第11話 ペッパーマッシュの採取
朝食の食器を片付けていると、母さんが食卓に包みを置いた。
「はい、レイン。お昼のパンよ」
「ありがとう。今日は何が入ってるの?」
「開けてからのお楽しみ」
包みに伸ばしかけた手を止めると、母さんが笑った。
ボクも笑いながら、そのままポーチへしまう。
腰に疾風の鉄剣を差し、玄関で靴を履いた。母さんも仕事へ出かける支度を終え、後ろからやってくる。
「ギルドで、いい依頼があるといいわね」
「うん。行ってから決めるよ」
外へ出て、母さんが鍵を掛けるのを待つ。
通りには焼きたてのパンの匂いが漂っていた。朝ご飯を食べたばかりなのに、つい匂いのする方へ顔を向けてしまう。
「お昼の分まで、途中で食べないでね」
「食べないよ。ちゃんと取っておくって」
母さんと並んで歩き、道が分かれるところで手を振った。
今日はどんな依頼があるだろう。
そう考えながら、冒険者ギルドへ向かった。
*
依頼掲示板の前で、人が通れるように少し横へ寄る。
並んだ紙を順に見ていくと、キノコの絵が描かれた依頼書を見つけた。
「ペッパーマッシュ……」
丸い傘に、細かな茶色の斑点がある。
依頼主は王都のレストランの料理長。必要な数は七個で、買取代金は銀貨七枚。それとは別に、依頼を終えれば銀貨二枚を受け取れるらしい。
合わせて九枚だ。
採れる場所を読むと、いつも魔物を狩っている草原を抜けた先の洞窟と書いてあった。
ボクは受付へ向かった。
「おはようございます、セシリアさん。ペッパーマッシュの依頼を受けたいんですけど」
「おはようございます、レインくん。採取場所のことは確認しましたか?」
「はい。草原の先にある洞窟ですよね」
「ええ。ただ、あそこにはヒートモスがいますから、気をつけてくださいね」
セシリアさんが資料を開き、こちらへ向けてくれた。
そこには、丸い鼻をした、ずんぐりと大きな魔物が描かれていた。短く太い脚で身体を支え、背中は赤い毛に覆われている。
「これがヒートモスです。ペッパーマッシュが好物なんですよ」
「食べられるキノコなんですね」
「はい。ぴりっとした辛さがあって、料理に使うとおいしいそうです。人気はあるんですが、誰でも気軽に採りに行ける場所ではありませんから」
ボクは絵へ目を戻した。
前から向かってこられたら、道を塞がれてしまいそうな身体だ。
「この魔物も、E級なんですか?」
「分類はそうですが、強さはD級に近いですね。突進をまともに受けないようにしてください。一人で安定して倒せるなら、Dランクでもやっていけると言われる相手です」
短い脚でも、動きが遅いとは限らない。
ボクはヒートモスの姿を覚えてから、キノコの見分け方と洞窟への道を教えてもらった。
「暗いところまで探しに行かなくても、採れますか?」
「入口に近い辺りにも生えていますよ。見つからないときは、無理に奥へ進まないでください」
「分かりました」
手続きを済ませ、戻ってきた冒険者カードをポーチへしまう。
ギルドを出ると、朝の光が通りの石畳を照らしていた。
*
草原を進むにつれて、街を行き交う人の声が聞こえなくなった。
風に揺れる草の間を歩き、ときどき足を止めて周りを見渡す。
湖へ向かう道を離れ、教わった方へ進むと、やがて草の間に石が目立ち始めた。
その先に、低い岩場が続いている。
ボクは歩く速さを落とした。
岩の重なりにできた暗い穴が、少しずつ大きく見えてくる。
あれが洞窟だ。
入口の前には踏みつけられた草があり、土の上に蹄の跡が残っていた。
剣の柄へ手を添え、横の岩陰から中を窺う。
ひんやりとした空気が頬に触れた。湿った土の匂いがする。
外の明かりが届く岩壁の下に、白っぽいものがいくつも並んでいた。
丸い傘と、茶色の斑点。
ペッパーマッシュだと思う。
もう少し近づいて確かめようとしたとき、奥で石の転がる音がした。
ボクは足を止める。
暗がりの中から、丸い鼻が現れた。
鼻先を地面へ寄せ、ふんふんと動かしている。太い脚が一歩進み、その背中へ光が当たった。
赤い。
資料の絵と同じ魔物だった。
