019 一度きりの救援
イウニオスは不機嫌なまま隊舎を歩いていた。そっと隊員たちが避ける中、ピスティの総隊長室に蹴り開けて入った。
「ご機嫌斜めだねイウニオス」
「……わかるならどうにかしろよピスティ」
「残念ながら有能な分には俺は何も言えない」
舌打ちしそうな勢いでイウニオスは椅子に座る。そんな幼馴染を仕方がないなと言う感じで見ているピスティ。そこへあけ放たれたままだった扉を覗き込むアスディルがやってきた。
「……何故に開けっ放し?」
「アスディル。どうしたんだい?」
「書類持ってきました」
「……はい、確かに。書類出来るなら言ってくれれば良いのに」
「あんまり読み書きできると良い事無いんで。リーベルト隊長にバレたのが運の尽き」
「それはそうだね」
扉を閉めて部屋を辞すアスディル。その間イウニオスの視線が刺さり続けていた。息を吐き、先ほどまで居た第7番隊隊長室に戻った。
「書類置いてきたよティリア」
「ありがとうアスディル。じゃぁ手合わせだね」
「おうっ」
演練場に2人で出れば隊員たちが道を開ける。棒同士での戦いが始まる。それはやがて演練場全体を巻き込む戦いへと発展していく。
「よっと」
「っ」
ティリアの打ち込みをアスディルは軽く避けていく。この程度ならばレイエルとの手合わせでさんざんやってきたこと。
「はいはいそこまでぇっ」
声に間合いを取る。既に日は傾き、夕暮れ時。ピスティが止めるのが最近の日常になっていた。
「アスディル、リーベルト隊長。今日もまた張り切ったね」
「付いて行くのがやっとですよ」
「俺はまだ平気」
「随分と熱心に訓練するね」
「それが……一度本気のアスディルに完膚なきまでにやられまして」
「え」
「だって全力が見たいって言うから」
「そこで実力不足を痛感しまして。ならば徹底的に鍛え上げて貰えればと」
表向きの理由はコレにして、ティリアとアスディルはあと1ヶ月になった魔女祭の日に向けて徹底的に特訓していた。もちろん隙を見て弓の練習も怠らない。ティリア1人の休み、アスディルが置いて行った練習メニューで魔法の練習も行なっていた。
「……アスディル、なんだあの特訓内容」
「え?家の師匠参考にしたんだけど」
「……本当にお前の師匠は人間か??」
「……種族的には、人間」
着々と準備を進めていく2人。その様子をイウニオスは遠くから見ていた。
「イウニオス」
「ピスティ、なんだよ」
「リーベルト隊長が強くなる分には一向に構わない。だろう?」
「でも……」
演練場で戦うティリアとアスディルを2人は総隊長室のバルコニーから見ていた。
「アスディルは本当に無害なのだろうね。リーベルト隊長があれだけ心を許している」
「……そうだな」
「だから」
「見逃せ、と?」
「……それが『あの子』の為だ」
「……チッ……」
バルコニーからイウニオスが消える。ピスティはそんなイウニオスを見送ると演練場へ目を向けた。
「……何を、必死になるんだい……?ティリア」
拳を握りしめ、立ち尽くすピスティ。そんな彼を見る者は誰も居なかった。
魔女祭の日が近付けば街はお祭り騒ぎ。至る所に出店が出来、なんとなく懐かしい心持になりながらアスディルは店を回っていた。
「この揚げ鳥と、あ、肉詰めもっ」
「はいよっと。よく食べるね」
「お腹空いてて」
空腹も事実だが久しぶりの人間界という事もありアスディルは食べ廻っていた。腹ごなしに自分の魔力特訓をティリアの小屋でやればいいというつもりではあった。
「きゃぁぁぁっ」
揚げ鳥と肉詰めと言う胃腸虚弱疑惑のあるレイエルが食べたら倒れそうなメニューを食べきったアスディルの元に届いたのは悲鳴と逃げ惑う人々。興味本位でその流れに逆らって向かえばそこでは赤い塗料をまき散らし騒ぐ若者たちが居た。騒ぎを聞きつけ今日の街警備当番だった第8番隊がやってくる。
「お前達何をしているんだっ」
「うるせぇぇっ何が魔女祭だっ魔女なんて信仰しているとなぁ?この国は駄目になるに決まってんだろっ」
ティリアは言っていた。フェーヤ帝国側の国は大体魔女信仰を禁止していると。そう言えば自分の故郷でも魔女は悪い方に言われる方が多かったと思い出す。なるほどアイツ等は外の国から来た移民だろう。
