おまけ 起承編 残酷な天秤
ありがとう最終回ブースト!
最終回投稿から24時間で287PV、ブックマークを2件いただくことができました。
今回は感謝の気持ちを込めて、事前に用意していた『オマケ回』をお送りします。
全3回。今日中に終わらせます。読んでもらえれば嬉しいです。
今回のタグ
『ハイファンタジー』『ネコドラゴン』『生き返る』『海外のドラゴン』『桜』『ゴリラ』『友情』
私のお友達にネコドラゴンさんという子がいました。シルエットは当然ドラゴン。逞しい四肢は大地を踏みしめ、美しい長い首は彫刻家が作ったモニュメントのよう。巨大な翼で大空を舞い、二本の尻尾は長くて立派です。
夜道で出会えば鱗で覆われた禍々しいドラゴンと間違えそうですが、全身は白くてふかふかの毛で覆われ、顔はネコそのものでした。頭部にはピンとたった耳のあいだに二本の角が立っていて、ネコなのかドラゴンなのか名称に困るような、そんな外見でした。
女の子でしたね。メスなんて言ってはいけません。言葉をはなし、意思疎通できますから。彼女の広い背中に乗り、何度も空の散歩を楽しませてもらいました。
王国民の人気者。ニューロッパ王国を脅かす有事の際には皆の悲鳴にいち早く駆けつけます。土砂崩れ、建物の崩壊、水害救助、……多くの人々を助けました。王都郊外に出没する野盗討伐の際には騎士団と共に大立ち回りを演じたと聞きます。
市井の人々はもちろんのこと、政治家や貴族も彼女のことを称えました。彼女のまわりには、いつも多くの人がおりました。ときおり王族からもお茶会に誘われます。みんな彼女のことが大好きでした。
そんなネコドラゴンさん。時間が出来れば私と共にいます。遊びに誘ってくれます。彼女のことだから、遊びたい子供、お近づきになりたい大人たち、たくさんいるだろうに。私はただの平民。特別でもないし、面白いことなんて言えません。
「それでもいい。いえ、じゅうぶん私は楽しいわ。アリスさんは私のお友達だもの」
理由は分かりませんが、私も彼女と一緒にいるとき、たとえ何もない丘陵で日向ぼっこして過ごすときですら楽しかったし、心は穏やかに過ごせたものです。
私のお友達にネコドラゴンさんという子がいました。いました、というのは、既に亡くなってしまったからです。
三年前、私たちが住むニューロッパ王国の王都に流れ星が降り注ぎました。最初の夜は小さな落し物が数個、私たちの足下に遊びに来た感じでした。それが日を追うごとに数を増し巨大化。ついに建物の屋根を穿ち、塔を貫通させ崩落、牧場に大きな傷跡を残したのです。
そして……忘れもしない流星災。天文学者の観察報告どおり、七日目の夜になると真っ赤な尾を引く流星群が王都に迫って来たのです。
逃げ惑う国民たち、混乱する騎士団、打つ手なしの王侯貴族。家々は破壊され、橋は寸断、このままでは、どこへ振り向いても見慣れた景色を拝むことはできない。夜空からの燃えさかる贈り物は、それはまるで悪魔が人間世界へ投げ込んだ悪意の石でした。誰もが諦めたそのとき、赤い夜空に白い巨体が舞ったのです。
ネコドラゴンさんでした。
彼女は空中で次々と流星に体当たりしました。流星は建物や人々に当たる前に粉砕されていきました。しかし空の怒りは一粒だけではありません。いくつも、何十も降り注いできたのです。
ネコドラゴンさんは皆の生命と王都を守るため、神様のイジワルに突撃していきました。そして……天文学者の予測どおり、東の空が白らみ始めた頃、流星の雨はやみ、王都と国民は生き永らえることができたのです。
同時に、ネコドラゴンさんはフラフラと王都の広場に不時着すると、ピクリとも動かなくなりました。あれだけの岩の礫を喰らったのです。無事なワケありません。白くてキレイな毛並みは赤く染め上がり、黒く焦げついていました。背中の一部は欠けていたのです。
