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薄紫の君と若草の王女様~君の為の30年~  作者: 颯待彗
03 君の為の30年 ‐2‐
20/21

020 未来視の巫女

 桜の国の都から見て北。そこには商人の社会に属する貿易港が存在していた。数少ない華国からの貿易船、そしてはるか遠いアレストロ王国からの船便がやってくるこの港町。その一角に人気の食事処が存在していた。今一番人気の理由は店員の容姿だったが。


「いらっしゃいませ、空いている席どうぞ」


 薄茶の髪の青年はにこやかに客を捌いていく。その姿に見惚れているのは女性だけではなく男性も。


「お待たせしましたっ」


 品出しをするのは同じ髪色の少女。青年と交互に立ちまわりながら2人は動き回る。


「じゃあ親父さん、お疲れ様」

「はいお疲れ様。令史(れいし)君、(みこと)ちゃん」


 今日の銭を稼ぎ、寝床にしている街の外れにある古堂へ向かう。慣れた日常、慣れた日々。


「今日もありがとうございましたお兄ちゃんっ」

「お役に立って何よりだよ、命」


 薄茶に髪を染め上げたレイエル。命との出会いは4ヶ月も前に遡る。



 レイエルはまずこの町に潜り込んだ。現在目的の未来視の巫女がこの町に居る事しか分からなかったためであり、ひとまず(けん)と同じ認識阻害で結えるほどの髪の長さにし、色も薄茶に変えて街の中を歩いていた。


 そんな中、走り込んできたのは泥だらけの少女。彼女はレイエルの手を取ると一直線に港町の端に向かった。


「っ……は……」

「なんだぁ?」

「ごめんなさい……あそこで説明するわけにもいかず……」


 ふわりと結っていない薄茶の髪が揺れる。薄い湖水色の瞳を持つ彼女は笑っていた。


「天の御使い様ですよね。(ひいらぎ)命と申します」

「……とりあえず、レイエル・ラージレットだ……理解、出来ているのか?」

「はい。何せご存じだと思うのですが、未来視なので」

「……確かに、異端な威力だな……」


 普通未来視は断片的にしか情報を入れられない。そこをどうつなぐかは術師の腕前の言う所。だが命はレイエルがあの場所に居る事、天から来た使いであること、そしてその目的が命自身であることを視ていることになる。流石に見過ぎだろうと思い彼女を見ると、申し訳なさげにこちらを見ていた。


「で、でもごめんなさい。貴方と合流して町で働くって言う所しか視えなくて……しかも10年後以上の事を視ようとすると弾かれてしまって」

「10年後……」

「あ、でもレイエルさんがアレストロ王国のある半島に降り立つところだけは視えているので、大丈夫ですっ」

「……そりゃ、何よりだ……で?来てくれる、という認識で良いのか?ん?でも働く?」

「あの、ですね……申し上げにくいんですが……私、華国に行きたくて故郷の町から逃げ出してここに居ますっ」

「おぉぅ……」

「でも、乗るにもお金が……」

「……理解した。俺は移動手段がなんとでもある。でもお前さんには無い。船賃を稼いで華国に行きたい。そう言う事だな?」

「はいっ」

「元気で何よりだ。ま、俺も簡単に行く任務はつまらないと思っていたところだから丁度良い」

「じゃあっ」

「その前に、その泥だらけ、どうにかした方が良いと思うぞ?故郷からの追手撒くためとはいえ」

「あはは……はい……」


 近くにあった滝で命は身体の汚れを洗い落とす。レイエルは見張りながら命の服の汚れを術で落としていった。


「便利ですね」

「家の生活能力高いんだか低いんだかよく判らん相棒殿のお陰でな」


 そして命は身綺麗になる。そこに居るのはどう考えても美少女。確かにあの偽装をしなければならなかったのだろうと認識しながら、レイエルは先ず認識阻害の術式を命に掛けた。


