029 助けて私の
それは小さい頃の思い出。
『フィオ様の髪色は、西の果ての国、桜の国に咲くサクラという花によく似ています。とても美しい花だそうですよ?』
そう言ってくれた姉のように慕う王女が居た。
『フィオ。ダンス上手くなったら、また踊ろうね』
そう言ってくれた、初恋の人が居た。
彼と彼女の言葉は今も胸に残っている。それだけが今のフィオの支えだった。
「フィオ様、お時間でございます」
満月の夜が来た。フィオは用意されたドレスで、指定された場所へ向かう。それが、自分に課された使命だから。
ウェーリアの首都トローン。その一番東側に存在する王城、昔は演練場だったその広場を囲むように貴族たちが並んでいた。中央に居るのは当然のように王。質素な白のドレスに身を包んだフィオは広場の中央に座っていた。
「始めろ」
魔道士たちが呪文を唱え始める。魔力が流れ、フィオの周りに黒いもやが立ち込め始める。
恐れなど無かったはずだった。こうなるのは当然で、こうなるのは必然で。でも、フィオにも普通の感情が湧いた。それこそ、恐れと言う感情だった。
「助けて……ヘルドっ」
小さくも儚い願い事。それを聞き届ける存在が、フィオの傍にはずっと居た。
『まったく、強情なお姫様だこと。王子様が助けに来てくれるって言ってるのに、中々助けを呼ばないんだもん』
声に振り返る。王達とフィオの間に立ったのは白銀の女性。その赤い瞳はフィオを見ると笑った。
『安心なさい。王子様はちゃんと来てくれるからね』
杖が地面に打ち鳴らされる。そこに降り立ったのは薄紫と、黒と、夜でも輝く金の髪。
「ヘルドっ」
「ほんと、遅いよ馬鹿……」
「ヘルドさん、フィオ様を連れてウィータ達の元にっ」
「……ヤベェの来るなコレ」
『同意する』
ドンっと、地面が隆起し、現れたのは巨大な竜の頭。ヘルドに連れられてその場を離れようとしていたフィオを飲み込もうとしたその口をレイエルと柑、霄狐は止めた。
「……栖雅の負担にならない分、俺等がやる、霄狐はフィオの方に」
『了解。んじゃ、行きがけにコレの召喚者の隠ぺい魔法ぺりぺりっとな』
術式が溶ける。尖塔の上、立っているのは当然シンザとサイル。その姿に、レイエルは竜の首をとどめながら口端を上げた。
「よぉ?久しぶりだなティミエル」
「もうその名は捨てたっ今はサイル、魔王様の傍で付き従う者だっ」
「へぇ……?」
「そしてお初にお目にかかります、薄紫の君、レイエル・ラージレットさん。俺の名はシンザ、まぁ淫魔の主力組で、成り行きで魔王様の書類関連の補佐などを行っていますね」
「……あぁ。何か納得。魔王殿は書類苦手なの相変わらずってか?」
「アレ何年物ですか?」
「俺が神殿に上がった時からだから5000年モノだよ」
「……あちゃー」
「そこじゃないシンザ」
「でした……2人がかりとは言え随分余裕ですね?」
「柑、コイツ殆ど力入れていないぞ?」
「レイだけで平気かな~と」
「……そう言う所も、そっくりなんですよね貴方。家のサフィロに」
「ぇ?」
勢いよく、竜の首が弾き飛ばされた。いきなりの事にレイエルは転びそうになり、シンザとサイルは呆気にとられる。成した本人だけが、一歩サイル達に歩みを進めた。
「今、なんと」
「あ、えっと、淫魔主力にサフィロって子が居まして。彼女が本人公認で貴方そっくりです」
「さ、最初見た時驚いた」
「……柑」
「……えぇ。そのお話は、アレを制した後にたっぷりとお話しいただく方向でよろしかったでしょうか?」
一気に柑は竜の首へ斬りかかる。つまり自分の役割はと認識したレイエルは逃げ出そうとしたサイルとシンザへ睨みを利かせた。
「家の相棒殿の事だ。逃げたら一生根に持つぞ」
「で、しょうね……その辺もサフィロちゃんそっくり……」
「こわい」
レイエルが淫魔2人を留め置き、柑が竜の首と戦う中、女神形態の霄狐は避難したフィオとヘルドの居る栖雅たちの元に辿り着くとぷしゅぅと鳴き、元の狐形態に戻った。
『あれまだ疲れるんじゃよ……』
「……もしかして、フィオに付けていた映像ってコイツから?」
「そう言う事っす」
