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001 薄紫色の怠惰

 薄紫色の羽根が飛び散る。落下の速度は早く、翼を展開し、空を飛ぶこともままならない。


「おいっ!!しっかりしろっ!!」


 風を切る音の中、彼は懸命に彼女へ声をかけ続ける。血に塗れた彼女は浅い息の中、動きもしない。何とか、せめてでも落下の速度を落せないかと苦心してもあの高さの空から落ちて、この速度の中では翼すらボロボロになっていく。


「ぁ……」

「っ気付いたかっ」


 彼女は彼の頬に手を伸ばす。自分の血で彼を汚してしまうことに抵抗感はあったが、それでも触れたかった。自分の若草色の髪と、彼の薄紫色の髪が舞う中、彼女は、泣きながら笑った。


「まっていて、くれて、ありが、とう」


 触れた手を掴む。誰に何を言われたとしても構わない。この手だけは、この身だけは手放さないと誓って、彼は彼女を抱きしめ、近付いてきていた水面へ落下していった。翼の羽根は既に無く、彼と彼女に墜落を防ぐ方法は無かった。






 天界。それは最高神と天使が暮らす楽園。中央に最高神と特級天使が暮らす神殿があり、その周りを上級天使の街が囲む。塀を挟んだ外側は一部上級天使と中級天使の暮らす場所。街の外側は小さな森も存在する広い平原となっていて、遊牧コロニーの暮らすテントなどが遠くに見える。


 最高神、史真(ししん)=アルト・エーラ。億万の昔に高次元の存在、原初の神から天界と人間界を任された者。だがあまりの在位の長さに飽きが来ているのかその態度はどこか虚無。書類仕事を補佐に任せ、今日も最高神の間で表面上はともかく退屈そうに座っていた。最高神アルトには感情を表に出せないという欠落がある。それは億万の日々のほとんどをたった1人で過ごしたが故。誰かが居る生活はここ10000年位のモノ。出し方を忘れても仕方のない事だった。


 最高神の間のドアが開く。呼んだ人物かと思えばそこに居たのは補佐の2人。それぞれ別の仕事に就いていた上級天使だったが引き抜き、今は特級天使として補佐の任務に就かせている。


「アルト様。本日分の書類、滞りなく終わりました。後ほどご確認をお願いいたします」

「わかった。後は無いな?フォルエル、ティミエル」

「はい。後はレイエルが神殿に来るのを待つのみです」

「そうか。下がって良い」

「「御意に」」


 頭を下げ、オレンジの長い髪と紫色の他の天使比短めの髪の2人は最高神の間を辞す。ぱたんと扉を閉めるとオレンジの方は拳を握りしめた。


「ご自分でやれっていつもいつもいつもぉっ」

「不敬だぞフォルエル。アルト様が書類仕事なさらないの今更なんだからさぁ?」

「とは言えだねティミエルっ」


 オレンジの髪のフォルエル・レランパゴ、紫色の髪のティミエル・グロル。両者ともに最高神アルトの補佐を行っている身。特に書類整理能力の高いフォルエルは9割以上片付けていた。ティミエルの出番と言えば必要な場所に必要な書類を届けるだけ。それでもアルトはティミエルも補佐として置き続けている。


「しっかし、アイツ遅くね?普段こんなに遅いか?」

「それはそう。ちょっと表見てこようか」


 パタパタと廊下を駆ける2人。揃って顔を出したのは神殿正門。彼が来るならばここからで、それでもあの色彩は見えなかった。


「どうする?あんまり遅くなっても問題だろ?」

「う~ん……あっ」


 正門の先の雑踏、フォルエルはそこに目立つ色彩を見つけた。神殿の門番に顔なじみが故、速やかに入れて貰えばいつも通り、薄紫色の髪が舞った。


「あれ、フォルエル、ティミエルまで。どうした?」


 透けるような薄紫色の髪に水面の青を写し取ったような瞳。髪はこの場に居る誰よりも長く、青い天使の正装を身に纏った彼はフォルエルとティミエルの元に駆け寄った。


「どうしたじゃないよ。最高神様のお呼び出しなのに遅いから」

「何やってたんだよ」

「仕方ないだろあの最高神サマが今日呼ぶから……とりあえず行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 補佐2人に見送られ、彼は最高神の間に向かう。そして、扉は大きく開かれた。


