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薄紫の君と若草の王女様~君の為の30年~  作者: 颯待彗
03 君の為の30年 ‐2‐
23/30

023 道士と仙境

 華国の山奥、そこは竹林生い茂る山にのどかな町がある静かな場所。華国の首都からは南東に位置し、竹細工とタケノコが名産のその町。レイエル、命(みこと)、柑(けん)、そして人間には見ることができない霄狐(しょうぐ)は降り立った。一旦茶屋に入り、作戦会議。もちろん薄紫色の髪は薄茶色に変更済み。そこは抜かりのない原初の神だった。


「対象はこの山の奥の庵?」

『うん。白から黒に流れる色の髪をしているから見れば一発』

「……だいぶそれは、目立つね」

『変わった髪色がこの西の国々でも生まれやすい一族らしいけどね』

「ひとまず、その青年は道士くずれ。そこは間違いありませんか?」

『うん、無し。父親が熱心に仙境に行きたがってたけれども本人も父親も仙境に行ったことはなし』

「……では、流れの仙人として僕、修行中で僕の弟子としてレイと命。霄狐さんは何に擬態します?」

『レイエル君のブレスレットの飾りに擬態するお』


 言うが早いか霄狐はさっさとブレスレットの狐しっぽのモチーフとして転身してしまう。動くチャームが付属されたブレスレットをレイエルは凝視してしまった。


「……俺かよ」

「まぁ妥当でしょう。華国風に名前を変えるとして……今回も兄妹設定で?」

「あぁ。そっちのが自然だろ」

「お願いします」

「では胡(こ)令史(れいし)と胡命瑛(みえい)と」

「……ん、了解」

「わかりました」

『じゃ、とりあえず……ごまだんごおいしそうなのにたべれない』

「命瑛、食べて良いぞ?」

「あ、そっか揚げ物駄目なんだっけ。じゃあ遠慮なく」

「ふふっまったく令史は仕方ありませんね」

「うるせ」


 和やかに話を弾ませる。すると通りが騒めいた。そのざわめきはどんどん近付いてきている。


「あぁまた来ているのか変わり者」

「仕方ないじゃない、あの人が暮らす当たりの竹が良質だって話じゃない」

「あの髪、先だけ黒いのなんなんだろうなぁ」


 とぼとぼと歩いているのは髪先が黒に染まり、そこから段階的に色が昇り最終的に白色になる変わった髪の青年。どうやら町の中でもかなり異質のようだった。


「あれ、だな?」

「でしょうね」


 青年は竹細工の工房に背負った竹を納品する。金銭を受け取り、だが少し揉めていた。


「値切られたか……どうする?」

『いや、下手に接触しなくても大丈夫。この距離まで近づいて分かった。彼ならば気付く』

「何に……」


 霄狐の言うとおりだった。とぼとぼと歩いてきた青年。彼は茶屋の軒先に居た3人を見ると目を見開いた。まるで見てはいけないモノを見てしまったかのように。少しの間の硬直。


