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打ち切られた俺のラノベ、国民的アイドルに“人生で一番好きな本”と紹介されて大バズりし、アプローチされてしまう  作者: 歩く魚


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3.言葉を贈っていただきたいのです


 結論から言えば、夢ではなかった。


 朝起きて最初にしたのは、昨夜の記憶が幻想でないかの確認だった。

 スマホを開くと、プラネタリアの名前がいつもより大きな文字で並んでいる。


 その下に見慣れない並びがあった。


 『日陰くんと二等星』。


 俺の本のタイトルが検索候補に出ていた。

 思わず指が止まったが、しばらく心を落ち着かせてから作品名をタップすると、知らない誰かの投稿が次々と流れてきた。


「クレアちゃんが言ってた本ってこれか」

「どこにも売ってないんだけど?」

「電子化されてないのかよ!」

「中古ポチろうとしたら定価の二十倍で笑った」


 スクロールが追いつかない。同じタイトルが、何度も何度も画面を流れていく。

 誰かが書影を貼り、誰かがそれを引用し、また別の誰かが引用する。言葉が波紋のように広がっていく。


「クレアの語り方がガチすぎて気になる」

「そんな泣くほどの本なら読みたいわ」

「絶版なの惜しすぎるだろ。出版社仕事して」


 タイトルがトレンド欄に入っていただけではない。

 芸能ニュースのまとめサイトが、もう昨夜の番組を記事にしていた。

 クレアの泣きそうな顔のサムネに、俺の本のタイトルが添えられている。


 数年前に出して誰にも読まれず消えた本。

 書店からもとっくに姿を消しているし、返品されて裁断された冊数の方が、たぶん売れた数より多い。


 そのタイトルが今、見ず知らずの人間の口から次々と零れている。読みたい、どこで売ってるのか、惜しい。そんな言葉が止まらない。


 嬉しいと思っていいはずだった。

 それなのに、感動するよりも先に別の感情に襲われる。


(……この声のひとつでもあれば)


 本が並んでいたはずのあの時、誰か一人でも読みたいと言ってくれていたら。


 諦めてから期待が叶ったって、もう遅い。

 それも俺の手柄じゃない。彼女の手柄だった。


 素直に喜ぶにはひねくれすぎてしまった。

 

 俺はスマホを伏せた。伏せてから、また手に取る。

 画面を上に滑らせると見慣れた四文字があった。


 枯れ尾花。


 タイトルから本を探せば、そこに作者名は載っている。載っていれば調べられる。至極当然の話である。

 そして案の定、検索窓に「枯れ尾花」と打ち込む誰かが大勢いた。


「枯れ尾花って作者、他に何書いてんの?」

「これ一冊しか出してないね」

「投稿サイトにアカウントあったけど、ここ一ヶ月は更新ないな」

「アカウントあるやん。フォロワー二桁で泣いた」


 最後の一文に、心臓が嫌な音を立てた。

 俺のアカウントだ。


 数年前に宣伝用で作って、ほとんど放置していたSNS。

 フォロワーは二桁だったし、その大部分がスパムアカウント。

 この時点で気付くべきだったと……今考えるのはそこじゃない。


(とりあえずログインしてみるか。ええと……パスワードはこれで合ってるか……? よし、いけた)


 変なアンチが湧いているんじゃないか。

 動機は心配だった。しかし——


「……は?」


 フォロワーの桁が変わっていた。

 

 数字が増えていく。更新するたびに増える。

 俺が見ている、まさにこの瞬間に増えていっているのだ。

 何千何万という単位で、知らない人間が俺をフォローしている。


 俺に向けてものではないお知らせしか届かなかった通知欄が埋め尽くされていた。


「新刊を待っています」

「どこで読めますか?」

「クレアさんの紹介で来ました。あの本に出会わせてくれてありがとうございます」


 一晩で何年分もの言葉が降り積もっていた。


 誰かが俺の数少ない過去の投稿を掘り起こして晒していた。

 数年前の宣伝の告知。


 いいねもリプもつかなかったその投稿に、今は何千ものいいねがついている。「これが伝説の始まりか」という引用がやたらと伸びていた。


(勘違いするなよ……俺の実力じゃないんだ)


 俺をフォローする人々は、俺が枯れ尾花だから注目してくれたわけではない。

 真昼クレアが紹介したから見てくれているだけだ。


 それでも、通知の数字が動くたびに指が止まった。

 何年も鳴らなかったアプリがひっきりなしに震えている。

 慣れない感触だった。悪い気分でないと認めたくなかったが、実際、悪い気分ではなかった。


(講義に行かないと……)


 いつまでも呆けているわけにはいかない。

 非現実に巻き込まれようと、俺自身は現実を生きているのだから。画面を閉じようとした。


 その時、偶然にも指がダイレクトメッセージの欄に触れてしまった。

 一目で確認しきれないほどのメッセージがこちらにもきている。

 内容は先ほどまでに確認したものと同じだ。


(ん……?)


 通知の山に、毛色の違う一件が混ざっているのに気づいた。

 差出人の欄に、見覚えのある名前が入っていた。


 プラネタリア公式。


 悪戯か、それとも詐欺の類か。

 この状況でも疑うのが普通だろう。


 いくら番組で紹介されたからといって、自分宛てのメッセージが届く理由がない。送るなら、番組で紹介する前に送るはずだ。


 それでも、俺の好奇心は勝手にそのタブを開いていた。

 文面は丁寧な挨拶から始まっていた。


 突然の連絡を詫びる言葉。番組で紹介させてもらったという礼。

 そこまでは定型のようだったが、問題はその先だった。


『明日、プラネタリアは単独ライブを予定しております。

 そこで、メンバーへ内緒でサプライズを企画しております。

 

 ファンの皆様や関係する方々からの応援メッセージを集め、本人たちに伏せたまま会場の大型スクリーンに映す予定です。


 真昼クレアにはぜひ、枯れ尾花様から言葉を贈っていただきたいのです」


 むせて、一度読むのをやめた。

 スマホをベッドに投げて、大学に行く準備を始めたのだ。

 洗面台で顔を洗い、歯を磨き、着替えてから髪をセットして、ベッドに戻る。


 当然ながら、スマホはそこにあった。

 俺は幾度か深呼吸をしてから、再びスマホの電源を入れる。


 運営からのメッセージを開いた。

 読み間違いではなかった。

 文字は何ひとつ変わっていない。


 名指しだ。観客の一人として紛れ込むのではない。


 選ばれた人間である枯れ尾花として、真昼クレアに向けて言葉を贈ってほしいと書いてある。


 俺が送信した言葉は明日、会場で、彼女の目の前で発表されるのだとか。


 昨日の今日だ。テレビで紹介されたことすら、まだ受け止めきれていない。

 フォロワーが何万に膨れたことも現実の出来事として処理できていないのだ。


 メッセージを送るための矢印が、妙に光って見える。


 名誉なことだ。ここから俺の人生は好転するかもしれない。

 たった一言、ありがとうございますと打てば済む話ではある。


 それなのに俺は、その光を見つめたまま動けなかった。


お読みいただきありがとうございます。


初日は3話連続更新でした。

明日は2話更新となり、律とクレアの関係が始まるかも…?というところです!


評価ポイントをいただけるととても嬉しいので、お手数ですがよろしくお願いいたします!

作品作りにご協力いただけると幸いです!


それでは引き続きお楽しみください!


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