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多力本願

 素直に「素敵だ」と思える気持ちを持っていることは、なんと素晴らしいことだろうか。

 私は、そう思う人間である。


 今まで見聞きした中で、最も印象に残っていることは何か、と聞かれたら、私は「今です」と答えるだろう。

 過去に執着することも、未来に夢中になることもない。

 そういう意味で、私は「何かに取りつかれる性質」を持ち合わせていない。


 何かのファンになれること。

 何かを応援できること。

 それはごく当たり前の力なのかもしれないが、私にとってはうらやましい才能だ。


 毎日つらい労働があっても、夜に一杯の酒を飲み干すことで、その一日を忘れられる。

 それができるなら、それは立派な才能だ。


 毎日つらい勉学があっても、週に一度のデートがあり、夢中になれる相手がいることで、他に何もいらないと思えるのなら、それも才能だ。


 毎日つらい社会があっても、月に一度の旅行があり、そこで何かを食べ、何かを見て、日常を忘れられるのなら、それも才能だ。


 では、そのどれも持ち合わせていない人は、どうすればいいのだろう。


 酒も、異性も、旅行も。

 自分に熱を与えてくれるものを何一つ見つけられない人は、いったいどうやって、この世にあふれる嫌なことから目をそらし、生きる意味を見出せばいいのだろうか。


「この世にある嫌なことは、人が作り出しているものだと知ればいいんです」


 酒を飲み続ければ、いずれ体に不具合が出るかもしれない。

 誰かと付き合えば、浮気や裏切り、喧嘩が起きるかもしれない。

 旅行に出れば、危険に遭うこともあるし、時代の流れ次第では、どこにも行けなくなることもある。


「ごまかしを他人や物に預け続けていると、いずれそれらが、あなたの全部を決めてしまいますよ」


「……それでいいんですか?」


 彼女はそう言って、少しだけ首をかしげた。


「さて、そろそろ行きませんか。ここで話していても、何も始まりませんし。それに――」


 彼女は、まっすぐに僕の目を見た。


「この先をご一緒するのが、私ではご不満でしょうか?」


 僕は戸惑いながらも、ゆっくりと立ち上がった。

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