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003 待っているから

 レームス半島連合軍がフェーヤ帝国軍に敗北したとの報告を受けたアレストロ王国はそれでも冷静にあまねく民を避難させる準備を整えていった。


「リースイ様の指示、ですか?」

「あぁ……あの子も判っていたのかもな。ウェーリアを失い、ディトーラとフェレシイと我が国の3ヵ国だけでフェーヤ帝国に勝てる見込みも無い事を……だが、それでも戦わねば、帝国は問答無用でレームス半島を蹂躙していただろう」

「……そう、ですね」


 梓翠(しすい)の最初の敗北は帝国の一方的な蹂躙だったと聞く。わかっているからこそ、戦わなければならなかったのだろう。玉座の間に伝令兵が駆け込んでくる。


「ご、ご報告申し上げますっディトーラ戦国、ローランド・スパーダ王子、ミルフィ・スパーダ王女、共に討死。フェレシイ王国、フィリオ・ルティザン王子、セイン・ルティザン王子、カーク・ルティザン王子、討死……リースイ様は、帝国に捕らわれたとの事っ」

「……リースイだけが……あぁ……やはり皇帝の目的は」


 国王は顔を覆う。妃もまた悲痛な面持ちで手を握りしめている。何かあったとレイエルが理解するには十分な反応だった。


「……心当たりが?」

「10年前、皇帝からリースイを正室にと言う話が来たことがある。だが、皇帝は今60歳、リースイは間もなく19になる」


 息をのむ。当時9歳の子供を正室に欲した50の皇帝。年齢差が1000年は誤差と言える天使という身分であっても、それが酷い事であることは認識できた。


「……41歳差は、流石に嫌ですね」

「あぁ……」

「陛下……」

「……レイエル殿。この国を出られないと」

「えぇ。少し沖合位ならば出ることは可能でしょうが」

「ならば、頼んでも良いだろうか」

「何なりと」

「リースイは、自分が捕らわれたのならば我等にも逃げろと、遠く桜の国に逃げろと言い残していた。だから、あの子がもし帰ってきたときの為に、ここで待っていてやってほしい」

「……えぇ。最初から、そのつもりです」


 そして1週間後、王家と大臣たちを乗せた船が出港した。正真正銘誰も居なくなった王城、その一番高い所にあるあの梓翠の趣味の部屋で、レイエルは待つことにした。せめて、帰って来てくれることを、願いながら。






 ガチャリと鉄の合わさる音が響く。暗い部屋の中、冷たい石の感覚が彼女の背を擦った。


「いや……やめて……」


 足にも手にも、首にすら鉄の輪がはめられている。彼女に逃げ場はなかった。それでも、それでも目の前の恐怖から逃げようと、必死に足掻き助けを乞う。


「助けて……たすけて……」


 よぎったのはあの美しい薄紫色の彼。水を映した青い瞳。呼んで助けを乞いたかった。だが、彼は遠く祖国で自分を待ち続けてくれている。会いたい、またあの色に、会いたい。死にたく、ない。


「たす、けて」


 彼女に手が伸びる。男の手だった。そしてその暴力は、男の笑みから始まった。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」


 痛みだけが、彼女を支配し続ける。身を引き裂くような痛み。それは、永遠に終わらない、悪夢だった。






 彼らだけが、その光景を目の当たりにしていた。天界の水鏡、梓翠に向けたその映像を、切りたいと願うほどそれは凄惨な光景だった。


「っ……なんにも……してやれないのかよ……」

「……っ」

「……アルト様、切り、ましょうか?」

「いや……最終的であっても、何が彼女に起きたか、レイエルに伝えるべきは私であろう。このままで構わない」

「御意に」


 天使たちが目を逸らす中、アルトだけは冷静にその惨劇を見ていた。天界では無縁のその惨劇、確かに天使たちには酷だろう。それでも、レイエルにこの状況を伝えられるのは自分だけなのだと、アルトは日々、その凄惨な現実を見続けていた。


 彼女にとっての悪夢。それが終わる日が来たのは捕らわれて4ケ月後、丁度、彼女が19になる頃の事。流石に何かあるはずと最高神の間から無意識に足を遠ざけていた4天使と側近組も集まっていたその日、皇帝に宝物が献上された。梓翠は、そんな皇帝の横にぺたりと座り込んでいる。質素な服を着せられ、髪も降ろされた状態。どこをも映さない虚ろな瞳で虚空を見つめ、露出した肌からは惨状の痕跡がいくつも見受けられる。


