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006 始まりの仲間

 天界にも天気の変化は存在する。その日は雨。柔らかな雨が中級街に降り注ぐ。そんな様子を窓辺で本を読みながら(けん)は見ていた。


「これじゃ、今日の来館者さんは見込めませんね」

「そもそも大半の天使が雨の日は活動を休止してゆっくりと休む。働いているのなんてそれこそフォルエルとティミエルの補佐組だけだろうよ」

「是非そこは最高神殿にも働いていただきたいところですね」

「それは言えている」


 レイエルもまたカウンターで本を読んでいる。入荷したここに置いても大丈夫な西方の知識の書物。新たな書物を、彼は今日も読み解く。


「そう言えば、西方の本、漢字で書かれていた本も少しだけありましたが」

「翻訳魔法が適用されてるから平気。東方文字とは全然違うんだな。成り立ちわかるか?」

「線で字を書いたのが由来と聞きました。今でこそ大国の名前は華国ですが昔は漢の国と言う国が合ったそうです。そこの文字だから、漢字と」

「へぇ……そういや東方文字読めるんだ」

「えぇ。仙境にはありとあらゆる知識が、手段を選ばず運ばれてきますので。元々山脈2つ超えた先にあるのが東方文字の範囲。簡単な書籍ならば入手は可能ですね」

「ふむ……あ、桜の国って知ってるか?」

「華国のさらに西にある島国ですね。華国と、遥か遠く大陸の端にある国としか交易を行っていない鎖国国家ですので内部事情まではちょっと」

「コレ、その国の本。文字3つ使ってる」

「……え、3つ??漢字と??」

「平仮名と片仮名って文字。どう派生したのか気になって」

「流石に僕も存じ上げませんでした……へぇ……」


 書評談議を行うのも慣れたもの。特級図書館に案内された日、ティミエルがなぜそんなにも穏やかなのか聞いていた。


「そう、ですね。ここに来たのは事実、帰っても何もない。ならばここでいかに快適に過ごすかを考えた方が、徳という物ではないでしょうか?」


 そうやって柑は笑う。実際、柑は言った通りここで暮らすつもりだった。仙境に帰っても出迎えるのは死体の山。柚月以外の発明品に未練はない。ならばここで、新しい生活を送る方法を考えた方がずっと有意義だった。


 翌日は晴。柑が来てから半月の時間が流れていた。レイエルはまだ焦らない。確かに天使の感覚では30年など一瞬。それでも柑と言う、確かに長命の仙人ではあるが人間と言う地上の時間感覚を持つ人物が来てくれたのだ。ある程度時間感覚は是正されるだろう。図書館を開き、常連が本を読み始めると、何時もの郵便配達の少女が現れた。


「郵便です」

「ありがとう」


 封を切る。呼び出しは明日、そして柑を連れてくるように指示されていた。顔を見合わせる2人。おそらくそろそろこの指示が来るとは思っていた。念のため柑の剣は早い段階でスパスィエルの武器庫に保管してもらっている。


「頑張るか」

「お手柔らかにお願いしたいところですね」


 翌日、最高神の間に柑も入る。あの日見たそのままの荘厳な間。色彩こそ違えど何度か入った頃のある華国の宮殿を思い出した。もっともあの場所はここのように清涼な空気ではなかったが。