「にしても……ロトスが荒れてる」
「あれ、俺の所に来た時バリの荒れっぷり」
「こわい」
「どういっす」
「アスディル君、リガス君、上の淫魔達と同レベルの感想になってるよ?」
「それは不本意。俺サイル達の見張り行ってくるけど」
『僕居るし大丈夫じゃよ~』
「いってらっしゃい」
アスディルはレイエルに並び、懐かしい顔を見る。その横の推定新しい友人であろう魔族を見て、口端を上げた。
「ひっさしぶり。今日はあの変な鞭使わねぇのか?」
「アレじゃ竜制御できねぇっての」
「そうなんですよねぇ……」
「……ん。なんか色々言いたいことあった気がしたけど、いいや」
「良いのか?」
「うん。レイエルは?」
「魔王殿には色々言いたいが、まずは拠点で書類やってたら指さして笑う所からだな」
「……サイル……俺、ここから帰れたら史真様の書類跡形もなく片付けさせるんだ……」
「いろいろ不吉だからやめい」
見張り組の会話の間も柑は竜の首を狙う。撃ち合う度、パキリパキリと鱗が剝がれていく。そして大きく口を開けた瞬間、柑の剣はその牙を切り取った。
「そろそろ良い頃合いですかねっっ」
タンッと柑が跳躍する。そして、竜の顔面を、割った。
「……は?」
サイルの口から若干間抜けな声が漏れ出る。血はまるで意志を持ったように中空に集まりいつの間にか柑が手にしていた小瓶に収集される。その姿に、シンザは天を仰いだ。
「……これアレだ黒曜の君。竜の素材って言う希少材料を収拾するために鱗削ったり牙折ったり一番血が飛び出そうな斬り方した……ちょっと俺なら判る」
「実際お前竜種出た時は絶対全素材剝ぐまで殺すなってうるせぇじゃん」
「……ふぅ……ちょっとすっきりした」
「そりゃ何よりだよ」
鱗を回収し、牙も回収。竜本体は光の粒となり消えていく。後に残ったのは余裕のレイエル一行と、淫魔2名、そして腰を抜かしたまま動けなかった貴族と王。
『フィオちゃん。君なら判るはずだよ、この先やることが』
「私なら……?」
『あぁ。大丈夫、背中は王子様が支えてくれるから』
「王子様って、そりゃ俺第2王子ですけど」
『何を言うか。物語において、何ごとにもおいて、お姫様を助けるのは王子様の役目なのですよ。ただし例外は多々ある』
「ピソさん一言多い」
『失言』
フィオは意を決し、腰を抜かしたままだった王の元に向かう。そして、思いきり王をぶん殴った。これには護衛の護衛に着いてきていた栖雅と霄狐も拍手。
「凶兆、とおっしゃられるのならば、私は貴方の為の凶兆と相成りましょう……その玉座からお退きなさい。民を軽んじ自分だけが生き残ろうなどと考える王は、王ではありませんわ」
「な、なんだと」
「近衛兵、新たなる王、フィオ・ホロスコープが命じます。この方を自室にて軟禁を。動乱が終わり次第、隠遁に相応しい果ての地へ」
「は、はいっ」
茫然とした王だった人物は近衛兵に運ばれていく。そして今だ腰を抜かしている貴族たちの前に、フィオは立った。
「フェーヤ帝国からの宣戦布告の書状、期限は?」
「か、書かれてはおりませんでした」
「いつまでという話ではありませんね……まずは国の安定から。ソスピーロ大臣」
「こ、こちらに」
「まずは先代が敷いた自然魔術の禁止令を即時撤廃。そして国軍の一部を盗賊討伐に」
「よ、よろしいのですか?国軍を出してしまって」
「迎撃するにも、どこかに派兵するにも、国が平らかでなければどちらもできませんわ。さぁ、速やかに」
「しょ、承知いたしました」
貴族の中の大臣職にある人間がわらわらと動き出す。残った侍るだけの貴族達はどうしようかと顔を見合わせていた。
「残る貴族は速やかに領地に戻りなさい。フェーヤ帝国からの宣戦布告。これは国の存亡に関わる危機。そんなところで時間を潰している暇はありませんわ」
命令に貴族達も慌てて王城の中に入っていく。入れ替わり現れたのは昨日フィオに着いた女中達。まずは着替えと、命と栖雅と霄狐、そしてヘルドを伴いフィオは王城へ入っていった。
その頃、威圧感で正直逃げたいシンザとサイルだが逃げられなかった。良い笑顔で素材を収納した柑はその竜の血で濡れた剣をサイルとシンザに向ける。
