第8話ー聖女ー
「やぁ、ミランダ」
受付にやって来たのはグレイだった。
「グレイ、また来たの? 騎士団の人は暇なのね」
最近、グレイはよくギルドに来ては、雑談をして帰っていた。
「いや、今日は緊急で陛下からの呼び出しがあって、迎えに来たんだ」
「そうだったんだ。待ってて! マスターを呼んでくるから」
「ああ。待っているよ」
そう言うと、ミランダはライデンを呼びに行った。
しばらくして、ミランダとライデンが奥から戻ってきた。
「やぁ、ライデン」
「……ああ」
「陛下からの呼び出しだ。だから借りていくよ」
そう言ったグレイは、ミランダの肩にポンと手を置いた。
「え!? 私!?」
陛下に呼び出されたのはミランダだったようで、本人は驚いていた。
「……構わん。だが夜には帰せ」
「もちろん護衛は俺がするから安心してくれ。夜に帰れるかどうかは……わからないがな?」
グレイがニッと微笑むと、ライデンはグレイを睨んだ。
「……支度しろ」
「……うん」
ライデンにそう言われ、ミランダは支度をするため、その場を離れた。
(……一体何があったの……?)
ミランダがいなくなると、ライデンはグレイに尋ねた。
「……何があった」
「事情は知らないんだ。ただ、あまり良くないことなのは間違いない。噂で聞いたのは、国の存亡に関わるとか……言っていた」
「……必要なのか」
「そうみたいだね。心配する必要はない。俺が命に代えても彼女を守ることを約束する」
「……頼んだぞ」
話している間に、支度を終えたミランダが戻ってきた。
「……準備できたよ」
ミランダは少し不安そうな顔をしていた。
ライデンはミランダに近寄ると、その手を取り、そっと人差し指に指輪をはめた。
「……マスター? これは……?」
「……通信の取れる魔法具だ。些細なことでも構わない」
幅の広い銀色の指輪には、魔法が付与された黄色い宝石が付いていた。
指輪をはめると、ミランダの指に合わせるように、少しずつ形が変わっていった。
ミランダはその指輪を見ると、不安がすっと消えていくのを感じた。
「マスターありがとう。私、これがあれば無敵だよ!」
「……そうか」
さっきまで不安そうだったミランダが笑顔になり、ライデンも少し安心したようだった。
「さぁ、行こうか」
グレイがそう言うと、二人は城へ向かった。
「王様に会うのは久しぶりだから、ちょっと嬉しいな」
「……ふっ、王様……か」
グレイが笑っている。
「何よ! 王様でしょう?」
「陛下のことを王様と呼んでいるのは子供だけだからな」
ミランダは、別にいいじゃない……と言わんばかりの顔をしていた。
そんな話をしているうちに、国王のいる部屋までたどり着いた。
「すまないが、ここまでだ。用が終わったら迎えに来る」
「え、グレイと一緒じゃないの?」
ミランダがそう言うと、グレイがニヤッと笑った。
「寂しいか? どうやら秘密事項らしくてな。一緒にいられなくてすまない」
グレイはミランダの頭をそっと撫でた。
「もう! 子供扱いしないで!」
(グレイったら、本当にこういうところがキザよね……)
グレイは笑った後、コンコン……とドアをノックした。
「陛下。お連れしました」
「おお、入ってよいぞ」
国王が返事をすると、グレイは「じゃあな」と手を振っていた。
「王様! お久しぶりです!」
「おお! ミランダ、久しいな! 元気にしておるか!」
国王はミランダに会えて嬉しそうだった。
「もちろん元気です!」
「急に呼び出してすまんかったな。ミランダにしか頼めんくてなぁ……」
国王は申し訳なさそうに話した。
「何があったんですか?」
「最近、聖女の様子がおかしくてな。心が乱れると、国の結界も弱くなってしまうのだ」
「もしかして、病気にでもなったんですか!?」
そう聞くと、国王は首を振った。
「病気ではない。何かに悩んでいるようだった。聞いても答えてくれないのだ。私が聞いても話しづらいかと思ってな。ここにいる私の側近のロシアンブルーに聞いてもらったが、それもだめだったんだ」
国王の横には公爵が立っており、ミランダに会釈をした。
「こうして挨拶するのは初めてですね。ミランダ嬢。私は国王の側近のリオン・ロシアンブルーと申します」
「はじめまして」
ミランダも軽く会釈をした。
「私は国王の側近もしていますが、聖女様の護衛をすることもあり、よく話をしています。私としては、かなり親しくなっていると思っていました……」
リオンは少し悲しげな顔をした。
(聖女様と仲良くしてくれていたんだ……! いい人なのね!)