「コレで追手はある程度誤魔化せる。働き口の当ては?」

「あの町、日雇いの率が高くて、朝町を歩けば労働者募集の看板がゴロゴロと。朝市の魚売りもありますし」

「金稼ぎにはぴったりの町って事か……了解。ちょっとやってみて色々考えるか」

「はいっ」

「あと、何処かにねぐらにうってつけな場所有るか?」

「あ、えっとこのさらに奥に古堂が。でもたまに山賊がねぐらにしていまして……人数が多くて私じゃ倒しきれなくて」

「武芸、行けるのか?」

「実はですね、レイエルさんの事を初めて視たの、6歳の時だったのですが、あ、今17歳です」

「……11年前にすでに見ていたとは恐れ入る」

「で、その時にレイエルさんの武芸について行けなくてはならないって言うのも見えたので密かに鍛錬していました」

「でもまぁまだ人数には勝てないと。それは仕方ない。鍛えてやるから安心しな」

「ありがとうございます」

「行ってみるか」

「はいっ」


 2人は古堂に向かう。そこには既に山賊が酒盛りを始めていて、おもむろにレイエルは槍を取り出した。


「掃除してくる」

「き、気を付けて」


 レイエルが古堂に殴り込む。騒がしい音と共にバキリとどこかが壊れる音が響き続けた。そして山賊たちは這う這うの体で山に駆け込んでいった。


「終わったぞ」

「はやい」


 命はひょこりと古堂の中を覗き込む。ちょうど壊した柱などをレイエルが直している所で、他の術も駆使して掃除すればあっという間に綺麗になっていった。


「……家の相棒殿は掃除魔術作って何がしたいんだ??」

「えっでもすごく便利……」

「とにかく、人避けの術式は常に張るからコレで大丈夫だろう」

「寝床確保ですねっ後は……レイエルさんのお名前、ですか」

「それはもう決めてある。令史だそうだ。」

「令史さん……髪色、似ていますね?」

「そうだな。濃い色にするにもなんかなれなくて薄茶だが……兄妹設定行っておくか?」

「はいっ是非」


 微笑む命。契約は成った。




 こうして、港町にやたら顔の良い兄と特級美少女の妹の兄妹が働きに出ることになった。客商売組は如何にあの兄妹を引き込むか必死で、賃上げ競争が白熱していた。


「ご飯どうする?」

「魚買って、雑炊だな」

「うんっあ、お米もうないはず」

「あちゃぁ……買って帰るか」

「市場、未だやってるはずだよ」


 2人は市場へ向かう。見切り品の魚やコメなどを買い、野菜も買い足す。するとざわざわと東の方の服の一団がやってきていた。


「命、アレ」

「あぁ。例のアレストロ王国の方々だね。船近いのかなぁ」

「数少ない交易国だっけ」

「アレストロと華国しかしていないものね……」


 懐かしい国名を聞きながらレイエルと命は古堂に帰る。調理担当は命。なお、本日の労働先である食事処で判明したのだがやはりレイエルは油モノが食べられない。胃もたれで倒れかけたレイエルを実家で学んだという薬草学で命が介抱したという話は後の相棒と親友大爆笑の内容だった。


「はい、出来たよお兄ちゃん」

「ありがとう命」


 穏やかな夕食。食後、暗闇の中、金属が当たる音が庭に響いた。


「そう、もっと踏み込んでいい」

「はいっ」


 夜、明日の労働に響かない程度にレイエルと命は鍛錬に明け暮れる。自分よりも判定に厳しい相棒が如何判定するか判らないが、命の実力はめきめき上達してきていた。


「っし、今日は此処までにするか」

「うんっじゃあおやすみ」


 衝立で隔てた中、2人は眠る。もちろん山賊はこの古堂に近付けもしなかった。




 がしゃんと、陶器の割れる音が響き渡る。そこはどこかの社の中。お神酒入れがそこら中に散らばっていた。


「どういうことだっ何故未だ命を見つけられないっお前たちは何をやっているんだっ」

「もっ申し訳ありませんっ」

「あぁもう良いっ納胡(なこ)の町に使いを出せ。あそこには野良陰陽師が居るはずだ。必ず見つけ出させろ」

「しょ、承知いたしました」


 命と同じ薄い茶色の髪を振り乱し、男はわめき散らす。


「なんて無能たちだあんな小娘1人見つけられずのうのうと生きてあぁ腹が立つ大体有象無象が僕の計画を邪魔するなんてありえないあり得ない有り得ない」


 全てへ向けての罵詈雑言が、静かな社に響き渡り続けていた。




 その日は団子屋で命とレイエルは労働をしていた。ざわりと町が揺れる。何ごとかとレイエルが顔を出せば、そこには立派な東の意匠の船が到着していた。


「まぁまぁっアレストロの船だわっなんて久しぶり」

「そうなのか?」

「最近来たものね2人。ここ1年位見ていなかったわ」

「そっか」


 帰りに見て回るのも良いかもしれない。そんなことを考えながらレイエルは仕事を終える。そして命を誘い、港へと顔を出した。


 港に隣接する富豪たちの家々が東の品物に飛びついている。おそらく武家か都に高値で売るのだろう。そして引き換えに桜の国の品を輸出するのだろう。ふと、レイエルは本が数冊端に積まれているのを目にした。傍に居たのはアレストロ王国の人間と桜の国の人間。


