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002 時渡りの王女

 レイエル・ラージレットの職業は『中級街の図書司書』と『魔物の排除』の2つ。だが神殿の中核を担う天使たちの間ではレイエルの後者の仕事は『最高神の無茶ぶりを聞く』と認識されていた。


 その日も、レイエルは最高神からの呼び出しの手紙を受け取り、嫌な顔をしながら指定された日に神殿へ向かった。珍しく最高神の間にはアルトとティミエル、フォルエル、アレクエルの他に地上の観察と知識の吸収を管理する銀色の髪のビアへエル・エナ、上級街の統治運営を行う青色の髪のアナラエル・エカト、それに天界軍総大将のリスエルと武器庫管理人のスパスィエルと言う補佐と中枢4天使全員揃い踏みと言う豪華さで出迎えられた。流石にこの面々に出迎えられて何でもないと考えるほどレイエルは楽観的ではなかった。


「……ただ事ではなさそうですね、アルト様」

「レイエルも来た。概要を、ビアへエル」

「御意に」


 水鏡が映し出される。そこに居たのは1人の少女。どこかの玉座の間なのか王と王妃の横、ドレス姿で大臣の何かを聞いている、若草色の髪をした少女だった。


「こちらが梓翠(しすい)=リースイ・J・アレルイス。人間界の大陸の1つ、ミュトロギア大陸の東の端にあるレームス半島と呼ばれる地域に存在する島国、アレストロ王国の二の姫ですね。彼女は、時渡りをした可能性があります」


 時渡り。それは時の流れを遡る禁術。とは言え禁じられる前に、そんな大それた術式を使う事の出来る存在は今この世界どこを探しても居ないはず。そう認識したレイエルは詳細の続きを待った。


「時渡りの詳細は彼女が5歳になったばかりの頃から19の誕生日を迎える頃まで。回数は1度。現在18歳です」

「時渡りねぇ……地上じゃ俺達みたいに色の付いた髪、珍しいって聞いたけど」

「レームス半島周辺には多く居ますよ。それこそ彼女はアレクエルさんと同じ髪色ですね」

「い、居るとは思いませんでした」

「ビアへエルちゃん。19の誕生日まであとどれくらい?」

「あと丁度1年ですね」


 ふむと考え込むアナラエル。彼は男性体の天使だが話し方や態度、思考は女性体に近かった。周りはもう慣れているので何も言わない。


「解き明かさなくてはならないのは2つ。彼女の時渡りが1度だけのモノなのか、そして、彼女を時渡りさせた者は誰なのか、ですね」

「あと俺等も巻き込まれているかってのも気になるな」

「だね。14年と言う天界にとっては短い時間でも巻き戻ったのならば気になる」

「ふむ……私としては時渡りの切っ掛け、と言うのも気になるな」

「そうですね。19の誕生日の頃に何が起きて時渡りに至ったか。現状未来の事なので我々には知る由もありません」

「そう言う訳だ。レイエル」


 どういう訳だと反論したかったがそこは最高神のお言葉。見上げて待つしかない。


「この娘、梓翠=リースイ・J・アレルイス。この者の時渡りに付いて調べ上げろ。報告書は必要ない。ビアへエルの水鏡は時が来るまでここに張ろう」

「……承知いたしました。天使として降り立つ形で?」

「あぁ。顔を見せて信頼させると良い」

「御心のままに、アルト様」


 反論は飲み込み、そうして一旦帰宅したレイエルは天界軍の詰め所へ向かう。レイエルの控室も存在しているその場所で、置いてある普段戦闘時着ている上級天使の略装を見に纏う。念のためスパスィエルから槍を借りようと思い演練場に出ると先ほどの面々がアルト以外勢ぞろいしていた。


「なんでこういう任務もさらっと請け負っちゃうかなぁぁっ」

「フォルエル落ち着け。そりゃ天界軍でも行ける案件だけどさぁ」

「……これまずどこから捌けばいいのか……」

「捌かなくて良いので受け取ってください」


 半泣きのフォルエルをアレクエルとスパスィエルは必死に宥める。ビアへエルとティミエルはそれでも心配そうにレイエルを見て、そしてリスエルとアナラエルはレイエルの横を取った。


