028 来てくれた
塔から出て10日。一行はジャグールの町に辿り着いた。あと4日で王都トローンへたどり着く。足りなくなりそうな食糧を買い、町中を歩いていた。盗賊の襲撃を受けたロッティの町とは離れているが襲撃は他人事ではなくどこか落ち着かない雰囲気を醸し出していた。
「よっし。パンもチーズも買えたし満足っ」
「リガスとアスディルが無駄に食うから……」
「な、何も言えないっす」
「ふふっ本当に楽しい旅になって良かったですわ」
「そりゃよかった」
散策を終え、辻馬車の乗り場へと向かう。柑とレッドは先行してトローンへの馬車が運行しているか確認に行っていた。
「どうだ?ロトス、レッド」
「大丈夫だった。トローン行7名様乗車可能だよ」
「よかったです。首都ごと引きこもるつもりだったらどうしようかと」
「お父様ならば、あり得る話ですわね……では今日は村で?」
「そう。かなりの強行軍で来たから疲れてない?」
「まったく。今日の食事当番は」
「俺か?」
「ですね」
「楽しみです」
「……なら良かった」
辻馬車に乗り、夜に村へ到着する。レイエルが食事を作るとフィオは目を輝かせた。
「レイエルさんの料理、とても美味しいのでかなり好きですわ。もちろんウィータのお料理も。兄妹揃って料理上手なのですね」
「お兄ちゃんの方が料理上手いかもです」
「本を読んでの付け焼刃ですがね。はいどうぞ」
「ありがとうございます」
慣れた夕食を経て就寝。1人見張りに起きているレイエルは焚火を見つめながら遠く北の地に居る彼女を思った。人との共同開発を先に世に出すなと言ってやりたかった、天才児ぶりを出すなとも言ってやりたかった。だが、それよりも先に会いたかった。何を面と向かって言う訳でもない。おそらく初めましてが関の山。だが、会いたかった。
「……あぁ……そっか……そうだよな……」
レイエルで良い。あの声で名前を呼んでほしい。また嫌味の応酬をしたい。笑っていてほしい。フィオを救った報酬はそれで良い。それ以上、求めてはいない。
焚火の端で掛布が動く。時間に正確な柑の姿だった。
「異常なさそうですね」
「驚くぐらい平和そのもの……ちょっとおかしいと感じるぐらいにはな」
「ですね……」
盗賊も魔族も来ない。流石に変だと感じている。だが本当に来ないならばそれでいいと思っている。待ち構えているのだろう、首都トローンの王城で。
「さて、早い所こちらを片付けて噂のリースイ王女様を早く拝見したいモノですね」
「……だな」
「深皇さん、ちゃんと協力関係を築くことが出来たのでしょうか……」
「……いや、流石にアイツでもちゃんとやるだろ……うっかりの多い魔王じゃあるまいし」
「でしたね」
アレストロ王国と森の中の洞で同時に小さなくしゃみが響いた気がした。
朝の便、昼の便を乗り継ぎトローンへ近づく。夜の馬車を待っている時、フィオは命と村の中を散策していた。
「あら、お魚が居ますわね」
「本当だ。小さいなぁ」
小川を覗き込み、立ちあがる。ゴロッと小川の淵が崩落する。
「フィオ様っ」
溺れることはない小川、着替えるのが面倒だなとフィオは何処か他人事で踏み外したそのまま小川へと落ちる筈だった。
「フィオっ」
手が取られる。川岸に着地したフィオの身体。入れ替わりで落ちた彼の着水音でレイエル達も寄ってくる。
「フィオ様、怪我は」
「私は、なんとも……レッドはっ」
「……え……っと……」
煮え切らないアスディルと栖雅の姿にフィオは小川を覗き込む。そこに居たのは髪の色粉がせせらぎや肩口に流れ出てしまって悲惨なことになっている、この半島では珍しいと言われた見事な金髪の青年。アスディルの出身地でもこれほど見事な金髪はお目にかかれない。
「ぇ……うそ……」
「……二重にしくった……乾燥魔法とか会得してる?」
「うちのロトスが」
「していますが……その色粉、川の持ち主には申し訳ありませんが全部流してしまいなさい」
「……そ~する」
川で色粉を全て落とし、川から上がった彼を一瞬で柑は乾かす。その手際に彼は目を見開いた。
「収納魔法と良い、乾燥魔法と良い……実はウェールの出身じゃ?」
「正真正銘帝国より西の方の出身ですよ」
「その色……」
「……まぁ、この界隈、その薄紫より金髪の方が目立つんで、なりを潜める傭兵としてはあの色が丁度良いんだよ」