間もなくして騎士団がネコドラゴンさんの周囲に規制線を張りました。遠くから見つめる多くの人だかり。ネコドラゴンさんの前には貴族や大臣が集まります。
しかし一時間も経てば、多くの人は家の様子を見に、離れて行きました。私だけが、ネコドラゴンさんが貴族や大臣と何かをはなし、やがて、あまりにも深く眠った顔になり、王城へ運ばれていく様を見届けました。
翌日。一睡もできなかった私。王国はネコドラゴンさんが死んだことを発表しました。ネコドラゴンさんは王城の裏手に埋葬されたと言います。
国民は悲しみ、だからと言って悲しみにくれるワケもいかず、流星災からの復旧に勤しみ、元の生活に戻る頃には、心も元に戻った様子でした。
私は……無職の私は日常生活を取り戻す必要もなく、最初の数日は心が空っぽになった自分と付き合うしかありませんでした。何をしても楽しくない。食欲もない。眠れない。そもそも寝たくない。眠ってしまったら、彼女が生きていた時間が昨日のことになってしまう。
そんな状態が三日も続き、ついに身体が悲鳴を上げ、無意識に横たわろうとベッドに身を沈めたとき……。そこで思い出されたのが、フワフワな彼女の背中。温かくて柔らかい、それは彼女の心を現したような大きな背中。その感触を思い出し、私の目は今さら涙をあふれさせました。
堰をきったかのように泣き叫び、涙は枯れ果てては眠り、そんな状態がしばらく続き、このままでは死んでしまう、心を無くさなければ死んでしまう。そう頭が判断したのか、彼女の思い出は、やっと昨日のことだと自分に言い聞かされ……。
そして、感情も感動もないような新たな生活が始まったのです。
★
あれから三年後の現在。桜のつぼみが目覚めはじめた、そんな時期でした。
「私、場違いじゃないでしょうかね」
ここは王城内のとある会議室。ここには貴族や大臣、王都の有力者が二十名ほどひしめいております。
「私って一般人ですよ。しかも無職。どうして呼ばれたのでしょうか」
「キミがネコドラゴンの真実の友人だからだ」
召喚状を持って王城にやって来た私をここまで案内し、今は隣に座る大臣が話します。見事な玉子体型の男でした。
「真実の友人?」
「流星災の日、虫の息のネコドラゴンは私たちに感謝の言葉を残した。そして最後に、唯一の友人であるアリス、キミに会いたいと言っていたのだ。キミがどこにいるのか分からなかったので、叶えることはできなかったが」
そんなことが。私はあのとき、民衆と共に規制線の外で彼女を見守っているだけだった。騎士団を押しのけてでも、ネコドラゴンさんの元に駆け寄るべきだったんだ。ゴメンね。
「大臣、ところでこれから何が始まるんですか」
「ネコドラゴンにまつわる話だ。だからキミを呼んだ」
「はぁ……」
会議室の上手でピンクとマゼンダのふざけた衣装を着た貴族が立ち上がりました。
「これから、ネコドラゴンを復活させられることができるけれど、復活させるか否かの会議を始めようと思います。司会は私、チェシャが務めさせていただきます」
なんと? ネコドラゴンさん、復活できるんですか。また会いたい。司会の貴族が進めます。
「皆さんご存知かと思いますが、王宮の錬金術師が、このたび御神木である桜の樹のエキスを用い、死んだ生命体を復活させる技術を生み出しました。そこで三年前の流星災から王都を守り、国民の信頼も厚いネコドラゴンを復活させようという話が持ち上がったワケです。よって、皆さまに復活の是非を問いたいと思うのです」
この国の御神木である桜の樹。毎年春になれば綺麗な花を咲かせます。王国には複数のお花見スポットがあるのです。真の御神木は王城内の、大きな大きな桜の樹。王城の四方は高い壁に囲まれていて、外からは拝めませんが、春になれば花をつけ、桃色の花びらが壁の向こうから顔をのぞかせます。
王国内で私たちが拝める桜の樹は、真の御神木の兄弟姉妹だと言います。