「レイエル・ラージレット。お呼びにより馳せ参じました。最高神、アルト・エーラ様」


 最高神への礼を取る。そんなレイエルを見たアルトはようやく来た彼に向き直った。


「遅かったな」

「天界の緩やかな時間では忘れがちにはなりますが、本日は5000年ほど前、自分が貴方様に拾われた日、でしたので」

「あぁ……律義な男だな、お前も」

「性分です」


 離れた場所でも声が届くのはそういう風に魔術が仕掛けられているから。なんでもなさそうに、アルトはレイエルを見下ろした。


「その場所とは反対側、西の草原に魔物が噴出したそうだ。行って、封じてこい」

「御心のままに。アルト様」


 最高神の間を辞すレイエル。そのまま天界の回廊を歩き、馴染み深い演練場へ足を運んだ。


「リスエル」

「あれ、レイエル…………まさか最高神様のご用って」

「西の草原、だそうだ」

「よりによって今から進軍を上奏しようとしていた場所……」

「と言う訳でまたお前等の出番取る訳だ。悪いな」

「も~……コラキエルっ進軍準備中止ぃっ」


 紺色の髪を持つ天界軍を率いる総大将リスエル・ノールの指示でわらわらと天界軍が出陣準備を終える準備を始める。そんな彼らを横目で見ながら演練場のそばにある倉庫に足を踏み入れた。


「あれ、レイエルさん」

「今日も天界軍の仕事奪って悪いな」

「把握しました。封印術具ですね」

「あと別の槍借りていいか?なんっかしっくりこない」

「是非どうぞ」


 槍を見繕う。その間この倉庫の主、赤銅色の髪で武器管理人のスパスィエル・エストは封印術具を用意する。


 天界と人間界の下にあるのが魔界。魔王が統べるその地から、時折魔物が噴出してくる。魔王すら制御不可能な自然現象。その為天界は噴出するたびに溢れた魔物を倒し、穴を塞ぐ必要がある。その為の封印術具だった。


「じゃ、行ってくる」

「気を付けろよ……今回は規模がヤバい。お前は無理を無理と言わないから言っても無駄だろうが、無理なら引け」

「……ご忠告痛み入るよリスエル」


 ばさりと髪と同じ薄紫色の翼を出し、レイエルは西の草原へ飛ぶ。上から哨戒し、魔物がうろつく区域を見つけると一直線に降り立った。


「……さて。今日の最高神様の無茶ぶりはどれほどのものか、楽しみだ」


 翼を収納し、槍を構える。魔物は目算50。そして薄紫色が躍った。




 この世界は8つの階層に分かれている。太陽と月の運行を管理する天上界、天使が住まう天界、人間が住まう人間界、魔物と魔族が住まう魔界、魔法を管理する魔法界、人間達の魂が死後落ちる冥界、天使と魔族の魂が死後落ちる幽界、落ちたのならば何にもなれなくなる無界。天上界、天界、魔界には階層主と呼ばれる統治者が居るが他には居ない。統治者と言うシステムすら厳格に示さず、原初の神たちはこの世界を作り上げた。



 レイエルには、その中の幽界に魂を落した身内と呼ばれる存在が居る。



 人間界などと違い、天界に置いて天使は生まれるものではなく発生するモノ。下級天使は精霊と呼ばれる形で人間界や天界で自然発生する。そこから知性と名前を得て初めて中級天使として天使たちの街で暮らし始める。上級に上がる条件は職業を得る事。そこから天界中枢の仕事に就いたのならば特級天使として苗字を得る。だが例外としていきなり上級天使として発生する場合がある。


 レイエルはある日、外周を周回する遊牧コロニーに上級天使として6000年前に生れ落ちた。ほんの数日前に同じ色彩で生れ落ちた女児も居たため姉弟とされ、コロニーの主だった青年の子として育てられた。子供の姿から青年の姿になるまで800年。そうして彼は生れ落ちてすぐから『遊牧コロニー内の問題ごとを解決する』仕事を行っていた。


 異変が起きたのはレイエルが生れ落ちてから1000年経ったある日の事だった。


「レイエル居る~?」


 コロニー内、少し違和感を覚えた姉のアフィテエルはレイエルを探して居た。父親として姉弟を育てたルラキエルもレイエルを探して居る。その頃、レイエルはコロニーから離れた場所で急用が出来た担当の者に代わり魔法生物たちの面倒を見ていた。