「その、サフィロさんという方の情報、素直に吐いていただければ、魔王殿の書類係に戻して差し上げますよ?」
「……ど、どうするコレ」
「逃げ場無し」
「……ごめんサフィロちゃん……容姿に関して言えば性別と髪の長さ以外すべて一緒。性格も一緒ですね。大体30年前でしょうか。突然淫魔の泉に落ちてきたんです」
「落ちた……?」
「たまにあるのですよ。人間界に開いている次元のはざまに落ちて魔界にまで落ちてくることが。流石に人間は初めてだったからびっくりしました。しばらく浮いていたから死んでるかなと思ったのですが3日ぐらい放置したら突然動いて……現在のサフィロちゃんに」
「……その、落ちてきたときのサフィロさんの衣装、覚えていらっしゃいますか?」
「えっと、華国風の、こうひらひらっと、赤系統で纏められてる感じでしたが……?」
「……なるほどね……良いでしょう。彼女とのお話は、彼女自身と行うことと致しましょう」
「……かえっていい?」
「えぇ、どうぞ」
柑が足場固定の魔法陣を使い、一気に2人に迫る。あの日、相棒の大親友を喪うことになったあの時、自分を足止めした鳥型の魔物、操ったのが誰なのか知らない柑では無かった。
「もちろん、片方だけですけれどもね」
キンッと、剣がぶつかる音が響く。そっとシンザとサイルが目を開けばそこに居たのは黒壇の魔王。
「史真様?!」
「どうして」
「流石にな。戻るぞ」
「おや、遊んでいかないのですか?」
「好物は最後に食べるのが良いと家の魔族が熱弁を振るってくれてな。そう思っただけだ」
熱弁を振るったピンク色に心当たりがあるサイルとシンザは苦笑い。そんな3人を見上げるレイエルは、久しぶりに見る仇敵ではあったものの、なんとなく今恨み言を言う気にはならなかった。
「おう魔王殿」
「なんだレイエル」
「お前との決戦時、書類が溜まっていたら指さして笑ってやるから覚悟しておけ」
「何を言う。お前たちが知らないだけで、最高神もなかなかに愉快と言う感情を覚えることをしているぞ?」
「……何やってんだアウィスの奴」
「本人を見る方がより愉快と言う感情が高まるだろう。ではな」
史真はサイルとシンザを小脇に抱え空間転移を使い消える。ふぅと柑は息を吐き、レイエルとアスディルの元に帰り着く。
「……惜しかった」
「お疲れ。良い素材採れたか?」
「首だけなのが惜しかったですね……鱗、牙、頭蓋、血、ついでに骨ちょっと……あっ角忘れていましたっ」
「その辺にしておけよ?お前の収納魔法、俺等のカバン2つの5倍ぐらいの容量余裕だろうが中身の整理がなってない」
「とりあえずで何とかなるんですよ」
「……お前さんは変わらんね……柑」
「……後で」
「わかった。行くぞアス」
「おうっ」
3人は王城の中に入っていく。こうして彼らの最初の仕事は終わったのだった。
べしゃりとサイルとシンザが地面に落ちる。落とすつもりは無かったのか史真は視線を逸らしている。
「だいじょ~ぶ?」
「大丈夫……こわかったぁ……」
「同じく……会話、ほぼサフィロの事だったけど良かったのか?」
「なんとなくレイエルさんの感じが掴みたかっただけだし。今はアレで丁度良い」
「さ~い~る~っし~ん~ざ~??」
地を這うような声にびくりとシンザとサイルは反応する。史真の制止を振り切り、サフィロは2人をつるし上げた。
「なに人の情報垂れ流しているのかしらぁ??じゃああの黒曜の君の情報も貰って来いってのっ」
「締まる締まる締まる」
「な、なんとか黒曜の君の概略も、わかったから放してサフィロちゃん……」
「詳細」
「多分、あの人とんでもない狂学者。ほら、サフィロちゃん、作られた存在だったからここまで落ちてきた疑惑検証したじゃん?もし作った人間が居るとするならば彼だね」
「……なるほどね……じゃあ吐かせるのは作った理由と次元のはざまに落とした理由かしら」
「だ、ね……そろそろはなして」
「っと失礼」
再び地面に落ちる2人。アマダスはカラカラ笑い、カメルシィは溜息。