「……そうじゃ、そうじゃないはずです」
ポロポロと、涙を流していた。フィオは乾いたばかりの彼の服を遠慮がちに掴むと、その夜色の瞳を見た。
「……ヘルド、ですわよね?」
「ヘルド、さん?」
「スーフェ商国、第2王子、ヘルド・オーニュクス……私が塔のある村に預けられる前、7歳の、最後の舞踏会で会った……」
「……事実か?」
「それ、は」
「事実でないというならば、その隠れている左目を見せてください」
「っ」
「私がお会いしたヘルドは、右は夜空の瞳、左は……昼空の瞳でした」
「……ったく……物覚えの良いお姫様だ」
降参と言わんばかりに彼は己の左目を隠すように降ろしている髪を上げる。そこに会ったのは右の夜空の瞳とは違う空の色の瞳。その色彩を見たフィオは更に瞳に涙を浮かべた。
「どうして、どうして言ってくれなかったのですか」
「……王族が傭兵やってるって?言える訳無いじゃん」
「……ひとまず馬車に。そこでも話は出来ますよ」
「えぇ」
「だね……」
馬車に乗り込む。同乗者が居たため遮音結界を薄く張り会話の内容が漏れない程度にする。もちろんヘルドの逃亡防止に横にレイエルが居るのは当然だった。
「……フィオは知っているかな。スーフェ商国は元々商人の力が強い国なんだ。だから王家は正直言ってお飾り。父さんと俺の兄妹は身分偽って城下町で商売しているほどだ」
「……随分とまぁ」
「あぁ、別にそういう生活が嫌だったからという訳ではないよ。ただ自分で金稼ぐ仕事なら何でもいいって言われたからじゃあ色々見る事の出来る傭兵にしようって思っただけ」
「……ヘルド……」
「ウェーリアの国王にフィオの送迎任務を請け負ったのは本当に偶然だった。俺の知り合いの傭兵が断ったって話聞いて、じゃあ俺がって思った……また、会えればそれで良いかなと思っていたから」
「……そう……でしたか……でも、私も、また会えて……嬉しいです」
「そう、なら良かった」
柔らかくヘルドは笑う。そう言えば水没しなかった自分の荷物の中に髪用の色粉の在庫を残していたことに気付いて荷物に手を伸ばす。だがその手はレイエルにやんわりと阻まれた。
「あと2日でトローンに着く。それまでヘルドで居てやれ」
「でも……この色じゃ王の前には」
「色粉を塗るぐらいの時間あるでしょう」
「そうっすね」
「……迷惑でなければ、お願いいたします」
「……ん。りょーかい」
夜になり馬車は目的の村に辿り着く。今日も野宿。見張り番が柑とヘルドに回って来た頃、フィオはおもむろに起きてきた。
「……外しましょうか?」
「いえ。なんていうことはない思い出話ですから」
ヘルドの横にフィオは並ぶ。ぱちりと薪がはぜる音が響き渡る。
「覚えていますか?7歳の時の舞踏会」
「まぁね……て言っても10年前だよ?よく覚えていたね」
「5歳の時にお会いしたリースイ様と同じように、ヘルドの事はきちんと覚えていますわ」
流石に何の祝いだったかは覚えていない。だがフェレシィの王族とスーフェの王族がウェーリアに呼ばれ舞踏会が行われた。その舞踏会で、フェレシィの3人の王子と、スーフェの兄王子と妹姫、そしてヘルドと出会った。1つ上のヘルドと共にバルコニーで語らって居た時、風が吹きヘルドの髪の下に隠してあった空色の瞳を見たこと、フィオは今でも覚えていた。
『ヘルドの瞳は金色の髪に彩られて空のように輝く色なのですね』
笑ってそう告げた桜色の姫君。懐かしいとヘルドは思い返していた。
「塔で初めて会った時から違和感はありましたの……声は変わっていましたけれども、立ち居振る舞いなどが」
「よく見ているねぇ……」
「……ヘルド……いえ……なんでも」
もしかして、ヘルドは王城から遠ざけられた自分の為に傭兵になったのでは。そんな考えが浮かんでは消える。現にこの道中、彼は自分が行ったレームス半島の国々の話を余すことなくしてくれた。遠ざけられ、外出もままならない自分に話を届けるため。そんな筈はないと、フィオは首を振る。
「……フィオ、さ……逃げたいとか思った事無いの?」
「え?」
「レッドの時は聞けなかった。でもヘルドとして聞きたい。あんな塔に押し込められて、逃げたいとか思わなかったの?」
