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014 大戦の始まりと終わり

 天魔大戦、天界と魔界の大戦。その始まりは暇を持て余した当時の魔王の暇つぶし。そして今はそれぞれ即位して100日間の最高神と魔王が対峙している。火ぶたは切って落とされた。後は戦うのみだった。


「サイル、指揮は任せる」

「御意にっ」


 側近に魔物達の制御を任せた魔王、史真(ししん)=アルト・エーラ。駆け出し、その薄紫色と、青い槍と水晶の剣をぶつけ合わせた、はずだった。


「……なに?」


 剣を受けたのは、剣。しかも2刀。ならば、今自分がレイエル・ラージレットと思い打ち合おうとしたのは。


「レイだと思いましたか?そう簡単に、家の相棒と戦わせませんよ」


 姿が溶けていく。薄紫色は黒曜の黒に代わる。その顔は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。


「っ……玲鵬(れいほう)(けん)……っ」

「レイと戦うのは、僕と遊んでいただいたその後で、ですよっ」


 ひらりと柑は舞うように剣を捌く。視界の端、魔物達の群れの中に薄紫色を見つけ、史真は苦々しいという感情を覚えた。




 それは、最終確認の時になる。


「レイエルと柑の場所を交代する?」

「蜃の術と言う術なのですが、それならレイと僕が交代していてもギリギリまで気付きませんね」

「良いの?」

「別に戦いたがっているのは魔王殿の方だしな。ま、怪我したら交代って言ってある」

「ふふっちょっと楽しみだったのですよ」


 優雅に笑う柑と楽しそうに笑うレイエル。呆気にとられる周りをよそに、アスディルだけはこの2人仕方がないなと見ていた。


「ではレイエル様が魔物を、柑様が先代様を。後は変更有りませんね?」

「無いな」

「あぁ」

「では、配置についてください」


 そうして彼らの布陣は完成した。至る今。




 レイエルと柑の入れ替わりに史真と同じタイミングで気が付いたサイルと画面視聴班。共有する人が居ないからこそサイルは淫魔通信網を使っていた。


「何あれズルくない??」

『う~ん……アレがサフィロにそっくりな天界の人……性格までサフィロそっくり……いてっ』

『ちょっサイルっしばらく映像は魔王様で固定して見ていてあげるから魔物の制御っ』

「そうだったっレイエルあっちってことは……ワイバーン族っ空を飛び薄紫色に襲い掛かれっ」


 パシンと鞭が鳴る。そうしたのならばアスディルの方に居たワイバーンの群れが柑と史真の戦いを乗り越えレイエルの元に辿り着く。


「お、追加か?そう言うのもっと寄こせっ」


 嬉々として新種の魔物を倒し続けるレイエル。その背を見て、大丈夫だなとアレクエルは認識し、左手側の戦場を見た。こちらは攻勢を強めている。先頭を行くのはアスディル。硬い敵が多い側とは言え難なく倒し続けている。念のための戦線は維持し続けとにかく広々と敵を倒し続けていた。続いているのはリスエル、コラキエルが率いる前線班。こちらも普段の倍敵を倒しているにもかかわらず音を上げることなくついて言っていた。特にトップ2人はアスディルに負けていられないと、もう100体以上塵と化している。後衛班も撃ち漏らし、すり抜けてきた敵を遠距離武器で攻撃し、本陣を防衛している。なお撃ち漏らしすり抜けすら無いのがレイエルである。


 一方、サイルは焦っていた。アスディルサイドの善戦が此方には痛手。それでも、鞭を握りしめ、指示を出し続けた。


「紺色の髪に鳥類部隊、黒色に茶の瞳に昆虫部隊、黒色に海色の瞳に残り全ての爬虫類部隊。攻めかかれ」


 鞭で指示を出し、魔物達はそのように動く。その為の、魔物を自在に操れる魔道具なのだから。要るでしょと簡単に渡してきたシュネにちょっと感謝しつつ、サイルは部隊を動かしていった。


「っ魔物って言う事聞くのかよっ」


 本来ならばそれを可能にしているであろう鞭を壊すか取り上げるかしたいアスディル。だがこちら側に居たすべての爬虫類型魔物がアスディルに襲い掛かっている。これらを排除しなければサイルの元には行けなかった。


 その頃、アレクエルは自分でも驚くぐらい冷静に戦況を見極めていた。相手は、ティミエルだった彼は自分たちを知っている。だからこそ魔物を分けたのだろう。ならばと指示を飛ばした。