「本、なのか?」

「あぁ。でも読めないなら売れないって……アレストロの書物はまだ解読中だってのに……貴重品」

「……何割、寄こせる?」

「え、これが手に入るなら?んでこれを学士先生に売りつけた金額を?そりゃ、3割」

「4割」

「ぐっ……3割5分」

「はい、交渉成立」


 翻訳魔法は両方に作用している。だが、本来レイエルが使っている言語は、東の国々の言語なのだ。読めないはずがなかった。


『へぇ?薬学本か。ミントは葉を蒸留し油を取り……こっちは鉱石学ね。水晶の魔術的活用法……これ鉱石学の分類で良いのか?』

『……参った……良いよ、売ってやる』

『よっしゃぁっ』


 商人が買い、きちんと学者に本を売る所まで見届け、言っていた代金を支払わせる。その間、命は驚きを隠せずに居た。


「……お兄ちゃんすごい」

「多言語対応状態だなこりゃ……華国行ったら華国語も話せるぜ?」

「本当!?やったっ」

「生活費で増えたり減ったりだが……だいぶ増えてきたな」

「あともう少しだねっ」

「あぁ」


 港町認定の仲の良い兄妹は今日もねぐらに帰って行った。


 翌日、朝市の手伝いを終えたレイエルの前に立ちふさがったのは昨日書を売りに行った学者だった。


「永句と申す。昨日は貴重な書物の入手を手伝いしてもらったとの事、御礼申し上げる」

「いや、俺も何割か貰ったわけだし。仕事の一環で」

「……貴殿、東言語を読める、と」

「え、まぁ……出自は問わないでほしいんだが、書物を扱える立場に居てな」

「頼むっ全部とは言わない一部、一部だけで良いっ読み解いてほしいっ」

「……ま、まぁ……金銭が発生するならば」

「もちろん、貴殿らが日々労働を重ねていることはこの町では周知の事実。金銭は出そう」

「……良いか?命。しばらく命暇にしちゃうが」

「ん~……そろそろ私にも教えてほしいな~なんて」

「……ったく、仕方ないな」


 永句の家に向かう。するとそこは本の山。あぁ同類かとちょっと遠い目をしながら案内されたのは書斎。


「どこまで解読は進んでいる?」

「つい最近、ようやく辞書なる物が出来た所だ」

「そこからね……難敵は崩し文字?」

「あぁ……だがアレストロですら貴重な印刷、と言う技術が為された書籍は文字が分かりやすい」

「どれ……あぁ確かに」

「文字、漢字みたいに真っ直ぐだね。他の文字丸いのに」

「木を彫ると聞いたことがあります。おそらくその為に真っ直ぐな文字にしたものと」

「華国の技術の筈だからな。漢字の応用だろうよ」


 フッと、その書物は目に入ってきた。背表紙のない綴じ針で閉じただけの本。はらりとめくればそこに並ぶのは子供の文字。だが、子供の文字であっても、その筆跡には心当たりがあった。


