第1話 番外編ー2人の距離ー
王城を後にしたミランダとライデンは、やがて冒険者ギルドへと到着した。
「……ここだ」
ライデンが足を止めると、ミランダは目の前にある建物を見上げた。
そこには、長い年月を感じさせる古びた建物が建っていた。壁や扉には所々傷みが見られ、お世辞にも立派とは言えない外観だった。
(ボロ〜〜〜い! 田舎のお家みたいで落ち着くなぁ)
これから自分が暮らす場所だというのに、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ、どこか懐かしく落ち着いた雰囲気に、ミランダは思わず微笑んだ。
ライデンが扉を開けると、ミランダもその後に続いてギルドの中へと入った。
中には受付があり、壁には依頼書が貼られていた。初めて目にする冒険者ギルドの光景に、ミランダは興味津々といった様子で辺りを見渡していた。
「もしかして、ここって受付ですか!?」
ミランダは目を輝かせながらライデンを見上げた。
「……ああ」
ライデンは短く答えると、なぜそれほど嬉しそうにしているのか不思議そうにミランダを見ていた。
やがてライデンが歩き出すと、ミランダもその後を追った。
二人は受付の横にある通路を進み、奥にある扉の前で足を止めた。ライデンは慣れた様子で扉を強く叩き、声をかけた。
「……入るぞ」
扉を開けると、そこは冒険者たちが持ち帰ったモンスターを解体するための場所だった。
室内には作業台や解体道具が置かれており、ミランダにとっては何もかもが珍しい光景だった。
「おう! なんだ?」
奥から聞こえてきた声の主は、革のエプロンを身につけた大柄な男だった。がっしりとした体格に人懐っこい笑顔が印象的で、何より目を引いたのは、髪の毛が一本もない綺麗な頭だった。
(いかにも……解体場の人! って感じ……。イメージ通りなんだね……)
想像していた解体屋の姿とあまりにも一致していたため、ミランダは思わず笑いそうになるのを堪えていた。
「お? そいつは誰だ? ライデンの彼女か!」
男はミランダに気づくと、ライデンをからかうように笑った。
ライデンは何も答えず、余計なことを言うなとばかりに男を睨んだが、当の本人はまったく気にしていない様子だった。
「あの……私、今度から受付で働くミランダです!」
ミランダが軽くお辞儀をすると、男は豪快に笑った。
「おう、悪い悪い! 俺はガドーだ! 見ての通り解体屋だ! これからよろしくな!」
気さくに挨拶をするガドーに、ミランダも笑顔を返した。
一方のライデンは、そんな二人を見ながら少し面倒くさそうな表情を浮かべていた。
「……もう行く」
ライデンが部屋を出ていくと、ミランダはガドーに軽く頭を下げ、その大きな背中を慌てて追いかけた。
次に案内されたのは、受付の奥にある部屋だった。
ライデンは先ほどとは違い、扉を優しくノックした。しばらくすると、中から穏やかな女性の声が聞こえてきた。
「は〜い? あら、どうしたの?」
扉を開けて姿を現したのは、小柄で可愛らしいおばあさんだった。白銀色の髪をお団子にまとめており、優しそうな雰囲気が漂っていた。
おばあさんはミランダに気づくと、嬉しそうに目を細めた。
「まぁ! 可愛らしい子ねぇ〜」
「これから、受付をさせてもらうミランダです!」
ミランダがお辞儀をすると、おばあさんは彼女の手を優しく握った。
「そうだったのね。ママって呼んでちょうだい」
初めて会ったばかりだというのに、温かく迎えてくれるママ。その優しさに、ミランダは思わず涙がこぼれそうになったが、ぐっと堪えて笑顔を向けた。
そんな二人の様子を見ていたライデンが、静かに口を開いた。
「……数日休ませる」
ライデンの短い言葉を聞いたママは、すぐに事情を理解したようだった。
「はいはい」
ママは穏やかに頷くと、ミランダに微笑んだ。
ミランダはもう一度お辞儀をしてから、ライデンと共に部屋を後にした。
その後、二人は階段を上がり、二階の奥にある部屋へと向かった。
ライデンが扉を開けると、そこには簡素ながらも綺麗に整えられた部屋が広がっていた。
建物の外観からは想像できないほど丁寧に掃除がされており、埃っぽさも感じられない。
「……お前の部屋だ。必要なものは準備する」
「こんな綺麗な部屋、使っていいんですか?」
「……ああ」
ライデンは当然のことのように頷いた。
ミランダは改めて室内を見渡しながら、これから始まる新しい生活に胸を弾ませていた。
一通りギルド内を案内し終えると、ライデンはミランダを自身の仕事部屋兼客間へと連れていった。
部屋に入ると、ライデンはミランダに向き直り、落ち着いた声で話し始めた。
「……身の保証はする」
突然異世界に召喚され、何もわからないままギルドへやって来たミランダにとって、その言葉は何よりも心強いものだった。
(ライデンさんって口数少ないけど、何故か安心しちゃうな……)
「ありがとうございます。ライデンさん!」
ミランダが笑顔でお礼を伝えると、ライデンは少し間を置いてから口を開いた。
「……敬称はいい。言葉もだ」
(気を使ってくれているのね……)
ライデンの不器用ながらも優しい気遣いに、ミランダは嬉しくなった。
「……では、敬称だけ……。ありがとうございます、ライデン」
ミランダが初めて敬称を外して名前を呼ぶと、ライデンは一瞬動きを止めた。
「…………」
返事がないことを不思議に思ったミランダは、少し首を傾げながら彼の顔を覗き込んだ。
「……ライデン?」
「……ああ」
ようやく返事をしたライデンは、ミランダから視線を外すと、急に椅子から立ち上がった。
ミランダは不思議そうに見つめていたが、ライデンは何事もなかったかのように話を続けた。
「……俺は隣の部屋だ。何かあれば呼べ」
「はい!」
ミランダは元気よく返事をすると、満足そうな笑顔を浮かべて部屋を後にした。
こうしてミランダは、冒険者ギルドでの新しい暮らしを始めることになった。
このあとミランダが再び「ライデン」と呼ぶのがいつになるのか――
それは、まだ誰も知らない。