「魔女祭はこの国の重要な祭りだっそれを否定するとは」
「魔女なんかこの世から居なくなっちまって当然だぜぇっ」
若者たちの笑い声が響く。それが、やけに癇に障った。
「イノセンテ隊長、討伐許可を」
「アスディル。居てくれたか」
「許可、を」
「うむ、許す。ただし殺すなよ?」
「了解」
アスディルは立てかけてあったブラシを手に取る。すっかりなじんだ節棍と同じ重心。一歩、前に出た。
「なんだぁ?お前も魔女なんて信仰しているのか?そもそも魔女なんて要る訳ないだろ」
「……どこ、出身?」
「ぁ?素晴らしきフェーヤ帝国だが?」
「……その冠詞が付いて居る限り、そして、その国出身である限り」
一閃、男たちは吹き飛び噴水にぶつかる。石造りの噴水が揺れるほどの衝撃。若者たちは綺麗に伸びていた。
「俺の敵は、アンタ達だ……って、もう聞いてないか。折角まねっこしたのに」
「か、確保ぉっ」
わらわらと第8番隊の面々が若者たちを捕縛しに行く。赤く染まった花を見つめ、統領格の男を物理的に叩き起こす。
「何故こんなことをした?」
「ひっ」
「理由、あるんだろう?」
「い、いわれ、言われたんだ。変な、風体の男に。魔女は害悪なのは正しい事だから正すべきだって」
「男の特徴、言えるな?」
「や、やたら指輪をしていた。それに、耳も少しだけ尖っていた」
「そうか……同じ国出身だと思われると不愉快だ、さっさと行け」
第8番隊に若者たちを預け、戻ってきた街の人達と一緒に片付けを行う。広場がまた白に染まったのを確認して、アスディルは街の雑踏に溶けた。認識阻害を使い、尾行者を撒き、森を抜けティリアの小屋の前まで来た。
「深皇、聞こえてる?」
『うん、聞こえていたしちょうど見ていた。ビアへエルの観察によれば食魔、と言う魔族の種類が特徴に一致する』
「やっぱ来たか魔族……」
『うん……柑の方も不穏だ。レイエルの方は今のところ平和。だけれども何が起きるか判らない』
「だな」
『ティリアさん、どんな感じかな?』
「一応鍛えてて、あと柑に鍛えるの任せたら俺に近付ける、って感じかな」
『それも凄いね』
「レイの為だもん。これぐらいはね……とりあえずこっちでも警戒する」
『うん、逐一観察するから』
水鏡の通信を切る。伸びをして、とりあえず明日が休みのティリアの為に特訓メニューを置いて帰ろうと思うアスディルだった。
魔女祭まであと3日。明日はティリアとアスディルの休みが合う日で、今日、ティリアとアスディルの演練場での特訓は最終戦にしようと決めていた。
「ずいぶんっ鍛えられたなっ」
「どこかの厳しい講師のお陰でねっこれより厳しいってどんな人だよっ」
「ほんと、俺もそう思うっっと」
夕暮れまで戦い、ピスティに止められる。最初こそ肩で息を吐いていたティリアだったが今は余裕で立っている。あの厳しすぎるまでに厳しい特訓の成果は無駄ではなかったのだと己の成長をかみしめるティリアだった。本物の厳しすぎる特訓がこんなものでは無い事をまだ彼女は知らない。
「リーベルト隊長。無茶はしていないだろうね?」
「大丈夫です。最初の頃より動きは良くなりました……よね?」
「うん。良い感じ。及第点ってやつに近付いたと思う」
「そう……なら良かった」
タタッと軽い足音が響く。振り返れば駆け寄ってきていたのはプリムラ。もちろん今日はお供が付いて居る。
「ピスティっ3日後の魔女祭の舞踏会、来るんでしょう?」
「プリムラ様……申し訳ありませんが第1番隊は城門前の群衆警備に」
「そっそんなの、ほらっティリアの隊とかアスディルが居る隊があるでしょう!?いつもいつも舞踏会に来てくれなくてっ」
「申し訳ありません……これもお役目なので」
「……ピスティの馬鹿っもう知らないっ」
目に涙を溜め、プリムラは走り去る。取る手のない手が宙を切る中、ティリアとアスディルは深いため息を吐いていた。
「イホティス総隊長……今のは、さすがにちょっと……」
「えっ」
「俺も、流石に……」
「えっ」
「プリムラ様、イホティス総隊長と踊りたいんだと思いますよ?」
「俺もそう思います」
「……とは、言っても……此方はただの近衛隊総隊長だし……何より」
