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第12話 セリナの行方


 薄く切ったヒートモスの肉を焼き始めると、台所に香ばしい匂いが広がった。

 ボクは母さんの隣で、ペッパーマッシュを切り分けていく。包丁を入れるたびに、洞窟でも嗅いだ、少しつんとする香りが漂ってきた。


「母さん、このくらいの厚さでいい?」

「ええ、ちょうどいいわ。切れたものから、こっちへお願いね」


 母さんが鍋の中の肉を寄せてくれたので、空いたところへキノコを入れる。

 じゅうっと音がして、白い切り口に肉の脂が染み込んでいった。


「わあ、おいしそう!」

「ふふっ。レインが採ってきてくれたんだもの。おいしく作らないとね」


 母さんが木べらで肉とキノコを混ぜ合わせる。

 ボクが使い終わった道具を洗っている間に料理ができあがり、二人で食卓へ運んだ。


「いただきます!」


 まずは、ペッパーマッシュを一切れ。

 口に入れて噛むと、染み込んだ肉の旨みが広がった。

 そのあとから、舌がぴりっとする。


「……あ、本当に辛い!」

「大丈夫?」

「うん! これくらいなら平気。母さんも食べてみて」


 母さんも小さく切ったキノコを口へ運んだ。


「あら、おいしい。思っていたより食べやすいわね」

「でしょ? お肉と一緒に食べると、もっとおいしいよ!」


 今度は肉とキノコを一緒に頬張る。

 脂の甘みと、キノコのぴりっとした辛さ。

 うん。やっぱりおいしい!

