第1話ースローライフのはじまりー
仕事終わりの帰り道――。
「疲れた……」
今日も仕事に追われ、私はぐったりしながら家路についていた。
(異世界転生したら、のんびりうたた寝なんかしながらスローライフがしたいなぁ……。
あわよくば、私の好みのイケおじと恋……とか! なんてね……。
異世界転生したいなんて思っちゃうくらい、疲れてるんだ……私……)
私は理想の異世界スローライフを妄想しながら、現実逃避していた。
(夢を見たっていいじゃない!)
そんなことを考えながら歩いていると、ふと前を歩く女性が目に入った。
「前にいる女の人、綺麗な人だなぁ……。あんなに綺麗だったら、恋愛とかも楽しいのかも……」
また違う人生も楽しそうだとぼやいていた。
その瞬間――。
私の足元に、大きな魔法陣が現れた。
「え……?」
魔法陣がまばゆい光を放つと、私は異世界へと飛ばされた――。
眩しい光が消えると、そこは日本ではない、どこかの城の中のような場所だった。
(どこだろう……。もしかして……異世界?
確かに異世界転生したいとは思っていたけれど、こんなことってあるんだ……!)
私はどこか変わったところがないか、自分の手や服装を確認する。
(そのままの私……転生したわけじゃなくて、転移したのね。……まぁ、いっか!
あれ……? さっき前にいた綺麗な人もいる)
周囲には、派手な服を着た人たちが数人。
その先には、王様らしき人物と、ローブを着た人物が立っていた。
私がきょろきょろと辺りを見渡していると周りがざわざわと騒がしくなる。
「すみません。ここはどこなのでしょうか?」
先ほどの綺麗な女性が、不安そうな顔で尋ねた。
「ここはニャオーン国の王城で、この方は、ニャオーン国の国王陛下です。聖女がお亡くなりになり、聖女召喚の儀式を行いました。まさか、二人も召喚されるとは……」
ローブを着た人物が答えると、その顔には驚きの色が浮かんでいた。
(ふふっ……ニャオーン国……猫の鳴き声の名前だ。かわいい……)
私は思わずクスクスと笑ってしまった。
国王が合図をすると、ローブを着た人物が綺麗な女性と私に近づき、私たちに向かって何かを唱える。
「彼女は聖女です」
どうやら、綺麗な女性は聖女だったようだ。
「して、あの者は?」
国王は聖女だとわかり安心したのか、私の方を見ている。
「彼女は……おまもり……と出ています」
ローブを着た人物が言った。
(おまもり? なにそれ! 神様が守ってくれてる的な……? ともかく、聖女じゃなくてよかった……)
聖女ではないとわかり、私はほっと胸をなで下ろした。
そんな私とは対照的に、国王は小さくため息をついた。
「誤召喚だったようだ……すまなかった。そなたは自由にこの国で暮らすとよい。して、こちらの詫びと言ってはなんだが……何か望みはあるか?」
国王が申し訳なさそうにこちらを見ている。
(念願のスローライフが叶いそうだし、やっぱり普通に暮らせるところがいいな……。戦うとか私、絶対できないし……)
よし! と決めて、私は話した。
「えっと、勝手で申し訳ないですが、私、冒険者ギルドの受付がしたいです! あと、この国に馴染めるように服を何着か貰えますか?」
その言葉に、その場にいた全員がポカンとした。
そんな空気を変えるように、国王が話し出した。
「ゴホン……! わかった。おい、彼女に服を。あとライデンを呼んでくるのだ。ライデンが来るまで、そなたは着替えてくるとよい」
(やったー! 無理なお願いかと思ったけど、すんなり聞いてくれるのね)
私は案内され、その場をあとにする。
案内されるまま、ぼんやりと廊下を歩いていると、聖女とすれ違った。
(聖女様、大丈夫かな……。たぶん……元の世界に戻りたいよね……)
不安そうな顔をした聖女を見送り、再び案内されるまま歩いていると、着替えのために用意された部屋に到着した。
「こちらでお着替えください。他に数着ほど、こちらでまとめておきましたので、お帰りの際にお渡ししますね」
案内をしてくれた召使いがそう言うと、数名のメイドが私の着替えを手伝ってくれた。
(すごく……綺麗なワンピースだけど、貰っていいのかな……?)
「お似合いですわ」
メイドたちはニコニコと丁寧に私を綺麗にしてくれていた。
「ありがとうございます。あの、これ本当に貰っていいのでしょうか?」
メイドたちはコクコクと頷いた。
(後でお礼を言わないとね……)
着替えが終わり、元の場所に戻ると――。
国王の隣には、ガタイのいい渋い男が立っていた。
肩まで伸びた銀色の髪に、鋭い金色の瞳。顎には短く整えられた髭があり、黒いロングコートを身にまとっている。
(……え……私の理想そのもの……!?)
私が思わず見とれていると、国王が口を開いた。
「彼女は誤召喚してしまった者だ。ギルドの受付をしたいと言っておってな。ライデン、頼めるか?」
国王がお願いすると、ライデンはわずかに目を細めた。
「……問題ありません」
ライデンは少し戸惑っているようにも見えた。
「ギルドの受付はお主の母親であろう。そろそろ後任を考える頃ではないか?」
「……そうですね」
ライデンは、何か考えているようだった。
二人の話が終わると、ライデンは私の方を見た。
「あっ! えっと、お願いします!」
私はライデンにお辞儀をした。
「……ギルドに行く」
ライデンはそう言うと、私の荷物を持ち、その場を離れようとした。
「あっ! 王様! 綺麗な服ありがとうございました!!」
私は国王にお礼を言った後、ライデンの後ろを追いかけた。
私とライデンは、王城の長い廊下を歩いていた。
(さっき見て思ったけど、やっぱり私好みの顔立ちだぁ……かっこいい……)
私が見つめていることに気付いたのか、ライデンが話し始めた。
「……ライデンだ。受付をしたいそうだな」
「はい。普通に暮らしたいんです」
私は自分の気持ちを素直に伝えた。
「……そうか。無理をしなくていい」
(私を気遣ってくれたんだ……優しいなぁ。でも……)
「働かざる者食うべからず……ですよ」
そう言うと、ライデンは不思議そうにこちらを見ていた。
「そういえば、お母様が受付をしているんですね。本当に後任って必要なんですか?」
「……ああ」
「そうなんですね。なら! 私に任せてください!」
日本でも接客の仕事をしていた私は、自信を持って胸を張った。
「……そうか」
ライデンは私の方を見て、少し柔らかい表情をしたような気がした。
(あれ? 今……気のせいか!)
「……名前は」
ライデンに名前を聞かれ、私は自分の名前に違和感があることに気付いた。
ライデンが不思議そうにこちらを見ている。
「あの……私が異世界人だということは秘密にしてくれませんか?」
「……当然だ」
(心強いなぁ。私、この人のこと好きかもしれない……)
「新しい名前をつけてくれませんか?」
私の無茶なお願いに、ライデンは少しだけ困った顔をした後、考えていた。
「……ミランダはどうだ」
ライデンが考えてくれた名前がなんだか嬉しくて、私は笑顔で答えた。
「はい! ミランダです!」
私が返事をすると、ライデンは何かを思い出したかのような、不思議な表情をしていた。
そして私は、時折ライデンに話しかけながら、彼と一緒に冒険者ギルドへ向かった。