「コレ……」

「あぁ。アレストロ王国の第2王女が書いた書と。子供の書く文字ならば簡単だろうと思ったのですが……」

「確かに、難解だ。気候の変化を見極める術だとさ」

「えぇ……お幾つんなんだろう」


 今8歳とは言えずレイエルは梓翠の筆跡をなぞる。相変わらず真面目な字を書くと思いながら、レイエルはそっとその本を戻した。


「とりあえず辞書が間違っていないところからかな」

「ですな」

「そこからなんだね……あ、じゃあ先生、東の文字教えてくださいっ」


 こうして、学者の家での臨時教師の仕事が始まっていった。




 男が引き摺られてくる。男は納胡の町に居た野良陰陽師。顔は腫れ上がり、おそらく腕は折れている。縛り上げられた状態で、彼は此処に連れてこられた。


「人を探して居る。命と言う女だ。年は17、薄い茶色の髪に、薄い湖水色の瞳の女だ……探せ」

「こっこんな状態でっ」

「死にたくなかったら、探せ」

「ひっ」


 縄が解かれる。逃げ出したかった、だが逃げ出したなら真実殺されるだろう。今殺されるか、後で殺されるか。ほんの刹那であっても、長生きしたかった。


「……読めました。(はざま)の町に居ます。ただし何枚モノの認識阻害の術を駆使していらっしゃるため探すのは苦労するでしょう」

「間の町、だと?いつの間にそんな遠くに……くそっ認識阻害を破り、命を連れ戻せっ」


 逃げ出す野良陰陽師。追手は放つつもりでわざと逃がした。情報を漏らさないため。


「まさか外の国に逃げるつもりか命、間の町ならば華国、いやあれすとろの国か!?そんなことはさせないっさせないぞ命ぉぉっ」


 狂乱の男は暴れまわる。社の者達はその男の怒りを買わないように、息をひそめながら暮らしていた。




 学者の家での生活が終わったのは間もなく命と会って5ヶ月の日々が過ぎようとしている頃だった。しっかり軍資金も貯まり始め、順調な生活を送っていた。


「っし、朝市終わったっ」

「今日も凄かったね」

「豊漁で何よりだ」


 朝市が終われば2人は自由。生活に必要な品を買い、町を出ようとした、その時だった。


 パリンと、認識阻害の術式が壊れる。寸でのところでレイエルの髪色と髪の長さは死守できたが、命の認識阻害は消え去った。


「居たぞあの女だっ」


 馬が人波をかき分け走り込んでくる。引き下げようとしたその刹那、命は馬の上の男に引き上げられた。


「命っ」


 馬の開けた人波を通りレイエルは走る。男は町の外に待たせていた荷馬車に命を乗せると走り出した。追っては来られまいと笑った、その瞬間、視界に薄茶色の髪が入った。


「クソがっ」


 男は落馬する。追おうと荷馬車に視界を戻せば認識阻害を張られたのか既に居ない。ならばと、転がっている男を釣り上げた。


「何処に連れて行こうとした」

「い、言えるわけ」

「……殺しはしないが、死よりも恐ろしい目に合わせてやっても、良いんだが?」


 青色の瞳に恐ろしい色を重ねて、男はもがいた。だがしばらくして観念したかのように、脱力した。


「伏士の町だ……ここからみて西にある伏士(ふし)の山と言う大きな山の麓だ」

「……そこに、誰の命令で?」

「兄である、音を同じくする(みこと)様だ……」

「……とりあえずお前は町から船で逃げることを進めておく」

「あぁ……そうさせてもらう」


 馬を連れ、レイエルは一旦古堂に戻った。生活に使っていた物の内、これから使えそうな品だけを収納魔法に収納し、振り返る。


「……深皇(しんおう)、聞こえているな」

『えぇ。状況も把握しています。地図ですね?』

「あぁ……兄って言うなら害しては……いや、それも怪しいな。多分命は華国に逃げたかったんだと思う」

『だろうね……っと、ありがとうビアへエル。地図、転送します』

「ん、ありがとう、ビアへエルもありがとうな」

『まったく、天使遣いの荒い方々です』

『ごめんごめん』

「悪いな」


 水鏡の通信を切り。レイエルは伸びをする。今から追えば、どれくらいで追いつけるか判らない。でも、追わないわけには行かない。


「っし、行くかっ」


 馬に乗るのも慣れたもの。レイエルは一路、ビアへエルが作ってくれた地図を頼りに伏士の町に向かうのだった。




 荷馬車の中、縛り上げられた命は震えていた。なぜ兄にあの場所が分かったのだろう。わからないが、今自分は確実に兄の元に向かっている。それが、何よりも恐ろしかった。


 それは、7ヵ月前の事。


 命は伏士の町を守る社に務める巫女だった。3年前に血のつながらない両親は病で他界。今は同じく血の繋がらない兄と共に社を守る日々だった。


 異変に気付いたのは新月の夜、必ず兄が社の奥の森に行くようになっていた。否な予感を受信した命、危険を承知でその背を追った。


 神聖なはずの森の泉、そこに居たのは無数の触手を伸ばす、化け物だった。その上には東の国の衣装を身に纏った青年が立って、兄はその青年に話しかけていた。


「ご機嫌のようだな、ろいた」

「あぁ。シュネを出しぬけたのは最高だよ。魔力の強い所に先んじて我らの触手生物を生やしておけば良いだけの話だったんだからな」

「それはそれは……では、手筈通り」

「あぁ。新月の夜、この触手生物にお前が欲しい能力を持った女を捧げる。さすればコレは蛇型の魔物に転移し、さらなる生贄を求め暴れつくす。町全体を食らいつくしたコイツの血を浴びたのならば、お前は欲しい能力、未来視を得るだろう」