「?何か問題でも?」
「俺、出身庶民だから、貴族のダンス踊れない」
「……重大な、問題ですね」
「それは確かに問題」
笑いが溢れる。それはこっそり聞いていた演練場に居る隊員たちからも。膨れ面のピスティは溜息を吐きながら周りを見渡している。
「イホティス総隊長。魔女祭の警備についてご相談が」
「あぁ、今行く。じゃあリーベルト隊長、アスディル、明日は休みだったか」
「はい」
「そうです」
「魔女祭は重労働だ。ゆっくり休むと良い」
「「はいっ」」
鈍いピスティを見送る2人。仕方がないなと笑い合った。
翌日、認識阻害と人避けを5重張りして、ティリアとアスディルは泉で特訓をしていた。内容はもちろん、魔法訓練。
「お、結構良い感じ」
「とは言えこの大規模版は本番しか使えない」
「それもそう。あとは」
「使えるかな~」
1歩、泉に足を踏み出す。だが、彼女は水面を歩いた。足元にあるのは、柑特製、足場固定の魔法陣。
「ふぁぁ……すごいっ使えたよっ」
「上出来上出来……おれこれつかえるのにはんとしかかったのに」
「えっ」
「俺は元々魔法使ってなかったし、ティリアは魔法使ってたからその差だと思うよ」
「そっかぁ……でもこれでっ」
「あぁ。俺達が出来得る限りの準備は整った」
「頑張ろう、アスディル」
「あぁ、頑張ろうなティリア」
柑の判断は判らない。だがアスディルはティリアをレイエルの仲間として推薦する気だった。おそらく魔力だけで言うならばずば抜けている。武芸の方はそれこそ柑が叩き上げれば良いだけの事。そうして、彼等は準備を終わらせ、魔女祭の日に向けて1日休息を取った。
「仕事も減るんだ」
「あぁ。特に、何故か群衆警備の担当班は第1番部隊と、第7番部隊、そして第9番部隊だ」
「なんでだろうな~」
「さぁ、さっぱりだ」
ゆったりとした時間を過ごす2人。数少ない書類も終わらせ、ティリアは自室に、アスディルも自室に戻ろうと歩いていた。
「……イウニオス?」
「……んだよ、アスディルか」
「どうしたんだ?」
暗い瞳のイウニオス。向かおうとしていたのはティリアの部屋。最悪を考えたアスディルはその手を強引に取った。
「やっぱ動いてなくちゃ落ち着かなくてさ。付き合えよ」
「え、いや、俺は」
抵抗するがはるかに背の低いアスディルに引きずられる。その様子を見ていた隊員たちからギョッとされた。
「……何事だい?」
「いや、その」
「あ、イホティス総隊長。総隊長もどうです?一試合」
「え?でも」
「いいで、しょ?」
「……そう、だね……」
2人を引き摺りながらアスディルはティリアの部屋に結界を張る。張られた方は何事かと驚いたが冷静に状況を把握し自分でも結界を張った。そしてアスディルは演練場にイウニオス、そしてピスティを放り込んだ。
「2対1で構いませんよ」
「まぁ、妥当、だね」
「くそっ……」
対戦がはじまる。最初から全速全開にしようとしたアスディルだったが本番は明日と思い立ち威力を抑えた。息の合った幼馴染同士の連携。だがそれすら彼には遅く見える。鍛錬仲間であるコラキエルの方が、よっぽど早かった。
「……ったく……余計なひと手間掛けさせやがって」
棒の一閃が、2人を吹き飛ばし、同時に2人に纏わりついていた瘴気も吹き飛ばす。壁に打ち付けられる2人。隊員たちは慌ててピスティとイウニオスを介抱する。
「……気分どうですかイホティス総隊長、イウニオス」
「…………なん、か……すっきり?はした」
「それは良かった」
恐らく魔族はティリアを直接害そうとイウニオスとピスティを操ろうとしたのだろう。その程度、アスディルには見破れる事。何せ隊舎には妖精たちが沢山住んでいて、情報は逐一上げてくれるのだから。
こうして無事、翌日は迎えられた。第1番隊と第7番隊、第9番隊は外で塔の周辺の群衆警備に当たっていた。城下町の全ての人間が来るという事もありとても混雑していた。さてそろそろとアスディルは腰につけていた節棍に手をかける、その瞬間だった。
「きゃぁぁぁっ」
「ばっばけものだぁぁっ」
隊長格とアスディルは素早く声の方に向かう。そこに居たのは魔物。アスディルの感覚では天魔大戦の時に出て来た魔物が近かった。