「……思いませんでしたわ……えぇ。自分でも驚くほど。そこに居るのが当然だと思っていて、こうして呼ばれたから王城に向かっているのも当然と思っていますわ」
「……そっか……まぁフィオはそんな感じだからね」
「えぇ。私はこんな感じですわ」
「でもさ、逃げたいとか、助けてほしいとか、本当に思った時は言ってよね」
「え?」
「助けに行くよ。そこの寝たふり薄紫のとかの力を酷使して」
「……俺かよ」
「ふふっレイエル、寝たふりが下手ですねぇ」
「うるせ」
その言葉だけで、フィオは満足だった。例えばどんな状況になってもその言葉が言えなくても、そう言ってくれる人が居るという事実だけで、幸せだった。
カリカリと地面を削る音が静かに響く。そこは広場。昔は演練場だったのだが今は新しい演練場に場所を移していて、庭に改造されることもなく、ただ王城の裏の広場として存在していた。
「シンザ」
「あ、サイル。どう?」
「予想通り。明日の夕方にレイエルとここのお姫様とその一行、王都に入るよ」
「重畳重畳」
地面に魔法陣を刻むための杖を転がし、シンザは広場に魔法陣を敷く。その術式は複雑怪奇で、専門家ではないサイルは何が何だかさっぱりわからなかった。
「これ、何」
「ん~……薄紫の君が介入した時の仕込み。ちょっと、俺あの人と話してみたくてさ」
「へぇ……」
「あれ、意外。止めとけって言うと思ってた。カメルシィちゃんには猛反対されたんだけど」
「いや、なんかお前らしいなって。んじゃ、レイエルの殺意半分貰うために俺も横に居てやろうかね。サイルとしての自己紹介はまだだし」
「そう言えばそう。んじゃ、よろしく」
「おう」
そうして夜のうちに魔法陣は完成する。日の出には魔法陣は溶けて消え、後に残ったのはただ何もない広場だった。
「さて。後はここ等辺で薄紫の君及び黒曜の君をお待ちするだけだね」
「了解」
魔王補佐コンビは王城の尖塔の上で溶けて消える。なおこの無謀な挑戦の許可を取る為、史真に書類見張り無し5日間の権利が献上されたのは淫魔主力組だけの公然の秘密だった。
深皇はちょっとだけ気まずい思いをしながら新聞を売っていた。今日、深皇を見に来たのは国王でも王妃でも近衛兵でもなく、救うと断言したその人、リースイ・J・アレルイスなのだ。とりあえず新聞を売り終わり、ズボン姿のリースイ王女に向き直る。
「その姿は動きやすさ重視ですか?リースイ王女」
「まぁな。自分で城下の薬草畑へ薬草採集に出ることもある」
「それはそれは」
「とは言え私が城下町の方に留まるのは珍しいだろう。横に同じ髪色のを置いておくのもな」
「そんなに居ないものなのですかね?」
「少なくとも半島合わせて100人居るか居ないかの範囲だろうな……」
「それは少ない」
彼女は噴水の端に座った深皇の横に座る。同じ若草色の髪が風に揺れた。
「……貴殿にも神託が下った、のか?」
「えぇ、まぁそんな感じで」
「そうか……で、ウェーリアで何か起こる為、それを阻止に、貴殿らよりさらに強い一団が向かっているという」
「そろそろ救えそうだと思うんですけどね」
「……そういえばそろそろか……」
「なにか?」
「いや、何も……その、強い一団とやら、本当に何か成し遂げられたのならば、その時は信用しよう」
「それは何より……」
ふと、ありもしない予感が深皇の頭をよぎった。あり得る筈が無い事。でも、確認しなくてはならない事。
「……リースイ王女」
「何か?」
「レイエル・ラージレットという青年に心当たりは?」
無意識に彼女の身体がこわばる。心当たりが無い訳が無かった。だがそれを悟らせまいと、梓翠は不敵に笑う。
「残念ながら無いな。その青年が如何した?」
「今回リースイ王女を救うために来ている一団の中でおそらく一番強い人物なのですが」
「……そうか。いや、心当たりがないな」
「そうでしたか。僕の気の所為でしたね」
梓翠の手の震えに気付かない程、深皇は鈍くはなかった。
「では、また」
「あぁ、またな」
深皇と別れ、梓翠は迷わず王城に入る。そして一直線に趣味部屋となっている塔の上まで駆け上がった。
「っ……ほん、本当に……来てくれて……」
ぽたぽたと涙が零れ落ちた。同姓同名の他人かもしれない。でも、その名を冠する人物が、ウェーリアに居てくれている。それだけで梓翠は嬉しかった。
