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009 さようなら人間界

 ゲオルクの薬屋は近くに屋台と言う形で仮店舗運営となり、1週間が経過した。


「で、パウルはまだ見つからない、っと」

「おう」

「普段は僕達と一緒ですから問題ないと思いますが」

「気を付けろよ?アス」

「りょーかい。とりあえず丸薬系、液体と粉末は厳しいかなって」

「ありがたい。他の薬師も早めに上げて来てくれるし、本当にありがたい事だよ」

「ん、そっか」


 アスディルたちは食料を買い、家に戻る。馬型魔法生物のボスを繋いで、家に入る。ドアを閉め、3人で脱力した。


「……ぜってぇアレ見張ってるだろアスの事」

「しかもまぁ随分と粘着質な視線で」

「おれもきもちわるかった」

「はいはい。今日の夕飯当番俺だからな。魚でなんか作ったる」

「わ~い」

「そう言えば先日モナールフの貸本屋で色々読んでいましたが、さては料理本も読んでいましたね?」

「バレたか。まぁ見てろって」


 仲の良い3人の賑やかな食卓の声は静かな森の中に溶けて消えていった。



 パウルは焦っていた。サヴァの町を領地にする貴族、その貴族に頼まれた品がどうしても出来ないのだ。いらだちはさらなる失敗へ。頂点に達した時起こしたのが荷馬車追突事件。警備隊に手配されているので貴族の屋敷の中にある研究室に篭っていた。


「早く早く早く早く早く」


 ごろつき共に金を握らせアスディルの家を襲わせたが謎の壁に阻まれて入れもしないという。かといって町に出ている時を狙おうとしてもあの薄茶と黒色の青年たちが常に一緒に居る。


「アスディルなら、そう、アイツなら」


 目の前にある己が成した失敗作の研究結果を見ながらパウルは思う。アスディルならば貴族が望むモノを作る事、可能だろう。その成果だけ取ってしまえば莫大な報酬が手に入る。


「なにを、してでも」


 彼は笑う。彼にとってアスディルと言う存在は、ただの踏み台でしかなかった。



 トンっと、アスディルは家を出た。丘の周りは森になっていて、人が身を隠すのにはうってつけの立地となっていた。


「……居るんだろう?」

「へぇ?自ら出て来るとは良い奴だなぁ?」

「3日もそこで見張りやってて可哀そう……ではなく。単に見張られてる俺等が気持ち悪いから出て来ただけだよ」

「ほう?」

「用件はなんだ?」

「パウルって奴がなぁ?お前を連れてこいって言うんだ」

「……連れてこい?」

「あぁ。だからさぁ?来てもらうぜっ」

「……レイ、こいつ等マジでこれ以上知らない」

「だろうな、了解」


 先頭に居たごろつきが吹き飛ばされる。髪を結んだレイエルが蹴りでごろつきを吹き飛ばしていた。家の中から(けん)も出てくる。


「まったく、使えませんねぇ」

「ほんとだよ……」

「さて、お仲間の皆さんも出てきていいんだぜ?」


 続々と敵が湧いて出る。アスディルと令は長い棒を、柑は短めの棒を2本持ち、襲い掛かるごろつきを駆逐していった。


 10分も経っていないその場所に、3人は立っていた。足元には伸びたごろつき。連絡用の花火を上げたのでアントンが警備隊に連絡してくれてここに来る手筈になっている。


「……俺を何処に連れて行くつもりだったんだ?」

「げ、ゲルト子爵邸だ……」

「ゲルト子爵?」

「ほら覚えてるか?レイを女の子に間違えて宿屋に殴り込み掛けてた貴族」

「アイツか……」

「その方の元にパウルさんはいらっしゃると」


 遠くに警備隊が見え、安堵する。ふと、アスディルが遠くを見ていることにレイエルは気付いた。


「……ちょっと、行ってみたいと思うんだけど」

「どういう心境だ?」

「気になるから。こんなごろつきを使って俺を連れて行って、パウルが何をさせたがっているのか」

「……まぁ、気になるよな」

「気になりますね」

「連れて行くなら、許可出さなくも無いな」

「……ありがと、レイ、柑」


 ごろつきを全員警備隊に引き渡した後、いつも通り家を結界で覆う。そして辻馬車を使い、1時間乗った隣町に向かう。その町の郊外に立っているのがゲルト子爵邸だった。


 彼は待った。今日こそごろつきがアスディルを連れてくるはずと。ドアが開く音にそちらを見る。だが、そこに居たのは何の怪我も拘束もされていないアスディル・ファーレットその人。後ろからはよく見る薄茶色と黒髪の青年も見えた。