「そっ総隊長、王城に民を緊急避難させましょうっ」
「……致し方ない。1番、7番、9番隊っ民を誘導せよっ演練場に入れるのだっ」
混乱が起きる城門前広場。魔物はゆっくりと、それでも数を増やしながら広場へやってきている。
「っし、そろそろ出番だと思ってたぜ?」
鎖の付いた節棍が舞う。先陣の魔物は鎖に切り裂かれ消えていく。
「総隊長、隊長たちも避難を、アレは、人間で勝てる代物じゃない」
「だが」
「民が恐慌状態に陥らないよう、見張りを。そちらの方が重要だ」
「……わかった」
「総隊長!?」
「隊員も退避をっ全隊で民を守る、急げっ」
「念のため扉閉めてくださいね~っと」
アスディルの言葉通り、城門は閉ざされる。妖精たちの巡回で逃げ遅れが無い事を確認したアスディルは魔物との距離を保ちつつ、主役の登場を待った。
王城内、民が避難させられた場所ではアスディルの予想通り恐慌状態が始まっていた。
「や、やっぱり魔女は呪われて」
「そんなわけあるかっ魔女は俺達を助けてっ」
「居る訳無いじゃないか魔女なんてっ」
祭当日も合って人々の口端に上るのは魔女への疑心暗鬼。これをどう収めようとピスティが考えた、その時だった。百合の香りが、辺りに舞った。瞬く間に百合は至る所から、石畳の上であっても、バルコニーの上であっても、城壁の上であっても、つぼみをたたえた姿で生える。そして、彼女の登場と共に百合の花は咲き誇る。
「……泉の、魔女」
杖を持ち、祖母から託されたローブをはおり、彼女は城壁の上、誰もが見ることのできるその場所に立った。
「我が名、35代目泉の魔女、ティリア・リーベルトっ王家よ、古の約定、乞われ願われた、ただ一度きりの救援のため参上したっ」
ふわりとティリアは城壁から塔の上の百合に移る。その、最初から刺さっていた百合の花も開き、王城は百合の花で覆われた。
「……行くよ、アスディルっ」
「任せろティリアっ」
弓をつがえ、矢を放つ。矢は瞬く間に数を増やし、後方に居た魔物を殲滅する。前方はアスディル、後方はティリア。合わせる特訓は数少ないが特訓メニューの参考先はアスディルの受けたものと同じ物。初めてとしては息が合い、瞬く間に駆逐していく。
「お、おのれぇっなんだ、なんなんだぁっ」
中空に現れたのは耳の尖った、指輪を付けた男。魔力の気配を辿っても、魔族でしか無かった。
「名乗れよ魔族。その前に退場をお望みか?」
「っ我は偉大なる食魔が1人、オーウェなりっだがっこんなこと、こんなにも強いなど、聞いていないぞシュネぇっ」
「……はっ……そりゃお前、騙されてるぜ?」
「なにっ」
とんっと、アスディルは飛ぶ。そしてオーウェを叩き落した。
「ティリア、その雑魚頼んだ。吹き出し口塞いでくるっ」
「わかってる、任せてっ」
アスディルが魔物の群れに突貫する間、ティリアは弓をつがえていた。オーウェはそれを感知し、動き回る。
「終わりだぁっ」
横からの攻撃、ティリアの矢は宙に放たれる。刺さっているのは、短刀。もちろん、ティリアの物だった。
「ばか……な……」
「……この位こなせなくちゃ、アスディルに付いて行くなんて出来っこないでしょ、ば~か」
さらさらとオーウェは光の粒となって消える。ティリアは前衛に来る魔物を駆逐する作業に戻る。噴出口を封じたらしいアスディルが路地裏から帰ってくる。小さく拳を合わせ、そして最後の口上を述べるべく足場固定の魔法陣を使い、高い場所へと上がった。ちょうど、舞踏会で王たちが居た、広間の高さまで。
「……これにて、泉の魔女の約定は終わりを告げた。魔女祭も今年で最後だ。貴殿らの先祖が望んだその通りに、魔女は私の代で居なくなる。魔女の守りが無い治世……どうか、健やかに」
ティリアは姿隠しの魔法を使い中空から消える。解放された民、そこで見たものは街に飾られたすべての花が枯れ、触れれば砂となり消えていく姿。王は顔を伏せ、涙する。泉の魔女の守りがあってこそ、この国は中立を保つことが出来ていた。増える反抗的な移民、浸食される国境。この日が近い事だけは理解していた。もうこの国を守ってくれていた泉の魔女は居なくなる。それは、この国の終わりを、意味していた。
