第10.5話 ノラの噂ー依頼書の定義ー
(う〜ん、どれにしようか……)
ギルドの掲示板には、今日もたくさんの依頼書が並んでいた。
その前で腕を組み、難しい顔をしているのは、つい最近冒険者になったばかりの初心者ノラだ。
掲示板の端から順番に依頼書へ目を通していると、ひときわわかりやすく書かれたものが目に留まった。
(これなんか良さそうだ! 特徴もしっかり書かれててわかりやすい!)
初心者ノラは、その依頼書を掲示板から一枚ちぎり、改めて内容を確認した。
モンスターの特徴が細かく書かれており、討伐方法まで丁寧に記されている。
これなら自分にもできそうだ。
そう思っていたところへ、隣にいた冒険者のノラが声をかけてきた。
「おい、それ受けるのか?」
「は、はい。だめでした?」
声をかけてきたノラは、初心者ノラの顔をじーっと見つめた。
どうやら見覚えのない顔だったらしい。
「見たことねぇやつだな?初心者か?」
「は、はい。三日前に冒険者になったばっかりです」
その答えを聞くと、先輩冒険者は呆れたようにため息をついた。
そして、初心者ノラが持っている依頼書を指さした。
「なら、その依頼はやめとけ。ハズレだ」
「ハ、ハズレ?」
初心者ノラは依頼書と先輩冒険者の顔を交互に見比べ、訳がわからずぽかんとしていた。
そんな反応を見た先輩冒険者は、なぜか得意げに胸を張った。
「俺は優しいからな!お前に依頼書の見極め方を教えてやる!」
「あ!ありがとうございます!」
どうやらこの自称優しい先輩冒険者は、初心者ノラにいろいろと教えてくれるつもりらしい。
先輩冒険者は、初心者ノラの手元にある依頼書を指さした。
「まず、お前が持ってるその依頼書はガドーさんが作った依頼書だ。モンスターの特徴がわかりやすく書かれてて、ご丁寧に倒し方まで書かれてて簡単そうに見える」
「は、はい。僕が見た感じでは簡単かと思いました」
初心者ノラは、もう一度依頼書に目を落とした。
何度読み返しても、難しい依頼には見えない。
しかし、先輩冒険者はそんな考えを見透かしたように声を上げた。
「だが!罠なんだ!ガドーさんの依頼書を受けた冒険者は毎回悲惨な目にあって帰ってくるんだ」
「なっ!何故なんですか!こんなに簡単そうなのに!」
初心者ノラは驚き、慌てて先輩冒険者へ顔を向けた。
「ガドーさん基準で作られてるからだ。あの人は強い。でもガドーさんみたいに強くないやつが行くと痛い目みるってわけだ」
「そ……そうだったんですね……こ、怖ぁ……」
先ほどまで魅力的に見えていた依頼書が、急に恐ろしいものに思えてきた。
初心者ノラは手元の紙を少し遠ざける。
「難易度MAXの安全性はゼロだ!ははは!」
先輩冒険者は、すっかり怖がってしまった初心者ノラを見て愉快そうに笑っていた。
「俺のオススメはこれだ!」
そう言うと、先輩冒険者は掲示板へ向き直り、数ある依頼書の中から迷うことなく一枚をちぎった。
そして、それを初心者ノラへ差し出す。
受け取った初心者ノラは、描かれているモンスターの絵を見た瞬間、思わず身構えた。
「これはボスモンスターでしょう!?僕、初心者なんですよ!?」
そこには、鋭い牙をむき出しにした、見るからに恐ろしいモンスターが描かれていた。
初心者ノラは恐ろしい絵を見つめたまま、顔を引きつらせていた。その様子を見た先輩冒険者は、こらえきれずに笑い出した。
「ははは!ほら!よく見てみろ!ただのオークだ!」
初心者ノラは半信半疑のまま、恐ろしい絵の下に書かれた文字へ視線を移した。
そこには確かに、討伐対象として『オーク』と記されている。