「お呼びにより参上いたしました」

「あぁ。柑と共に北の平原に向かえ。かなりの規模だ」

「御意に」


 業務連絡を素早く終え、最高神の間を辞してさて着替えてと演練場に足を向けようとしたその時、誰かがレイエルに飛びついた。


「レイエルっ流石に今日のは流石にマズいっ」

「今日は俺も同感。一昨日の雨で討伐指示が遅れた分、魔物が噴き出しているって話だ」

「リスエルが天界軍の出陣を申請しているっだから」

「とは言え、ご命令だからな。柑、行けそうか?」

「10万ぐらいまでなら」

「だよな。とりあえず着替えるわ」

「その正装じゃ、1万が限度そうですからね」


 フォルエルを引き摺り、演練場の端にある詰め所でレイエルは着替える。表に出ると柑はスパスィエルと何かを話していた。スパスィエルの手にあるのは、青い槍。


「あ、レイエルさんっ槍、出来上がりましたっ武器職人の方が作ってくださいましてっ」

「かなり細かい指示だったにもかかわらず完璧ですよ」


 渡された槍。振り回し、その手の馴染み具合に感嘆を覚える。それほどまでに槍はレイエルに馴染んでいた。


「でも良いのか?ある意味俺専用だろう」

「天界軍の小隊長以上の皆さんは専用武器ですからね。殆どリスエルと同格のレイエルさんに専用武器が無かったことがおかしい事だったんですよ」

「……ありがとうな」

「では行きますか」

「でも柑、飛べないだろ?」

「飛べませんが、跳べるのですよ」


 タンッと中空に魔法陣を展開させ、柑は浮く。西と東の文字が入り混じるその魔法陣は当たり前だが初めて見るモノだった。


「足場固定の魔法陣。御覧の通り滞空が可能です。さらに加速を付与させえることで移動にも使えます」

「へぇ……そりゃ便利だ。んじゃ」

「えぇ、行きましょうか。案内、お願いしますね?」


 封印術具を受け取り、レイエルは翼を展開させる。羽ばたきの音と共に、軽やかな足音が響く。飛行について行けるように柑は魔法陣の加速を強め、足元に展開させ続けていた。


「足元と言うか足に発生させているのか」

「えぇ、落ちなくて便利でしょう?」

「そのようだ」


 普段なら探さねば見えない発生地域。だが北の平原に辿り着くとその領域は一目でわかった。あの日の惨劇とほぼ同等の規模。滞空しながら頭数を計算していく。


「ザッと200越えだな。結構硬いから1体人間20人分と考えてくれ」

「それはそれは。やりがいが有りそうですね」


 コレはレイエルにとって、柑を試す良い機会だった。背中を預けられる実力を持った仲間。実力は十分、後は、どれほど信頼できるかどうか。


「柑」

「何ですか?」

「……信頼ならないと感じて、背中を狙っても文句は言わないよ」

「そうですか」

「でもさ、俺には願いがある。絶対に叶えなきゃいけない願いなんだ。だからさ、その時は、代わりに俺の願い、叶えてくれよな」


 ふんわりと笑う彼に、柑は確かにあの天使たちが過剰に心配するのも判ると溜息を吐く。彼はその願いの為ならば、願いを叶えた後死ぬのすら厭わない。だから何も言わなかったのだろう、枸橘との事も、柚月の事も。願いの為何かを成す為に手段を選ばないのは、彼の中では当然なのだ。


「その願いの内容にもよりますが?」

「それは今際の際に喋ってやるよ。それまで内緒」

「おや、それはケチ、という物ですよ?」

「良いだろ?でもま、覚えていてくれよな」

「そう言う願いは自分で叶えてこそでしょう?死にそうになったらぶん殴ってでも起こして差し上げますよ」

「そりゃ怖い」


 発生領域の中空に移動する。翼を収納し、魔法陣を消し、2人はその領域に降り立った。瞬間、20を超える魔物がその場から塵と消え去る。


「そっち頼む」

「えぇ、御武運を」


 レイエルにとって後は慣れた戦闘。狩りつくし、瘴気の穴が見えるように綺麗にしていく。柑もまた初めての魔物退治だったにもかかわらず難なく刈り取っていく。その昔仙境同士の争いで妖怪仙人を相手が降伏するまで狩りつくした経験のある柑にとってこの程度目を瞑っていても出来る事だった。


「とは言え……」


 目に見える1体を刈り取り、柑は瘴気に彩られた大地を見渡す。噴き出す何かを感じた柑はそちらへと足を運ぶ。途中湧いて出た魔物を切り刻むのを忘れない。


「……コレ、ですかね」


 それは本当に穴だった。顔程の大きさの穴は瘴気を吐き出している。そこへ、薄紫色が舞い込んだ。


「瘴気濃いだろ、大丈夫か?」

「華国の宮廷の瘴気よりは薄いので」

「いや宮廷の瘴気どんなんだよ」

「人間のどろどろとした感情を煮詰めて凝縮した感じの」

「把握したくないが把握した」


 タンッと封印術具が突き立てられる。とたん瘴気は噴き出さなくなり、瘴気に染まっていた大地も徐々に綺麗になっていった。


「コレどういう仕組みで噴出しているのですか?」

「瘴気だけは直下の人間界を通過し、魔界から直接天界に噴き出すようになっているんだ。仕組みは俺達でも知らん。自然現象に近い。だが、その仕組みを利用してどこかの魔王殿は人間界を経由しない魔界からの穴を天界に開けてやがる。はた迷惑だ」

