39.見てくれましたか?
照明の色が淡くなる。夕方と夜の狭間。
簡易的な石畳が敷かれ、奥に小さな社のようなものが組まれている。
木々を模した装飾が左右に置かれ、その間からクレアが歩いてくる。
「……あの、今日は、来てくれてありがとうございます」
これまで告白をしてきたメンバーの声には演技の色が強かった。
その「告白」を成功させるためだけに整えた舞台で、その後の世界など存在しないような。
しかし、クレアのそれは違う。
張った声ではなく、普段の話し声に近かった。
日頃から関わりのある誰かに、そっと話しかけるような声。
これまでにも世界はあって、これからも続いていく声だった。
「ここ、静かでしょう? 人がほとんど来なくて。わたし、こういう場所が好きなんです」
穏やかな口調だ。これから告白すると知らなければ、日常が流れているだけに感じられるような。
「さっき、何をお願いしたんですか?」
仄かな期待を視線に乗せるクレアだったが、やがて口を膨らませる。
「むー……教えてくれないんですね。なら、わたしも内緒にしますっ」
少しだけ黙り込んだクレア。
彼女は上目遣いでカメラを見る。
「でも、ちょっとだけ……言っちゃおうかな。わたしのお願い、叶うといいなって、思ってて」
視線をわずかに落とす。
「わたし、あなたに助けられてるなぁって思う事ばっかりなんです。毎日話してくれるだけでも、すっごく救われてるんですよ?」
本来ならガヤを入れるべきだろうが、誰も声を出さない。
ミオやルナだけでなく、MCでさえもクレアの「演技」に見入っていた。
「だから、これからはわたしが、あなたを支えたいんです……だめ、ですか?」
クレアが小さく首を傾げ、右手を前に差し出した。
そこにはカメラが置かれていて、カメラマンが立っているだけだ。
だが、その指は誰かの手を求めるように宙で開かれていた。
「わたし、手が冷たくなるのが早いんです。だから……握ってほしいです」
小さく息を呑む音が、スタジオからいくつもあがる。
それと同時にクレアが微笑み、照明が元に戻る。
「終了〜〜〜!」
ドン・ペリカの号令を聞き、クレアはアイドルの笑顔を浮かべた。
緊張のような雰囲気が一気に解けていき、一拍おいて、スタジオがこれまでで一番のどよめきに包まれる。
「え、真昼ってもうドラマとか何本も出てるんだっけ!?」
「ぜんぜん出た事ないですよ!」
「ちょっとぉ関係者のみなさん! 真昼は! やれます!」
山田の勢いにメンバーたちが手を叩いて笑う。
「いやーでも、これはマジでヤバかったよ真昼」
「えへへ、本当ですか?」
「なんかもう、情景が見えたもん。多分……昼はデートしてたんだろうね。それで、“ちょっと人が少ないところ行こうか〜”なんて話しててさ。真昼が神社に連れてくるわけ。こう、石畳があって、木がね?」
それセットまんまじゃん、とメンバーにツッコミを入れられる。
「でも、それぐらい真に迫ってたっていうか。全国のプラネタリアン、死んじゃってるんじゃないのぉ?」
「いやー真昼クレア、恐ろしい子……! ってことで、今日の告白シチュエーションは大成功でしたね!」
「そうですね! 一部、ちょっと怪しい子もいましたけど……」
ドン・ペリカと山田が番組を締めにかかる。
「それじゃあ、また来週〜!」
エンディングロールが流れ切ると同時に画面が切り替わる。
番組が終わり、ビールのCMになった。
・
「………………おいおい」
ビールのCMが終わり、なんなら次の番組が始まってようやく、青柳律は声を発した。発することができた。
クレアと実際に知り合って以降、律は時々『一緒に観よ? プラネタリア』を視聴していたが、毎週ではなかった。
わざわざ録画をするのも気恥ずかしいし、自分がストーカーになっているような気がしてできない。
だから、たまたま自分が夜更かししていて、番組が放送される日だったという偶然の一致を、偶然よりも高い頻度で引き寄せていた……のだが。
(あのシチュエーションって……)
律にとって輝かしすぎる思い出が、昨日のことのように再生された。
『りつさん。やっと呼べました!』
あの時の笑顔と、テレビという箱の中に映っていた笑顔は同じだった。
それが何を意味しているのか、あの告白は誰に向けたものだったのか。
少しだけ考えてみたくなったが、心臓が握りつぶされそうな錯覚に陥ってやめた。
「はぁ……寝るか」
ため息を吐いた律は、ベッドに横になる。
心の平穏を取り戻そうと目を閉じる。
「…………ん?」
振動音が聞こえる。
机の上に置いているスマートフォンが一度だけ震えた。
電話ではなく、別の何かの通知だ。
このまま寝ることもできたが、何故だか確認したい衝動に駆られる。誰からのメッセージか理解しているようだった。
彼は身体を起こし、恐る恐るスマホを手に取った。
電源ボタンを押して通知の主を確認する。
『あの、見てくれましたか?』
律が悩んだ時間は十分にも及ぶ。
そして、彼が打ち込んだ文字は——
今回の話はパラレルだと思ってください。
おそらく会長は(許さん)と言っているでしょう。
ということで番外編でした。
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