「ふぁ……」


 あくびをしながら魔法生物の中でも人間界における羊に似た形状の個体たちを眺めている。次の瞬間、爆発音と共に魔法生物たちが逃げ出した。


「なんっ」


 爆発音の先、そこに合ったのは自分達の遊牧コロニー。噴き出したのは瘴気のもや。慌てふためき逃げ惑う魔法生物を置いて、レイエルはまっすぐにコロニーに走った。


 コロニーの中は惨劇だった。見慣れた人達が血に塗れ、腹を、足を、腕を、頭すら食い破られ、ゴロゴロと転がっている。何とか立ち上がり、レイエルは姉と父を探した。せめて無事でいて欲しい。声のする方に走れば瘴気吹きすさぶ穴の横、父の紺色の髪と姉の薄紫色の髪を見つけた。まだ生きている、だが、瘴気の中から生み出される魔物に囲まれている。


「姉さんっ父さんっっ」

「レイエルっ」

「お前だけでも逃げるんだっ」

「何言ってっ」


 魔物の顎が、ルラキエルを襲う。左腕から身体に掛けてを食われ、手に持っていたこのコロニー唯一の武装、儀礼用の槍を取り落とす。


「父さんっっ」


 ヒュンっと、何かがレイエルの元に飛んでくる。それは父が持っていた儀礼用の槍。それをレイエルに投げ渡した彼女は、こんな惨劇の中でも、笑ったのだ。


「レイエル、私の大切な弟。大好きよ」


 駆け付ける足は間に合わない。アフィテエルの身体は魔物に食われ、その場に崩れ落ちた。


「あぁ……ぁぁっ……っねえさぁぁぁぁぁぁんっっっ」


 魔物が、この場で唯一生きているレイエルに狙いを定める。背後から魔物の顎がレイエルを狙うが、その口は切り裂かれた。


「……全部、全部ここで終わりにしてやるよぉっ」


 レイエルは儀礼用の槍を振りかざし、魔物に立ち向かう。15匹の魔物を切裂いたレイエルはようやく開けたその場所に立った。ルラキエルはもう息をしていなかった。アフィテエルもまた、痛かっただろうにも関わらず、笑ってそこに倒れていた。


「……幽界の果てで、安らかに、父さん、姉さん、皆……」


 ふわりと光の粒が舞う。それは天使の魂を幽界へ誘う光。ルラキエルも、アフィテエルも、コロニーの皆も、余すことなくその光に導かれ、消えた。残ったのは瘴気がいまだ吹きすさぶ穴と、残った魔物、そして、レイエルと言う名の青年のみ。


「さぁ……来いよ……」


 言葉が通じたかどうかはわからない。だが魔物たちはレイエルに襲い掛かる。再び、槍が舞った。


 同じ頃、天界の遥か端、魔界からの直通の穴を開けてまで、魔王カエルムは天界へとちょっかいを出しに来ていた。理由は暇だったから。後の世で第一次天魔大戦と呼ばれるその戦い、全ての魔物、魔族を屠り、魔界の統治者が居ないとこちらも困るという理由で突きつけた水晶の剣を魔王に振り下ろさなかった最高神アルトは馬型の魔法生物に乗り、たいして面白みも無かった大戦を振り返りながら神殿への帰路の途中だった。


「ご報告申し上げます。アルト様、ここより西に行った先、瘴気の噴出が激しい地が」

「……カエルムの奴、余計な手間を」


 魔王カエルムに悪態をつきながらも馬は西の地へ進路を取る。やがてアルト一行にもその瘴気の噴出は見えていた。しかし近付けば近づくほどその量は減っていく。そうしてアルトは部下を引き連れコロニーに入った。まだ当時補佐2人は居ない頃、残った血がここでの惨劇を物語っていて側近たちは恐れからその場所に入れない。構わずアルトはコロニー内を見て回った。どこもかしこも血まみれのその中、1人だけ立ち尽くしている青年を見つけた。彼は瘴気を生み出していた穴に儀礼用であろう装飾の施された槍を突き立て、魔物の返り血でその美しいであろう薄紫色の髪を染め上げて、その場所に佇んでいた。