「そこから故意に魔物や魔族と言った方々が来る事は?」

「魔王側で封じているから無いそうだ」


 魔界からの穴。それが自分のコロニーを壊す遠因になったことはレイエルも知る所。と言うかレイエルはその件で、魔王、秋央(しゅうおう)=カエルム・サマノスから直接謝罪を受けていた。神殿に来て500年位した頃、太陽の運行を主る天上界の階層主、香鏡(こうきょう)=フォティゾ・イリョスが連れてきたのがカエルムだった。その間アルトは頭が痛いと言わんばかりの空気感を出していた。


「よし。綺麗になったし封印術具も機能している。帰るか」

「はい」


 空を飛び、空を駆ける。やがてそれは彼等にとって日常と化していった。



 柑が天界に来てから3年の月日が流れていた。彼と彼の朝には日常が存在している。


「レイエルっ貴方また本と一緒に寝てっ本が痛むでしょうがっ」

「ぁれ……朝か……仕方ないだろ結構興味深い記述が合ったんだからさぁ?」

「言い訳無用。顔洗ってきなさい」

「おう……」


 レイエルが身支度を整える間、2階のリビングに当たる場所で柑は水を飲む。仙人であり、また天界に来たことで天使たちと同じ食事のいらない身になっている柑だが朝の習慣としてコップ1杯の水を飲むようにしていた。


「今日は呼び出しもないし、昨日神殿行ってるし、図書館開けるか」

「えぇ。そうですね」


 定刻に図書館の鍵を開け、開館の看板を掛ける。しばらくすると中級天使たちが多数来館する。勿論最初は髪が短い柑を不思議がったが中級天使はあまり考えない。半月も経たず馴染んでいた。良いのかどうかはまた別の話。


「柑、35番の棚、上から3段目真ん中あたりにこの本あるから」

「はい。解りました」


 レイエルにとって楽になったのは討伐だけではない。司書の仕事も補佐が居ると居ないとでは全く違っていた。何せ柑はレイエルと同じぐらいここの本を読み、場所も内容も把握しているのだから。


「っと、その本なら12番の棚ですね。此方です」

「あ、ついでにこの本戻しておいてくれ」

「はい」


 静かながらに賑やかな時間が過ぎる。ドアが開く。そこに居たのは馴染みの郵便配達の少女。


「郵便です」

「ありがとうな」


 封蝋はいつもの。開いて見ても、いつもの内容。いつも通り苦い顔をするレイエルに、いつものお呼び出しがかかったと認識した柑は苦笑いと共に後ろに回り込み、その手紙を見た。


「まぁ、なんと言いますか、いつも通りですね」

「だな……明日頼んだ」

「頼まれました」


 明日は明日とレイエルと柑は図書館の仕事を熟す。夕方、最後の来館者が帰った後、閉館の看板を掲げた。


「仕事を得る、と言うのも大変なのですね」

「らしいな。俺なんかは生まれた時から仕事会った身だし」

「そう言う事が有るんですね」

「稀だけどな」


 休憩していると今度は運搬の仕事をしている青年天使がやってくる。手にあるのは、新刊。


「相変わらずお前さんちに運ぶ荷物は重い」

「本なんだから仕方ないだろ」


 文句を受け取り、本も受け取る。運搬の青年が居なくなると柑とレイエルは本に群がった。


「おっ西の文学作品だって」

「今回は文学作品多めですね……あれ、お手紙」


 箱の中に入っていた封筒を開く。それはビアへエルの字。


「『文学作品が情緒を育てるのに良いという記述を見つけました。勉強してください』……でっかいお世話だ」

「ふふっ」

「笑うな柑」

「コレは失礼」


 その日は新刊である文学作品を読み、眠りについた。


 翌日、レイエルと柑は神殿へと向かった。神殿に入るための柑の衣装は早い段階で縫製の仕事に就いている天使に作って貰っていた。日常着も作って貰い、ここに来る際、柑が着ていた戦闘着はレイエルの詰め所に置いている。