桜の樹のエキス? たしか万病に効くエクストラポーションの材料になることは聞いていました。ですが桜に死者を蘇らせる力があったなんて初耳です。是非生き返らせてほしい。でも、どうして会議なんてする必要があるのでしょうか。そんなときでした。
「異議あり!」
そう言うのは上座のほうでふんぞり返る、イモ虫のような男でした。煙草を吹かせております。司会者は応えます。
「なんでしょうか。ネコドラゴンの親友であり、良き理解者のキャタピラ男爵」
「彼は生き返ることなんぞ望んでいないだろう。生きかえれば皆が混乱する。そんなこと、彼は望んでいない」
ネコドラゴンさんに貴族の親友なんていたんだ。沢山おはなししましたが、彼女の口からそんな事は一切でてきませんでしたが。私は大臣を見ました。
「どなたです?」
「ネコドラの死後、親友と名乗り出た貴族だ。今は国から助成金をもらい、親友だった義務とか言って、ネコドラ博物館の館長として収益を得ている」
ネコドラゴン博物館。国の英雄を祀り、名言やその生い立ちを紹介する博物館ですね。多くの旅人はもちろん、貴族の子が通う学園の修学先にもなっています。入場料が高いので行ったことは無いのですが。
「とにかく彼は復活なんぞ望んでいないのだ。死んだらそれまで。そんな潔い男だった。私は親友だから知っている」
キャタピラ男爵の言葉に私は違和感を覚えました。司会者が聞きます。
「先ほどからネコドラのことを彼と仰っていますね。ネコドラは女性なのですが」
「なに!? ドラゴンなのに女。いや、ゴホン。そうだった。私はどうも女性でも彼と言ってしまう癖があってな」
「男爵、あなたにはニセモノの親友疑惑がかかっておりますが」
「やかましい!」
ドン! イモ虫男は周囲の発言を拒むように、机を叩きました。
「とにかく私は彼、いや彼女が死んでからというもの悲しんでばかりだった。博物館運営のために国に修学旅行の義務化を懇願したり、部下にネコドラの生い立ちを調べさせたり。悲しみに腹がよじれ、涙を流す暇もなかったのだ」
「博物館業で潤いましたか」
「それはもう。ネコドラ様様だ」
「親友ならば、復活してほしいのでは」
「うるさい。さっき言ったろう。故人の意思を尊重しているのだ」
大声を出して自分の要求を押しとおす手段か。
「では次に新たな情報をお伝えします」
司会の貴族は何事も無かったかのように話を続けます。
「復活の研究を続けている錬金術師の報告によりますと、どうもネコドラが復活した場合、ネコドラは桜の花びらを食べなければ生き続けることが不可能とのことです」
会議室がざわつきました。桜の花びらを食べなければ、せっかく生き返っても死んでしまうということです。桜の花だって一年中咲いているわけではありません。開花から散花まで約一週間。生き返っても一週間しか生きられないなんて。しかも今年の開花予報だと、今日から開花なのです。
「はい、ライオラ子爵」
ここで手を上げたのは獅子のような真っ黒なタテガミを生やした男でした。司会に発言を促されます。
「御神木である桜の花が食べられては、国民が祈願するべき対象がなくなってしまう。マズイのではないのか」
この国には桜の花に手を合わせ、さまざまなことを祈る風習があるのです。この一年の家内安全、五穀豊穣はもちろん、仕事の成功、貴族の子なら学業成就、騎士ならば質実剛健……。
ちなみに祈ったあとはパッと離れます。ほかにも祈りたい人は大勢いるので。
「桜の樹のある王都には大勢の旅人がやって来る。しかしネコドラのために桜の花を摘んでしまったら、花のない桜を拝む者はいるだろうか。参拝客は減り、桜の樹の周辺の宿屋や飲食店も大きな打撃をこうむるだろう。そうなれば徴税もままならない」
獅子男に多くの貴族が頷きます。桜の樹への参拝と国の英雄の復活。天秤に掛けたら傾くほうは言わずもがなです。なのに、どうして。今年くらい桜を我慢できないのでしょうか。