「……生き残りか」

「……そうみたいだな……天界軍の救援か?遅かったな。全部片づけたよ」


 彼は振り返らない。ただただ瘴気の穴を見続けている。そんな彼の後ろ姿に、アルトは興味を覚えた。もっと感情を荒ぶらせても良いのにもかかわらず、泣きわめいたりしても良いのにもかかわらず、目の前の彼の感情は何もない。ただただ虚無だ。親しい者も居たのだろう、身内のように感じる者も居ただろう。それ等をすべて失って、彼は空虚だった。


「……興味深い」


 腕を引き、顔を見る。水面を映したような青い瞳は揺れても居ない。対してレイエルは初めてその姿を目にした。漆黒の長い髪に漆黒の瞳、翼を出さない形状の白の服を身に纏えるのはその地位に有る者だけ。


「来い、私の権限で特級天使にしてやろう」

「……どこでも良いよ……どこだって、同じだ」


 こうしてレイエルはアルトに拾われ、中央で特級天使となった。それが、5000年前の今日の事。




 人間界で言う所の命日には必ずあのコロニーの跡地に向かっている。荷物はほとんど運び出されたが封印術具が後に施されたにもかかわらず抜けば異常値の瘴気が噴き出すため刺さったままの槍は5000年間そのまま。それを目印に欠かさずその地に飛び立っていて、アルトに呼び出しを受けていたことに気が付いたのはさて帰ろうと思った時。慌てて飛んで、神殿に入る時の為の正装を身に纏い、神殿に向かっていた。


 5000年前の自分はこうなることを予想できただろうか。レイエルは度々アルトから勅命を受け、魔物の討伐に単騎で向かっていた。今日もまた、50の瘴気の魔物を屠り、見晴らしがよくなった草原の中、瘴気の穴を探している間にも湧く魔物を大量に屠り、穴を見つけて封印術具を突き立てた。とたんに瘴気は消え、毒された天界の土地も元に戻る。それにしてもとレイエルは思う。返り血が凄いのだ。主に髪。乾きは早く、パキパキしてくるその血は神殿の中にある清めの泉に入れば消えるモノ。だが、それまでこの髪で行くと思えば若干憂鬱ではあった。


「……髪結ぶの忘れてた……」


 急いでいたから着替えもしなかったと思いながらレイエルは気持ち埃を払う。全て清めの泉で流せるが、今日はそんなに返り血も付かない楽な方と心の中で笑った。


 そう、最高神アルトの勅命は無茶な物。瘴気と共に噴出する魔物は天使1体が死ぬ気で倒しに向かって5体が限度の代物なのだ。10体行けるのは天界軍の部隊長クラス、総大将のリスエルは30体行けるがそれまでだった。この天界で、1人100体以上の魔物を退治することができるのはレイエルと、アルトのみ。その実力に3000年ほど前に気が付いたアルトはその頃からレイエルに無茶ぶりを持ちかけていた。


 だがレイエルもまたそれでいいと思っていた。戦って、闘って、それでどこかで死んで幽界に落ちるのならば、姉や父、コロニーの皆が居る幽界に落ちることが出来るのならば、それでいいと、思っていた。


 翼を取り出し、レイエルは神殿へ帰る。演練場に降り立つと既に天界軍は居ない。だがリスエルとスパスィエル、それにフォルエルが待ち構えていた。


「怪我、無い?レイエル」

「あ、あぁ。大したことなかったよ。天界軍が出るまでも無い」

「本当ですかぁ?」

「本当だよ。さて、泉入ってくる」

「あ、一緒に行くよっ」


 演練場から出て右に泉はある。だがフォルエルは左に曲がる。予期していたレイエルはフォルエルの首根っこを捕まえた。リスエルとスパスィエルはいつものことながら頭を痛めている。


「あれ?こっちじゃなかったっけ」

「こっちだ。ったく、アレクエルどうしたんだよ」

「ティミエルと書類頼んじゃって……あ、来た」

「フォルエル様~っ」

「お前アレクエル手放すなこの重症迷子」


 左の回廊からティミエル、そしてフォルエルの重症とまで言われた迷子癖の改善のため付けられた補佐の上級天使、アレクエルが若草色の髪を揺らしながらやってくる。


「すみませんでしたレイエル様」

「良いって」

「とりあえず泉だろ?」

「あぁ」


 神殿の回廊を進んだ先、存在するのは広い泉。そっとその中にレイエルは入る。とたん纏わりついていた瘴気やこびりついていた魔物の返り血が消えていった。だがその泉の中は服も髪も一切濡れない。頭の先まで沈み込み、泉から上がっても全く濡れてはいなかった。