2人で開発した様々な物を早めに世に送り出した、彼の意見を聞きたい実験が多すぎる、でも、そんな事よりも会いたかった。例えば記憶がなかったとしても、会えるだけで、良いのだ。
「……早く……会いたいな……レイ……」
大事にしまってあるその呼び名。また梓翠と呼ばれる日を夢見て、心の中にしまっておくのだった。
夕方、馬車の中で金髪のヘルドは赤銅色のレッドに変わり、そしてトローンの町に降り立った。そうすれば他の町とは違い、フィオの色彩に町がざわりと揺れる。
「流石、目立つなお姫様」
「流石に目立ちますわね私」
レッドとレイエル、ウィータと共にフィオは王城に近付く。すると正面の門が開き、中から貴族と思わしき壮年の男性が出てきた。
「フィオ・ホロスコープ様。ご帰還誠におめでたく」
「ソスピーロ大臣。お久しぶりですわね」
「そちらは?」
「私の護衛をしてくれていた方々ですわ」
「……あぁ、傭兵か……ご苦労。金はこちらに」
金貨の入った袋が投げ渡される。一縷の望みを託しウィータだけでも中に入れないかと模索するが、ソスピーロはレイエル達に目も向けない。
「フィオ様っ」
「……ありがとうございました、楽しい、旅でしたわ」
王城の門はフィオを飲み込み消えていく。第1段階失敗を見たレイエルとレッドはウィータを連れ、待機組と合流した。
「付けたか?」
「あっちがヘマしなきゃ大丈夫っすよ」
『ひどい。僕ちゃんとお仕事しますよ~っと』
映像魔法で映し出されているのは王城の中の豪華な廊下。そこをフィオが歩いていて、かなり仰ぎ見る視点で映像は映し出されていた。
「何か付けたの?」
「まぁ、付けたと言うか、着いていったというか」
「着替えの場所には入るなよ?」
『解っています。という訳で僕はここで待機』
ドアの前で待つこと30分ほど。旅装を解き、ドレスを身に纏ったフィオが出てきた。その後を映像は追う。やがて辿り着いたのは先ほどの大臣も居る大広間。そこで映像は一気に俯瞰の画面に切り替わった。礼を取るフィオの前に居るのは赤い髪の王だった。
「……赤い髪からピンク髪と言うのはあり得る色合いじゃないか?」
「俺もそこはそう思う。しかも亡くなられている王妃様は銀髪」
「益々有り得ますね」
『音声収集状態に切り替えるね』
「頼むっす」
画面の中、どこか遠かった音声が鮮明に聞こえた。
『フィオよ。明日の満月の夜、お前は役割を果たすのだ』
『役割ですか?』
『フェーヤ帝国から宣戦布告の書状が届いた。王都の守りを万全にせねば、私の身が危ない』
『……何を、為せばよろしいのでしょうか?』
『そこに居るだけで良い。既に準備は整っている』
『……承知いたしました』
再びアオリの映像に切り替わりフィオの後を付いて行く映像。おもむろに柑と命が立ち上がった。
「王城周りが不穏ですねちょっと見てきます」
「私も。ピソさん、フィオ様の事頼みますよ」
『へいほいまかされ~い』
霄狐の画面を縮小し、柑と命は王城周りと探りに向かう。栖雅、アスディル、レイエルはぽかんとしているレッドの肩を掴んだ。
「とりあえずま、明日の夜まで休んでおこう」
「あ、あぁ……」
レッドの案内で王都の宿屋を探す頃、柑と命はあの王城裏の広場へたどり着いていた。
「……?」
「柑さん?」
「命、表層の術式読めますか?下層に何か複雑な術式が重なっていて僕では逆に読みにくくなっている」
「はい……っとこれがこう作用して……ぇ」
「どうですか?」
「読めた限りでは、生贄を捧げて王城の周りにだけ結界を施す術式かと。ただその生贄を捧げての部分に柑さんが言っているであろう下層の何かに繋がっているので」
「破綻は確実ですね……こう言うのってどうするのが最善なのでしょうか……」
「と言いますと」
「僕なんかはギリギリまで儀式進めさせて破綻直前でぼっこぼこにするのが主流なのですが」
「そんな主流、柑さんしか居ませんよ」
「ですよね」
「ん~……本当は今のうちにフィオ様を助け出すのが最善なんでしょうけれども……あの王様人の話聞いていなかったからな……何度も狙われるのを防ぐため、王様の精神をぼっこぼこにする方が良いのではないかと」
「中々に染まって来ましたね命」
「おっと失礼」
「ひとまずレイに相談しましょう」
「ですね」