「次にレイエルが現れるとすれば、アレストロ王国か」
「アレストロならば正直ここにも距離的には近い。そちらでの用事を済ませた頃、ここに来る可能性は高いかと。ロジエ、レームス半島全土の淫魔に伝達、王都中心に薄紫の君ないし黒曜の君、あるいは最高神が来たならば手出しすることなく見張れ、と」
「なぜにレームス半島全土?」
「そりゃ、戦争吹っ掛けられているのはレームス半島全土だ。なら、連携した方が早い」
「……それもそう」
あわただしく淫魔達は準備に走る。ふとその中にあの人をおちょくったような栗色の毛が無い事に気付いた。
「エクリ、シュネは?」
「ほら、もう1ヶ所ぐらい拠点欲しいって言ったじゃん?それの調査。すぐ戻ると思うよ?」
相方は暢気に準備に奔走する。シンザはウェーリア首都トローンで見た光景を思い返していた。最初に現れたあの白銀の女性。魔力計数は史真を上回るあの人物、どことなく、シュネに似ては居なかっただろうか。
「……なぁシンザ、あの白銀の」
「お前も思った?」
「……シュネに似ていた……魔力計数はヤバかったから何とも言えないが、雰囲気が」
「だよね……史真様」
「どうした?」
「シュネへの警戒を引き上げます。どうかお気をつけて」
「……あぁ。わかった」
そしてサイルは準備作業に、シンザと史真は書類作業に戻る。その様子を笑って視ていた者が居た事には、誰も気が付かなかった。
ウェーリアの安定を見たのは1週間後の事。レイエル達は王家の馬車を辞退し、霄狐の空間転移でアレストロの入り口、シルの港まで向かう事を決めていた。
「本当に、ありがとうございました。これほど早くに国が安定したのはレイエルさん達の力あっての事ですわ」
「それは何より」
「……これから、アレストロの方へ向かうのでしょう?」
「……知って?」
「えぇ……リースイ王女に会えたのならばお伝えください。またお会いしましょうと」
「承知いたしました」
「フィオ様ぁ……」
「ウィータ。また会いましょう?」
「はいぃっ」
「まぁ、フィオ様の安全は大丈夫だろう」
桜色の髪の後ろに、金髪を見てレイエルは笑う。最初ヘルドはこっそり居なくなろうとしていた。それをがっちり捕まえたのがフィオだった。
「まったく、傭兵遣いの荒いお姫様だこと」
「あら。良いではありませんか」
すっかり慣れたフィオとヘルド。彼に護衛を一任していれば大丈夫だろう。王城の中もフィオ派で満たした。もう、梓翠が嘆く状況には陥らないだろう。
「……ん、じゃあこの辺で」
「ありがとうございました」
「……ありがとう。色々、助かった」
「……何よりだよ」
フィオとヘルドは一行の色彩が見えなくなるまで見送る。そして、王城へ入っていく。
「ねぇヘルド……貴方のお兄様、ヴェヒター様は王位を継ぎますわよね?」
「あ~うん。継ぐと思うよ。商会長が王族は必要って熱弁を振るってるらしいから」
「で、妹のトーア様、も、お嫁に向かわれる、とか」
「……アイツはしばらく無いと思うよ?良い出会いがあれば別だろうけれどもまず出会いがない」
「じゃあ、ヘルドが他国へ婿入りしても問題ない、と」
「無いと思うけど……?」
「……王命で、婚約者になりませんか?」
「………………父さんに根回しはしておく」
「はいっ」
顔を覆うヘルド。若干赤いその顔はそれでも笑顔で彩られていた。
魔法陣が町の端、人目につかない場所に展開される。着地したのはレイエル一行。そこはアレストロ王国の入り口、シルの港町。前にレイエルが見た時とは違い、明るい方に活気があった。
「へぇ……あっ海産物良いなっ食べたいっ」
「はいはい。霄狐さん、今の所深皇さんに異変は?」
『無いに~。というかおもろい状況ってどんなじゃろ?魔王殿が言うならガチじゃろうし』
「ろくでもない状況だったらぶん殴る」
『わぁこわい』
「辻馬車網で?」
「あぁ。いくつか町を経由すれば5日で王都オリクトに辿り着けるはずだ」
「途中野宿する場所は?食料が心許ないのですが」
「無いな。経由地全部町。野宿になってもその場で飯は買えるだろう」
「それは何より。ほらアス、栖雅。レイでも食べられそうな何か買ってきなさいな」