「ぁ……っ」


 青年は走り去る。レイエルは後を追い、柑は飲食代を置いて走る。


「命瑛っその団子食べてからで構わないからなっ」

「え~っす、すみません、これ包んでもらっても良いですかぁ?!」


 命が慌てて茶屋でゴマ団子を処理している間、青年は竹藪を走っていた。あんなところに居るとは思わなかったのだ。こんなところに、あんな人が。


「くそっなんでっ」

「さぁ、なんでだろうな」


 声が後ろ、しかも空中から聞こえた気がして振り返る。足には自信のあった青年。だが、そんなことはレイエルと柑にとって全く関係の無い事だった。


「なっ」

「さてと」


 青年の進行方向に降り立つ柑とレイエル。ならばと戻ろうとしたその退路を運よくゴマ団子を大量に抱えた命が塞いだ。


「も~っ師匠なんて金額置いて行くんですかっ茶屋のおばちゃんが大慌てでこんなにゴマ団子貰っちゃいましたよっ」

「おや、物価変わりましたかね」

「いんや、置いたの純金だろ」

「……バレた」

「……アンタ、達は」


 逃げることは出来ないと青年は悟った。なぜなら目の前の青年たちも、後ろに居る少女も、全くの隙が無いのだから。


「さて、なぜ僕達を見て逃げたのか、理由をお聞かせ願えますでしょうか?」

「……貴方は……神仙だ……後ろの女の子は修行中と言った感じっすけど、隣の方も年月を重ねている」

「へぇ、わかるか」

「見れば、わかるっすよ……逃げた理由は簡単……25年前、仙境が2つ壊滅した事件」


 ピクリと、柑が反応した。レイエルも詳細を柑から聞いている為あの事件かと心当たりを付けている。


「その事件、俺も間接的に関わっているんっすよ……だから、復讐とか、色々、怖くて」

「……なるほど、ね」


 キンッと剣が舞う。青年の丁度頭の上で竹が切られる。はらりと青年の白い部分の髪の毛も切れて黒い毛の部分が足元に落ちた。


「……洗いざらい、全て喋っていただきましょうか?」


 こうなった柑は止められないとレイエルは匙を投げる。柑の軽い殺気に慣れていない青年は滝汗をかき、魂が抜けたように返答を絞り出した。


「は……はい」


 青年の家は竹藪をさらに進んだ先にあった。お茶を出され、とりあえず飲む。命はレイエル以外の全員にゴマ団子を配布した。


「とりあえず、名前、高(こう)栖雅(さいが)っす。一応25」

「胡令史だ」

「胡命瑛ですっ」


 まだ詳細な事情が分かったわけでは無い。偽名で良いだろうというレイエルの判断に命も乗った。方や柑はゴマ団子を口にしながら栖雅を見ていた。


「僕が名乗る前に、栖雅さん。25年前の仙境壊滅事件、ソレに25歳の貴方が関わっていると言うのは?」

「あ、はい、えっとどこから説明したらいいか……とりあえず、俺も父親も道士くずれ、俺は師匠も居ない見様見真似の偽物っす。でも、俺の祖父ちゃんの叔父さんは正真正銘本物の、仙境で不老の力を得た道士で、親父はその祖父ちゃんの叔父さんに習って、本とか残してくれたんっす。俺の道術って奴はそこからの聞きかじりっすね」

「……ふむ……続けて」

「んで、25年前、仙境からの連絡手段を持っていた親父の元に祖父ちゃんの叔父さんから連絡があったらしいんっす。『粛清が行われる。気に食わない男を殺して、仙人を1人傀儡にする計画だ。終わったら報告する』……それが、仙境からの連絡の最後。人伝に仙境が無くなったって、地獄絵図になったって聞いて、親父はあぁ失敗したんだなって思ったらしいっすけど」

「……その、貴方の祖父の叔父、名前はわかりますか?」

「あ、はい。栖玖(さいく)です、高栖玖」


 すっと、いつも穏やかな微笑を絶やさない柑が表情を消した。命は驚くがレイエルは動じない。確かその青年は、柑が初めて自分の事を語った時に出て来た、枸橘という名の青年を殺した道士の名前。柑の表情が消えたことに気付いた栖雅は一瞬腰を浮かせたが、逃げようにも扉はその柑の後ろという事もあって諦めた。


「偶に来るんっすよ。仙境に連絡を取りたい道士くずれの奴等が。その時は鳥飛ばして誤魔化して有耶無耶にしているんっすけど……」

「まぁ、誤魔化せそうもないな」

「そうですね。では、改めて自己紹介」


 柑は笑った。その笑みは暗いが仕方ないだろうなとレイエルは内心笑った。なぜなら柑にとって、その自己紹介は苦痛でしかないだろうから。


「玲鵬(れいほう)柑。その、傀儡にされかけて、5万の仙道とついでに攻めてきた5万の妖怪仙道、合わせて10万を殺しつくして仙境を壊滅に追い込んだ張本人ですよ」


 栖雅は開いた口が塞がらない。命はそう言えばその件は初耳だったか柑とレイエルを交互に見ている。おもむろに真実であるという意味を込めて頷けば驚愕の表情。


「えっあの」

「とは言え証言だけで証拠もありませんし……そのあたり、信じるか信じないかはお任せいたします」

「いえ、あの、さっきの剣捌きで十分です……」

「それは何より」


 ひとまず対象との接触はなった。だがこれからどうするか。レイエルが考え始めた時、おもむろに栖雅は3人を見た。


「……3方、今各地に居る道士くずれが仙道狩りにあってる事、ご存じじゃないっすよね?」

「仙道狩り?」

「それはまた豪胆な」

「その地に道士が居ると聞けば根こそぎ連れて行くんっすよ、で、二度と戻ってこない」

「……犯人は?」

「都に居る、天子様っす。なんか突然仙道狩り始めたらしくって、ここだって何時来るか」


 ふむと柑は考える。彼の記憶の中でも仙道を求めた天子、すなわち皇帝は少なくない。むしろ不老不死を求めて使いを出す皇帝も居たほどだ。だが、本物の仙境に居る仙人ならばともかく、道士くずれの者達まで連れて来るとはずいぶんと不穏。さてそれではどうしたものかとレイエルと相談しようとしたその時だった。