『レームス半島に伝わる宝物……ん?なんだこれは』


 皇帝が宝玉を手に取った瞬間、光があふれた。水鏡を通してもその光は突き抜ける。アルトが遮光結界を張り、状況が判明する。宝玉を破り現れた存在。それは、巨体に、翼を持ち、長い尾を振りかざす、竜と呼ばれる生命体だった。その姿に、天使たちは動揺する。竜は魔法界にしか居ないはずの生き物。しかも岩を連想させる鱗は伝説上の存在だった。


「バカなっ人間界に竜が居るなんてっ」

「しかもアレ古竜だよっ」

「……なるほど、アレがリースイの称していた、自分を殺してくれる存在、だな」


 アルトの言葉通り、竜はまず皇帝を踏み潰した。あまりにも呆気ない最期。そして竜は梓翠を銜えた。その牙は梓翠の身体を抉る。古竜はそのまま翼を広げ、飛び立った。方角は東。レームス半島に向かう竜。その姿を見たアルトは水鏡の通信を立ち上げた。


「レイエル、聞こえるか」

『アルト様。何かありました、ね』

「命令だ、アレストロ王国の上を通過する古竜を討て。アレはおそらくレームス半島を帝国以上に蹂躙する」

『承知いたしました』


 ひとまず通信を切る。切れたのを確認したフォルエルはアルトを見上げた。


「アルト様っ俺達は、俺達はレイエルに、リースイ王女のあの惨劇の日々を伝えていないんですよ!?彼女が、死にかけで古竜に銜えられていることだってっ」

「……今伝えぬのが、せめてもの、慈悲だろう」

「っ……」


 ティミエルが水鏡に目を戻す。その中でレイエルは槍を取り出していた。




 久しぶりになる槍を持ち、伸びをするレイエル。そして翼を展開、一気にアレストロ王国の上空まで飛び立った。


「古竜ねぇ……初めてお目にかかるがどれほどのものか」


 軽口を叩くのは状況がおそらく最悪であるから。天界で随一の頭脳を誇るレイエル、その良すぎる頭は見守っているはずの知り合いたちが口を噤んだことにより、ほとんど正確に状況を理解してしまっていた。敵国に捕らわれた梓翠の状態も、アルトが言った古竜が何なのかも、全て。自分の頭の良さが嫌になりながらもレイエルは魔力反応を頼りにさらに上空へ飛び立つ。


 そしてアレストロ王国が雲の中に消え、見えなくなるまで上ったところで、レイエルはその影を視認した。広い翼、大きな体躯。その口に銜えているのは、若草色の髪をした、彼女。


「……ったく、随分とまぁデカいもんでお帰りで」


 どんな状態であっても、レイエルが居るこの場所はアレストロ王国の範囲内。帰ってきた彼女を見て、レイエルは笑みを零す。一方敵を視認した古竜、迷わずに銜えていた梓翠をさらに上空へ投げ飛ばし、一気に距離を詰めた。槍を構えるレイエル。その瞳は、冷たく輝いた。


「古竜ごときが、アイツに触れてんじゃねぇよ」


 顎から、尾まで、勢いのまま、レイエルは半身を切裂く。その古竜の行き先など、レイエルには興味が無かった。吹き飛ばされた梓翠、その若草色の髪を追い、一気に降下した。


「梓翠ぃっ」


 手が、取られる。握ったその手、名前に反応して弱弱しくも、握り返される。握り返されたのならば、彼女はまだ、生きている。


「おいっ!!しっかりしろっ!!」


 風を切る音で声が吹き飛ばされそうになってもレイエルは梓翠に声をかけ続ける。傷は深い。生きているのも奇跡的な状況だろう。次第に落下の速度からレイエルの翼が広げられなくなってきた。髪と同じ薄紫色の羽根が速度に耐え切れず舞い始める。


「ぁ……」

「っ気付いたかっ」


 繋いでいない手、その手がレイエルに伸ばされる。自分の血で汚して良い存在なのか、梓翠はうすぼんやりした意識で考える。だが、その手もまたレイエルは握りしめる。そして迷わず梓翠を抱きしめた。だから、そんな彼に、自分が出来ることを。