「スパスィエル様、リスエル様の方に向かっている鳥型魔物を集中攻撃お願いします。リスエル様は外れ次第コラキエルさんの方に。駆逐できるはずです。駆逐し次第アスディル様の方に」

『解った。リスエル頭気を付けてねっ』

『了解っ撃ち漏らしは任せた前衛班っ』

『アレクエルさんも無茶言いますねっま、やってやりますよっ』

『俺はまだ持つ。柑とレイの方は?』

「柑様は依然先代様と戦っていらっしゃいます。怪我はありません。レイエル様は目算あと5000です」

『は!?レイ早すぎじゃね??』

『うるせアス。終わったら俺魔王で柑そっちな』

『はいはいわかっていますよ』


 魔王と戦い、単騎1万5千の敵を屠ってもなお通信に出る余裕があるのだなとアレクエルは笑う。出来れば駆逐したい。魔王とその側近が律義に魔物達を持ち帰ってくれる保障などどこにも無いのだから。




 最後の1匹を、レイエルは倒す。このままティミエルを狙ってもいいのだが、それよりも優先させるべき戦いが存在していた。


「相棒っ交代だっ」

「チッ……えぇわかっていますよっ」


 剣を起点に柑は飛ぶ。その背後から槍を携えレイエルはやってきた。その薄紫色に、魔王は少しだけ安堵した。柑には怪我をさせる隙が全く無かった。今も余裕で前衛班の援護に向かっている。


「よぉ、遅くなったな魔王殿」

「レイエル……あぁ、待ちくたびれたぞ?」

「こっからは手加減無しだなっ」


 黒壇と薄紫が戦いに入る頃、サイルは頭を抱えたかった。何せ2万の魔物がレイエルに駆逐されたのだ。


『あの薄紫の人ぱねぇ……』

『しかもこれから魔王様戦でしょ?』

『サフィロそっくりの人も余裕過ぎない??』

「もうね、アイツ等こんなんばっかですよ……っと、俺も自衛頑張らないと」

『頑張れ。采配は間違ってない。ただ敵が馬鹿みたいに強かっただけだよ』

「ありがとな、シンザ」


 新たに出来た仲間たちにわいわい言われながらサイルは残った魔物の配置を変え続ける。何せ最前線はアスディル、最後列は柑の配置なのだ。存在が卑怯と泣きたかった。


 魔物と天界軍の戦い、その端でレイエルと史真は誰に邪魔されること無く戦っていた。


「本当に、5000年前とは見違えたな」

「アンタが育てた結果だがなっ」

「育ての親というモノだな。親孝行してくれて何よりだ」

「言ってろっ」


 剣と槍が撃ち合わさり続ける。長い打ち合いが続いていった。




 淫魔の泉、そこに大きく映像魔法道具は広げられ、天界での戦闘が映し出されていた。


「結局さ、どうなのコレ。この薄紫色の人が強いの?魔王様が弱い……訳は無いか」

「そうだね。かつて俺等誰も産まれていない5000年前の天魔大戦の時に魔物と魔族を10万屠った上に秋央(しゅうおう)様に刃を突き付けた御方。史真様が弱いわけでは無いはずだよ」