「パウル。お望みの通り来てやったぜ?」

「は……っ……良いだろう」

「何を、作らせようって言うんだ?」

「究極の、媚薬だ」

「媚薬?なんでそんなもん」

「下々の私達は知らなかったがな、皇帝陛下は好色であらせられる。貴族の令嬢、いや、平民でも見目麗しければ召し上げる見境無しだ。このゲルト子爵邸にも15歳と13歳の令嬢がいらっしゃる。子爵は皇帝陛下をたいそう恐れていてな、ならば、皇帝陛下のお気に召す品を差し出せばいいと」

「……それで、媚薬、ね」

「実際新しい精力剤を献上した貴族が召し上げを回避した事例もあるそうだ。まぁ私達下々のモノには関係ない。だがっ今の私の雇い主は子爵なのだっあの方の望むモノを創り出せなければ地位がっ褒賞がっ」

「……なるほど、ね」


 パチンと、アスディルは足につけていたポーチを開く。そして、そこに入っていた羊皮紙を取り出した。


「……俺が、この世に出してはいけないと感じた5つの薬品。1つ、液体の爆薬、2つ、無味無臭の毒薬、3つ、禁止薬物と同成分の酒、4つ、若返りの秘薬……5つ……痛みを感じなくなる催淫剤……この世に出してはいけない品だから、常日頃から持ち歩いて居るし、調合法も暗号で記している」


 なんてものを作っているのだとレイエルは言いたかった。どう考えても危険な代物ばかりで、世に出さないという判断は妥当でしかなかった。だが、パウルはそんな事も気付かず、アスディルの手にある羊皮紙に手を伸ばす。


「そっそれを寄こせっそれさえあればっ」

「お前じゃ暗号は解けない。だから、渡しても無意味だ」

「なに……?」

「パウルじゃ、俺の書いた暗号文、解けないよ」


 激高するパウル。レイエルと柑が止める前に、アスディルを引き倒し、馬乗りになった。ゴンっという鈍い音が響く。アスディルの頭に合ったのはレンガの段差。血が、流れる。


「アスっ」

「このっ」


 レイエルが蹴り飛ばす。柑はアスディルを助け起こすと傷の具合を見た。


「……ぇ?」

「どうした!?」

「傷が」


 血に濡れているアスディルの後頭部。だがそこに傷は何処にもない。血だけが流れて、意識も無くて、傷が、無かった。


「ははっやったっコレでっ」

「てめっ」


 羊皮紙を握りしめたパウルが笑う。だが、そのパウルを、彼が指さした。


「『イーグニス』」


 アスディルの声に、炎の精霊が応える。羊皮紙は端からパチパチと火花を散らし、やがて燃え始めた。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「……アス?」

「……『サナーレ』」


 今度は頭の周りで透明な妖精たちが踊る。こびりついていた血は消え、アスディルが目を覚ました。


「……あれ?」

「色々あるが……燃えてるぞ、アレ」

「……まぁ、望む人、出てくるだろうなと思ってたから丁度良いや」


 残り4枚の羊皮紙もランプの炎にくべるアスディル。その横顔に未練はない。そして半狂乱の知人を残し、アスディルとレイエル、柑は研究室から出た。


「……レイも判った感じ?俺の力が何なのか」

「お前も、自覚した感じか」

「と言うか、なんか視た」

「なるほどね」


 歩きながらアスディルは空を見上げる。レイエルは逆に地面を見ている。その背を追う柑だけがまだ状況を把握していなかった。


「……先ほどの無意識の力の行使が……?」

「最初から変わってたんだよアスディルの言葉。イルカの事『デルフィーニス』って呼んでたんだ。魔法古語でイルカは『デルピーヌス』、ついでに馬は『ボース』だ」

「ぁ……」


 魔法古語、それは主に魔法界を中心に使われていた魔法を行使するための言語。偶然その名を宿す人間もいるかもしれないが、魔法界でもすでに過去の言語。そんな言語をこの人間界に使っている存在が居る訳もなく、先ほどのアスディルの様子から、レイエルは当たりを付けていた。