「あ、レイエル、柑っ」

「お、来たな」

「フォルエル、ティミエル。お前等が穏やかってことは規模」

「「大したことあるから」」

「……まぁ、そうでなければ僕まで呼びませんね」

「でした。とりあえず顔出ししますか」

「えぇ」


 最高神の間に顔を出す。するとビアへエルが水鏡を展開し、何かを見ていた。


「あぁ、来たか、レイエル、柑」

「御取込み中でしたか?」

「いや、少し緊急で問題が起きただけだ。お前達との任務とは関係は今のところない」

「今の所、なのですね」

「あぁ。ともかく、南の平原だ。少し規模が大きい」

「承知いたしました」


 水鏡は何処か海辺を映し出している。それを横目にレイエルと柑は最高神の間を辞す。いつも通り詰め所で着替え、スパスィエルの武器庫でレイエル専用になった槍と、柑の剣を受け取る。常に最高の状態に保つのがスパスィエルの仕事。今日も万全だった。


「レイエル、気を付けてね」

「わかってる」

「ご安心を、怪我したらぶん殴っておきますので」

「いやソレ意味ある??」

「過激な同行者を持つと苦労する」

「ふふっでは、行きましょうか」

「おう」


 補佐コンビとその補佐の見送りを受けてレイエルと柑は南の平原に向かう。それすら、日常だった。



 夕方。疲れ切ったレイエルは面倒だと頭から清めの泉に飛び込む。柑は手すりにつかまりながら恐る恐る入っているのと対照的だった。


「つっかれたぁ……」

「流石に2人で600越えは大変ですね」

「ろっ」

「ぴゃく」

「……天界軍出動案件ですね。フォルエル様、やはり最近出現と規模が多い気がします」

「レイエルの招集もね……」


 苦々し気にフォルエルは上がってきたレイエルと柑を見る。この2人に任せきりでしか居られない自分たちが、とてつもなく嫌だった。


「気にすんな。コレの実力は認めている」

「まぁ、そうですね。まさか自分とほぼ同等の実力の方がこの世にいるとは思いませんで」

「と言う訳で、着替えて報告して帰るぞ。新刊読み途中なんだ」

「えぇ。そうですね」


 詰め所で着替え、最高神の間に顔を出す。そこに居たのはアルトの他に、一度だけ見た天上界の階層主、そして、白と黒の少女達だった。


「……再び御取込み中でしたか?」

「……いや、丁度良い。助けろ」

「おぉっレイエルではないか。息災か?」

「コレはフォティゾ様。お久しぶりでございます」

「うんうん。元気なのは良い事だ」


 相変わらず人の話を聞かない階層主だと思いながら見れば、アルトはフォティゾから逃げられたことに若干の安堵を、白と黒の少女達はレイエル達を興味深そうに見ていた。


「こちらは?」

「この度生まれた、魔法界の階層主だ」

「り、六陽(りくひ)=アルブス・エクスィプノですっ」

六嘉(むが)=ニゲル・エクスィプノじゃ」

「ご拝謁の栄誉を賜りましたことに感謝を。レイエル・ラージレットと申します」

玲鵬(れいほう)柑と申します」

「……フォティゾ。カエルムにも見せに行くのだろう?さっさと行け」

「相変わらずつれない最高神殿じゃ。まぁ良い。アルブス殿、ニゲル殿。次は魔界。魔法界とは繋がっているから関係も深いだろう」

「はいっ」

「またの、興味深き薄紫の」


 3人の階層主が消える。様子を伺っていたフォルエルたちも入ってくる。と、アルトは、珍しく表情を崩し、深いため息を吐いた。


「…………つかれた」

「本当に、フォティゾ様が苦手なのですねアルト様」

「アレの前では私の無表情など無いにも等しいそうでな。度々出しても居ない表情を指摘されてみろ」

「まぁ、ちょっと嫌ですね」

「だな」

「しかもアレで私の次に現れた階層主だ……無駄に付き合いだけは長い」

「心労お察し申し上げます」


 疲労甚だしいアルトを思いやり簡素に報告を済ませ、レイエルと柑は図書館に帰り着く。日常着に着替えて新刊を読む作業に戻るが話題は先ほどの階層主たちの事だった。


「天上界、天界、人間界、魔界、魔法界、冥界、幽界、無界。今階層主が居るのは天上界と天界、魔界だけだった。そこに現れたのがあのお姫様方、と言う訳ですね」