「だよね。即位に反対の姿勢みせた瞬間物理的に潰してるわけだし」

「じゃね。つまり、それに匹敵するのがサフィロちゃんのそっくりさんと、あの薄紫の彼って事じゃね」

「……ユクロ、シュネ、行ける?」

「……外角斜め上で無理」

「そうですね。長く戦うという事は出来ると思いますが、勝てるかと言えば微妙な所ですね」


 のん気な最強2人の評に一般淫魔は戦慄する。主力組はそれを聞き、再度戦う魔王と薄紫色の彼を見た。


「でもでもっサイルの奴、意外と軍略って奴、上手いんじゃない?まぁシンザには勝てないだろうけど」

「否定しない。でも俺が楽できる程度には上手だと思うよ」

「あら、シンザがそう云う風に褒めるなんて」

「珍し」

「ん。なんかね、雨の日の小型魔犬見つけた時の気分になって……放っておけない」

「……わかる~」

「もはや犬扱いじゃねぇ」


 ふっとシュネは画面に視線を戻す。そして誰にも見られず、暗く笑った。




 昼に始まった戦闘は日が落ち始める頃まで続いた。せめてでもレイエルを倒さねばならない。史真にその焦りの感情が浮かんだ、その瞬間だった。


「言っただろ?アンタは俺の敵になったんだ」


 タンッと、レイエルは横に跳ぶ。その足に展開されていたのは足場固定の魔法陣。


「だから、ここで終わりだ、史真=アルト・エーラ」


 凪いだ瞳が、史真を捕らえる。反応すら間に合わない高速移動でレイエルは史真の背後を取った。


「史真様ぁぁぁぁぁぁぁっ」


 ギンっと、鉄と鉄が打ち合わさった。切り裂くレイエルの槍、その槍を短刀で受け止めた姿が合った。彼はがむしゃらに槍を受け止めている。間に合ったのが奇跡。サイルは泣きながら、そこに居た。


「刹那でも押さえますっだからっだからアイツをっ」

「……頼む」


 史真が移動魔法を駆使して駆け出す。レイエルが追いすがろうとするがその足をサイルはしがみついて止めた。


清晃(しこう)っっこのっ」

「ごふっ」


 サイルを蹴り飛ばし、レイエルは史真を追う。緊急連絡を受け、本陣防衛に柑が足場固定の魔法陣を使い向かおうとするが巨大鳥類型魔物に不意を打たれ魔法陣は不発。撮影器具と淫魔通信網を使いそれを成した彼が地面に打ち捨てられながら笑っているのを見る者は誰も居ない。


「っ」


 体勢を立て直しながら柑は見る。本陣に一番近いのはアレクエル。だが彼の槍の技術は未熟。それでもとアレクエルは黒壇の魔王と夕焼け色の主の間に立った。


「その忠誠だけは、認めていたがな。アレクエル」


 一閃、アレクエルは吹き飛ばされ地を滑る。コレで、足場固定の魔法陣を使って追いかけるレイエルすら間に合わず、清晃と史真の間には何も、誰も居なくなった。


「そして、お前の忠節と友人に掛ける熱意は、感嘆に値していたな。■■■■■」


 水晶が赤に彩られる。鳥型魔物を駆逐し、駆け付けた柑が見たのは水晶の剣を胸に突き立てられている、清晃の姿。自分が守らなければならなかったのにと柑は史真に剣を向ける。剣を引き抜いた史真はそれに応じ、柑と打ち合いながら本陣から離れていった。


 辿り着いた本陣。レイエルは茫然と立っていた。アレクエルも切り裂かれているが何とか動いて清晃の元に行こうとしている。そして、清晃は、白い衣を赤く染め、倒れている。


 その、色彩が違う彼が、彼女に重なった。簡素な白い服を深紅に染め上げ、腕の中でこと切れた彼女。死なせたくなかったのに、酷い目に遭い、古竜に食われ、そして待っていてくれてありがとうと泣いて笑った彼女。


「ぁ……ぁぁっ……い……だめ、だ……しん、しん、だら、もう、おれの……おれのなまえ……も」


 混乱し始めたレイエルの視界に色彩が戻る。そこに倒れているのは親友、未だ息はある。まだ、救える。抱え起こし、持たされていたマナの実を手に取る。


「っマナの実……いや、足りねぇっ」


 傷は彼女とは違い胸。何度も何度も彼女の幻影が見えるが今救わねばならないのは親友なのだと振り切った。彼女を救うのは今では無いのだから。


「これ、しかっ」

「レイエル様っ」


 槍を手に取る。そしてためらいもなく髪を結び目からバッサリと切り落とした。カランと髪飾りが落ちる。長く長いレイエルの髪。それはすぐに魔力の塊になる。暴発しそうなその力を、レイエルは清晃の傷に叩き込んだ。


「目ぇ覚ませこの馬鹿大親友がぁぁっ」


 傷に魔力が行きわたる。薄くなっていた呼吸、それがいきなり息を吹き返した。


「ごほっ……は……」

「清晃っよかっ」


 瞬間、大地が揺れた。響くような地鳴り、それを感じ取ったのは魔王も同じ。柑と間合いを取り、ボロボロになったサイルの元に向かう。離れた柑も本陣へと戻ってくる。それほどまでにこの地響きは異常だった。