彼らは、総隊長の仕事と隊長代理の仕事をその辺の隊員に放り投げ、その場所へ駆け付けていた。暗き森。人が入らないこの森、ティリアがこの奥に居ることを確信しているイウニオスとピスティは迷わず森に入り、瞬間弾き出された。
「くそっあの時みたいにいかねぇってか?」
「ティリア……っ」
2人には共通の思い出があった。いつも一緒だったが故の思い出。暗き森は中ほどまでなら誰でも入れる。泉の魔女がそうしていたからだったが誰もそれを知らない。8歳のピスティとイウニオスは度胸試しを兼ねてこの森に夕暮れ時入っていった。境目に植えてある大樹。そこまで無事辿り着けたところで、日が落ち、帰り道が分からなくなってしまった。慌てていると大樹の向こう側からかさりと音がした。
『……その光を辿れば、帰れますよ』
ランタンの光を持ったのは、少女。指さす先を見れば確かに光が連なっている。お礼を言おうとしたその時、すでに彼女は居なかった。その当時6歳だったティリアの姿を、2人が忘れたことは無い。10年後、近衛隊に入り、その2年後、彼女が現れた時一目であの時の少女だとイウニオスもピスティも確信していた。だが何か事情があるならと黙っていた。それがまさか、泉の魔女の盟約とやらの為とは。
「ティリア……くそっ」
イウニオス達が森に入れないその頃、ティリアとアスディルは泉のほとりでゴロゴロしていた。
「は~……はずかしかった……何あの演出要る?!」
「要るって。派手な方が良いし」
「も~……と、とにかく、私のお役目はこれで終わり。手伝ってくれてありがとうアスディル」
「ん。こっちもお役目でね。持って行きたいモノとか……会っておきたい人は?」
「……物は、ローブと杖さえあれば良い。人は……いいや」
「そう?じゃあ……深皇、聞こえてるか?」
『勿論』
「承諾取った。上げてくれ」
『解った。ちなみに一番乗りだよ』
「よっしゃぁっんじゃ、行くぜティリア」
「……うん、よろしくねアスディル」
ふわりと2人はその場に浮く。そしてふっと、この世から2人は消え去った。泉の魔女が居なくなったことによりすべてが消えていく。小屋もそして清浄な泉も。全て。何もかも消え去った時、がさがさと森が鳴る。
「ティリアっっ」
イウニオスとピスティは泉の魔女の居場所だった場所に辿り着く。だがそこにあるのはただ広い広場と、枯れ果てた泉だけだった。
とんっと、ティリアは着地する。王宮の謁見の間に似て、それよりも白いその場所、その中央に居るのは若草色の髪の、白い服を着た青年だった。
「ティリア・リーベルトさん。ようこそ天界へ。第2階層天界階層主、最高神、深皇=アウィス・プラエタリタだ」
「はっ初めましてっ」
「ずっと見守っていたから初めましてと言う感覚は薄いけれどもね。とりあえずアスディル。レイエルの図書館、僕権限で広げておいたからティリアさんのお部屋用意してあげてね」
「柑とレイ、時間かかりそう?」
「柑は最終決戦準備中。レイエルは今急転直下でそれどころじゃない」
「把握。とりあえずティリア慣らすためにもコッチ来るようにするから……服とかどうしよう」
「あ~……アナラエルに」
「了解」
本人はなにがなんだかわからないが、ティリアの天界生活はこうして始まった。
檜皮色の髪が揺れる。待ち構えていたのは紺色の彼女。魔王城の廊下。そこで彼女達は相対した。
「おにゃ、カメルシィちゃん」
「あんたね……オーウェ向かわせたのはまだ良いわよアイツ使い辛いし。でも事前情報ないってどういうこと?」
「だってアイツ聴かんで飛び出てったお」
「……食魔……人の話を聞けと……」
カメルシィは頭を抱える。弱いがプライドだけは高いのが食魔。淫魔の話を一番聞いてくれないので確かに居なくても問題のない種族ではあった。
「にゃはは。それよか」
「ユクロ、でしょう?アレはヤバい」
「……最悪、を考えなければならないね」
「えぇ……とりあえず、あんまり暗躍しないことね」
「へ~いっと」
シュネは後ろ髪を揺らしながら廊下を進む。そして、誰に見られることもなく、笑った。
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