 パンをちぎって食べると、これがまたよく合った。


「これ、パンが進むね」

「ええ。つい食べすぎてしまいそう」


 母さんが楽しそうに笑う。

 ボクもつられて笑いながら、もう一切れキノコを取った。


「そういえば、ヒートモスも洞窟でこれを食べてたんだよ」

「あら、そうなの?」

「うん。せっかく見つけたのに、目の前で食べられちゃって」

「ふふっ。それで、レインも食べてみたくなったのね」

「そういうこと!」


 母さんは笑っていたけれど、ふと何かを思い出したように顔を上げた。


「そういえば、そのヒートモスとはどこで戦ったの?」

「洞窟の外だよ。中だと避けにくそうだったから、広いところまで下がったんだ」

「そう……。怪我がなくてよかったわ」


 母さんの視線が、ボクの手元へ向けられる。


「大丈夫だよ、母さん。ほら!」


 両手を広げて見せると、母さんは小さく笑った。


「ええ。でも、こうして話を聞くと、やっぱり心配になっちゃうのよ」

「……うん。心配かけてごめんね」

「謝らなくていいの。ただ、これからも気をつけてね」

「うん!」


 ボクが頷くと、母さんは安心したように微笑んだ。

 そのあとも、今日の洞窟での出来事を話しながら、二人で夕飯を楽しんだ。


 *


 食事の片付けが終わったところで、ボクはポーチからヒート石を取り出した。


「そうだ、母さん。これも見て!」

「あら? 何かしら」


 差し出した石を、母さんが受け取る。


「あら、温かい……!」

「ヒートモスから取れたんだ。母さんにも見せようと思って、持って帰ってきたの」

「これがヒート石なのね。加工されたものしか見たことがなかったわ」


 母さんは興味深そうに石を眺め、手のひらで転がした。


「ボク、最初は日に当たって温まってるだけかと思ったんだ」

「ふふっ。見た目は普通の石だものね」

「そうなんだよね」


 母さんから返してもらったヒート石は、相変わらずほんのり温かかった。


「これ、加工してもらうには誰に頼めばいいのかな?」

「そうねえ……。ギルドで聞いてみたらどうかしら?」

「あ、そっか! セシリアさんなら知ってるかも」

「ええ。今度、聞いてみるといいわ」

「うん!」


 ヒート石をポーチへしまい、今度は今日受け取ったお金を取り出した。

 母さんが隣へ椅子を寄せてくれる。


「今日はどのくらい貯金する?」

「そうね。まずは、手元に残す分を決めましょうか」


 二人で相談しながら、お金を袋へ分けていく。

 こうして少しずつ貯めていけば、いつか母さんともっと広い家に住めるかもしれない。

 そんなことを考えていると、隣で母さんが小さくあくびをした。


「あら、もうこんな時間」

「母さん、今日はもう寝ようか」

「そうね。明日もお仕事だもの」


 袋を片付け、椅子から立ち上がる。


「おやすみ、母さん」

「おやすみなさい、レイン」


 ボクも寝床へ向かった。

 明日は、いつもの草原で魔物を狩ろう。

 そう考えながら、布団に潜り込んだ。


 *


 翌朝。

 冒険者ギルドへ入ると、受付の近くに見覚えのある赤い髪が見えた。


「あ、セリナ!」


 声を掛けると、セリナがこちらを振り向いた。


「あら、レイン。おはよう」

「おはよう! 今日は採取に行くの?」


 セリナの足元には、大きな背負い籠が置かれていた。


「ええ。これから森へ行くところよ」

「森? 何を採りに行くの?」

「ドロップリーフと呼ばれている薬草よ。お母さんの薬に使うの」

「エリナさんの?」

「うん」


 昨日、薬屋へ行ったときには、エリナさんの姿を見かけなかった。


「エリナさん、具合はどう?」

「今は薬を飲んで、家で休んでるわ。だから、今日はちゃんと採って帰りたいの」

「そっか……。見つかるといいね」

「そこは大丈夫よ。私には『薬学眼』があるもの」


 セリナが少し得意そうに胸を張った。


「ドロップリーフは私が見つけるから、護衛の人には魔物を警戒してもらってるの」

「へえ。じゃあ、いつも護衛の人と一緒に行くんだ?」

「ええ。普段はCランクの女の人にお願いしてるんだけど、今日は都合が悪くて来られないの。だから、代わりの人たちを待ってるところ」


 そう言って、セリナが入口へ目を向けた。

 ちょうどそのとき、奥の受付から三人の冒険者が歩いてきた。


「セリナさん、お待たせしました」


 セシリアさんが、三人を連れてやってくる。


「本日、護衛を担当する方たちです」

「よろしくお願いします!」


 セリナが頭を下げると、三人のうち一人が頷いた。


「ああ。薬草採取の護衛だな。準備はできているか?」

「はい!」


 セシリアさんが受付に依頼書を広げた。


「今回はDランクの方が二名、Eランクの方が一名です。出発前に、採取場所と依頼内容を確認してくださいね」


 三人とセリナが依頼書を覗き込む。

 邪魔にならないように、ボクは少し離れたところで掲示板を眺めていた。

 しばらくすると、背負い籠を背負ったセリナが戻ってきた。


「それじゃあ、行ってくるわね」

「うん! ドロップリーフ、たくさん見つかるといいね」

「ふふっ。そうね。レインは今日も洞窟?」

「ううん。今日は草原で狩りをするつもりだよ」

「そう。あんまり遅くならないようにね」

「セリナもね!」

「分かってるわよ」


 セリナは笑いながら手を振り、護衛の三人と一緒にギルドを出ていった。

 ボクも依頼掲示板から目を離し、草原へ向かった。


 *


 草原には、昨日より少し強い風が吹いていた。

 背の高い草が揺れるたびに、あちこちでスライムの姿が見え隠れする。


「あ、いた!」


 見つけたスライムへ近づき、剣を振る。

 ぷるんとした身体が崩れ、小さな魔石が残った。

 それを拾ってポーチへしまい、次の魔物を探す。

 しばらく歩いていると、今度はアルミラージが飛び出してきた。


「おっと!」


 突き出された角を避け、着地したところを斬りつける。

 アルミラージが倒れたのを確かめ、素材を回収した。

 うん。今日も順調だ。

 そのまま草原を歩いていると、遠くに森が見えてきた。

 セリナたちは、今頃あの森で薬草を探しているのかな。

 無事に雫草が見つかるといいんだけど。


「……あっ!」


 目の前の草が揺れ、アルミラージの長い耳が飛び出した。

 ボクは森から目を戻し、剣を構えた。

 昼には持ってきたパンを食べ、少し休んでから狩りを再開する。

 そのあともスライムやアルミラージを倒し、日が傾く前に王都へ戻った。


 *


 ギルドの扉を開けた瞬間、聞き覚えのある声が響いた。


「それで、娘はどこにいるんですか!」

「……え?」


 思わず足を止めた。

 受付の前に立っていたのは、ルーカスさんだった。

 いつも穏やかなルーカスさんが、今はひどく取り乱している。

 眼鏡がずれ、受付台を握る手も震えていた。

 その向こうには、三人の冒険者がいる。

 朝、セリナと一緒に出発した人たちだ。

 けれど、一人は肩に包帯を巻かれ、椅子に座っていた。

 ほかの二人も服が汚れ、疲れ切った顔をしている。

 そして――。

 セリナが、いない。


「ルーカスさん……?」


 声を掛けると、ルーカスさんが振り向いた。


「ああ、レインくん……!」

「何があったんですか? セリナは?」


 ルーカスさんの唇が震えた。


「セリナが……魔物に連れていかれたそうなんだ……!」

「……え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 セリナが、魔物に?

