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受付嬢のうたた寝  作者: 雲丹猫
第1期
32/33

第10話ーおまもりー

ミランダが王城から戻ってきて、二ヶ月ほどが経った。


ギルドには、いつもと変わらない平和な日々が流れていた。


チリンチリン……。


ギルドの扉が開き、一人のノラが入ってきた。


久しぶりに帰ってきた彼は、懐かしいギルドの雰囲気にほっとしたような表情を浮かべている。


「あっ! ノラさん! おかえりなさい!」


ミランダが笑顔で迎えると、ノラは瞳を潤ませながら受付へ駆け寄った。


「ただいま……! 僕、上級冒険者になってから、なかなか帰って来られなくて……寂しかったです!!」


ノラは腕で涙を拭いながら訴えた。


「ふふっ! 私はノラさんが頼もしくなって、とっても嬉しいですよ!」


ミランダが微笑んでいると、奥からライデンが顔を出した。


「……前までの威勢はどうした」


泣いているノラを見て、ライデンが呟く。


「もう吹き飛ばすのは勘弁してください……」


ノラは以前の出来事を思い出し、ぞくりと身を震わせた。


そんなノラを見下ろしながら、ライデンは口を開いた。


「……お前の新しい装備を見繕ってある。後で防具屋と武器屋に行け」


「えっ……!?」


ノラは驚いて顔を上げた。そして、ぱあっと表情を輝かせる。


「ありがとうございます!!」


「ふふっ! ノラさん、よかったですね!」


「はい!!」


嬉しそうなノラを残し、ライデンは何事もなかったかのように自室へ戻っていった。


その後もミランダと話していたノラは、ふと彼女の指に光るものを見つけた。


「あれ? ミランダさん、その指輪……ライデンさんとお揃いですね」


「そうなんです! 通信用の魔法具なんですよ〜! 私が王城に行くときに、マスターからもらったんです……!」


ミランダは自分の指輪を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。


(……なんだ。ライデンさん、ちゃんと守ってたんじゃないか……)


ノラは、以前ライデンに言い放った言葉を思い出した。


(それなのに僕は……くっ! これ以上思い出すのはやめよう……!)


ノラはぶんぶんと首を振り、自分の頬をぱちんと叩いた。


「じゃあ、今日はこれで! また明日来ます!」


「はい! ノラさん、お疲れ様でした!」


ミランダが笑顔で手を振ると、ノラは元気よくギルドを後にした。


そして、入れ替わるように一人の騎士が姿を現した。


「やぁ、ミランダ」


「あれ? グレイ! 数週間ぶりだね! どうしたの?」


ミランダが駆け寄ると、グレイは穏やかに微笑んだ。


「今日はライデンに用があって来たんだ」


「そうなんだ! マスターなら奥の自室にいるよ!」


「そうか」


グレイはそう答えると、しばらくミランダを見つめていた。


「……何? 何か付いてる!?」


ミランダは慌てて自分の服や髪を確認した。


「いや、何でもない。だが、守ってみせるさ。君だけはね」


そう言って微笑むと、グレイはライデンの自室へ向かっていった。


(……なんで私を守るのよ……?)


ミランダは首を傾げた。


(騎士なら国を守るんじゃないの? 意味がわからない……)


グレイの言葉が理解できず、ミランダはしばらく悶々としていた。


⸻


コンコン……。


グレイはライデンの自室をノックし、扉を開けた。


「……何だ。お前か」


「そう言うな。大変なことになっていてね」


グレイは椅子に腰を下ろした。


先ほどまでの柔らかな表情が消え、真剣な眼差しに変わる。


「ドラゴンが、この国に向かってきているようだ」


「……誰の仕業だ」


ライデンの目つきが鋭くなった。


「わからない。だが、間違いなくこの国を攻撃するつもりだろう」


「……聖女の防壁があるだろう」


「ああ。だが、今回のドラゴンの攻撃には耐えられそうにない。聖女様はまだ、魔法を完全に使いこなせるわけではないんだ」


グレイは現在わかっている状況を説明した。


聖女の防壁だけでは、国を守りきれない可能性があるという。


「……そうか」


「ライデン。力を貸してくれないか」


ライデンは小さく頷いた。


「……わかった。いつだ」


「おおよそ一日後だ。すぐに支度をしてほしい」


あまりにも急な話に、ライデンは眉間に皺を寄せた。


「……待っていろ」


「ああ。俺は受付で待っているよ」


グレイは立ち上がり、部屋を後にした。


ライデンもすぐに自室を出ると、解体場へ向かった。


バーン!!