「本当に暢気に行くつもりだったみたいだなレイエル」

「レイエルちゃん。せめて、せめてでも概要聞いてから出て??」

「概要って、あのお姫様の時渡り以外なにか?」

「レームス半島は、それに隣接するフェーヤ帝国と戦争の真っ最中なのよ。その戦争の最前線で戦っているのがアレストロ王国」

「しかも戦況は劣勢。先ほどの映像も大臣から戦況が思わしくない事を伝えられたと思われます」


 思い返すのは先ほどの彼女の表情。確かに喜ばしい報告を聞いている顔ではなかった。どちらかと言えば、後悔のような。


「そしてレイエルさんならご存じでしょうが天使は基本、降り立った国以外降り立つことができません。今回は島国ですので海の上しばらく位ならば飛行は可能でしょうが」

「例えばお姫様が帝国との戦闘に向かったとしても俺はアレストロ王国を殆ど出られない、か。でもその分はビアへエルの水鏡でどうにかなるだろ」

「まぁ、そうなのですが」

「問題は無いな」

「問題しか無いからぁぁぁ」


 追いすがるフォルエルを見ながらどうしようかとレイエルは思案する。図書館は長期休館の札を出してきた。自分は槍さえ持てればいつでも出ることは可能。この、周りにいる神殿での知り合い達を除いては。


「ほら、案外運よく1回だけ時渡りしたって感じかもしれないし、どうせ大したこと無いだろうよ」

「……大したことない案件を、アルト様がお前に任せるか?」

「そうだよぉぉぉっ」

「……ティミエル……良い感じに収めようとしたのに……あ~もう。お前等は水鏡で見ることができる身分なんだからそこで見ていろ。俺は行く。スパスィエル、槍借りてくぞ」

「はいっ」


 スパスィエルの武器庫から一番この中で使い勝手が良かった槍を借り、収納用魔石が付いた腕輪を嵌めて槍をその中へ収納する。そして地上への門の前に立った。


「じゃ、行ってくる。なんかあったら頼んだ」

「い、いってらっしゃい……気を付けてね」

「……無理すんな」


 ばさりと翼を広げ、人間界の雲の中に躍り出る。速度調整をしながら眼下に島国を確認する。ついでに存在すると言われた帝国の方を向けばそこは戦場。図書館の本で戦術を聞きかじったレイエルが見て、レームス半島勢は劣勢と言う状態だった。ひらりと身を反転させ、アレストロ王国へ向かう。


 一旦は姿隠しの術を使い、街並みを見て回る。人気のない町々、人の流れが激しい港、そして、島国の北に位置する王城と、城下町。唯一人の活気があふれる城下町はだがどこか緊張感が漂っていた。王城の一番高い場所に降り立ったレイエル。暮れる夕焼けを見ながら、城下町を見下ろす。


「……は~……めんどくせぇ」

「ならば帰ればいいのではないか?」


 声に下を見る。夕焼けに照らされても判るのは高結いにされた若草色の髪。青空を溶かし込んだブルーの瞳は間違いなく、姿隠しの術を使い続けているレイエルを見ていた。


「驚いた。今俺見えないようにしているんだが」

「書物ではあるが術には覚えが合ってな。姿隠しの術程度ならば見破る事容易い」

「入っても?」

「問題ない。ここには衛兵も女中(メイド)も近付かない」


 バルコニーに降りるレイエル。翼をしまうと彼女は目を瞬かせた。


「……天使、と言う種族で間違いないな?」

「まぁ、魔族とかに見えるか?」

「見えない、が……その翼、収納できるのだな」

「あ~……確かに降り立った奴等って大体上から目線を保つために翼出しっぱなしだな」

「いいのか?」

「少なくとも、こんなにも興味深い部屋に立ち入るためなら翼はしまわないとな」


 その部屋は書物の山だった。おそらくレイエルも知らないような術に関する記述もあるのだろう。きっと彼女はこれを読み続けている。純粋に好感が持てた。


「で?天使殿が何用だ……いや、わかっている。時を巻き戻した話だろう」

「わかっているなら手っ取り早い」

「……始まりは、5歳の時だった。巻き戻した今でこそ姉様はご存命だが、元の歴史では姉様は私が5歳の時に海難事故で亡くなるはずだったのだ」


 ピクリとレイエルの眉尻が動く。失った姉。覚えがある単語だった。


「そこからは跡取りとして必死に勉強をし続けた。外の情勢など知らないまま、私は19になった。そこで、帝国によって、アレストロ王国は滅ぼされた」

「……そこで、巻き戻しを?」

「いや?その後口にするのも憚られる目に合った後、私を殺してくれる存在と出会った。そうして私はその存在に殺され、死んだはずだった。だが、暗闇の中、声が聞こえたのだ。女の声だ。私が歩まなければ世界が動かない、助けたい人を助けなさいと言われ、気付けば5歳の幼子、姉様が船に乗り込むその瞬間に戻っていた。大泣きして船の運航を取りやめさせ、先発した船が大嵐に巻き込まれ沈んだと聞いた時、あぁ私は本当に戻ったのか、と思ったよ」