「まっていて、くれて、ありが、とう」


 レイエルの腕の中、梓翠は泣きながら笑う。涙も2人の髪と彼の翼のように空にあおられ消えていく。抱きしめた身体から力が無くなっていくが、それでもレイエルは離さない。


「っ……馬鹿野郎っ」


 翼は、もう使えないだろう。近付いている水面、せめて梓翠だけでもと抱え、雲を抜けて2人は落ちていった。




 天界、そんな様子を水鏡で見ている事しか出来ない一同。フォルエルは水鏡の通信に声をかけ続けていた。


「レイエルっレイエルっっ」

「通信は!?」

「駄目です。速度が速すぎて繋がっているかどうかすら」

「繋がっていると信じるしか無いわねっ」

「っレイエルっその子を離すんだっそうすればレイエルの魔力なら水面に叩き付けられずに済むっお願いだっ」

「馬鹿っそれじゃあの子の最期は海面で木っ端微塵か!?あんな目に合って、さらにそんな最期じゃ報われないだろっ」

「どうせあの子は巻き戻るっでも、でもレイエルは?戻ってくるの?判らないじゃないかっ」

「……そうだけどっ……でもっ」

「……レイエル……くそっ……何もできないのが、こんなに辛いなんて」

「レイエルさん……」

「……」


 アルトは何も言わず、水鏡を見続ける。雲を突き抜け、2人はもうすぐ海に落ちそうになっていた。




 そんな天界の通信を、レイエルは聞き届けていた。確かにフォルエルの言う通り自分1人ならば魔力で減速は可能だろう。だがそれは腕の中の梓翠を手放すことに他ならない。体中に残る惨劇の痕、引きちぎられた鎖が残る足の戒め。そして異常なまでに簡素な服。見れば、ティミエルが行ったあんな目と言うのがどういった状況かは理解に容易い。そんな彼女を、1人で死なせるなど、もう無理だった。助けたい、そう願うレイエル。だが水面は徐々に近づいてきている。


「ごめんな、梓翠……1人には、させないから」


 潮の香りが近付いてきた、ぎゅっと梓翠を強く抱きしめるレイエル。その瞬間だった。


「……ぇ?」


 いつまで経っても衝撃が来ない。顔を上げれば、水面も、空も、墜落していく古竜すらその動きを止めていた。時間が、止まっている。


「ふぅ……間に合ったに」


 何者かの声が聞こえ、ふわりとレイエルと梓翠は水面の上に生じた足場に横倒しにされる。起き上がり、まず確認したのは、梓翠だった。


「梓翠っ梓翠っっ」


 だが、梓翠はもう動かない。その表情は穏やかで、それでも、もう2度と梓翠は軽口も、笑顔も、レイとも呼んでくれないだろう。


「っ……」


 パタリと、梓翠の顔を水滴が濡らした。レイエルは泣いていた。何が合っても泣かなかったレイエルは、そこでようやく涙を流すことが出来た。それほど、彼にとって彼女は特別な存在になっていた。ぽろぽろと涙は水色の瞳から零れ落ち、梓翠に降り注ぐ。


「君は、そうやって静かに泣くんだね」


 声の主を見る。そこに居たのは白銀の髪をたなびかせ、白と赤紫の不思議な服に身を包み、身の丈以上存在する杖を持った、女性だった。


「……アンタが……梓翠を2回目に向かわせた張本人か」

「その通り。そして、3回目に向かわせようとしている」


 ギンっと、槍が杖と撃ち合わさった。梓翠は巻き込まないように、距離を取りながら5度撃ち込んだところでその女と距離を取る。強い。おそらくアルトと同等、それ以上の強さ。白銀の髪を揺らし、彼女は笑った。


「へぇ?ただの天使にしては強いね。史真と同等か。あるいはって感じかな」


 呼んではいけない名前であるアルトの漢字名を簡単に呼ぶ彼女。何者であるのか、全く分からない。だがその人をおちょくったような笑顔だけは、癇に障った。


「……何者だ……何故梓翠をあんな目に合わせてまで時渡りに巻き込もうとしているっ」

「そうだね。まずは自己紹介と洒落込もうか」


 杖が舞う。先端に大きな球体が付き、そこに黒、緑、青、赤紫、赤、橙、白、青紫の8色の珠が浮かぶそれを振るとタンッと見えない足元に叩き付けた。


「原初の神、ピソ=霄狐(しょうぐ)。それが僕の、君達に通じる名前だよ」

「は……原初の、神?」


 原初の神。8柱いるその存在は階層と最高神と魔王、人間を作り出した後、空の彼方へ飛び立ったとされている。こんなところに居るわけがない。そう否定したくても、目の前の彼女の、霄狐の魔力、否、神力はアルトを軽々と超える。