「うおっ!? なんだ!? 壊れるじゃねぇか!!」


勢いよく開いた扉に、ガドーが飛び上がった。


入ってきたのがライデンだとわかると、呆れた顔をする。


「……支度をしろ。ドラゴン討伐だ」


「おう! ……お、おおん!?」


ガドーは思わず聞き返した。


「ドラゴン!?」


「……準備ができたら外で待て」


それだけ告げると、ライデンは解体場を後にした。


「お、おい!!」


ガドーの声も聞かず、ライデンは銭湯へ向かっていった。


ガラガラ……。


銭湯の扉を開けると、そこにはのんびりとくつろいでいるローザの姿があった。


「あら〜? ライデンじゃない♡」


「……支度しろ」


鋭い目つきで告げるライデンを見て、ローザは何かを察したように口元を緩めた。


「あらあら……何かあったのねぇ♡」


「……ギルドにお前の防壁を作れ」


「はいはい♡ まったく、人使いが荒いんだから〜」


文句を言いながらも、ローザはゆっくりと立ち上がった。


その様子を確認すると、ライデンは再びギルドへ戻り、自分の支度を始めた。


⸻


「グレイ? 何かあったの?」


受付で待っているグレイを、ミランダが心配そうに見つめていた。


「ミランダが心配する必要はない。大丈夫だ」


「……そっか」


ミランダは少し安心したように微笑んだ。


そして、真剣な顔でグレイを見上げる。


「私にできることがあったら、何でも言ってね!」


その言葉に、グレイは少し困ったように微笑んだ。


「……助かるよ。おっと、そろそろかな。俺は外で待っているよ」


グレイはそう言うと、ギルドを出ていった。


しばらくして、支度を終えたライデンが受付に現れた。


ライデンはじっとミランダを見つめていた。


「……数日不在になる。ギルドを頼む」


「大変なんだね。任せて! ギルドは私とギルでちゃんとしておくから!」


ミランダは張り切った様子で答えた。


ライデンは少し心配そうに彼女を見つめると、ギルドの中を見渡した。


「……ネロはいるか」


その声に、ギルドの隅から小柄な女性冒険者がちょこちょこと駆け寄ってきた。


ネロだ。


彼女はよくミランダと一緒にお茶を飲んでいる、小柄な女性冒険者だった。


「……ここ……」


ネロが小さな声で答える。


「……お前に依頼だ。俺が不在の間、ミラの護衛をしろ」


「……わかった……」


ネロは小さく頷くと、ミランダのそばへ移動した。


「……頼んだ」


ライデンはそれだけ言い残し、ギルドを出ていった。


「そんなに急ぎの用事だったんだ……」


ミランダは突然の出来事に、少し呆然としていた。


(私が不安にならないように、ネロをそばに置いてくれたんだ……マスター、優しいなぁ……)


そう思うと、自然と笑みがこぼれた。


「ネロ、無理しないでね」


ミランダが微笑みかける。


「……大丈夫……」


ネロはミランダの横で三角座りをしながら、小さく返事をした。


(……ミランダは、わかってない)


ネロは静かに考えていた。


(護衛をつけなくちゃいけないくらい、大変なことが起こってる……)


そして、ミランダをちらりと見上げる。


(……私が、必ずミランダを守る……)