ヒートモスは壁際のキノコに口を寄せると、傘ごとかじり取った。
もぐもぐと口が動く。
すぐ隣の一本にも鼻を近づけたので、ボクは思わずそちらを見た。
……それも食べちゃうのかな。
ヒートモスが顔を上げた。
こちらと目が合う。
口を動かすのをやめ、低く鼻を鳴らした。
ボクは剣を抜きながら、洞窟の外へ下がる。入口のすぐ横には岩があるけれど、その先は開けていた。
ヒートモスが身体をこちらへ向けた。
前脚が土を掻く。
次の瞬間、大きな身体が飛び出してきた。
「……っ!」
横へ跳ぶと、鼻先がすぐ脇を通り抜けた。
蹄の音が響き、土が跳ねる。
思っていたより、ずっと速い。
ヒートモスは地面を削りながら止まり、こちらへ向き直った。
ボクも足を動かし、背後の岩から離れる。
もう一度、魔物が鼻を下げた。
剣を握り直す。
重い足音が近づいてきたところで横へ踏み込み、すれ違いざまに剣を振った。
刃が通り、腕へ手応えが返ってくる。
ヒートモスの脚がもつれた。大きな身体が傾き、土の上へ倒れ込む。
ボクはすぐには近づかず、剣を構えたまま様子を見た。
赤い背中が動かなくなる。
やがて身体が消え始めたので、ようやく息を吐いた。
「……よかった」
足元には、蹄が掘り返した土が散らばっていた。
あれに正面からぶつかられていたら、立っていられなかったと思う。
洞窟の方も確かめ、ほかに出てくる魔物がいないのを見届けてから剣を収める。
ヒートモスのいた場所には、小さな魔石と肉、それに赤茶色の石が残っていた。
肉は、白い脂の筋が入った大きな塊だ。
先に魔石と肉をポーチへしまい、最後の石へ手を伸ばす。
「……あれ?」
指に触れた石が温かい。
拾い上げると、手のひらにもじんわりと熱が伝わってきた。
日向にあったからだろうか。
裏返してみたけれど、土に触れていた側も温かかった。
少し眺めてから、ほかの素材と同じようにポーチへしまう。これは帰ってから、セシリアさんに聞いてみよう。
*
洞窟の入口へ戻り、まずは奥の音に耳を澄ませた。
蹄の音も、鼻を鳴らす音も聞こえない。
明かりの届く範囲を確かめてから、壁際へしゃがんだ。
ペッパーマッシュの傘には、土とは違う小さな斑点が散っている。柄や傘の裏も、受付で教わった特徴と同じだった。
一本を採り、土を軽く払う。
鼻を近づけると、湿った土の匂いに混じって、少しつんとする香りがした。
これを料理に入れたら、どんな味になるんだろう。
依頼の分を先に数え、ポーチへ収めていく。
ヒートモスがかじったものを避けると、入口の片側だけでは足りなかった。立ち上がって周りを見渡し、向かい側の岩壁の下も探す。
そこにも、小さなまとまりになって生えていた。
七本目を採ったところで、数を確かめる。
傘の欠けていないものが、きちんと七本揃った。
近くには、まだ採れそうなものがある。
ボクはその中から二本を選んだ。
「これは、母さんと食べる分」
依頼の分と合わせて九本。
ポーチへしまい、来た方へ引き返す。洞窟を出ると、草原の風が頬を撫でた。
振り返れば、入口の奥は暗く続いている。
用事は済んだし、今日はもう帰ろう。
岩場から離れ、見通しのいい草地まで戻ったところで、昼食にした。
母さんの包みを開くと、切り込みを入れたパンにチーズが挟んであった。
「あ、チーズだ」
一口かじると、パンの甘みにほどよい塩気が重なった。
膝の上に包みを広げ、残りを落とさないように持ち直す。
さっきは大きな身体が迫ってくるのを見ていたのに、今は風に揺れる草ばかりだ。
ゆっくり噛んでいるうちに、剣を握っていた手の力も抜けてきた。
食べ終えた包みを畳み、立ち上がる。
王都へ続く道の向こうを、荷車が小さく動いていた。
*
「お帰りなさい、レインくん」
「ただいま戻りました。ペッパーマッシュ、採れました」
受付へ冒険者カードを出し、キノコを七本並べる。
セシリアさんは傘と柄を確かめ、順に数えていった。
「はい、七個ですね。きれいな状態で採ってきてくれましたね」
「料理長さんに渡すものだから、傘が欠けていないのを選んだんです」
「喜ばれると思いますよ」