「……これがオーク!?オークキングじゃないのか!?」
「これはギルドマスターのライデンさんの依頼書だ。モンスターが怖く描かれているのが特徴なんだ。だが、依頼内容のほとんどが比較的安心安全!初心者はライデンさんの依頼がうってつけってわけだ!」
初心者ノラは、もう一度依頼書を眺めた。
絵だけを見れば、到底初心者が受けられるような依頼には思えない。
だが、書かれている内容をよく読めば、確かに難しいものではなかった。
「じゃあ、暫くはライデンさんの依頼書の依頼を受ければいいって事ですね!」
「ああ!」
ライデンの依頼書には、思わずぞっとするような恐ろしいモンスターの絵が描かれている。
しかし、その見た目に反して、初心者でも挑戦しやすい依頼が多い。
そのため、絵の恐ろしさに反して依頼は比較的簡単だと知っている冒険者たちからも、人気が高いようだ。
初心者ノラは少し安心すると、改めて掲示板を見渡した。
すると、今度は別の依頼書が目に留まった。
先ほどまでのものとは違い、そこにはまるで一枚の絵画のような、美しいモンスターの絵が描かれている。
「この依頼書はどうなんですか?」
初心者ノラが指さした先を見て、先輩冒険者はうなずいた。
「ああ、これはローザさんの書いた依頼書だ」
初心者ノラは思わず依頼書に見入ってしまった。
モンスターの姿は細部まで鮮明に描かれ、今にも紙の中から動き出しそうなほど美しい。
「すげぇ綺麗だろう?これはあんまり初心者向けじゃねぇ。ちょっと難易度は高いんだ。ただ、時間はかかるが初心者でも倒せるように詳しい対策が書かれてる。そこがローザさんらしい所だ」
「す、凄い……そんな事まで計算されて書かれているんだ……」
初心者ノラは、美しい絵だけでなく、その内容にまで感心していた。
同じ依頼書でも、書く人によってこれほど違いがあるらしい。
ガドーの依頼書はわかりやすいが危険。
ライデンの依頼書は恐ろしい絵なのに初心者向け。
そしてローザの依頼書は、芸術的でありながら、討伐のための対策まで丁寧に考えられている。
(これを知らなかったら、危なかったな…まぁ、受ける前にミランダさんが止めてくれるか…)
そこで初心者ノラは、ふと一つの疑問を抱いた。
「そういえば、ミランダさんって依頼書書かないんですか?」
ごく当たり前の質問だった。
しかし、その名前を聞いた途端、先輩冒険者の肩がびくっと跳ねた。
先ほどまで得意げに説明していた先輩冒険者は、急に口を閉ざし、初心者ノラをじっと見つめる。
「……書くぞ。たまーにな。だがお前にはまだ早い!」
そう言い残すと、先輩冒険者はそれ以上何も説明せず、ギルドを出ていってしまった。
初心者ノラは、その背中を呆然と見送った。
(……そんなに難しい依頼なのか?)
先ほどまで親切に教えてくれていたのに、ミランダの依頼書についてだけは何も教えてくれなかった。
不思議に思いながらも、初心者ノラは手元にあるライデンの依頼書へ目を落とした。
(ま、まぁいいか!次あの人に会ったらお礼をしないとな!)
そうして初心者ノラは、先輩冒険者に教わったことを胸に、初めての依頼へ向かうのだった。
ちなみに、ミランダの依頼書には、討伐するモンスターや場所の記載はあるものの、難易度は不明。
高確率で長期依頼となり、描かれているモンスターの絵は、何の生き物なのかわからないほど下手である。
しかし、その何とも愛くるしい絵は冒険者たちから人気が高く、密かに楽しみにしている者もいる。
そんなミランダの依頼書の実態を、この初心者ノラが知るのは、また数ヶ月先の話だった――。