「ところでライオラ子爵、あなたは多くの宿屋や飲食店を経営している。桜の花が失われることでの損益が心配なのですか」
「バカらしい。私は国の総合的な利益を考えてだな」
ここで多くの貴族が一斉に声を上げました。
「一度死んでいるんだ。生き返った本人だって現在の世界に戸惑うだけだろう」
「生き返らせる必要はあるのか。この三年間ネコドラは必要なかった。今さらいらない」
「死んだ英雄は死んでいるから英雄なのだろ。死なせておいたほうが賢明だ」
コイツら。流星災から救ってもらったというのに。
「では、こうしましょう」
司会者が言います。
「英雄は多くの民に親しまれてきた。そこで、これから国民に復活の是非を聞いて回り、会議に反映させるとしましょう。そうですね、調査担当を決めて、三日後に再び会議ということで」
「じゃあ、何のために集まったというのだ。我々貴族は国民の代表ぞ」
「復活なんてやめてしまえ」
「そうだ、そうだ」
罵声が飛び交う中、司会者はニヤニヤしながら、いつのまにかいなくなっているのでした。
★
「私、何のために呼ばれたのでしょうか」
ここは城下の大通り。会議で発言権を得られなかった私は、隣を歩く玉子体型の大臣に問いかけました。
「まさか復活否定派で固められているとは。もっと多くの人間が賛成意見を出し、反対派と意見が拮抗し、そこでキミに発言してもらおうと思ったのだ」
「大臣は肯定派なのですね」
「ああ。流星災の夜、ワシと家族は彼女に救われた」
「ところで大臣がどうして平民の私と歩いているのですか」
ネコドラゴンさんと再会できる可能性を提示され、それでも多くの貴族が否定的な言葉を発し、それを生で聴くことになった私はモヤッとしたまま王城を出ました。そこを大臣は慌てて追いかけてきたのです。
「宰相に国民の声を直に聴くよう促された。これからネコドラ蘇生について国民の意見を聞いて回ろうと思う。平民と一緒ならば、平民の意見を聞きやすいと思ってな」
「そういうことですか」
「もしネコドラが復活すれば桜の花を喰らうと言っていた。今年の桜の花は無くても良いか。桜の樹の周辺の者に聴いてみよう。この辺りで桜の名所といえば、池のある公園だな。早速行こう」
国民がネコドラゴンさんの『蘇り』を望んでいることが分かれば、貴族だって無下にはできません。否定を続けることもできないでしょう。さっそく賛成の言質を集めに私たちは池のある公園へ向かうのでした。
★
池のある公園。ここでは二十本を越える桜が池の周りに植わっており、多くの国民が願いを託すために訪れています。皆さん、桜の樹の下で手を合わせ、しばらくすると帰っていきます。王都広報部による開花予報は今日。あと三日もすれば、この公園はもっと、ごった返すでしょう。
「ネコドラが生き返るって? そりゃ良いことだ」
すぐそこに桜が見える場所で惣菜店を営む店主は、そう言って汚ない歯をのぞかせました。
「流星災で死んじまったもんな。俺たちを守るためによう。礼のひとつくらい言いたかった。でも生き返るっていうんなら礼も言えるってもんだぜ」
よかった。国民はネコドラゴンさんが好きなんです。みんな生き返ってほしいと思っています。
店主のお店にはネコドラゴンパンやネコドラゴン弁当が売られていました。
「店主さんはネコドラゴンさんがお好きなんですね」
「当り前だ。あの日、俺も家族もネコドラに救われた。ほかのヤツらだってそうさ。俺と家族は生き延び、ほかのヤツらも生き延びて、今は店の客となって俺を支えてくれる。ネコドラが皆を助けてくれたから、今の俺が存在しているんだ。俺は感謝の気持ちを込めて、ここでネコドラ商品を売っている」
「本人がそれを聞いたら、喜ぶと思います」
「生き返ったら是非とも俺の店に顔を出すよう言ってくれ」
パンはネコの顔の形をしています。中身はただのパンだそうです。ドラゴン要素、どこ?