「……お姉さんは元気?」

「あぁ。後継ぎの一切を姉様に任せている。私はその分レームス半島を守るべく戦う身だ」


 いくつか疑問点は残るがレイエルは大筋理解できた。回数は、その女の声の言を読み解くならば目の前にいる彼女が死ぬ限り繰り返してくるだろう。女の正体は判らないが間違いなく時渡りが行使できる存在。そしておそらく切っ掛けは殺してくれる存在による彼女の殺害。


「……情勢は?」

「……見てきたのだろう?芳しくない。村々には早々に避難を命じ、隣国のフェレシイ王国の民と共にウェーリアの混乱に乗じてかの国に逃げ込ませている」

「なんかあったのか?俺この国以外降り立てないんだが」

「そうか……フィオ……私の友人の王女なのだが……彼女が魔物に食われて、王も屠られ、あの国には統治者が居なくなったのだ……その混乱に乗じて民を避難させている私が言うのも何なのだろうが……」


 自分たちが見た大臣からの報告の場面、アレはおそらくそのウェーリアに関する報告の場面だったのだろう。彼女は、まったく同じ顔をしていた。


「……助けたかった?」

「あぁ……だが、戦力が無い……もっと、もっと力があれば……フィオをたすけられたのに」


 泣きそうな、それでもまだ泣けないという顔に、レイエルは手を伸ばしかける。だが触れていいのか迷い、手は空を切る。


「……さて。天使殿。こちらの事情は話した。そちらの事情をお聞かせ願おう」

「簡単だ。お前さんを時渡り、時間を巻き戻した奴を見つける事。その目的も吐かせる予定だ」

「まぁぜひ聞いておいて欲しい事象だな」

「ひとまず、しばらく世話になっても?人間にも見えるようにするし、何よりこの色でも人間に擬態出来るだろ?」

「そうだな。その見事な薄紫色の髪は珍しいが、この近隣は変わった色の髪色も多い。お前の色など埋もれるだろうしな」

「そりゃよかった」

「武術の方、腕に覚えは?」

「それなり」

「そうか。その辺は明日計るとして、私が姉様と父様母様の護衛の為に雇い入れた傭兵、と言う設定で良いか?私が出征するまでは私の警護役として」

「構わない。対象からの接触がもしかしたら早くにあるかもしれないしな」

「では、交渉成立だな」


 差し出された手をレイエルは取る。彼女の手は武器を握る者の手。


「梓翠=リースイ・J・アレルイスだ。人のいない場所ならばリースイで構わない」

「レイエル・ラージレットだ。よろしく、リースイ」


 契約はなされた。こうしてレイエルはアレストロ王国に潜入したのだった。



 翌日、練兵場にて、レイエルは棒を持ち、息1つ乱さず立っていた。打ち捨てられているのは数少なくなってしまった城の近衛兵。兵隊長も王も妃も姉姫も大臣たちも唖然とする中、リースイだけは満足げに笑っていた。


「コレ1人居れば問題はないでしょう。口が悪いのは難点ですが姉様や父様、母様に対してならば問題無し」

「おう、悪かったな口悪くて」

「でも良いの?貴女の護衛をずっとやっていただいた方が」

「それが……」

「質の悪い呪い貰ってしまって、アレストロ王国から出られなくなってしまったのです。なのでどうしたものかとさ迷い歩いていたところ」

「変わった呪いを貰った馬鹿が居るなと思い、雇い入れました」

「王女様、お前さんもだいぶ口悪いぞ」


 軽口の応酬も咎められない程レイエルの武術は鮮やかだった。何せ天界軍の小隊並みの実力を有するレイエル。人間では歯が立たないだろう。本当ならば妃の言う通り梓翠の傍にずっと付いて居ればいいのだが天使は降り立った国から出られない。それは叶わないだろう。


