↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
打ち切られた俺のラノベ、国民的アイドルに“人生で一番好きな本”と紹介されて大バズりし、アプローチされてしまう  作者: 歩く魚
第1章 打ち切り作家と一等星

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/39

31.ワンマンライブ

 佐倉のアイドル曲推しをひとしきり躱してから、俺はようやく端末を自分の手に引き寄せた。


 自分で選ぶしかない。

 佐倉に任せていたら、いつまでも変な曲ばかり入れられてしまう。


 画面をスクロールして知っている曲を探してみる。

 あまり新しいものは分からないし、盛り上げる系の曲は柄じゃない。むしろ盛り下がりそうだ。


 俺が指を止めたのは、誰もが一度は聞いたことのある古いバラードだった。


 十年以上前のヒット曲で、音域にも無理がない。

 恋人と別れた男が、それでも相手の幸せを願うという内容で、派手さはないが歌詞が静かで、俺の声でも形になりそうに思えた。


「渋いな。青柳らしいっちゃらしいけど」

「……さすがに昔すぎるか?」

「いや、悪くないと思うぞ。じゃあ歌ってみろよ。俺が聞いといてやるからさ!」


 佐倉が偉そうにソファにもたれる。

 マイクを持つのは久しぶりだと改めて実感する。


 前奏が流れ始めて、画面の歌詞を目で追う。

 最初の一音を出すまでに少し勇気がいった。


 声を出してみるが、想像よりはマシな気がする。

 曲自体に高い音はないし、テンポもゆっくりしている。


 歌詞を眺めながら、自分の声が部屋に響くのを聞く。

 聞かせるために歌っているようで、途中で気恥ずかしくなりながらも、最後まで歌いきった。


 途中、視界の端で佐倉が手拍子を入れようとして、曲調に合わずにやめたのが見えた。


 バラードで手拍子をする場面はないし、そういうのは弁えてくれるんだな。


 歌い終わると、佐倉は黙りこんでしまった。


「……どうだった? やっぱり、歌わない方がいいか?」

「いや、普通に上手いじゃん。びっくりした」

「そ、そうか……?」

「うん。ただな——」


 佐倉が身を起こして、こちらを見た。


「お前……やたら気持ちがこもってなかったか?」

「……そんなことないけど」

「ちゃんと相手のことを浮かべながら歌ってただろ。歌詞が棒読みじゃなかったし……やっぱり女なんじゃないのかぁ?」


「たまたまだよ。ゆっくりした曲だから丁寧に歌っただけだよ」

「まったく、青柳くんは隠すのが下手だねぇ」


 こちらが誤魔化すたびに、佐倉は見透かした顔で引き下がってしまう。

 追及される方がまだマシかもしれない。


 俺は飲み物に口をつけてごまかした。

 浮かべていた顔があったかどうか、判然としない。


 ただ、歌詞にある「君」という言葉を口にするごとに、誰かがちらついたのは確かだ。


「気のせいだろ」

「そうかぁ?」


 佐倉はにやにやしながらストローをくわえた。


「まあいいや。次は俺が歌うから。青柳、しっかり合いの手入れろよ」

「タオルはないぞ」

「手拍子でいいよ」


 佐倉が入れたのは、案の定アイドルの曲だ。

 しかも、無駄にキレのある振り付きで歌い始める。


 狭い部屋で、飲み物を避けながら踊る佐倉を、俺は半分呆れて眺めていた。


 サビになると、佐倉はマイクをこちらに向けてきた。

 合いの手を求めているらしい。


 俺が黙っていると露骨にがっかりした顔をされてしまい、仕方なく、小さく手を叩く。


 満足したのか、佐倉はまた次の曲を入れた。

 今度も知らない曲だ。


 こうして人が本気で楽しんでいる姿は、取材としては使えるかもしれない。


 だが、同時に使わなくてもいいと思う自分がいた。

 男女の、恋人同士の距離でもないし、駆け引きもない。

 ただ男同士で遊ぶだけ。


 俺が普段、どれだけ周りを観察する対象としか見ていないか。

 それを不意に突きつけられた気分だ。


 二時間ほどが経ったが、佐倉は自分の歌いたい曲ばかり歌っている。

 俺の練習という当初の目的は、どこかへ行ってしまったようだ。


「……ふぅ、こんなもんだろ。どうだ青柳、練習になったか?」

「俺は結局、一曲しか歌ってないけどな」

「なぁに、聴くことも練習なんだよ」

「物は言いよう過ぎるだろ」


 店を出ると、外はもう夕方だ。


「サンキューな。楽しかったわ」

「練習に付き合わせたのはこっちだけどな」

「まぁまぁ……それより」


 佐倉が駅のほうへ歩きながら、こちらを見ずに言った。


「その取材だか何だかの相手、大事にしろよ」

「……なんだよ急に」

「いや、なんとなく。お前があんなに気合い入れてるの、初めて見たからさ」


 返す言葉が見つからなかった。

 

「別に、気合いなんて入れてないよ」

「そういうことにしといてやる」


 佐倉が笑った。

 今度はからかう笑いではなかった。


 佐倉はそれ以上何も言わず、じゃあなと手を挙げて、改札のほうへ消えていった。


 一人になって、さっき歌った曲の歌詞を、頭の中でもう一度なぞる。


 君の幸せを願う——という歌詞だった。


 なぜあの曲を選んだのか、うまく説明できない。

 

 偶然見つけたからと言えば済む話だが、数ある候補の中から、俺は迷わずあれを選んだ。


 理由の輪郭がだんだんと明瞭になってきている気がして、俺は目を背けたくなる。


次回出ます!彼が!


評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!

作品作りにご協力いただけると幸いです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。