「……まず、順に質問をしても?」

「どうぞどうぞ。久しぶりの他人との対話だからね。楽しいよ」

「原初の神は空の彼方へ飛び立った。それが天界の認識、最高神サマの証言だ。その辺どうなっている?」

「ちょっと離れたところで再会議になってね。あのままじゃ滅亡は早いのではとなった。世界ってのは那由他の果てまで存在してこそのモノ。だから、僕と、僕の対であるブロスタ=煌鵲(こうじゃく)と共にこの世界に引き返したんだよ」

「……なるほど。それならここにいる理由にはなるな。次、現状コレはどうなっている?結界にしては変だが」

「単純にこの空間以外の時間を止めているからだね。今天界の皆様も世界も階層も、全て、君達が水面にぶつかる寸前で止まっている」

「……可能か?原初の神とは言え」

「一応、このピソ=霄狐の担当するモノは『過去』。時間を過去に向かわせないようにするだけなのでこれぐらいなら楽勝なのですよ」


 杖を回し、霄狐は笑う。彼女の事情は大体知れた。ならば、安置している、彼女の事を。


「次、梓翠のことだ。何故、梓翠を1度渡らせた?」

「まぁ、君なら判っていると思うが、梓翠ちゃんは凄惨な目に合って古竜に食われて死んだ。でも、それが合ってはならない事態だったんですわ」

「そりゃ」

「あの、君が瞬殺した古竜、今生命活動を止めているけれども、アレ1年後には自動で復活するよ。封印の宝珠、もう無いからね。そして最初の時と一緒だ。レームス半島を滅ぼし、勢いそのまま、ミュトロギア大陸を、他の大陸を、10年と掛からず滅ぼす。滅ぼした数だけ力を重ねる上に、最初に食らった梓翠ちゃんの魔力は極上。レームス半島を滅ぼした時点で最高神殿ですら太刀打ちが出来なくなる生き物なんだよアレは」


 息をのんだ。自分の家族を死なせた遠因、第一次天魔大戦で10万を超える魔物や魔族を平然と屠ったのが最高神、史真=アルト・エーラと言う男。その彼ですら太刀打ちが出来なくなるとはどれほどのものかと思わず脳内で計算し、途中放棄した。


「……マジかよ……つまり、アンタはこの世界の滅びの運命を止めたい、と」

「そう言う事です。安置封印されている間は問題ないし、問題有りそうならば僕の手頭から無界に送り込み消滅させるだけ。あ、君が思った事言い当ててあげよう。じゃあさっさとアレを無界に送れば良い、だろう?」

「……アンタ本当に原初の神なんだな」

「ギリギリまで疑われてたに。まぁ、その疑問に関しては、封印を解かれた状態ではデカすぎて無理。封印中も安置の封印解かなきゃならない程ガチガチなので触らない方がよろし。もちろん、必要ならば封印状態で無界に落とすつもりではあるけれどもねん。さっすがにあの大きさはムリムリ」

「なるほどね……」

「そして、滅びの運命の始まりを担っているのが」

「梓翠、か」


 とりあえず敵ではないと認識したレイエルは梓翠の元に戻る。抱き起すが既に身体は冷たい。さらりと若草色の髪を梳いた。


「梓翠ちゃんがここで死ぬ限り、滅びの運命は止められない。だから僕は1度、梓翠ちゃんを時渡り、正確には僕の権能で5歳まで巻き戻した。でも、それじゃ足りなかったんだ」