「多分、アスの本当の出身は魔法界、それも妖精寄りの住人の子だと思うぜ?」

「……多分、そうだと思う。さっき倒れた時、視たし、聞こえてきたから」


 アスディルが倒れた時、彼は意識を飛ばし、どこか暗い街並みの中に居た。その男女は妖精の羽根を生やしているがアスディルと同じぐらいの等身に見えて、同じサイズの妖精を何体も従えていた。


『妖精が階層主に成る夢、叶わないとは』

『かくなる上は、妖精の力を人間界に送るべくこの子を、階層主に成るべくして作ったこの子を人間界へ』


 ふわりと篭が浮く。覚えのある篭だった。アレは自分が入っていたと聞かされた篭と同じ物。つまりここが、自分の本当の産まれた場所。


『復讐を、魔法界と人間界に災いあれ』

『礎となるのです』


 彼も彼女も呪いの言葉と共にアスディルを送り出す。やはり、ろくな親では無かったなと、笑っていたら、意識が戻った。


「時に、魔法界って何?あと階層主」

「人間界挟んで階層って概念が有るんだよ。上から天上界、天界、人間界、魔界、魔法界、冥界、幽界、無界。その中の魔法界だろうな。んで階層主ってのはその階層の主、統治者だな」

「成れなかったんだ」


 少し考える。任務前会った双子の階層主。彼女達の発生は似たような時期ではなかろうか。成長速度が違うので比較にはならないが、その可能性は十分にあった。


「25年前の時点で、この前即位することになった階層主の双子の方が相応しいとなったんだろうよ」

「……そっか」


 寂しげな背を見て、レイエルと柑は何も言えなくなる。人間だと思っていた自分が妖精寄りの他階層の生き物だったとあれば、ショックも大きいだろう。


「……レイ、大体の事情は分かりました。アスの怪我がなかった件は?」

「魔法界の住人、めちゃくちゃ丈夫だから。人間成分で血が出たけど魔法界成分で傷が無かったんだろ」

「納得です」


 さてどうしようとレイエルは悩む。魔法界の住人の、妖精寄りの種族とあれば保護対象だろう。だがアスディルには友人もいる。引き離すのは辛い事だろうとレイエルは思案した。それ位の感情の動きならばレイエルにだってわかる事だった。


「レイ、あのさ。魔法界だか天界だかは判らないけど、連れてってくれる?」

「……天界の方ならな」

「じゃあさ、あと半月待ってくれる?」

「良いけど、何かあるのか?」

「お祭りがあるんだ。俺の大好きな祭り」


 笑ってアスディルは願う。半月など天界の時間に置いては刹那。念のため許可を取ろうと考え、アスディルの背中を叩いた。


「んで、ついでにお前が童顔な理由が分かった。多分お前も長命の者だ。そしたら25じゃまだ5歳ぐらいだよ」

「は!?えっ何それ身長伸ばそうとして大人びようとしていた俺の努力は!?」

「ふふっちなみにレイエル、生まれてから25年ってどんな状況でした?」

「多分つかまり立ちの赤子が近かったと」

「それに比べればマシでは?」

「マシだった……でもなぁ……」


 なんとか笑い合いながら家へ帰る。調薬室には向かわず部屋に帰ったアスディルを見送りながら、レイエルと柑は水鏡の通信画面を開いた。


『レイエル。お疲れ様、で良いのかな?』

「良いみたいだ。半月滞在許可は?」

『降りてる。その位の刹那を惜しむわけないだろ』

「それは良かった」

『……辛い、だろうな。自分が人外だって知るのは』

「それを暴きに来た俺達は、もう何も言えないな」

『だね……』

『祭ってどんなだろうな』

「俺も気になった」

「楽しみにしましょう」


 水鏡の通信の最中、アスディルは枕に顔を埋めていた。25年、人間として生きてきた。確かに10歳の時、妖精の力を使っている所を前町長に見られ、今日も殴り込んだゲルト子爵に売り渡されそうだった所を現町長が止めてくれて、でもやはりこの力は気味が悪いのか今の家に住んで15年。街の人達は事情を町長たちしか知らないと言うのもあるが優しかった。別れが辛いと感じるぐらい、皆優しいのだ。だけれども親と思しき男女の呪いの言葉が蘇る。あの言葉で送り出された以上、自分はきっとこれ以上この世界に居てはならないだろう。だから、別れなければならなかった。