『こっちでも地響きを確認しているわっ』

「何が……」


 ケホリと息をした。レイエルの腕の中、清晃は目を覚ましていた。だが、それだけだった。胸の傷は治らず、レイエルの戦闘服も清晃の白い服も赤く汚していく。


「清晃っ」

「清晃様っ」

「……っ……は……れいえる……かみ」

「お前が無事ならこれぐらい」

「……ごめん……たぶん、これがげんかい」

「なに、何を言ってっ」


 分かっていた。清晃の傷の深さ、位置。全てにおいて清晃が助からないであろうことは、レイエルにも、清晃本人にもわかっている事だった。今彼が息を吹き返したという奇跡の為に、レイエルの髪の魔力は消費されて消えていった。一番長いレイエルの髪の魔力でもダメだった。もう、彼を治す方法は、無い。


「っ……あれく、える」

「清晃様っ」

「……やくそく、だもんね……このせかい……おねがい、するね」

「ぁ……清晃様……」

「あれくえる……」

「……はい、清晃様……」

「ん……げんしょの、かみに、ねがいたてまつります……おれの、あとを……かれに」


 光が溢れた。それも清晃の時とは比べ物にならない光。地鳴りは止み、強い光が魔物達を焼く。端から、魔物達は塵と化した。あまりにも強い光は残っていた魔物達を焼いて、いつの間にか戦場には天使たちと、魔王と彼に抱えられたサイルだけとなっていた。


「なん、だっていうんだ……」


 光が収まる。そこに座って居たのは先代2人の衣装に似て非なる形、そして金色の縁取りが為された服を身に纏った、新たなる名前を得た、次代の最高神。


「……深皇(しんおう)=アウィス・プラエタリタ……」

「うん……いいなまえだね」

「清晃、様」


 名前の奔流から解放され、深皇となった彼は清晃の元に向かう。その表情は涙。


「……あぁ、でもな……れいえるが、いてくれるなら……もうそれで、いいかな」

「清晃……エオノス……■■■■■」

「ん……わすれないでね、おれのこと……」

「忘れる訳、忘れるわけないだろっ大親友なんだろ?」

「……うん……そうだね」


 主力組が近寄ってきていた。アスディル、コラキエル、リスエル、スパスィエル、ビアへエル、水鏡の先でアナラエルも見ていて、遠く、穴の近くでは史真と抱えられたサイルが見守っていた。


「……ははっ……みとってほしいひと……ぜんいんいるね」

「……そう、だな……」

「……れいえる……ありがとう……」

「っ■■■■■っ」

「またあえたら……また、しんゆうに、なろう、ね」


 ふわりと光の粒が舞う。レイエルの腕の中、清晃は光の粒へと変わり、そして、幽界に落ちて、消えた。


「…………っ」

「清晃様……っしこうさまぁぁぁっ」


 深皇の慟哭と共に、再び光が大地を駆け巡る。変化は魔王側で起きた。あの日染まったマントが白く変わっている。腕の中のサイルも苦しみの表情を浮かべていた。


『っと、間に合った突貫工事ぃっ』

「シンザか」

『史真様お戻りを。その光は強すぎる浄化の光です。感情の不安定な彼が行使しているために制御が不能、史真様すら浄化しかねない』

「っ……わかった。戻ろう」


 フクロウ型の通信機を持ち、サイルを馬上に上げた史真。自らも馬に乗り、一度だけ敵の本陣を見た後、穴の中に入っていった。


「……撤退を、確認しました。魔物も新たなる最高神様の光で蒸発。敵対勢力は誰も……」

「……■■■■■」


 泣き続ける深皇を、レイエルは抱きしめた。辛さが分かるから。これが有るから、自分は大切なモノを作らなかった。でも、もっと力が合ったのならば。


「俺の分まで泣いていいぞ……でもこの力は抑えとけ……」

「は、い……」


 震える手が力を抑える。魔王すらも浄化しかねない浄化の光。権能だろうか。おそらくまた香鏡が来るから見てもらおう。やることは山積みで、それをやらねばならなくなったのは目の前の彼なのだ。


「しん、お」

「レイ?!」


 ぐらりと意識が遠のく。そしてレイエルはその場に倒れ込み、意識を失った。




 暗い森の中、馬を走らせる。魔王の城に向かえば既に正面ドアは開けられ、淫魔主力組が待機していた。


「すまないシンザ。まずはサイルだ」

「えぇ、あの傷であの光を浴びたならかなりきついはず」

「瘴気の泉じゃぽ~んしちゃう?」

「それで頼むシュネ。っと、史真様、マント失礼」


 女子組がサイルを運ぶ中、シンザは真剣な眼差しで白く染まった史真のマントを見ていた。


「……かなりご無理をなさったご様子。おそらく本来ならば半分以上浄化されているはずですね」

「えぇ?!」

「……まさかまた最高神の衣に戻りそうになるとは思わなかったぞ?」

「瘴気の泉に。流石に、俺達まで主を失うのは辛い」

「案外、次はお前のようなものかもしれないぞ?シンザ」

「大変遠慮いたします」


 瘴気の泉にシンザとロジエ、ユクロと共に向かう。泉に着けばちょうど物理的に投げ入れられている所で、止める間もなくサイルは着水。ぷかりと浮かび上がった所をシュネに突かれていた。