 扉が乱暴に叩かれる。返事を待つことなく、兵は部屋の中に雪崩れ込んでくる。


「お前達だな?この町に住む道士は」


 まぎれもなく、それは道士狩りの兵たちだった。


 ゴマ団子とお茶だけいただいて、馬車に詰め込まれる。有無を言わさない流れるような連行にレイエルは内心で拍手した。ご飯は大事にしなくちゃ駄目と兵に食って掛かった命にも内心の拍手は送られる。


「ほんっとぉぉにっすみませんでしたぁぁっ」

「いえいえ、押しかけていたのは僕達でしたし」

「こいつが仙人なのも、俺が長命の者なのも、命瑛がそれに片足突っ込んでることも事実だし良いんじゃねぇの?」

「でも……」

「そう言えば栖雅さんは書籍で学んだだけとか」

「あ、はい。一応」

「都への道中は長いですからね。少し御指南致しましょうか」

「えっ良いんっすか!?」

「構いませんよ」


 こうして都への馬車の中は即席道術講座となった。命も道術には詳しくなく、一緒に聞いていて、レイエルも相棒の活き活きとした講座に耳を傾けていた。


 馬車に揺られること5日。一行は都へと到着、そのまま馬車は宮殿へ乗り付けた。


「……馬車という自分の力量で速度調整できない乗り物には俺もう絶対乗らねぇ」

『無理じゃと思うんじゃが』


 疲労困憊のレイエルのつぶやきを拾ったのは霄狐だけ。今の霄狐の声を聴けるのは霄狐自身が声を広げない限りレイエルにだけだった。


「いやぁ久しぶりですね、この感じ」

「……いや、これ、その感想で良いのか?」


 宮殿は至る所で瘴気が湧いていた。だがその瘴気は人間界由来の物。魔界の気配が一切しない瘴気も不気味なものだと眺めながらレイエルは感じていた。なお宮殿の瘴気を見た命と栖雅は若干引いていた。


「何千年経っても、何度宮殿を変えても、都すら変えても、皇帝が住まう場所は常にこんな感じですよ」

「……それはそれで、どうなんだ?」

「まぁ、でも、何が起きるか判らないって感じだし。気合い入れていこうって話だね」

「そうっすね。俺も微力ながら自衛ぐらいはしてみるっすよ」

「でも栖雅君、道術結構詳しかったよね?」

「いやぁ、まだまだっすよ……昔憑き物落とし花瓶で試したら柄まで落ちちゃって」

「それはそれである種才能ですね」


 迎えの官人たちが来る。どうやら皇帝の前に連れていかれるようだった。レイエルは最悪栖雅を抱えてこの場所を離脱することまで考えてその官人たちの後を追った。


 皇帝との謁見の間。その豪奢な席に皇帝は座っている。だがその顔に若干生気がない。


「聞こう、道士共。お前たちは仙境に向かえるか?」


 なるほどこの問いに答えられない道士くずれはここで処断されたのだろう。どうしようかレイエルが迷うより、彼の回答は早かった。


「え?行けますよ?」


 皇帝の目の前で無かったら何をやっているのだと問いたい軽いノリで柑は行けることを認めた。確かにそれは事実なのだが。あまりにも軽やかな返答に皇帝も腰を浮かせる。


「ほ、本当か、う、嘘ならば」

「本当ですよ。ただどういったご用件で仙境に向かいたいのか、ですね」

「用向き、とな?」

「えぇ、何せ仙境は山と海、2つあるのですから」

「なんとっそんなにも」

「えぇ、ですので理由をお聞かせ願えますか?」

「……余に呪いをかけた仙女が居る……6つの尾を持つ、狐の化身の仙女だ」

「……九尾じゃないんだ」

「そうっすね……」

「あぁ、ならば解りやすい」


 うっすらと、柑は笑う。何せ彼にとって彼女の存在は馴染み深いものなのだから。


「彼女の居る場所、確実に向かいましょう。それで呪いを解かせる。それでよろしいですね?」

「おぉでは」

「えぇ。その退治、お引き受けいたしましょう。ただ仙境は難攻不落の場所にある。こちらに居る3名、連れて行かねば突破も侭なりません」

『名演技ですなぁ』

「笑わすな霄狐」

「しかし……」

「では……」


 柑は展開した収納魔法に手を突っ込む。元より柑はこの魔法の中にいろいろな物を雑多に入れていたようで、レイエルもそのすべてを知っているわけでは無かった。あまりに物があり過ぎて把握しきれないとも言う。


