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第13話 最強魔法剣士、忍び寄る群れの気配を感じる

 朝の冷気がまだほんのりと肌に残る時間帯。グラドールの城壁付近がやけに騒がしかった。俺がリーシャとともに様子を見に行くと、警備兵が二人掛かりで、ずぶ濡れでボロボロの姿をした兵士を支えているのが見えた。彼らは一目でわかるほどに傷つき、疲労困憊といった具合で、城壁前の広場に崩れ落ちている。


 周囲の兵や冒険者たちも「おい、大丈夫か!?」「おいおい、夜に偵察に出てた奴らだよな……」と口々に声をかけているけれど、返ってくる声は弱々しい呻きだけ。

 リーシャが「だ、大丈夫ですか!?」と飛び込み、すぐに手持ちの薬草で傷の手当をしようとする。


「小さい……トカゲ……あれが……いっぱい……」


 かろうじて意識のある兵士がうわ言のように繰り返す。見ると、彼の腕や胴には何か爪痕のような傷が幾重にも刻まれ、その隙間からじわりじわりと血がにじんでいる。リーシャの表情が険しくなった。


「小さいトカゲ……ですか? す、すみません、詳しく……」


 問いかけた声に反応するように、兵士は濁った眼をこちらへ向けるが、そのまま息絶え絶えで言葉にならない。ようやく漏れてきたのは、苦しげな言葉。


「体が……どろどろで……斬っても……再生……ひゅー……」


 そう言い残すと、兵士はごっそり力が抜けてしまった。驚いたリーシャが「大丈夫ですか? 大丈夫ですか!?」と慌てる。


「いいよ、俺が光魔法で回復させる」

「リュオさん! ありがとうございます」


 俺は兵士の傷口に手のひらを当てて、そこに温かな光を宿す。

 兵士たちの疲労の度合いからして相当慌ただしい戦いだったのだろうが、現状では情報が不明瞭だ。


「……あれ、深淵熊のときよりも酷くないか?」

「どうやら群れで襲ってきたって話だな」


 ほかの冒険者たちが口々に噂し合うのが聞こえる。兵士の傷口を確認するが、爪痕らしき傷の形状が不自然で、人間が操る剣や牙とも違う感じだった。


「おいおい……何だよこれ、体が溶けたような……スライムでも喰らったのか?」

「まさか……でもトカゲって言ってたし……どういう怪物なんだ?」


 俺が光魔法で治療をしているところを横から覗いていた冒険者たちがそんな話をしていた。

 リーシャがこちらをジッと無言で見つめてくる。瞳には明らかな動揺が浮かんでいて、落ち着かなげだ。俺は短く息をついてから、言葉をかける。


「まだ慌てるような時間じゃない、今は冷静に情報を分析するんだ」

「はい……でも、噂は本当だったんですね」


 確かに、そういうことになるな。

 トカゲが一杯いたという断片的な情報は得られたが、それだけじゃ状況がわからない。単独行動がメインの深淵熊とは、また別系統の怪物かもしれない。


 そんなことを考えていると、少し離れた場所でダイン・メリル・ロッツの三人組がこちらを覗き込んでいるのに気付いた。顔色が悪くして、何やらひそひそ声でしゃべっている。


「お、おい……マジで怪物出てるじゃんか。深淵熊より厄介とか、勘弁してくれよ……」

「へたに偵察行って、これじゃシャレにならないわよ」

「……あの兵士がこんなになって戻るなんて、ちょっと信じられないな」


 リーシャがちらりと彼らを見やると、ダインは露骨に視線をそらす。狼耳が動き、リーシャはわずかに眉を潜めるが、何も言わない。俺はそれを横目で見ながら、心中で「怖気づくなよ」と苦笑する。


「不謹慎極まりないが……興味深いな」


 そう呟くと、リーシャが目を丸くしてとこちらを向く。


「興味、ですか……? でも、リュオさん……もし深淵熊以上の化物だったら、街が……」


 話を続けるリーシャの声音には焦りがにじむ。それでも、前の彼女なら動転して尻込みしていたのが、今はどこかに覚悟を灯しているようにも感じられる。ずいぶん強くなったもんだ――と、ほんの少し思う。


「まぁそうだな。だがこんな状況になってギルドも黙っているわけにはいかないだろう。例え俺が介入しなくとも戦力を総動員することになるだろうな……」

「……そう、ですね」

「安心しろ、俺がいる限り――お前もこの街も守ってやるよ。それが『元騎士』としての務めだ」

「うん、ありがとうございます」


 そう言ってリーシャは口角を上げたが、不安は取りきれないらしい。俺も、深淵熊より上かもしれないと聞いて期待が高まる半面、軍勢で来られると多少面倒かもしれないな、と思わなくもない。