「あぁ……ついに、ついにだっそもそも命に未来視があるのがおかしいのだそれは優秀な私のモノなのだからっ」

「ふふっなに、間違いは正してこそ、だ」


 震える足を叱咤し、命は社に戻る。認識阻害は5重張りしていた為誰にも気付かれないだろう。その5重張りのまま、命は部屋に飛び込むと小遣いや道中売れば金銭になる物を手にし、着替えて伏士の町を飛び出した。そして2ヶ月かけ間の町に辿り着き、レイエルと出会ったのだ。


 そんな往路を返されている、どれぐらいレイエルと離れてしまっただろう。あの人ならば間に合うだろうが、それは何時になるか分からない。もし自分が生贄に捧げられた後ならば、きっと、未来視の力は使えなくなってしまう。そう言う能力だと命は認識していた。社が未来視の能力を密やかな売りにしているがため、一生独り身であることも覚悟している。でも、生贄に捧げられてしまった後では、レイエルの期待にこたえられなくなってしまう。


 恐怖が強すぎるあまり、未来視が発動しない。自分がどうなってしまうか判らないことがこんなに恐ろしい事とは思わず、命は荷馬車に揺られ続けていた。




 馬を休ませるため小川の傍にレイエルは居た。魔法界の馬とは違い人間界の馬は酷使すると潰れてしまうから適宜休ませろと人間界に降り立つ際の注意事項として懇々と相棒に説教されている為身に染みていた。


「……未来視、か」


 最初未来視と聞いた時、未来を主ると言われた煌鵲(こうじゃく)を思い出したのは当然の事。もしかしたら彼女が煌鵲を組み込まれた魂の持ち主なのかもと観察していた。だが、そう偽装されていたのならばレイエルには判断は付かないが、彼女は普通の女の子だった。


「……いつも、そうなんだよなぁ……」


 たった一手、されど一手。必ず自分はその一手を逃す。2回目の梓翠(しすい)を救えず、清晃(しこう)も救えず、命も攫われることは無かっただろう。だが、2人と違い、命はまだ生きている。ならば、救う。それだけだった。




 淫魔の泉、そこでサイルは何時ものように浸かっていた。相変わらず酷い魔力をどうにかしなければならず、今日は主力組が用事で城に行っているのだがとりあえず今日は浸かっていた。


「……~♪」


 サイルの、ティミエルの上級天使時代の職業は楽隊だった。だが、合唱曲からは外され1人で練習する日々。その練習を聞きに来ていたのが神殿に来たばかりの頃のレイエルだった。本当に何気なく、サイルは歌った。武術の腕も魔力もレイエルにはボロカスに言われていたが、唯一褒められたのが楽器の演奏と、歌だったから。


 瞬間、淫魔の泉の魔力が上がった。淡い光が泉を包み、サイル以外に浸かっていた淫魔達も突然の魔力上昇に慌てふためいている。


「お~コレは中々。壮観じゃねぇ」

「しゅ、シュネ?」

「良いお歌じゃね。もうちょい聞かせてくれい」

「え、あの、え??」

「シュネぇぇぇっっ」


 魔王城からのショートカットルートを使い主力組がやってくる。もちろん先頭でやってきたのはシンザ。


「何したら泉の魔力5倍になるのさ?!何した!?」

「うに、僕何もしてないに。ソレ」

「え」

「……えっと??」

「と言う訳でもう1回っ」

「あ、はい」


 シュネに乗せられる形でサイルは再び歌う。光は珠となり泉から溢れ出でる。零れた珠に興味本位で触れたアマダスは魔力計数の上昇に目を見張った。


「凄いっなにこれなにこれっ」

「……十中八九、サイルの歌だね……サイル、その歌は天界の?」

「いや、ここ来てからなんとなく作ってた、泉の為の歌?ってかんじ」

「……もう確実にそれだわ……人間界でも言うだろう?歌には力が込められると。サイルの場合、元天使って言うのもあってその力が強いんだと思う」

「でも、この中に浸かってもなお魔力が細やかなのは?」

「あ、本当だ」

「ん~なんと言うか……サイルって、記憶力めっちゃ良かったり、歌で魔力倍増出来たり、それらすべてを本人の魔力を使わずに行使している稀有な性質の持ち主」

「ほむ……つまり?」

「まぁ、無いものは無いから仕方がないよね」


 笑いが漏れる。サイルも、何が何だか分からないが、役立つならばと笑みを零す。その間シュネがうっすらとしか笑っていなかったことに気付いた者は居ない。シンザ達が降りてくるのが後1分遅ければサイルの命が無かったことに気付いた者も、またいなかった。








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