のっぺらぼう
「あなたー。鍋敷きの準備しておいてー」
炬燵に入ってテレビを見ている俺に妻が言った。
「もう準備してあるよ。俺が鍋運ぼうか?」
「大丈夫よ」と言いながら両手で鍋を持った妻が、そうっと鍋を置いた。
鍋の蓋を取ると、温かい湯気と旨そうな匂いが部屋に広がった。
「旨そうな鶏団子鍋だな」
「そうよ、今日は寒いからお鍋食べて温まろうね。ニラもたくさん入ってるからスタミナもつけて。お野菜や椎茸も好き嫌いしないでちゃんと食べてね。さっ、テレビは消して、食べましょう」
――俺の妻は、美人だ。
街を歩いていると、周りの男がもれなく二度見し、振り返るくらいに美しい。
妻を知る人は、「本当、お人形さんみたい」とか、「彫刻みたいに整ってて見とれちゃうわ」とか、「もう芸術的な美しさよね」などと言う。
妻自身はそんな自分の容姿を鼻にかけるようなことはなく、そんなふうに言われたときは、大きな口ではにかんで、笑った。
俺と妻は向かい合って、ニラや野菜がたくさん入った鶏団子鍋をつついた。
俺ももちろん妻の顔は好きだから、向かい合って妻の顔を見ながら食事をすることに日々、幸せを感じている。
「――今さ、テレビで怪奇特番やってたよ。――おっ、鶏団子旨いなぁ」
「あら、冬なのに珍しいわね。――ほら、椎茸もお野菜も食べなさい」
妻は俺の取り皿に野菜と椎茸を入れた。
「実は俺さ、妖怪見た事あるよ。――俺、椎茸あんまり得意じゃないの知ってるだろ…」
俺は妻の取り皿に、仕返しとばかりにニラや豆腐や野菜を入れ、自分は鶏団子を頬張った。
「――もごもご。独身だった頃、呑んだ帰り路で、電信柱の下で蹲って泣いてる女の人がいてさ…」
「…………」
「こんな夜遅くにどうしたんだろうと思って、心配で声を掛けたんだよ」
「………」
「でも、声を掛けても返事しなくて、女の人はただ泣いてる。ハンカチを出しても受け取らないし。どうしようかと困ってたら、後ろから誰かが俺の方を叩いたんだ。……驚いて振り返ると、警官が立ってた。それで、事情を説明したら警官が笑うんだよ。何を笑ってるのか、俺は腹が立って警官に怒ったんだ。そしたら、警官が『ハンカチなんて渡しても無駄ですよ』って…」
「………」
「俺は『なんでだよ』って食ってかかった。すると警官の顔がどんどん崩れて…目と鼻が溶けて、口だけになって…、その顔で俺に言ったんだ。『………だって、その女性も私といっしょで……目も鼻もありませんよ』……って。振り返ると、女は口だけの顔で俺を見上げて笑ってた」
俺はぬるくなった鍋のスープをすすった。
「なーんて。…かなり酔ってたからさ。その日に見たテレビか夢と記憶がごっちゃになってるだけだろうけどね。だからそんな俯かなくても大丈夫だよ。ごめん、怖がらせちゃって」
お玉で鍋をかき混ぜると、湯気が立ちのぼった。
「ねえ、あなた…。その女の人って……」
うっすらとした湯気の向こうで妻が顔を上げた。
「こんな顔じゃなかった?」
目と鼻のない、口だけの顔で笑った妻の歯にはニラが挟まっていた。