普段のネロは、ミランダとお茶をするために薬草採取の依頼ばかり受けている。


しかし、その実力は――


凄腕の上級冒険者であった。


その日、ギルドでは特に変わったことも起こらず、ミランダはネロと共にいつもどおりの日常を過ごしていた。


⸻


一方、その頃。


ライデンたちは王城で、ドラゴンへの対策を話し合っていた。


「おおよそ、明日の夕暮れ前にはドラゴンがこちらに到着するでしょう」


リオンの報告を聞き、聖女サオリは悲しそうに俯いた。


「陛下……申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりに……」


サオリが頭を下げると、国王は静かに首を振った。


「サオリが謝ることではない。こうしてライデンたちもいることだ。問題なかろうて」


「……ありがとうございます」


それでも申し訳なさそうにしているサオリの肩に、リオンがそっと手を添えた。


「誰の仕業なんだか……ったく」


ガドーがぼそりと呟く。


その言葉に、ライデンがじっと視線を向けた。


「誰の仕業かはわかりません。ただ、ドラゴンは南部からこちらへ向かってきているようです」


リオンが説明すると、その場にいた者たちは考え込んだ。


「南部……ねぇ〜。それなら、南にある国が怪しいわねぇ♡」


ローザが口を開いた。


「我々の国に敵対しようとしている国があるというのでしょうか……」


ニャオーン国は、他国からも一目置かれるほど強い勢力を持っている。


そのニャオーン国に敵対しようとする者がいるとすれば、よほどの愚か者だと思われても仕方がない。


「ま! 間違いなく馬鹿野郎だろうな! ははは!」


ガドーが豪快に笑った。


ライデンは呆れたように小さく息を吐いた。


「グレイよ。国民の避難はどうなっておるか」


国王が尋ねる。


「はい。城の近くに住む民たちの避難は済んでいます。また、城周辺には近寄らないよう、騎士たちが警備しております」


「ふむ。それでよい。変に国民を怖がらせる必要はないからな」


国王は城の近くに住む国民の安全を確保し、それ以外の国民には今回の件を伏せていた。


「して、ライデンよ。問題ないな?」


「……はい」


「うむ。では、明日頼んだぞ」


国王の言葉をもって話し合いは終わり、それぞれ討伐に向けた準備を始めた。


⸻


その夜。


城に用意された一室で、ライデン、ガドー、ローザの三人は明日に備えて休んでいた。


「またこうして、あんたたちと一緒に戦うことになるなんてねぇ♡」


ローザが懐かしそうに口を開いた。


ベッドに仰向けになっていたガドーが、嬉しそうに笑う。


「猫の手の頃を思い出すなぁ! 懐かしいぜ!」


かつて三人で旅をしていた頃のことを思い出しているようだった。


「……煩い。寝ろ」


ライデンが呆れたように告げる。


そんなライデンを見て、ローザがにやりと笑った。


「ふふっ♡ あなた、ギルドが心配で眠れないんじゃない?♡」


「……大丈夫だ」


「あら?♡ そぉ〜お?」


ローザは楽しそうにくすくすと笑っていた。


やがて会話も途切れ、三人は静かに眠りについた。


⸻


翌日、夕暮れ前――。


ライデンたちは王城の屋上で、ドラゴンの到着を待っていた。


「ドラゴンだーー!!」


一人の騎士が叫んだ。


南の空を見上げると、遠くに大きな影が見える。


それは巨大な翼を羽ばたかせながら、まっすぐ王城へ向かっていた。


「ありゃあ……でけぇな!」


ガドーが空を見上げる。


ドラゴンはみるみる距離を縮め、あっという間に王城の上空へと姿を現した。


その巨体を見据え、ローザが静かに手を上げた。


黒く尖った爪が空中をなぞる。


その指先が魔法文字を描き終えると、ドラゴンに向かって三つの魔法陣が縦に並んで現れた。


次の瞬間――。


三つの魔法陣から白い光線が放たれ、ドラゴンの胸を貫いた。


しかし、ドラゴンは倒れなかった。


貫かれた胸が、みるみるうちに元の形へ戻っていく。


「ふぅん?♡ 再生するのねぇ……それなら、首を落としてしまった方が早いわね」


ローザは興味深そうにドラゴンを眺めると、ライデンの足元へ魔法をかけた。


淡い光が、ライデンの足を包み込む。


「おいおい! 俺にも出番くれよ!!」


ガドーが大声で訴えた。


「あんたじゃ、首を落とせないでしょう?」


「あぁ!?」


「……黙ってろ」