 時間は過ぎる。アスディルは調薬室に篭りきりになる時間が増えたもののそれ以外はいつも通りの生活を続けていた。レイエルも柑もそれに合わせる形でアスディルを見守る。


 事件より半月後、レイエルは町で大工仕事に勤しんでいた。屋台の骨組みを組むと順に立てていく。夜がメインの祭の当日準備だった。


「ふぅ……流石に慣れない作業は疲れるな」

「レイ。どう?」

「アス。あぁ、順調。流石に疲れたが」

「手打つなよ?」

「もうそれは経験済み」

「あらら」

「レイ、アス。お昼配布始まりますよ?」

「行くっ」

「おうっ」


 昼間丸々準備に時間をかけ、夜。ランタンの灯りがともるその町中、レイエルと柑、アスディルは歩いていた。


「へぇ?綺麗なもんだな」

「だろ?夏はこれがなきゃってお祭りっ大きな街、モナールフだとまた別のお祭りが夏の名物ってやつらしいけど俺等はコッチ」

「そっか」


 噴水の広場で休憩する。アスディルと柑の手には魚のフライと芋のセット。レイエルはサラダを食べていた。


「胃腸虚弱が判明しただけマシでは?」

「うるせ」

「お酒はどうなのでしょうね?」

「1回ぐらい吞んでおけばよかったと思うが……アス、視線逸らしてどうした?」

「……下戸です」

「え、マジか」

「おや。でも確かにお酒使う料理殆ど作りませんでしたからね」

「これ、種族差??」

「……申し訳ないが個人差」

「まじか……レイは判んないとして、柑は?」

「生まれてからこの方、酒で潰れたことはありませんね」

蟒蛇(うわばみ)と言うらしいぞ」

「把握した」


 屋台ゴハンを食べ歩くアスディルと柑。レイエルはその後ろで食べられそうな軽い品を選んで食べて行った。デザートに冷やしたフルーツを食べ締め。まるで最後の思い出を残そうとしているかのようなアスディルの動きにレイエルも柑も付き合っていた。


「アス~っ」

「シャル、アントン、ゲオルク」

「やっぱ夏の祭りはこれじゃないとな」

「だよなっ」


 楽し気に友人らと語らうアスディル。そっとしておこうとレイエルと柑は少し離れた木の下で休むことにした。


「……柑、あのさ」

「何ですか?」

「定義でしか理解できないのが俺の難点なんだが」

「……今更?」

「うるせ。でだ、その定義で言うと……俺は、お前の事、相棒と思えている」

「……おやおや、聞かれていましたか」

「耳は良いもんでね。アスほどじゃないが」

「それはそれは」

「ん。でも、理解とかそう言うの超えた部分で考えると、嬉しいな」

「……えぇ、それは良かった」


 それでも、きっと彼は願いについて何も言わないだろう。だからここで追及しない。何せ今この光景は間違いなくあの中枢組と最高神が見ているのだから。彼等の誰がレイエルの願いを知っているか判らない以上、ここで開示するのは悪手だろう。


「じゃ、背中任せるぜ相棒」

「えぇ、此方もお任せしますよ、相棒」


 コンッと拳が打ち合わさる。レイエルはようやく得た本当に信頼のできる人物の存在に心躍らせた。だが、ギリギリまで秘めておきたい。信頼ではなくそれはレイエルの願いに掛ける重さが故。


「あ、居た居たっ」

「もう良いのか?」

「うん……あ、もう少しで最後の式典、始まるから」


 案内されたのは銅像の広場。前に行くのかと足を進めた2人を、アスディルは留め置いた。


「……合図したら、家に走って」


 震える声に、是を返す。そして配られたのは火をともす場所のある、軽い布で出来た1面だけ開いた箱。


「なんだこりゃ」

「わぁ懐かしい。火を灯して、温かい空気をこの中に溜めると飛ぶのですよ」

「そりゃ面白い」


 振りかえる。アスディルは1人無数の一回り大きな箱を準備していた。火の妖精が順番につけて行き、数多の妖精が地上にとどめている。レイエルと柑はその光景を町の人に気付かれないよう認識阻害の結界を張って、火を貰った。


「3、2、1……飛ばせ~っ」


 町長の合図で紙の箱は一斉に飛ぶ。少し風が動いたのか灯された箱は銅像の方に向かう。必然的にアスディルが飛ばした箱が町民の上を飛んだ。


「走って」


 踵を返し走る。泣きながら走るアスディルを見て、一瞬何をしたか不安になる。だが、2ケ月ほど一緒に暮らして、アスディルが町の皆を害する性格でないことはよく理解しているつもりだった。