命と柑が広場から消える。その姿を見ていたのは尖塔に隠れたシンザとサイルのみ。
「……こわかった」
「というかあれ多分俺等の存在気付かれてると思うよ」
「だろうな柑だから」
「それにしても……下に敷いた魔法陣を見透かせるとは流石の黒曜の君」
「上の魔法陣と重なって見えにくくなってるって言ってたけど」
「だろうね。そうなるように敷いてある」
「さすが。と言うか……マジでアイツ仲間手に入れたんだなぁ……正直柑とアスディルが限度かと」
「確認されたのは6人。思った以上の戦果だねぇ」
「だな……さて……明日は満月、何かあるならその時だろう?」
「あぁ。そう云う風に上の術式も組み込まれていた。今の内から覚悟決めないとねぇ」
「マジか、頑張る」
再び2人は隠れる。もちろん柑は2人の存在に気付いており、だがどうせ明日会うだろうと放置していた。
夜、フィオは10年ぶりになる私室で泣いていた。わかっていた。薄ピンク色の髪を疎んだ王が自分を呼び出す理由など。
「……最期は、生贄ですか」
王都をと言ったがおそらく父の性格上守るのは王城だけだろう。国民の事を何も考えていない王に、フィオは知らず拳を握りしめていた。でも、何もできない。明日自分は生贄に捧げられ、命を終えるのだから。
「……あぁ……でも……」
心残りは少しだけあった。5歳の時、生まれて初めて自分の薄ピンク色の髪を綺麗な桜色だと褒めてくれたリースイ王女、彼女に大きくなってもう一度だけ会いたかった。もっと、ウェーリアと言う自分の生まれた国を見たかった。心残りがその2つであることに気が付きフィオは泣きながら笑う。何せ、一番の心残りは解消されたのだ。会いたかった人、ヘルド・オーニュクス。7歳の時に出会った、初恋の人。彼にもう一度だけ会えた。一緒に旅まで出来た。それだけで、フィオは幸せだった。もう何も、要らないと願うほど。
その願いも涙も、全て見守る狐が部屋の中で休んでいることに、フィオは全く気が付かなかった。
淫魔達の拠点、その洞の中、史真は案の定書類ではなく空を見上げていた。今回に限って言えば、明日レイエルと当たるという報告のあったサイルとシンザが心配でという理由だったが。
「し~しんさま~っ」
「アマダスか。如何にした」
「いや、史真様もサイルとシンザ心配していらっしゃるかなぁと思いまして」
「……まぁ、おそらくこの感情はそうなのだろうな」
「カメルシィなんて心配の余り適当な淫魔をちぎっては投げし始めたのでロジエが止めています」
「……心配という感情で納めて良いものなのかそれは」
「主力組で心配していないのなんてシュネとエクリとサフィロぐらいのもんですって」
「サフィロもか?シンザとは研究職仲間で仲が良いと記憶していたが」
「どちらかと言えば、サフィロはギリギリでも良いから生きて帰ってきて黒曜の君の情報置いて行けって感じです」
「それはまた……」
「でもでも、史真様、本当にシンザとサイルがヤバに成ったら助けに行ってくれますもんね」
濃い桃色の髪を揺らしアマダスは笑う。そんな彼女を見て史真も落ち着かない感情を落ち着かせた。
「そうだな。私が出ればあの2人が逃げる時間ぐらいは稼げるだろう」
「さっすが。史真様お優しいもんなぁ」
「……私が、か?」
「えぇ。確かに武で従属している奴等が大半ですけれども、主力、私、ロジエ、カメルシィ、あとシンザも。人柄でも付き従う事決めていますよ。サイルは言わずもがな。シュネは判らないってのが本音です」
「……なるほど、主力であればあるほど奇特な精神の持ち主のようだ」
「ひどい~っ」
そう、主力班の心残りはユクロの処断を史真自らに行わせてしまった事。せめてロジエかサイルが代わるべきだった。だが史真は自分でやると言い、最終的にシンザが折れた形だった。本当は優しいこの人に、あんな顔をさせてしまったのが、主力組の、アマダスの心残りでもあった。
「とりあえず休みましょうっ」
「そうだな。明日の夜は忙しくなる可能性が高い。よく休むように」
「はいっ」
下りていくアマダスを見送り、史真は空を見上げる。
それぞれの思惑が重なる夜は、こうして更けていった。
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