「あぁ、これなどどうでしょう」


 柑が官人に渡したもの、それは錫杖。それも純金に宝石が嵌まっていて、なおかつ意匠は華国の物だった。それを震える手で皇帝は取る。


「こ、これは、余ですらこのような品、まみえたことはない」

「500年ぐらい前の皇帝陛下が置いて行かれた錫杖です。そちらを質に。あぁもちろん終わっても差し上げます。それでよろしいですね?」

「も、もちろんだとも」


 こうしてレイエル達は皇帝の許可を取り、馬車で一路真東へと進んだ。しばらく走らせたところで降ろされ、馬車は王城に帰還していく。レイエルと命、柑はそれぞれ準備を開始した。


「栖雅、どっちが持ってく?」

「体格的に令史が良いでしょう」

「……持っていく?」

「大丈夫っ楽しいよ」


 ふわりと栖雅の髪が空に浮く。足場固定の魔法陣で、レイエル、柑、命の3人は柑の案内で北寄りに駆け抜けていた。栖雅はそんな彼らを、レイエルの背で見ている。


「なんっすかコレめっちゃ楽しいっっ」

「楽しめるなら何よりだっ」

「命瑛、速度上げられますね?」

「はいっ」


 速度を上げ、空を進む。あまりの早さに誰も視ることは出来ない。途中町が存在していた為、食料を買い、さらに進んだところで休憩を兼ねて野営と相成った。


「出来ましたよ?」

「お粥という存在は偉大だと思う」

「どうしたんっすか令史さん」

「お兄ちゃんね、揚げ物駄目なの」

「あぁだからゴマ団子」

「そこ、ひそひそ煩い」


 粥を食べ、結界の中で休む。開けた翌日も空を駆ける。だが、その影は4つに増えていた。単独で白と黒の髪が空を舞う。


「っと、なんか申し訳ないっす」

「良いって良いって。そこに1回見ただけで使いこなした猛者が居るから」

「あはは……はい、あの、術式は大体見たらわかるから」

「でも、この速度で付いてこられると言うのは稀有ですね」

「そりゃよかったっと」


 昨日よりは若干速度を落とし、空を駆ける4人。その日も野営。命と栖雅が眠る中、霄狐は擬態を解いて焚火を囲む柑とレイエルの元に現れた。


『どうだい?栖雅君の様子は』

「そうですね。術の使い方は上手い方かと。後は武芸ですね。例の六尾、栖雅にやらせましょうか」

「お前が良いなら良いが……」

「……気にしているのでしょう?おそらく25年間野ざらしだった仙境に僕が立ち入ることを」

「気にするって言うか……お前の心情が正直判らん」

「おや、そうですか?」

『柑君はレイエル君に断罪を求めた。でもレイエル君にとって、目的のために手段を選ばないのはあの時点では当然という感覚。問いたいのじゃが、未だ断罪をお求めかい?』


 あくび交じりに25年前の会話を掘り返された柑は拗ねたように霄狐を睨みつける。確かにあの時はそうだった。だが、今はそれよりも大事なことがあるのだから。


「……諸々言いたいことがありますが……断罪はもう良いかなって。そんなことにかまけている暇があるのならば楓とティリアと命とアス、栖雅もですね。ビシバシ鍛えるのが先決かと」