「……だな……で?どうするんだ?本当に無計画に3回目に突入させるならば俺は神殺しの称号を貰ってでも止めるが?」

「貰えそうだから止めて欲しいに……うん。名前は?」

「レイエルだ、レイエル・ラージレット」

「んじゃレイエル君。僕は今度、思いきり天界の時間と地上の時間をずらす術を行使するよ」

「……そんなことしたら」

「そうだね、僕の弱体化、あるいは分裂は免れないと思うよ」


 白銀の髪を揺らし、彼女は笑う。本当に覚悟の上なのだろう。レイエルもまた覚悟を決め、彼女を見た。


「地上は、そうだね、梓翠ちゃんのご両親がご結婚したぐらい、皇帝30歳ぐらいかな。そこまでずらします」

「随分と思いきるな。上は?」

「君がこの件で史真殿にお呼び出しを食らったその日だね」

「……そりゃまた、随分と思いきるな」


 皇帝は今60歳。つまり30年も時間をずらす。天界の時間では刹那でも人間界では大きな時間。霄狐はやれやれと言った風に首を横に振った。


「それ位ずらさなきゃ、アイツを探す時間が取れないんだ」

「アイツ?」

「ブロスタ=煌鵲。アイツ今ガチ目の行方不明でさ、誰かの魂の中に入り込んじゃっているんだ」

「……そいつが、梓翠を助けるために必要なのか?」

「あぁ。僕の対と言っただろう?『過去』の対は『未来』。梓翠ちゃんを未来に連れて行く為に煌鵲の力は絶対条件だ」


 未来に向かうためならば仕方が無いとレイエルは考えた。梓翠が生まれる前まで時間を戻す。そうなれば記憶もまたどうなるか分からない。もう一度初めましてを言う事も覚悟しなければならないだろう。でも、それも全て、梓翠を救うためならばとレイエルは霄狐を見た。


「俺は、何をすればいい。梓翠の為に、何を」

「辛い話になってしまうよ?」

「梓翠を失う以上に、辛い話はない」

「そう……君だけが、1度目、2度目のこの凄惨な滅びの結末を、覚えて前に進むんだ」

「……覚えて……」

「あぁ。話すな、とは言わないよ別に話しても問題ないし。でも、信用できるのは自分の記憶の中だけだ。記録も、他者の記憶も失って、1人で前に、未来に進んでいく。そして30年後、梓翠ちゃんと共に皇帝を討ち滅ぼす。それが、君が歩むべき道だ」


 迷いはない。腕に抱いた梓翠を抱きしめ、レイエルは霄狐と相対した。


「甘く見るな?記憶力は良い方だ。その人をおちょくった面ごと覚えておいてやるよ」

「そりゃよかった。僕も記憶だけはするから。頑張ろうね」

「あぁせいぜい頑張らせていただきますわ」

「さて、ならば作戦会議だ。僕は弱体化確実、レイエル君は上で準備してもらうとしてだ」

「そうだな……戦力不足で滅ぶなら、仲間、と言う奴等を集めておこうか?」


 手は多い方が良いだろう、そう考えての発言だったのだが、霄狐は首を大きく横に傾げた。


「…………今天界に居る天使の皆さんを友達とすら思っていないレイエル君が出来るのん?」

「んでそんなことわか……あ、いや、良い。原初の神だったな」

「うにゅ。過去は余すことなく霄狐ちゃんの範囲なればっ……まずは天使の皆さんをお友達として認識するところから始めた方が良さげ。これガチ忠告」

「だな」


 必要ないと思っていた。友達も、仲間も。でも、それで何とかなるのならば、受け入れてみても良いと思える。梓翠との出会いはレイエルをそこまで変えていた。


「まぁでも良い案だね。仲間を集める。ある程度集まったら僕も合流して、煌鵲も探して、で、梓翠ちゃん救助隊っ」

「それが正攻法だな。俺単騎で行っても梓翠が願ったフィオとか言うお姫様も救えなさそうだしな」

「うん。フィオ嬢の敗北が戦局の要でもある。どうにかしておいた方が良いのは確かだね」

「っし……こんなもんか?」

「こんなもんですね」


 白銀と薄紫色は笑い合う。軽々と梓翠を抱き上げたレイエルは霄狐に向き直る。そっと、レイエルは梓翠を見た。問題ない、天使にとっては50年差すら、瞬きの間なのだ。


「梓翠、今度はお前がこの国で俺を待つ番だ。必ずこの俺が頼れる仲間ってやつを連れて、梓翠の為にもう1回降り立つから……だから、待っていてくれよな」


 そんな彼と彼女を見た霄狐は笑顔で魔法陣を構築する。引き離すのは辛い。だけれども、あの梓翠ならばレイエルを覚えていられるのでは。そんな淡い期待を胸に、魔法陣を広げていく。


「世はすべて過去、人間界は更に過去へ、時をずらせ、元に戻せ。階層は1年前、人間界は30年前へと『時間遡行』っっ」


 杖から魔力風が噴き出す。外の景色が巻き戻されていく。結界に、ヒビが入った。あぁ、ついにかとレイエルは腕の中の梓翠を見た。


「……またな、梓翠。その時は」


 声は魔力に煽られ、消えていった。








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