「そこでな、似た境遇のミランダなら話してくれるかと思ってな。頼めんか?」
「ええ! もちろん構いませんよ」
(もっと怖いことかと思ってたけど……聖女様と話すだけなら全然大したことない。むしろ、話してみたかったから楽しみ!)
「本日の聖女の業務は休ませてあります。広場で待機していただいていますので、ご案内します」
「ミランダ……頼んだぞ」
「王様! 任せてください!」
リオンとミランダは、聖女のいる広場へ向かった。
「どうかお願いします。私はずっと彼女を見てきました。真面目で優しく、綺麗ですが可愛らしさもある方です。信頼されていると思っていたので、悔しさもあります」
(……リオンさん、聖女様のことが好きなのね)
「心配なのですね」
ミランダがニコッと笑った。
「当たり前です! ……すみません」
少し大きな声になってしまい、リオンは恥ずかしくなったようだ。
広場にはお茶を楽しめるような東屋があり、そこに聖女が座っていた。
「サオリ様。お待たせしました」
「公爵様……今日、私とお茶をする方って……」
「こんにちは!」
ミランダが笑顔で挨拶すると、聖女は驚いた顔をした。
「ミランダさん!?」
「私はこれで失礼します」
そう言うと、リオンは去っていった。
テーブルにはたくさんのお菓子とお茶が用意されており、聖女とミランダの二人だけの空間になった。
「わぁ! 美味しそう……!」
ミランダはお菓子を見て喜んでいた。
「ミランダさん。初めまして、聖女のサオリと申します。陛下からよくお話は聞いています」
サオリは丁寧にお辞儀をした。
「堅苦しいのは無しにしない? 歳もそんなに変わらないだろうし! 気楽に話してくれる方が私は嬉しいよ」
「噂通りなのですね……ありがとう、ミランダ」
サオリは少し嬉しそうに微笑むと、お茶を一口飲んだ。
「すごい綺麗に飲むね!」
「失礼のない程度の作法を教えられたの。思ってたより簡単なのよ?」
「へぇ! そういうのも習うんだ! さすが貴族の世界……私は多分できないから……サオリはすごいね!」
ミランダはパクパクとクッキーを食べていた。
「聖女の仕事はどう?」
「やっと慣れてきたところなの。魔法なんて使ったことがないから難しくって……」
「そうだよね。聞いてるだけで難しいのが伝わってくるよ……」
「あの……ミランダ……日本に帰りたいと思ったことはある?」
サオリは真剣で、どこか儚げな表情をしていた。
「ないよ! 私は日本ではいい思い出なんてないんだぁ……小さい頃から……ずっと……でもね! 今すっごい幸せなの!」
ミランダは一瞬暗い顔をしたものの、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「ごめんね。辛い過去を思い出させて……」
サオリは悲しそうな顔をした。
「帰りたい?」
ミランダがそう聞くと、サオリは思い詰めた表情で話し始めた。
「……実は転移したあの時、もう生きていたくないと思うほど追い詰められていたの。毎日会社でいじめられていたから……。だから、転移して聖女だなんてね。そんな私が国を守るなんて、最悪って思ったわ。でも、いろんな人と関わっていくうちに、必要とされていることが嬉しくて……ここに来て、こうやって聖女としていられることが、今ではありがたいと思っているの」
サオリは転移した頃の話を終えると、暗かった表情が少し明るくなった。
「……辛かったね。話してくれてありがとう」
ミランダは少し目を潤ませていた。
「ふふっ、ミランダは優しいね。この話をしたのは初めてだから、話せてスッキリしたわ」
サオリは微笑んでいた。
「ミランダは冒険者ギルドにいるのよね? 不自由はないの?」
「うん。すごく良くしてもらってて……楽しい! 夢はマスターと結婚することよ!」
その言葉を聞いて、サオリは飲んでいたお茶でむせた。
「……けほっ、けほっ……ギルドマスターのことが好きなの?」
「大丈夫? そうだよ! 私のまさに理想の顔! 知っていけばいくほど優しくて……もう本当に好き!!」
ミランダはキラキラとした顔で話していた。
「告白しないの?」
サオリが聞くと、ミランダはもじもじとしていた。
「……まだ……だって! 告白したことないんだもん」
「勇気がいるよね。ミランダ、私の話も聞いてくれる?」
サオリは少し恥ずかしそうにしていた。
「……最近ね……好きな人ができたの……」
「それって……王様が心配してたこと!?」
サオリがコクリと頷いた。
「考えれば考えるほど悩んじゃって……仕事が手につかないの……」
「みんなすごい心配してたよ!?」
「も……申し訳ないとは思ってるのよ!」
サオリは周りに心配をかけているとわかっているだけに、大人げない自分が恥ずかしくなったようだ。
「誰なの? 好きな人って」
「さっき一緒に来てた方……リオン様」
(……ん? 待って、リオン様ってサオリのこと好きそうだったけど……そう考えると両想いじゃない……?)
