩へ向かった。
「セリナ、もっと奥に下がって!」
「レイン、腕が……!」
「大丈夫! ちょっとだけ待ってて!」
ホブゴブリンが迫ってきたところで、岩陰へ飛び込んだ。
直後、棍棒が岩にぶつかり、大きな音が響いた。
ボクはポーチから回復薬を取り出す。
右手だけでは栓が開けにくく、セリナが手を貸してくれた。
「ありがとう!」
受け取った回復薬を、一息に飲み干す。
すると、左腕の痛みが少しずつ引いていった。
指を動かしてみる。
……うん。大丈夫そうだ。
「よかった……」
セリナがほっとしたように息をついた。
「まだ血が出てるかと思ったわ……」
「もう止まったよ」
ボクが腕を見せると、セリナは小さく頷いた。
けれど、すぐに不安そうな顔へ戻る。
「ねえ、レイン……」
「ん?」
「どうして……一人で来たの?」
岩の向こうから、重い足音が近づいてくる。
ボクは剣を握り直した。
「セリナが連れていかれたって聞いて……いてもたってもいられなかったんだ」
「……レイン」
「それに、セリナが無事でよかった」
そう言うと、セリナが何かを言いかけた。
けれど、岩の向こうから聞こえた唸り声に、ボクたちは顔を上げた。
ホブゴブリンが、こちらへ回り込もうとしている。
ここにいたら、セリナまで危ない。
「セリナ、もう少しここで待っててね」
「でも、レイン……!」
「大丈夫。ボクが前にいるから」
剣を構え、岩陰から出た。
ホブゴブリンが、こちらを睨みつける。
……怖い。
さっき腕を打たれたときの痛みが、まだ頭から離れない。
でも、逃げるわけにはいかない。
後ろには、セリナがいるんだから。
ボクは剣を握り直した。
ホブゴブリンが、棍棒を持ち上げる。
今度こそ、倒さないと。
そう思いながら、ボクは地面を蹴った。