 とにかく今はこれ以上、現場で何かすることはなさそうだ。

 兵士の治療を専門家に引き継いで、ギルドの動向をゆっくりと待つとしよう。


 ※※※


 結局、半刻ほど経た頃、ギルドから一同へ「緊急会議を開く」との呼びかけがあった。俺とリーシャは誘われるままギルドへ戻ると、ロビーには冒険者たちが詰めかけ、いつになく険しい空気を漂わせている。支部長のセリグはカウンター前に立ち、疲れた顔で皆を見回していた。


「みんな……すでに聞いたと思うが、今朝方戻ってきた兵士が『複数の小型トカゲ』に襲われ重傷を負った。深淵熊以上に強力な化け物が群れを率いている可能性がある……」


 セリグが深いため息をつくと、周囲の冒険者たちは一斉に騒ぎ始める。


「ただし、相手の正体がどんな姿をしているか、どこに棲息しているか、兵士たちもはっきり把握していない。夜の巡回で急に遭遇したらしいが……場所がわからない以上、大規模に出撃するのは危険すぎる」

「そりゃそうだ……」

「罠にはめられたら街が手薄になっちまうしな……」


 そんな言葉が行き交う中、リーシャがハラハラした面持ちで俺を見上げる。なるほど、あんまり楽観視もできない状況か。セリグが言う通り、場所不明で、いきなり総出で荒野に出たら返り討ちにあう可能性すらある。


「ですので……現段階では、こちらから手を出すのは得策ではありません。相手の動向を注視し、もし街に近づいてくるようなら迎撃態勢をとる。それまでは迂闊に荒野へは出ない、という方針にします」


 セリグは苦渋を滲ませながらも、落ち着いた口調でそうまとめる。しかし会場には不満も募る。


「そりゃあ待ち構えるのが安全だけどよ……また大きな被害が出るかもしれねえじゃん?」

「王国の支援は? 騎士団は助けてくれねえのか?」


 質問が飛ぶ中、セリグは短く首を振る。


「これほどの怪物かどうか確証が得られず、被害もまだ局所的……王国に正式に依頼を出すのは難しい。下手すれば『深淵熊を倒したばかりなのに、また誇張した危機を煽っているのか』と思われるかもしれん」


 騎士団――という言葉を聞いて俺は眉をピクリと動かす。

 確かに不確定な情報だけでは王国の騎士団を動かすことはできないだろうな、俺が身を持って知っている。


「でも……このままじゃ街が……。深淵熊のときみたいに、もっと早めに攻めておいたら被害が減るかもしれないのに……」


 リーシャがそう言うと、セリグは仕方なさそうに目を伏せる。


「兵士が犠牲になる可能性も考えると、いきなり総力を派遣できないんだ。とりあえず城壁を固め、体制を強化しておくしか……」


 そんなとき、脇からふっと聞き覚えのある声が割り込んできた。


「最新情報だけど、一体の『本体』がいて、そこから分体を量産しているらしいよ? もしそいつが街に進軍なんてしたら、大変な騒ぎになるわね」


 見ると、猫獣人の情報屋ノアがテーブルに腰掛けるようにして、涼しい顔で話している。ギルド会議に参加していたらしい。周りの冒険者が「またお前か……」なんて毒づいているが、ノアはまったく意に介さない。


「私も詳くはわからない。でも、その分体を見た兵士がああなったんなら、ここでのんきにしてると本当にヤバいかもよ?」

「も、もう勘弁してくれ……」


 そう誰かが呻く。

 まぁやることは変わらない。あっちから攻めてくるのであれば迎え撃つ、それだけだ。



 ※※※



 結局、会議はまとまらず、「街を固めて待つ」という慎重路線で落ち着いた。リーシャはあからさまに落胆している。深淵熊のときは、ギルドが率先して討伐隊を出し、俺たちもその流れで動いたが、今回は規模も場所も不明ゆえ、いきなり兵を割くのは難しい。


「ここまで具体的に怪我人が出てるのに、何もしないなんて……」


 ギルドから出た後、リーシャがため息をつく。俺は散漫に肩をすくめる。


「先に何もわからないまま突っ込んで、全滅するほうが最悪だろ? 深淵熊と違って、向こうは群れで来るかもしれないしな。街を空にして出陣したら、護るべき街がら空きだ」

「まぁ……それは、そうなんですけど……」


 彼女の耳がぺたんと垂れる。俺だって、気持ちとしては早く見極めたいが、セリグや兵士の言う通りリスクは大きい。下手すりゃ街全体が崩壊しかねない、というのも想像に難くない。