「うむ。雇い入れよう。国王の藍宝(らんほう)=レヴァンダ・K・アレルイスである」

「王妃の琥珀(こはく)=ヴィオーラ・L・アレルイスよ」

「リースイの姉の莉翠(りすい)=シェース・F・アレルイスです」

「名乗りが遅れて申し訳ありません。レイエル・ラージレットと申します」

「あら、本当にリースイにだけみたいね」

「この実力ならば問題ないでしょう」

「だろ?」

「ひとまず出征までは私の護衛だ。頼んだぞレイエル」

「承知しましたリースイ様っと」


 リースイの護衛をする日々が始まる。とは言え今は休戦時期だそうで再開は半年後。それまで兵もリースイも休んでいるという。


「とは言え、兵のほとんどをフェレシイか軍港で休ませることになっているのは申し訳ない話だ」

「そっか」


 今日もレイエルはリースイと共にあの塔の上の部屋に居た。ここは彼女の趣味の部屋。その本をレイエルは片っ端から読み、リースイは何やら書きつけている。


「そういや、何書いているんだ?リースイ」

「あぁ。こんな情勢でやるモノでは無いと理解していても気になってしまってな、新しい化粧品の調合法を模索している所だ」

「へぇ?でもそう言うのって専門機関とかあるんじゃないのか?」

「王立研究所はあるにはある。だから半ば趣味のようなものだ」

「良いんじゃねぇの?俺は延々趣味読書に興じられるから楽でいい」

「一般的に、趣味読書は無趣味の言い換えの気がするのだが、その読書量を見れば趣味なのは明確だな」

「それは重畳」


 彼女の手元を見て、ふと先ほど読んだ資料の中に同じ記述があることに気付いたレイエルは書物を取り、リースイの机に戻る。


「リースイ。ここ、この薬液とこっちの粉末、多分溶けない」

「本当だ……よく一度見た資料を覚えているな」

「天使ってのは記憶力が良いんだ。それこそ1000年を昨日のように感じなきゃならないからな」

「そうか……天使と言うのも大変そうだな」

「まぁな」

「ふむ……粉末を変えるべきか」

「そしたら……あぁこの記述だ」


 そうして暗くなるまで2人は研究談議に花を咲かせ、レイエルはリースイを私室まで送り届ける。


「じゃあおやすみなさいリースイ様」

「あぁ、おやすみ、レイエル」


 あてがわれた近衛兵の詰め所の空き部屋に戻ったレイエル。人避けと遮音結界を張り、通話の水鏡を立ち上げた。


「業務連絡。今日もこちらは異常なし」

『珍しく楽しそうだったじゃないかレイエル』

「フォルエル?そうか?」

『アレだろ、なんか似たような性質みたいだから合うんだろ』

『それでもさぁ……』

『ひとまず本日もお疲れ様です。ゆっくりお休みください』

「ありがとうビアへエル」


 水鏡を閉じ、ベッドに横になる。楽しい、確かに、聡明なリースイと話しているのは楽しい。ちょっと険悪な空気になる時もあるがそれはそれで楽しかった。


「リースイ……っか……」


まもなくレイエルが降り立ってから3ヶ月。出征まであと半分となった。



 その日もレイエルとリースイは書物を片手に話を弾ませていた。ふと読んでいて気になった本が1冊ある。それは綴じ方や紙の質感から変わっている本で、翻訳魔法を作動させて読むことが出来た本だった。


「リースイ。この本」

「あぁ。読めたか?」

「翻訳魔法使ってなんとかな。紙も綴じ方も変わってるけど」

「ミュトロギア大陸の西の端、その先にある島国の本、草紙と言うらしい」

「なんでこんなもんあるんだ?いやまぁこの蔵書の傾向からして内容はお前さんの好きそうな内容だが」

「我が国とその島国、桜の国と言うのだが、交流がある。それこそ家の祖先はその桜の国からやってきた、なんていう伝承もあるぐらいだ。もっともかの国は鎖国中でな。数少ない貿易国、と言う奴だ」


 ミュトロギア大陸は広い、そこを横断、しかもフェーヤ帝国を迂回して向かうとすれば間違いなく長い船旅だろう。寄港地は有るだろうがと考え、船で旅立とうとした人物にレイエルは思い当たった。