「一言余計だ、相棒殿」
こうしてレイエル達はゆっくり辻馬車で王都オリクトを目指す。その頭上を抜け、伝書鳩はその知らせを王都にもたらした。
「父上、お呼びですか」
「あぁリースイ……その、ウェーリアなのだが」
ドクンと、心臓が鳴った。まさか失敗したのか。そんなはずはと混乱していると、父王は更に混乱する言葉を梓翠に告げた。
「アレクサンドロス王が退位なさり、代わりにフィオ姫が王になったと」
「………………え?」
「今彼の国は国の立て直し作業で忙しくなるという。フェレシィやヴォルペ、ウェールも支援の手を出しているという。それだけあの国はレームス半島の要だったという話だな。我が国からも微力ながら支援をしようと思うのだが、どう思う?」
「あ、えっと、良いと思います。帝国が何時攻め込んでくるかわからない状況下ではありますが、ウェーリアの再建こそレームス半島で真っ先に成す事柄かと」
「うむ、ではそのように」
「あのアウィスさんがおっしゃっていたウェーリアを救うという意味、この事だったのかしら」
「おそらくな。介入がなければウェーリアが崩壊していたのかもしれないな……」
話をして、両親の前を辞す梓翠。駆け込むのは趣味部屋。そのバルコニーで、梓翠は蹲った。
「ほん、とに……フィオ……生きてっ」
梓翠にとってフィオの件は2回も起きた失敗でしか無かった。アレクサンドロス王と共に魔物に食われフィオは死ぬ。そう言う運命ですらあると思っていた。でも、あの薄紫色と同じ名前の人物がそれを変えてくれた。
早く会いたい。そして確認したい。本当に彼があのレイエル・ラージレットであることを。
宿の中、眠れない夜をレイエルは過ごしていた。王城まであと1日。アウィスが上手くやっていたのならばそこで梓翠と会う。震えず初めましてを口にできるだろうか。少しだけ自信が無かった。
「眠れないのならば良いですか?レイ」
「良いぜ?お前も眠れないのか?」
「落ち着かなくて……おそらくサフィロと呼ばれた淫魔、元になったのは、柚月で間違いないかと」
「だろうな……鏡写しって言ってたし……性格までそっくりになるとはな」
「不本意ですけどね。相似形ですので似ちゃったのでしょうね」
「だろうな」
「レイ」
「ん?」
「何かあったら、止めてくださいね?」
「……あぁ、お前も何かあったら、止めてくれや」
結局2人とも一睡もせず、レイエルは辻馬車に乗った。慣れない揺れと寝不足の頭。合わさって、レイエルは気を失うという表現が正しい状態で眠りについた。柑はぴんぴんしている。
「……レイが人前で寝てる」
「奇跡っすね」
「お兄ちゃん、眠れなかったとか?」
「えぇ、一晩中何か考え事をしていたようですよ。眠り薬使えばよかったでしょうか?」
「物騒」
馬車がガタンとひときわ大きく揺れる。その衝撃でレイエルは目を覚ました。
「……寝てた??」
「えぇ。気を失うと言った方が正しい寝姿でしたけれどもね」
「マジか……」
「もう少し寝ていても大丈夫だよ?」
「いや……そうだな。眠くなったら寝るから安心しろ」
「よかった」
朝の便は昼に中継地点の村に着く。昼の便に乗れば夕方にはオリクトに辿り着く。3台編成のオリクトへの馬車乗り場は混雑していた。
「命、荷物大丈夫か?」
「うん。あ、でも栖雅君とアスディル君羨ましい、収納魔法付きカバン」
「結局貰っちゃったっすからね」
「だな」
「まぁ良いのではありませんか?もしフェレシィに向かう事があったのならば収納魔法が付与されたポーチなど探してみましょうか。楓もティリアも欲しがるでしょうし」
「収納魔法使えるのって、俺と深皇と柑だけだっけ」
「えぇ。アスは教えたにもかかわらず展開が出来なくて」
「ぎくぅ」
「言ってやるな柑」
「まぁ向き不向きありますからね」
「そ、そう言う事にしてください……」
昼の便に乗る。そうして一行はアレストロ王国の首都オリクトに辿り着いたのだった。
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