 家に着く。だがその家は半分朽ちていた。妖精たちが必死に何かをやっている所を見るにアスディルが何か頼んだであろうことだけは察せられた。


「っ……町の人の上に飛ばした奴に、忘却薬降るように仕掛けしたから……明日には俺の事、忘れてる」

「アス……」

「家は皆に壊して貰って……でも、ボスどうしよう」

「魔法生物だからなぁ……」

『レイエル。一旦その魔法生物ごと天界に上げよう』

「え、あ、はい……ソイツごと一旦上げるってさ」

「お、お願いします」

『では、天界へ来るがいい』


 史真の声と共に3人と1匹が浮く。最後にサヴァの町を見たアスディルは、泣きながら、笑った。


「さようなら、俺の大好きな、故郷の町」


 そして、3人と1匹は人間界から消えて、居なくなった。



 天界。最高神の間ではなく演練場に着地した3人と1匹。確かに馬を連れて最高神の間には入れない。と、そこへ中枢4天使、補佐組を引き連れアルトが現れた。レイエルと柑が頭を下げたことにより慌ててアスディルも頭を下げる。


「任務ご苦労」

「恐悦至極。ですがアルト様」

「……い、色々すまなかった……」

「ここ4000年位、ティミエルとフォルエルが居たから出さなかったのでしょうが、そのついうっかりで連絡を忘れる癖はどうにかした方がよろしいかと」

「……慣れぬ任務に赴かせた分私も慌てていたようだ。以降気を付けよう」

「そうしていただけるとティミエルとフォルエルの苦労が減りますので、えぇ是非」


 良い笑顔のレイエルと表情が変わらないが汗だくのアルト。逆じゃないか現象がたまに起こるのは中枢組の公然の秘密だった。


「ほほ。アルト殿もレイエルには口では勝てぬか」


 声にそちらを向く。そこに居たのはフォティゾとニゲル、アルブスの階層主組。階層主に成れなかったアスディルに合わせて良いものかと思案したが本人は成る気が無さそうなので良しとした。


「フォティゾ様、ニゲル様、アルブス様。お久しぶりでございます」

「うむ、久しいの薄紫……では無いな今」

「あぁ、これは失礼」


 人間界で薄茶色に変えていた髪色を薄紫色に戻す。なんとなく帰ってきたなと安堵する柑。アスディルは2ケ月ぶりに見るその色彩を追っていた。


「ご用件は?」

「その馬の事よレイエルさん。その魔法生物の馬は妖精の力が入った分、特別な馬になっているわ。しかも白毛は滅多にいない種族。だから、私の馬に欲しくて」

「何、その毛並みの馬を朽ち果てさせるのも惜しくてな。多少借りに成ろうとも、魔法界で預かって貰えぬかとニゲルとアルブスに話を通しておいたのだ」

「そうだったのですね……」

「良いかしら、アスディルさん……お話は聞いたわ。現魔法界階層主の六陽(りくひ)=アルブス・エクスィプノです」

「えっ俺より小さい……あぁっごめんなさいっ」

「まぁ、発生は其方と同次期じゃろうな。同じく現魔法界階層主、六嘉(むが)=ニゲル・エクスィプノじゃ」

「アスディル・ファーレットです。えぇ、ボスの事、お願いします」

「良かったっ」

「ボス、ちゃんという事聞くんだぞ~?」


 ボスを連れ、ニゲルとアルブス、そして階層移動の手段として呼ばれたであろうフォティゾが消える。とたんアルトが深めの溜息を吐いたのは全員で聞かなかったことにした。


「……さて、本来ならば最高神の間で会うのが筋なのだが仕方あるまい。天界階層主、最高神、史真(ししん)=アルト・エーラだ」

「あ、アスディル・ファーレットです」

「妖精の者ならば天界馴染みも早いだろう。色々見てやるがいいレイエル」

「御意に。保護先は自分の所でよろしかったでしょうか」

「あぁ。適宜鍛えた後」

「討伐にも駆り出すように、ですね。わかっています」

「では、くれぐれも仲良くな」


 アルトがマントをはためかせ、回廊に消えていく。こうして、アスディルの天界生活は始まりを告げたのだった。








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