「よっし、怪我無いね。良かったぁ」

「何体倒してきたかは知らないが、無傷とは恐れ入る」

「そりゃどうも。とりあえず正装から着替えたいしさっさと帰るわ」

「地下居住区?」

「俺の家はあっちだって言ってるだろフォルエル。んじゃ、最高神サマへの報告さっさと済ませるかね」


 フォルエル、アレクエル、ティミエルを引き連れレイエルは最高神の間に入る。相変わらず退屈そうにアルトは座っていて、だがレイエルの姿に少しだけ持ち上がった。


「ご報告申し上げます。西の草原、瘴気の穴を封じました。魔物の数は73体、穴の規模は中規模。滞りなく排除いたしました」


 数に、付いてきていた3人は声を上げかける。天界軍出動案件ではと思いながらアルトを見上げれば、心なしか楽しそうに彼は彼等を見下ろしていた。


「良かろう。またお前に頼む案件もあるかと思う、身体を休め、次に備えよ」

「御意に」


 いつも通りの回答にレイエルはいつも通りに頭を下げ、最高神の間を辞す。残ったフォルエルとティミエルは思わず最高神を、仕えるべき主を見た。


「アルト様、73体ですよ……?天界軍の出動案件ではありませんか?」

「まぁ普通ならば、な。アレの実力ならば天界軍を出すまでも無い。100は余裕で排除できるだろうな」

「ですがっ」

「……確かに、レイエルの今の仕事は『魔物の排除』。そうだとしてもいささか量が多いように思えるのですが」

「それも仕事の内だろう。現に、レイエルから不満を聞いたことはあるか?」


 フォルエルとティミエルは顔を見合わせる。後ろに控えているアレクエルを見ても首を横に振る。レイエルが何か不満を口にしたことなど一度も無いのだ。


「案ずるな。あの実力、使い潰すには惜しい。使い所は見極める」

「承知いたしました」

「アルト様の御心のままに」


 3人が辞した最高神の間。アルトは5000年前のあの日を思い返し、全く変わらない彼を思った。


「……なに、アレは興味深いからな。観察に値する」


 最高神アルトは感情の出し方が分からない。だが、他人の感情には敏感で、フォルエルの方が不満を溜めている事や天界軍も不満を溜め始めている事、そしてレイエルの感情が周りに誰かが居る状況なのにも関わらず殆ど無心に近い事も知っていた。


 そのレイエルは、神殿を辞し、上級天使たちの街並みを抜け、塀の先、どこまでも広がる空と大地の見渡せる中級街に来ていた。本来特級天使であるレイエルは神殿の地下にある居住区に住むはず。だが最高神に許可を取り、この草原と空が見渡せる中級街の一角に図書館を建て、そこに住んでいた。


 他より一回り大きな建物にレイエルは帰り着く。閉館の文字を掲げたドアを開錠魔法で開けば空間拡張魔法で中は外の建物のおおよそ5倍。自分で本を読む気にもなれず、2階に上がり私室へと帰り着いた。慌てて神殿へ向かうための服を引っ張り出したため服が散らばっている。適当に片付け、肩の凝る正装から中級天使たちも着る略装に着替えた。そこでようやくレイエルは息を吐き、ベッドに沈みこんだ。


「……姉さん……父さん……もう5000年だよ……」


 失って5000年。レイエルの目から涙が零れ落ちたことは今まで一度も無い。だが悲しんでいないわけでは無い。泣いたら何かが変わってしまう気がして、涙は零れ落ちたことが無かった。


「……新刊整理、続きやるかな」


 図書館に入荷される本はほとんどが地上の知識。中級天使たちはその知識を得て己の仕事を見出す。その為地上の知識は神殿に居るビアヘエル・エナと言う特級天使が書物としてこの中級街にある図書館に入荷させる。魔物の排除以外、レイエルは日々図書司書の仕事をこなし暮らしていた。外の札を開館に変え、入荷した新刊を整理しているとドアが開いた。


「レイエル~っ新刊あるかしら」

「何がある?」

「スィデエル、アツァエル。新刊だろ?今日丁度入る日だからな」


 馴染みの中級天使の来訪が皮切り。レイエルは程よく忙しい司書の仕事に身を投じるのだった。








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毎週土曜0時更新予定です

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