 道すがら、城壁のほうを見やると、兵士たちが罠や結界の類いを設置している光景が目に入る。木製の柵や防護バリケードを増やし、弓兵の見張り台を追加するなど、かなり緊張感が漂っている。


「ほんとに、大軍が攻めてくるみたいですね……」

「空騒ぎで終わればいいがな」


 俺がぼそりと呟くと、リーシャは同意しかけて言葉を飲み込んだ。何とも言いがたい雰囲気だ。まるで不吉な予感を打ち消せないような、紫色の霞が遠い空に漂っている。



 ※※※



 夜になり、漆黒の空に紫色がじんわりと溶け込む頃、宿へ向かう途中でリーシャが唐突に足を止めた。


「……っ、い、今……なんか聞こえませんでした? 遠くのほうで、こう、鳴き声みたいな……」

「俺には何も」


 耳を澄ますが、特に怪しい音はしない。しかしリーシャは狼耳をしきりに動かし、顔をこわばらせる。


「やっぱり何かの鳴き声が……トカゲ、みたいな……?」

「ふむ……お前の耳が正しいなら、もう相当接近してるか、それともよほど声がでかいのか。まぁ焦るな。侵入されたら城壁の見張りが分かるだろ」


 宥めるように言うものの、リーシャの不安は消えないらしい。

 そこへ、路地の暗がりから猫獣人のノアが姿を現した。灯りもないのに目が見えるのか、するすると近づいてくるのが不気味だ。


「こんばんは、あんたら。どう? 新情報はつかめた?」

「いや、こっちはなにも。そっちは?」


 俺の問いに、ノアは「南側の外壁近くに妙な足跡があったらしいわよ。粘液の痕か何か知んないけど、兵士が見つけて騒いでた」と軽く耳打ちする。


「……ここに来る気なのか?」

「さあね。でも、この様子ならいずれ大量に攻めてくるかもしれないわよ。どうせ深淵熊より凶悪なんでしょ?」


 俺がそう問いかけると、ノアはと肩をすくめる。

 リーシャが暗い顔で「そんな……もうすぐなのかも……」と呟き、ノアは同情の色は浮かべず、ひょうひょうとした態度を崩さない。


「ま、役に立ちそうな情報があったらまた知らせるわ。あんたたちはあんたたちで頑張りなさいな」


 そう言ってノアは再び闇の中へと消えていく。残された俺たちは、ぼんやりと夜空を見上げる。


「……うぅ、群れが来たらどうなっちゃうんだろう」

「来るなら来いだろ。話が早い」

「リュオさんはいつも強気ですね……少しは怖がってくださいよ」


 リーシャが苦笑しながらそう言うが、俺は特に返さない。紫がかった夜空を見上げていると、どこか遠くでズズン……と地面が震えるような気がした。空耳かもしれないが、こうも続けて不穏な話を聞かされたら、さすがに俺でも軽く胸が騒ぐというものだ。


「……折角が一息つけると思ったのになぁ」


 リーシャはぽつんとこぼす。俺もため息をひとつ。


「まぁ、戦いは終わらないさ。瘴気が消えない限り……魔物は生み出され続ける」


 負傷兵が出た事実と、街の南側で見つかった粘液跡……どう考えても、これは本物だろう。俺から見ても、いずれ正面衝突が不可避な気配がある。


 そう思うと、不思議と胸の奥がざわりとする。深淵熊のときもそうだったが、強敵との一戦は、ある種の期待感を呼び起こす。リーシャに言わせれば、俺はきっと「楽しんでる」と呆れられそうだけど。


「行くぞ。宿で休んでおかないと、いざってとき動けないだろ」

「は、はい……」


 そうして俺たちは宿へ戻った。頭上の月は紫の雲に覆われ、うっすら霞んでいる。深淵熊のときよりも濁った空気が街全体を包み、どことなく不安を煽っていた。遠くから、また微かに地鳴りみたいな音が鳴り、一瞬リーシャが息を飲む。


「……大丈夫さ」


 短い言葉で安心を誘うと、リーシャはこくんと頷いて部屋へ戻る。俺も自室へ向かいながら、心の中で呟く――もし奴らが本当に数を頼みに襲ってくるなら、まとめて叩き伏せるのも悪くない。もっとも、その頃には、街が大混乱に陥るだろうが……。


 とにかく、いざとなれば俺が剣を抜き、敵を粉砕するだけ――そう自分に言い聞かせて、窓の外を見遣る。紫の夜風がグラドールの道を静かに撫で、遠くの闇の奥からは、まだ見えないはずの怪物が確かにこちらを覗き見ている……そんな不気味な気配がする。


 なんにせよ、答えは簡単だ。

 どんな敵だろうと、来るなら迎え撃つ――それだけのこと。

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