「ときに店主よ。ネコドラゴンが復活すれば、彼女の主食は桜の花になる。桜の花を食べないと再び死んでしまうようなのだ。もし桜の木から花が無くなってしまったら、どう思うか?」
大臣は聞きました。すると店主は血相を変えました。
「桜から花が無くなる? そんなことになったら公園に客が来なくなって、店の売り上げが減っちまう。桜の花を食べるだって。冗談じゃない」
「でも店主さんはネコドラゴンさんに感謝しているのでは。生き返ってほしいのでは?」
私が首を傾げると、店主は怒りました。
「それとこれとは別だ。こっちは生活がかかってるんだ」
「でも皆さん、桜に手を合わせたら、ほとんど帰られると思うんです。パッと祈願してパッと帰る。桜の下で宴会するワケでもありません。桜の近隣といえども、そこまで売り上げの損失があるとは思いませんが」
「素人め。桜の季節とほかでは大違い。むしろ桜が咲いてからの一週間が、年に一度のかき入れ時なんだ」
「こんな店でも人が来るんですね」
「うるせぇよ。もし桜から花をむしり取って見やがれ。大臣だろうと容赦しねぇぞ!」
店主はものすごく怒っています。どうしたことでしょう。居たたまれなくなった私たちは立ち去ることにしました。
そう思ってふと、振り返ります。
「なんだ、まだ何か用か」
警戒してくる店主に、私は言いました。
「せっかくなのでネコドラゴン弁当。ふたつ下さい」
★
その後、王城近辺で気軽に行ける桜の名所を三件巡って、近隣の飲食店の皆さんからネコドラゴンさんの復活の印象を伺いました。皆さん、そろって賛成してくれました。中には泣き出す人もいました。
ところが……。大臣が復活の代償として桜の花が失われる可能性を説くと、飲食店関係者は顔色を一変させて反対。中には泣き出す人もいました。
「結局、最終的には反対されてしまいましたね」
「ここまで反対されるとは」
「生活が絡んでいますからね」
「予想外だ」
夕陽を顔面に受けながら、トボトボと王城に向かう私と大臣。予想外といえば、ネコドラゴン弁当なのですが、弁当のふたにネコドラゴンさんの絵が描いてあるだけで、中身はただの弁当でした。
「あの絵のネコドラ、緑色してたな。本当は白だよな」
「店主が描いたそうですよ。下手でしたね。私のほうは赤色でしたけど」
「メチャクチャだな」
「そうでもありません。野菜弁当が緑色で、お肉弁当が赤色なんです。店主が言ってました」
「ワシ、お肉が良かった」
まさか平民無職の私が大臣と一緒に公園のベンチでお弁当を食べるなんて。
「はぁ……なんて報告しよう。反対派が喜ぶ意見しか取れてない。そもそも宰相は反対派のようだし。錬金術で英雄が生き返る。諸外国に我が国の力を見せつける良い機会だと思ったんだけどな……ブツブツ」
「大臣、私、思うんですけどね。生き返っても、桜の花がないと生きていけないではないですか。復活しても、わずか数日後に死期が迫っているわけで。そんな状態って、生き返ったと言えるんでしょうか」
「だいたい宰相ときたら……ワシにばかり……ブツブツ」
「私はネコドラゴンさんに会いたい。でも、制約がある状態で生き返らせることなんて、生きている側の自己満足なのかもしれません。ここは熟考したほうが。聞いていますか大臣。あれ?」
お城が近づいてきました。お城の四方は壁で囲まれております。それでも、この時期になれば巨大な御神木である桜の花が、壁の向こうから顔をのぞかせます。
ところが桜色の塊が見えないのです。ほかの桜の名所では、見事なピンクが頭上を楽しませてくれたというのに。
「お城の中だけ開花が遅い? それとも樹が縮んだ? そんなバカな」