「そうなるな。天上界はフォティゾ・イリョス様、魔界はカエルム・サマノス様。どちらも陽気ではた迷惑な事が大好きな大体迷惑なおっさん共だ」

「コレは辛辣。とすれば、最高神殿は随分と違うようですね」

「まぁ、陽気では無いな。億万の時、1人で過ごした分陰気になった……いや、あの最高神サマが陽気な状態が思い描けない」

「それはそうですね」


 陽気なアルトと言う単語に脳が理解を拒否した。気を取り直してレイエルは魔法界を思う。


「んで、ここへ来て魔法界に階層主だ。こりゃ冥界、幽界、無界に階層主が現れるのも近いかもな」

「1つ気になったことが。ニゲル様とアルブス様、案内をフォティゾ様がなさっているようですが、普通そこは最高神様がやるのでは?」

「あ~……多分権能の関係」

「権能?」

「それぞれの階層主が、階層主にしか使えない力。共通なのは天上界に向かう階層移動。100年に1度、夏至の日に天上界の力、月と太陽の力を分けてもらわないといけないからな」

「もしかして天界の太陽の運行も?」

「あぁ。天上界の力を分け与えられているんだ。だから、天上界は天界より高い位置に居る」

「そこの階層主先に作るべきでは??」

「それは俺も思ってる」


 前々から、原初の神と言うのは適当が過ぎると思っていた。2柱だけでも引き返したことに評価するが本物を見たレイエルからしてみればやはり存在が適当だと思っている。


「他の方々の権能はご存じですか?」

「一応な。家の最高神サマは『瘴気を抑える』力だ。抑えてアレみたいだぞ」

「もう少し頑張っていただきたいものですね」

「魔王殿の権能は確か『命を使役する』だな。その力で魔界の魔族や魔物を支配しているはずだ」

「もっと邪悪なのかと思いましたが、案外普通と言うか」

「だよな。俺も聞いた時そう思った」

「フォティゾ様は?」

「恐らくお姫様達を案内していた関係だ。『どの階層にも自由に行ける』だ」

「なるほど。だから」

「ちなみに、アルト様ものすごく嫌な顔してただろ」

「えぇ。普段の無表情を崩してまで」

「あれ、さっきご本人も言った通りなんだが、加えて度々暇な時アルト様の元にフォティゾ様遊びに来るんだよ」

「…………それは、苦手になりますね」

「だよな」


 あのアルトにも苦手な物があるのだと感心しながら柑は手元の文学作品に目を落す。レイエルもまた視線を本へ移し、そして穏やかな夕暮れ時、本をめくる音だけが響く空間が訪れた。




 ふっとニゲルは振り返る。そこにすでにフォティゾは居ない。自分たちが育ち支配するべき階層、魔法界が広がるばかりだった。


「ニゲル?どうしたの?」

「アルブス。あの薄紫色の、レイエルと言う奴、覚えているか?」

「……えぇ。あの方、不思議な魔力を纏っていたから」

「少し吸い取ろうとしたが駄目だった。興味深い男だ」


 ニゲルの権能は『魔力を吸い取る』、アルブスの権能は『魔力を与える』。魔力の流れに詳しい魔法界の姫君たちはレイエルに纏わりついている原初の神の気配に気が付いて居た。だが、まだ育ち切っていないが故それが原初の神であることまでは認識できなかった。


「我等がこの機に生まれたのも何か意味が有ろう。早く育ち、早く魔法界を盛り上げねばな」

「そうね、頑張りましょうニゲル」


 そうして双子姫は500年掛けて魔女王に変化する。魔法界はその成長に合わせ人も増え、魔法生物も増え、繁栄をしていくのだった。




 発生した事象。それを解析するのに2年の年月を費やした。だがどう考えてもこれ以上時をかけるのは悪手に過ぎない。懸念材料もある中、やはり時間は掛けられなかった。


「……フォルエル、書を。レイエルと柑に」

「出陣でしょうか?」

「いや、あの2人を、この件に充てさせる」

「ぇ」

「アルト様、しかし」

「早めに手を打たねばならない。コレはそう言う事案だ」


 ビアへエルの水鏡の中、映し出されるのは黒髪の少年の姿。家の中や外に飛び回っているのは下級天使や、人間界で妖精と呼ばれる精霊の一種。1ヶ所に集まるのも珍しく、また人に懐く事すら稀な彼等。それを許容している少年が、目下の問題だった。








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