「もしかして、お姉さんが乗ろうとした船って」

「ご推察の通り」

「なるほどね……」

「私達の名前、リースイの前に付いて居るのはかの国、そしてその隣の大国が使う漢字と言う文字で綴られる」

「梓翠、だっけ」

「あぁ。基本呼ぶことは無いがな。そもそも国内でしか漢字名は名乗らない。盟友フェレシイの王族ですら、我等にそんな名前があることも知らないだろうな」

「特別な名前、って感じか」

「そうだな。一昔前、その名で呼べるのは婚約者か配偶者だけと言う決まりもあったぐらいだからな」

「へぇ?」

「呼んでみるか?」

「性悪王女様とのご関係性を崩したくないので遠慮申し上げます」

「それは何より」

「そういや、呼んではいけない方で特別な名前なんだが、家の最高神にも漢字名付いてるな。なんでだろう」

「東の文字より画数が多いから力が入りやすいと聞いたことがある」


 時が流れるのはレイエルにとって早い事。あと10日後、リースイは出征することになっている。その後半年の間、何が起こるのか判らない。だが、リースイの死だけは避けたいと願うようになっていた。


「……とは言え、俺は半年間何も出来ずここで護衛の毎日ですよ」

『仕方が無いよ。レイエルの分までこっちで観測しているから』

「頼んだ」


 定例の報告も慣れたもの。その日は刻々と近付きつつ合った。



 出征を翌日に控えた夜、リースイは私室のベランダで外を見ていた。今度こそを願いつつも状況は悪い。姉は生きているしレイエルと言う存在も降ってわいたが何処までそれで歴史を変えられるか判らない。それでも、レームス半島を救いたい気持ちには変わりない。


「……居るんだろう?レイエル」

「お姫様が眠れないだろうなと様子を見に来てやったんだろうが」


 姿隠しの術を使いながらレイエルはリースイの横に降り立つ。リースイの手が震えていることに気が付いたレイエルはそっとその手を取った。そんなレイエルをリースイはしっかりと見る。


「……半年間、楽しかったぞ?」

「そりゃ何より。帰って来て、あの化粧品製品化してやろうぜ?」

「……それが良い。何せ流通している一般的な化粧品にはろくでもない成分が混入しているからな。改革してやろう」

「良いんじゃね?ほら後、荷馬車の改革。アレも普及させろよ。便利だろうな」

「あぁ。そうだな」


 震えが止まったのを見て、レイエルは手を離す。だがその手を改めてリースイは取った。


「……必ず、帰るから……待っていてくれるか?」

「あぁ。ここで、待っているよ」


 レイエルと別れ、私室に入ったリースイ。その目には涙が溜っていた。わかっているのだ、半年間、何が起きるか。そして最後はあの存在に死をもたらされる。それが、リースイの運命。それが避けられないことはわかっている。なのに彼は未来を語ってくれた。あり得ないもしもの先。それが嬉しくて、辛くて、でも、嬉しくて。


「っ……」


 ぱたりと、リースイのドレスに水滴が零れ、消えていった。



 リースイ出征の日。同時に残っている国民も避難させるそうで城下町の近くの港には大勢の人間が集まっている。反対側、軍を待たせている港に向かうその門の所にリースイは武装した状態で両親と姉の見送りを受けていた。


「リースイ……無事で」

「はい、母様」

「リースイ……」

「大丈夫です姉様。姉様達もくれぐれも気を付けて」

「あぁ」


 挨拶が終わる。馬上に乗る前、レイエルはリースイに近寄った。


「……気を付けてな」

「……あぁ」


 互いにわかっている。この戦に勝ち目が無い事を。それでも、無事を祈らずにはいられない。そして、レイエルは祈りを込めて最後に言葉を渡す。


「いつまでも待っているから、必ず帰ってこい、梓翠(しすい)


 目が見開かれる。もちろん弱い遮音結界の中。誰にも聞こえないその会話。それでも、彼女にとって、梓翠にとっては特別な意味が込められていた。だから自分も、特別な意味を込めて、その言葉を返す。


「……あぁ、待っていてくれ……レイ」


 馬に乗り、梓翠の一行はやがて見えなくなる。


「……愛称としては、まぁ、アリかな」


 そしてレイエルは王家の護衛任務に就くことになる。彼女が帰ってくる、その日まで。




 レームス半島軍がフェーヤ帝国に敗北したとの知らせが入ったのはそれから2ケ月後の事だった。








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