「なるなる。コイツただの雑魚と思ってたけど、やるときゃやるっぽいね」

「そうね」

「そう言えば、何故レイエルのあの動きに反応できた?」

「ちょうど打ち合って居た時かな。急に駆け出して、滑り込んだのがあの薄紫の御方の槍の前って感じでした。直感っていう奴でしょうね」

「……そうか……シンザ、どうせ録画もしているのだろう?レイエルの動き、客観的に視たい」

「えぇ、仰せの通りで。サフィロにそっくりな方、黒曜の御方の映像もありますよ」

「アイツ本当に何なのかしら……」

「まぁそうじゃねぇ……いつか薄紫の君は願いを叶える。その時に魔王様は邪魔をしに行く。サフィロちゃんが黒曜の君にぶち当たるのはその時でって話じゃね」

「……語呂良いわねその薄紫の君っての」

「つ~かおっと」


 のん気な淫魔達の会話の間に史真は瘴気の泉に入る。衣は白から黒に染まり、一息つける。と、そう言えばこの泉は大穴に面しているのだと思い、そちらを見る。そこは魂の通り道、天界から人間界で落ちる魂が冥界か幽界に落ちるための通り道。もしかしたらと考えて眺めてしまっても仕方のない事だった。


「史真様、ご用の際、お呼びください」

「……あぁ」


 パタンとドアが閉められる。ふぅとシンザは息を吐いた。


「第二次天魔大戦は若干コッチ有利の痛み分けって感じかな」

「完敗の前回よりちょいマシぐらいだね」

「……大丈夫かな、史真様」

「だな……感情の出し方が分からないって言ったって感情が無い訳じゃないんだろう?」

「多分ね……今は、そっとしておこう」


 淫魔達が立ち去る。瘴気の泉で、史真は大穴を見ていた。降り注ぐのは人間界からの魂。ここの何処かに、清晃の魂もあるのかもしれない。


「……あぁ……これが、哀しいという感情か……己で成したこととはいえ……辛いであろうな」


 思い返すのは埒外の浄化の力を使ってきた元上級天使、現最高神。出世の階段を飛び越え過ぎだろうと思いながら魂の流れを見ているとザプンと彼が起き上がった。


「ぷはっ……いってぇ……」

「無事か?サイル」

「史真様っ史真様こそご無事でっ」

「あの光に半分以上浄化されかかったがな」

「新たなる最高神……■■■■■……あいつ……」

「……辛いか?」

「ぇ?」

「……」

「つら……」


 ポタリと、涙が流れた。それはサイルの、ティミエルとしての涙。最高神と違ってサイルの名を貰ってもティミエルの名前は呼べる。呼ばれたのならば駆け付けていたかもしれない。自分は彼の事を大親友と思っていたのだから。


「っ……」

「サイル」


 史真はそっとサイルを抱きしめる。一瞬混乱するサイルだが、目の前の方も、4000年付き従ってくれていた従者だった彼を自らの手で成したとはいえ失ったのだと思い、泣けない史真の分まで、泣いた。


「とも、友達だと、大親友だと、思って、いました」

「……そうか」

「いつも迷子で、すぐどっか行って、でも書類仕事できない俺の代わりに全部やってくれて、俺の仕事なんて運搬ぐらいでっそれでも、居てくれてありがとうって言ってっ」

「……」

「辛い、です。きっとずっと、レイエルと同じようにアイツが死んだこと、引き摺るかもしれません。でも、レイエルが行かなきゃいけないように、俺達も、未来ってやつに行かなきゃならない。だから、だから、なく、のは、今日だけでっ」

「あぁ、そうだな。アレが向かう先、我等も行かねばならない。ならば、哀愁と言う感情は今日限りにしておこう」

「っ……はいっ」


 そしてティミエルと言う名だった彼は、大親友を思い、泣いた。








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