「ある意味、お前はブレないな」

「ふふっ……時に、なぜ僕が柚月(ゆづき)の件で断罪を求めたことをご存じで?」

『今より過去は全て僕の範囲内。ちょちょ~っと視れば簡単じゃよ。例えば、九尾だった件の仙女の尾を六尾に落としたのは他ならぬ柑君である、とか』

「……半信半疑ではありますが、過去を担当している神であることは理解できました」

「いや因縁あるのかよお前」

「1000年ぐらい前ですかね。宮廷で悪さをしていたのでこう、ザシュっと」

『僕のしっぽ狙わないでね??』

「善処いたします」


 同じ狐である霄狐は己のしっぽを防御するようにまるまった。柑としては、レイエルに害があるならば考えたが今のところ害はない。ならば放っておこうと決めていた。


「……原初の神の件、レイが叶えなくてはいけない願いに関係あるのですね」

「まぁ、大体コレも関わっているしな」

『関わっています』

「そうですか……言ってくれなかったのは寂しい所ではありますが。今だお願い事も教えてくださいませんから」

「……悪い」

「いえ。でも、あと5年の年月の後、おそらく東の果て、レームス半島に関わる何かが起きる。それが君の願い事に関わる事。その認識に間違いはありませんね?」

「無いな。コレの残り2つもレームス半島の何処かで合流するはずだし」

『煌鵲(こうじゃく)の奴があの異変に関わっていないと言うのもおかしな話。ならばレームス半島に居るとみるのが妥当じゃよ』

「そのようですね。まったく、本当に手のかかる相棒ですね」

「悪いな。色々。本当だったら皆の特訓を率先してやらなきゃいけないのは俺なのに」

「その件に関してはお気になさらず。実は弟子を取らなかったと申しましたが、2000年前に何度か弟子を取った事があるのですがことごとく逃げられまして」

「……お前厳しすぎるんだろ諸々」

『レイエル君大正解。厳しすぎてお弟子さん逃げてるに』

「ふふっだから、食らいついてきている彼女等やアスは得難いなと」

「そうかい」


 焚火を囲み、2人と1匹は語らう。その日も夜は穏やかに更けていった。


 翌日、朝から駆け、夕方に掛かる頃、柑が3人を止めた。


「ここから仙境の範囲内になります。おそらく誰も片付けていない地獄絵図。覚悟はよろしいですね?」

「おう」

「だ、大丈夫ですっ」

「わ、わかったっす」

「……では」


 空中に扉が現れる。ギィときしむその扉を開け、中に入ったその先、確かにそこは地獄と称して良い状態だった。


 いたるところに骨が落ちていた。大穴の横には折り重なるように人骨が散らばり、もはやどれが誰の骨だったかもわからない状態。その傍にはもう1つ山があった。宙に浮く不思議な山。その接岸部分にも無数の、動物の骨が転がっていた。居住区の方にもいくつか骨は落ちていて、これを横に居る彼が作り上げたというのは不思議ですらあった。


「……天青公主(てんせいこうしゅ)、例の六尾の仙女が居るならばこちらの山の方です……」

「待て柑。先に索敵魔法で探そう」

「……そう、ですね。えぇ……すみません、自分で言うのもアレなのですが動揺していたようで」

「これは仕方ないよ」

「ですか……ですね」


 レイエルの索敵魔法が展開される。だが接岸している山には気配がない。仙境の居住区の方に範囲を広げると、2つ、反応を返してきた。


「この先、ひときわ大きな居住区域の中に2人生命反応がある」

「……2人?」

「仲間がいるとか?」

「いえ、天青公主は矜持が天よりも高い傾向にあります。仲間という存在を求めるような性質はしていないはずですが……」

「とにかく行ってみよう」


 警戒しながら柑達は山を登る。その途中、小さな建物を見つけ、柑は徐にその中に入った。


「っと、栖雅さん、武術に覚えは?」

「親父に叩き込まれた程度でよければ」

「重畳」


 投げ渡されたのは剣。反りのない、だが東の剣とは意匠が違うそれを栖雅は受け取った。長さは柑の剣より若干長い。


「差し上げます。1000年前に作って放置していた代物ですが。その長さ、性に合わなかったので」

「……ありがとうございます」

「お前の家?」

「えぇ。もう中の書物などもボロボロですが、幾つか武器は残っていたみたいです。ソレ以外、必要にならなそうですがね」

「そっか」

「では、向かいましょう」


 その居住区域は山の一番上。最大規模を誇るその場所は当たり前のように柑の天敵であった水晶老君(すいしょうろうくん)の門下生たち、そして水晶老君の居住区域だった。


「あぁ、まさか帰ってくるとはね」


 声が響いた。25年前でもその声は覚えている。水晶老君の一番弟子であり、あの日、柚月を大穴に落とした張本人。忘れるわけがなかった。


「……喜びなさい栖雅さん。アレが、貴方のおじい様の叔父さんですよ」

「ぇ」


 流れる黒髪を揺らし、彼は笑う。そこに居たのは高栖玖。あの日屠ったはずの彼は、朽ちることなくそこに立っていた。









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