S.epーローザの違和感ー
ガラガラと銭湯の扉が開く。
「いらっしゃ〜い♡」
ローザはニコニコと笑顔で出迎えた。
「ローザさん、こんにちは! 二人です!」
二人の冒険者が銭湯に入りに来たようだ。
ノラは二人分の料金を支払った。
「はぁい♡ ゆっくりしていってね〜♡」
ローザはニコッと微笑みながら二人を見送ると、すっと普段の表情に戻った。
そして、だらけたように椅子に腰掛け、煙管を吸い始めた。
この銭湯にはローザの魔法が施されており、どんな会話もローザの耳に届くようになっている。
ローザは日々、冒険者たちの会話を聞きながら情報収集をしているのだ。
(……さて、今日はどんな話が聞けるだろうね……)
先ほど入っていった冒険者たちの会話が、ローザの耳に届いた。
『お前、最近見たか?』
『何を?』
『ドブネズミだよ』
『ああ! 見た見た! 気味が悪いったらありゃしないよ』
どうやら、チュウチュウ国の者がニャオーン国に来ているようだ。
(ふうん? 珍しいな。よっぽどのことがないと、この国には来ないはずだけどねぇ……)
ローザは違和感を覚えた。
『コソコソしてるから怪しくて話しかけたんだ』
『なんて言ってた?』
『誰かを探しているみたいだ。なんか特殊能力を持った人らしい』
『特殊能力……? この国で特殊能力って言ったら聖女様じゃない?』
『俺もそう思ったんだ。聖女様に何かしようと思ってるなら帰れって言ったんだ』
(狙いは聖女か……? でも、わざわざコソコソする必要があるのだろうか?)
ローザはチュウチュウ国の者の行動を不審に思っていた。
『当たり前だ! あの国は何をするか分からないからな……』
チュウチュウ国は王都だけが潤い、国全体としての治安はかなり悪い。
(俺も何度か行ったけど、あの国は好きじゃないんだよねぇ……)
ローザは以前チュウチュウ国を訪れた際に見た、悲惨な光景を思い出していた。
『だが、聖女様じゃないらしい』
『ふぅん……そうなんだ? でも、他に特殊能力を持った人なんていたっけ?』
『俺は心当たりがなくてな。見つけるまで滞在するんだとよ』
『はは! いない人を探すのは無謀で馬鹿だね〜』
(特殊能力か……。もし見つけたとして、どうするつもりなんだろうねぇ……。まぁ、ろくでもないことなのは間違いないかなぁ)
ローザの脳裏には、チュウチュウ国の素行の悪さが浮かんでいた。
『俺らが知らないだけで、案外近くにいたりしてな!!』
『はは! いたら分かるよ!!』
その言葉を聞いたローザは、ハッとした。
(……まさか。彼女にそんな力があったか? でも、どうしてバレているんだろう? 国家秘密のはず……)
ローザはしばらく考え込んだ。
(……分からないことを考えても仕方ない、か)
『見かけたら、からかってやるか!』
『この国でちょこちょこされたら鬱陶しいからな! いい遊び相手だ』
ノラたちは笑っていた。
(そのまま追い払ってくれると助かるねぇ。もう少し情報を集めてみるか)
ローザはぼんやりと考えながら、煙管の灰を捨てた。
そのとき、ガラガラと別の客が銭湯にやって来た。
「いらっしゃ〜い♡」
ローザはいつも通りの笑顔で出迎えた。
「こんにちは〜! 三人お願いします!」
やって来たのは、三人の女性の平民たちだった。
「ええ♡ ゆっくりしていってね〜♡」
ローザがそう言うと、三人は女湯へと向かった。
『はぁ、ローザさんっていつ見ても素敵だわ』
『あんた、ほんと男の色気に弱いね』
『些細な気遣いもできて、私も好き』
三人の女性たちの会話が、ローザの耳に届いていた。
(馬鹿な女だねぇ……俺みたいなのはやめておいたほうがいいのに)
ローザはふっと笑った。
『あー……さっき触られたところが、なんか気持ち悪い……! いっぱい洗っておこ……!』
『ほんとびっくりしたよね!』
『さっきの人、この国の人じゃなかったよね?』
『うん、あれはチュウチュウ国の人じゃない?』
『ジロジロ見た後に、すぐどっか行ったけど……』
(なるほどねぇ……。狙いは女か。城下で探しているとなれば、さっきの話と繋がるな……)
ローザは少し考え込んだ。
(特殊能力を持った女……。やっぱり彼女の可能性が高いか。よりにもよって、面倒なのに目をつけられたな……)
ローザは厄介事にうんざりしていた。
深くため息をついていると、先ほどの冒険者たちと女性たちが戻ってきた。
「やっぱり、なんかさっきのとこ痒いかも……」
一人の女性が、掴まれた腕を見つめていた。
「思い込みじゃないの〜?」
もう一人の女性が呆れたように言った。
その様子を見たローザは、女性に向かって手招きをした。
「ローザさん? なんですか?」
女性はキョトンとしている。
「腕、見せてごらん♡」
ローザがそう言うと、女性はすっと腕を差し出した。
ローザはその腕をじっと見つめた。
(……なるほどね)
そして、そっと浄化の魔法をかけた。
「……あれ!? なんか治ったかも!? かゆくない!」
「ふふっ♡ 気をつけなさいね♡」
「ありがとうございます!」
女性たちはお礼を言うと、銭湯を後にした。
(汚染されていたな。となると、うろうろしているネズミは平民だろうねぇ……)
チュウチュウ国では、王族や貴族など血統名を持つ者たちは清潔な暮らしを送っている。
しかし、平民たちの暮らしは酷く、かなりの確率で汚染されていることが多いのが特徴だ。
(ともかく……ライデンに報告か……)
ローザは椅子から立ち上がり、ギルドへと向かった。
そして、ギルドの扉を開けると――
(うっ……くさ! 何この状況は……)
そこには、汗だくになりながら筋トレをしているノラたちの姿があった。
(……いけない。私ったら、今は一人じゃないのよ)
ローザは顔に出さないよう、にっこりと微笑んだ。
「あら〜?♡ 何してるのかしら〜?♡」
ノラたちから、何かを訴えるかのような視線が一斉に向けられた。
ローザはパパッとその状況を片付けると、ライデンがこちらを見ていた。
「……またか」
ライデンは何かを察したかのように言った。
「もっと良くないことなのよ」
ローザはそう伝えると、辺りを見回した。
しかし、ミランダの姿が見当たらない。
「ちょっと! あの子は!?」
ローザは少し慌てた様子でライデンに尋ねた。
「……陛下の呼び出しで城に行っている」
「そう……護衛はつけたんでしょうね?」
ローザはライデンを少しだけ睨んだ。
「……ああ。信頼できる奴だ」
(護衛はグレイなのね……それなら安心ね)
ローザは銭湯で聞いた情報を、ライデンに詳しく話した。
ライデンは黙って話を聞いていた。
「……数日、様子を見る」
「わかったわ。でも、ギルドに感知魔法をかけておくわね♡」
「……ああ。助かる」
(不器用な人ね……ま、俺も人のこと言えないか)
ローザは小さく微笑んだ。
それから数日間、チュウチュウ国の者たちは姿を見せなかった。