ライデンの低い声に、二人は口を閉じた。


ライデンは肩に担いでいた細長い剣を下ろし、その切っ先を地面へ突き立てた。


そして片膝をつき、刃に沿って指をすっと滑らせる。


すると――。


細かった刀身が、ゆっくりと幅を増していった。


やがて、その剣は大きく太い刃を持つ長剣へと姿を変えた。


そのとき、ドラゴンが大きく翼を広げた。


背中の鱗が次々と浮き上がり、鋭い刃のように飛んでくる。


「あっぶねぇな!!」


ガドーは大盾を構え、飛来する鱗を受け止めた。


一方、ローザは自分とライデンを包むように防壁を展開する。


鱗が防壁にぶつかり、次々と弾かれていった。


しかし、ドラゴンの攻撃はそれだけでは終わらなかった。


巨大な口を開き、大きく息を吸い込み始めたのだ。


「おい! ブレスが来るぞ!!」


ガドーが叫んだ。


直後、ドラゴンの口から凄まじい勢いでブレスが放たれた。


その攻撃は、王城を覆う聖女サオリの防壁へと直撃した。


バキッ……!


防壁に亀裂が走る。


そして――。


パリンッ!!


まるで硝子が砕けるように、聖女の防壁が粉々になった。


防壁を突き破ったブレスは、そのまま王城へ向かってくる。


「ライデン!!」


ガドーが叫んだ。


その声と同時に、ライデンは地面を蹴った。


ローザの魔法によって強化された足が、ライデンの身体を高く跳ね上げる。


一瞬でドラゴンの頭上へ到達すると、ライデンは長剣を振り下ろした。


その一撃が、ドラゴンの首を断ち切った。


ドラゴンの身体は黒い灰へと変わり、空中でちりちりと消えていく。


ドラゴンを倒せば、放たれたブレスも消えるはずだった。


しかし――。


ブレスは消えなかった。


ドラゴンの姿がなくなっても、その攻撃だけは勢いを失わず、王城へ迫っていた。


「おい!! まだこっちに向かってくんぞ!?」


ガドーが叫ぶ。


「あらあら♡」


ローザはすぐに手を上げ、再び魔法文字を描こうとした。


そのときだった。


ふわり――。


王城の前に、淡い光が広がった。


それは、薄い桜色をした温かな光だった。


光は瞬く間に大きな防壁となり、王城を包み込むように広がっていく。


次の瞬間――。


迫っていたブレスが、その防壁に衝突した。


しかし、桜色の防壁には亀裂ひとつ入らなかった。


それどころか、ブレスを勢いよく弾き返したのだ。


弾かれたブレスは王城から大きく逸れ、やがて遠くへ消えていった。


「…………」


誰もが言葉を失っていた。


先ほどまで王城を襲おうとしていた攻撃は、完全に防がれていた。


だが、そこに現れた防壁は、誰も見たことのないものだった。


ライデンが屋上へ戻ってくる。


そして、呆然としているガドーとローザに尋ねた。


「……何だ」


「……何、かしらねぇ?」


ローザもまた、不思議そうに防壁を見つめていた。


そこへ国王が姿を現した。


「よくやった、ライデンたちよ!」


国王は三人を見渡すと、王城を包む桜色の防壁へ目を向けた。


「して、この防壁はローザか?」


ローザは静かに首を振った。


「いいえ。あたしじゃないわ」


「……なんだと?」


国王は驚いたように防壁を見上げた。


「……ま、まぁ、ともかく話をしよう」


そう言うと、国王は城の中へ戻っていった。


ライデンたちも後に続こうとした、そのとき――。


桜の花びらのような、小さな魔力の破片がひらひらと舞い降りた。


ローザが手を差し出すと、その破片はそっと手のひらに落ちた。


「ちょっと待って」


ローザが足を止めると、ライデンが振り返る。


ローザは桜色の防壁を見つめたまま、静かに口を開いた。


「……これ、あの子よ」


「…………」


ライデンの表情が変わった。


そのとき、指先にかすかな振動を感じた。


視線を落とす。


人差し指にはめていた指輪が、微かに震えていた。


「…………」


指輪が淡く光り始める。


その光は点滅を繰り返し、やがて赤く変わった。


そして――。


赤い光が、ある方向を指し示すように一直線に伸びた。


次の瞬間。


パキッ……!


指輪に亀裂が走った。


ライデンが見つめる中、指輪は粉々に砕け散った。


ライデンは、赤い光が指し示した方向へ目を向けた。


そして――。


何も言わず、走り出した。

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