セシリアさんがキノコを受け取ってくれたので、今度はヒートモスの素材を取り出した。
「それと、これもお願いします」
「ヒートモスにも遭遇したんですね。怪我はありませんか?」
「はい。入口から出てきたところを倒しました」
セシリアさんが素材へ目を落とす。
ボクは赤茶色の石を指した。
「これ、拾ったときに温かかったんですけど」
「ヒート石ですね。加工すると、懐に入れて身体を温める道具になるんですよ」
「カイロにするんですか?」
「ええ。この一体分で、十個ほど作れます」
もう一度、石を手に取ってみる。
洞窟の前で拾ったときと同じように、手のひらが温まった。
あの大きな魔物から、こんなものも取れるんだ。
「ヒート石は銅貨五枚で買い取れますが、こちらも売却しますか?」
「これは持って帰ります。母さんにも見せたいので」
「分かりました。お肉はどうします? こちらは銀貨五枚で買い取れますよ」
銀貨五枚。
ボクは肉の塊へ目を向けた。
貯金に回すには、嬉しい金額だ。
でも、ポーチには家で食べる分のキノコも入っている。
「……お肉も、今日は持って帰っていいですか?」
「もちろんです」
「ペッパーマッシュと一緒に食べてみたくて」
セシリアさんが笑顔で頷いてくれた。
肉と石をポーチへ戻し、魔石だけを買い取ってもらう。
続いて、依頼の分の硬貨が台へ並べられた。
「ペッパーマッシュの代金が銀貨七枚、達成報酬が二枚です。こちらで確認してください」
「はい。ありがとうございます」
九枚を数え、魔石の代金と一緒に袋へしまう。
朝より膨らんだ袋の口を結び、受付を離れた。
*
帰り道、薬屋の前を通りかかると、赤毛の女の子が入口の辺りを掃いていた。
この店の娘のセリナだ。ボクより二つ年上で、前からの知り合いでもある。
ボクに気づくと、箒を動かす手を止め、少し顔を上げてこちらを見た。
「レイン。今、帰り?」
「うん。セリナも、お店の手伝い?」
「見れば分かるでしょ。今日はどこまで行ってきたの?」
「草原の先の洞窟。ペッパーマッシュを採ってきたんだ」
セリナの眉が少し寄った。
「あそこ、ヒートモスがいるじゃない」
「いたよ。一体倒して、お肉も持って帰ってきた」
「……怪我してない?」
「大丈夫。ちゃんと避けたから」
ボクが両腕を軽く広げると、セリナは肩の辺りまで見てから息をついた。
「そう。それならいいけど、気をつけなさいよ」
「うん。ありがとう」
「別に、お礼を言うほどのことじゃないわ」
セリナは箒を持ち直した。
その後ろで扉が開き、セリナのお父さんで、この薬屋の店主でもあるルーカスさんが顔を出した。
茶色の髪を左右に分け、細い丸眼鏡を掛けている。ボクを見ると、穏やかな笑顔を向けてくれた。
「おや、レインくん。こんにちは」
「こんにちは。お仕事中にすみません」
「構わないよ。セリナと話していたのかい?」
「はい。でも、そろそろ帰ります。今日は夕飯の材料を持ってきたので」
「それなら、マリアさんも助かるね」
ルーカスさんに会釈し、セリナにも手を振る。
「じゃあ、またね」
「ええ。またね」
家へ着いたときも、空はまだ明るかった。
装備を外し、昼食の包みを片付けていると、やがて玄関で鍵の回る音がする。
「ただいま、レイン」
「お帰り、母さん。お昼のパン、おいしかったよ」
「よかった。ちゃんと休んで食べた?」
「うん。それとね、今日はお肉とキノコを持って帰ってきたんだ」
母さんが手を洗っている間に、台所へ持ち帰った食材を出す。
戻ってきた母さんは、キノコを見て目を丸くした。
「まあ、ペッパーマッシュじゃない。これ、どうしたの?」
「採取の依頼で採りに行って、家の分も二本だけ。こっちはヒートモスのお肉」
「ずいぶん立派なお肉ね」
母さんが肉の大きさを確かめる横で、ボクはキノコを並べた。
「一緒に焼いたら、おいしいかな?」
「そうね。薄く切って、炒めてみましょうか」
「ボクも手伝うよ」
母さんが前掛けをつける間に、ボクは手を洗いに行った。
あのヒートモスは、キノコをおいしそうに食べていた。
今度はボクたちの番だ。