 ボクは護衛の三人へ目を向けた。


「どういうことですか!?」


 朝、セリナに声を掛けていた冒険者が、悔しそうに拳を握った。


「採取中に襲われたんだ。ゴブリンが五体と、ホブゴブリンが一体……!」

「ホブゴブリン……?」

「ああ。俺たち二人で止めようとしたが、押し切られた。その間に仲間がゴブリンに斬られて……」


 隣にいた冒険者が、俯きながら続けた。


「その隙に、あの子がホブゴブリンに捕まったんだ。追いかけようとしたが、残ったゴブリンに邪魔されて……」

「そんな……!」


 ルーカスさんが、受付台を強く握り締めた。


「三人もいて、どうして……!」

「……すまない」


 冒険者は深く頭を下げた。


「仲間も歩けなくなっていた。二人で支えて戻るしかなかったんだ……」


 椅子に座っている冒険者は、青い顔で俯いている。

 肩の包帯には、赤い血が滲んでいた。

 セシリアさんが、真剣な表情で口を開く。


「襲われた場所を教えてください。セリナさんが連れていかれた方向も、分かりますか?」

「ああ……!」


 冒険者が受付に広げられた地図を指差した。


「草原側から森へ入って、この道を進んだところだ。途中に幹が二つに分かれた大きな木がある」


 ボクも地図を覗き込む。


「その木から、どっちへ行ったんですか?」

「右手の奥だ。岩が重なった方へ向かっていった」

「……右手の、岩場」


 ボクは地図を見つめた。

 森の入口。

 二つに分かれた大きな木。

 その右手にある岩場。


「その木は、道から見えますか?」

「ああ。すぐ脇に立っているから、分かるはずだ」


 ボクは頷いた。

 その隣で、ルーカスさんがセシリアさんへ深く頭を下げる。


「お願いします……! 娘を、セリナを助けてください!」


 朝のセリナの顔が浮かんだ。

 母さんの薬に使うから、今日はちゃんと採って帰りたい。

 そう言って、笑っていた。

 なのに、今は森のどこかで魔物に捕まっている。

 ……早く助けないと。


「レインくん?」


 セシリアさんの声が聞こえた。

 気づけば、ボクは出口へ向かって走り出していた。


「レインくん、待って! 一人では危険です!」


 後ろから声が追いかけてくる。

 けれど、足を止められなかった。

 セリナが連れていかれてから、どのくらい経っているんだろう。

 早く。

 少しでも早く、助けに行かないと!

 ボクは人通りの少ない路地へ入り、王都の外へ向かって駆け出した。


 *


「何があった?」


 ギルドの奥から、低い声が響いた。

 セシリアが振り返ると、そこにはギルドマスターのゼストが立っていた。


「ギルドマスター……!」

「騒ぎが聞こえた。何が起きた?」

「薬草採取の護衛が魔物に襲われ、依頼人の娘さんが連れ去られました。それと、レインくんが一人で救助に向かってしまって……」

「レイン? 報告にあった、あの少年か?」

「はい」


 ゼストは一瞬、出口へ目を向けた。

 けれど、すぐに受付へ歩み寄り、護衛たちから事情を聞き始めた。

 襲撃場所を確認すると、ルーカスへ向き直る。


「救出依頼はギルドで引き受けよう。すぐに人を向かわせる」

「あ、ありがとうございます……!」


 ルーカスが深く頭を下げた。

 ゼストは周囲の冒険者たちへ声を張り上げる。


「Dランク以上で、今すぐ動ける者はいるか! 森へ救助に向かってほしい!」


 掲示板の前にいた冒険者たちが顔を上げた。


「俺なら行けるぞ!」

「私も行きます!」


 何人かが手を上げ、受付へ集まってくる。


「報酬はギルドからも出す。人命が懸かっている。準備ができた者から集まってくれ!」


 ゼストが地図を広げ、襲撃場所と目印を伝える。


「それと、先に向かった少年が一人いる。見つけたら合流させろ。決して単独で戦わせるな!」

「了解!」


 冒険者たちが慌ただしく準備を始めた。

 その様子を見ながら、セシリアは近くの職員へ声を掛ける。


「マリアさんにも知らせてください。レインくんが森へ救助に向かったと」

「分かりました!」


 職員が急いでギルドを出ていく。

 セシリアは、受付の前に立ち尽くしているルーカスへ歩み寄った。


「ルーカスさん、こちらへお掛けください」

「ああ……すまない……」


 ルーカスは椅子へ腰を下ろしたが、その視線は何度もギルドの入口へ向けられていた。

 そんな騒ぎを、少し離れた柱の陰から眺めている少年がいた。

 ダンだ。


「……チッ」


 忌々しそうに舌打ちをする。


「レインの野郎……。セリナは俺の物だ」


 ダンは腰の剣に手を掛け、ギルドの出口へ向かった。

 レインなんかに、いいところを見せられてたまるか。

 そんな思いを胸に、ダンも森へ向かって走り出した。


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