「転移した時から優しく接してくれて、気にかけてもらってて……話してるうちに好きってことに気付いたの」
「そうだったんだぁ! 公爵様は少し話してわかったけど、サオリのことを一番心配してたから、優しいんだろうなってすぐにわかったよ」
「リオン様が私のことを……!?」
サオリは照れた後、少しため息をついた。
「実は……リオン様に縁談の話がかなり来てるって聞いたの。それをリオン様が了承してしまったらって思ってたら……何もできなくて……」
ミランダは少しだけ驚いた顔をした。
(……まぁ、公爵様はサオリのことが好きだから自分から断りそうだけど、応援したいし、保険として王様にお願いしたら縁談の話もなくなるよね)
「大丈夫だと思う!!」
ミランダは自信満々に言った。
「……もしかして、ミランダ何か知っているのね?」
あまりにも自信ありげなミランダを見て、サオリは疑わしそうな目を向けた。
「知ってるような……知らないような〜」
ミランダは必死に誤魔化そうとするが、顔に出てしまっていた。
「おーしーえーなーさーいー!」
ミランダの様子を見て、サオリはどこか安心したようだった。
二人はそれからも楽しそうに話し続けた。
「二人とも、楽しそうな笑い声が遠くからでも聞こえたよ」
そこにはグレイが立っていた。
話に夢中になっていた二人は、すっかり辺りが暗くなっていることに気付いた。
「グレイ! 迎えに来てくれたの? あれ? もうこんなに暗かったんだ」
「あまりに遅いから心配で来たんだ。もう夜も更けている」
グレイはミランダを見つめていた。
「気付かなかったわ。こんなにも日が経つのは早いのね……」
サオリは少し寂しそうな顔をした。
「そうだ! 私、サオリに手紙を送るよ! まだ話し足りないし! たまに会いにも来るね!」
「嬉しいわ! 一つ楽しみができたから、また明日から頑張れそうだわ!」
サオリはすっかり元気になっていた。
「楽しかった! じゃあまたね! サオリ!」
ミランダはサオリに手を振り、グレイとその場を後にした。
「いい友達ができてよかったな」
「うん! グレイもありがとう!」
ミランダが微笑むと、グレイもとても嬉しそうに微笑んだ。
サオリは二人を見送っていた。
(……グレイ様、ミランダのことが好きなのね……好きになる相手が悪いわね……でも、陰ながら応援させていただきます)
「サオリ様……! はぁ、はぁ……迎えが遅くなって申し訳ありません!」
リオンが慌てた様子で駆けつけてきた。
「いいえ、とても感謝しております」
サオリがニコリと笑うと、リオンはその顔をじっと見つめた。
「……いつものあなたに戻っていますね。やはりあなたは笑顔が似合う」
リオンの言葉に、サオリは嬉しそうに微笑んだ。
(……ミランダ、ありがとう……)
(……ミランダ嬢、ありがとうございます……)
二人はそれぞれ、ミランダに感謝していた。