会議に招かれたときは正門から入り、そのまま真っすぐ行ったところにあるお城の玄関から入ったのです。そこからでは王城敷地内にある桜の樹は拝めませんでした。
「う~ん、気になる」
私は大臣に続いてしれっと正門を抜けました。
「大臣、少し付き合ってくれませんか。ここの桜が見たいんです」
「へ? 一緒に入って来てしまったのか? あ、勝手に動き回らないでくれ」
正門は東を向いています。桜の樹は南側にあるのです。お城を回りこんでみましょう。大臣は息を切らしながら付いてきます。この角を曲がれば大きな桜が。すると。
「桜の花が……ない」
桜の樹に花がついていなかったのです。つぼみもありません。大臣も驚愕。
「まさか。もう散ったのか」
「よく見て下さい。足下に散った跡はありません」
「では、何故だ」
誰かが桜の花を回収した? なぜ。
「大臣、おかしなことに気付いたのですが」
「なんだね」
「ネコドラゴンさんは復活したとしても、桜の花を食べなければ生きていけない。錬金術師は、どうしてそのことを知っているんでしょうか」
「そりゃ桜の樹のエキスの力で復活するからだろう。桜のエキスで生き返ったから、桜の花が必要なのだ」
「では、なぜ桜の根でも皮でも枝でもなく、桜の花ビラだと断定できたんでしょうか。まるで見て来たかのような報告ではありませんか」
「何が言いたいのだ」
「グニャオオォォォン!」
そのとき、一度聞いたら忘れもしない、可愛らしくも威風堂々たる、畏敬と恐怖を織り交ぜた雄叫びが聞こえました。
「大臣、今聞こえましたか?」
「何が?」
「あっちから聞こえた」
私は走りました。私が聞き間違えるはずがない。しばらく走ると屋敷のように大きな倉庫が見えました。
「あれは?」
「錬金術師の工房だ。この中でいろいろ実験させている。ネコドラの蘇生実験とかな」
お城の敷地内にこんなモノが。私は倉庫の引き戸を思いきり開けました。
すると、そこには。
「ネコドラゴンさん!」
ネコドラゴンさんがいたのです。大きく荘厳な翼、フワフワで純白な羽毛、全てを覗き込むような愛らしい瞳。会いたくても会えなかった彼女が、倉庫の真ん中に鎮座していたのです。
「ネコドラゴンさん!」
「アリスさん? ……アリスさん!」
私たちは抱きつきあって再会を喜びました。彼女は大きな顔を、私の顔に何度もこすりあげ、私は転倒しそうになります。
「既に生き返っていたんですね。会いたかった」
「また会えて良かった。まさか訪ねてきてくれるなんて」
「先ほど声を聞いたんです。忘れもしません。ずっと聴きたかったから」
「私もアリスさんの声、聴きたかった。今は聞ける。嬉しい」
互いに抱擁に勤しみ、私は彼女に訊ねました。
「ネコドラゴンさん、実はあなたの身体は」
「ええ、そちらにいる錬金術師の方から聞き及びました。あまりの事実に、思わず叫んでしまいました」
それが、先ほどの『グニャオオォォォン!』だったのですね。
ネコドラゴンさんの視線の先には小柄な女性がいました。大臣が女性に詰め寄ります。
「錬金術師の白ウサギ(P.N)よ。なぜネコドラを生き返らせた」
「だって生き返る方法を知ってしまったんだもん。生き返らせたくなるじゃん。大臣だって、もし生き返るんなら王侯貴族よりネコドラちゃんのほうがいいって。聞きたいことがあるって言ったよね」
「ヌムム……」
なんでしょうかね。とにかく彼女は生き返った。今、そこにいて手を握り合うことができる。でも彼女は桜の花を食べなければ生き永らえることは出来ない。それ即ち、桜の開花シーズンが終われば『別れ』が来ること。そんな状態で彼女は生き返ってしまった。
「ネコドラゴンさん……」
私が彼女にできることは何なのでしょうか。




