第11章 後転編
もう何度も斬りかかっている。剣は毎回火花を散らし、ナノマシンを除去する力を解放させている。これまでのジャバウォックなら一回でも斬りこめば、斬った先から黒い霧が消滅していった。
けれど親ジャバウォックは何度斬ったって倒れもしない。それはきっと、親だけあってナノマシンの密度が濃い。消滅させる力が追いつかない。そんな具合なんだろう。
「だからって。どうして傷が塞がっていくんだ」
斬ったそばから再生する。さっきはコイツの拳を斬りとばした。本体から切り離された拳は霧散していったけれど、すでに新しい拳を引っ提げていやがる。
「周囲のナノマシンを吸収しているんだ。かつて散布したナノマシンを呼び寄せて吸収している」
白ウサギが苦悶混じりに言う。
「私が別の世界で戦った親ジャバウォックも同じだった」
「あ、また黒い塊がやってきたよ」
空から黒い霧がやってきて、親ジャバウォックと合体していく。夜でよく見えなかったけれど、傷が塞がる理由はそれか。
「何なんだ、黒い塊は」
「どこかの誰かに感染していたナノマシンだろう」
ナノマシンもナノマシンなりに、殺されないよう必死ってワケかよ。
斬りかかる。同時に俺は殴りとばされる。敵の力がみるみる上がっていく。動きも良くなってきている。
「最初の一撃は素直に喰らってくれたっていうのにな」
短時間に戦い方を学んだっていうのか。このままでは不利か。この辺で一発、デカイ一撃を加えないと。
普段より長く、剣に力を込める。俺の力、やれるものなら、くれてやる。その想いに応えるように刀身が光り出した。
「剣が光ってるよ」
「その技は危険だ。何度も使えば私のように肉体に負荷がかかる」
「じゃあ、やめろっていうのかよ」
「そうじゃない。次で決着をつけるんだ」
わかったよ。この剣で敵に深く斬りこめば。
ジャバウォックと睨みあう。赤い眼光が唸るようにこちらに向かってくる。
駆け出したのは同時だった。ジャバウォックは片腕を引き千切り、投げ飛ばしてきた。
切り払うか。ダメだ。投げ飛ばされた片腕のすぐ後ろには、ジャバウォックが駆けてくる。せっかく剣に力を充填させたんだ。あんな脅しのために使うわけにはいかない。では避けるか。それは相手だって予測済みだろう。どうする。
「負けるな海亀」
「頑張れウミガメモドキ!」
白ウサギとアリスが真夜中であることを忘れて大きな声援を送って来る。だけど、こんな状況だ。声援が何になるってんだ。そう考えて、俺は行動に移した。
ウミガメモドキ。それは俺が纏っている鎧の外見、そのものだ。背中には大きな甲羅を背負っている。自分じゃ見たことないけれど、殴りとばされて背中から地面に衝突しても、痛みどころか衝撃も感じなかった。俺の背中には、どうやら立派な甲羅があるみたいだ。
相手が投げ飛ばしてきた片腕が目の前まで迫る。これを俺は避けず、斬りも捨てない。素早く時計回りに背中を向ける。駆けこんだ勢いは殺さず、滑るように、後ろ向きのまま前進。変身すれば走力だって上がっている。足下の砂利が砕け、轍が出来上がる。
次にやって来る衝撃音。背中の甲羅に相手が投げた片腕がぶつかったんだ。霧散していく黒い腕。これで敵への障害は無くなった。
「おらぁぁぁ!」
続けて時計回りに半回転。剣を振り払いながら、再び正面を向く。
『ガギャヴァァァ!』
ジャバウォックの脇腹から脇下にかけて、光の剣が走った。
★
吹っ飛ぶジャバウォック。仰向けに倒れた身体は、真っ二つとはいかないものの、上半身に大きな斬り込みが入り、そこからジワジワと黒い霧が消滅していく。
「海亀君、やったね」
「まだ終わってないぞ。念のためだ。もう一撃、入れられるか」
「わかった」
白ウサギの指示に従い、剣に力を込める。これで、この世界はジャバウォックの脅威から解放される。
「うひゃひゃひゃぁ。隙あり!」
なんだ? 横から突然やって来た大きな力に吹き飛ばされた。砂利の上を何度も転がり、駐車場のフェンスに激突する。顔を上げて、俺は攻撃されたのだと分かった。
「渾身のドロップキック、大成功。私は他人の隙が大好きです」
金髪アリスだった。
「アリス! どうしてここに」
白ウサギが叫ぶ。追加して、どうして今、このタイミングで、と思う。
金髪アリスがニタニタしながら白ウサギを見やる。
「は……しまった!」
白ウサギはすぐ隣の足下を蹴りとばした。ソイツはいつからソコにいたのか。ピンクとマゼンダの猫が蹴りとばされ、宙を舞い、消えた。
『僕は何処にでも居て、いつでも見てるニャ』
次の瞬間、猫は金髪アリスの足下に現れた。
「まったく、チェシャさんは良い猫の手ですよ」
「チェシャ猫め。アイツの仕業か」
白ウサギの表情が悔しさに満ちていく。金髪アリスは楽しげに話しかける。
「ダメではないですか白ウサギちゃん。神から貸与された力を男子なんかに又貸しするなんて。男子は力が強くてバトルが大好きな野蛮な生物なんですよ。そんな輩が、戦う力を手にしたら厄介極まりなく、私の邪魔者になるのは当然じゃあないですか」
金髪アリスは立ち上がる俺を見据える。
「だからアリスちゃんは考えたのです。邪魔者に対抗する力は、どこかにないものかと。そこで閃きました。1パーセントの閃きさえあれば、あとは99パーセントの行動力で何とかなるものです。ちなみに努力という言葉は大嫌いです」
金髪アリスは消滅しかかっているジャバウォックを見下ろす。その目は得物を狙う猛禽類のように思えた。
白ウサギはうろたえていた。
「まさか、ナノマシンを」
「弱体化しているナノマシンなら、私の制御下におけると思うんですよ。どうですか、いいアイディアでしょう。特許申請しようかな」
「やめろ!」
アリスの口がみるみる裂けていく。ワニのように口を開けると、ジャバウォックの黒い霧が、むき出しの喉の奥へ吸い込まれていった。
ゴクリっ。そんな音が夜の闇に響き渡る。
「この能力、どこかで食らったアリスちゃんの特技なんですよ。どこの世界だったかも記憶にございませんがね」
金髪アリスは口を閉じると、頬のマッサージを始めた。裂けていた口が塞がっていく。
「なるほど。人は美味しいモノを食べたとき、お肉なら口の中で溶ける、野菜なら甘いと誉めたたえますが、ジャバウォックなら力が漲るとでも言いましょうか。さすが人を怪人と化すくらいはありますね。これなら」
ふたつの目玉が一気に俺を捉えた。気持ちの悪い視線が俺に向かってくる。
人の嫉妬により変異し、人をジャバウォックという暴力のカタマリにしてしまうナノマシン。そんなナノマシンは、世界一……いや、全ての世界で一番嫉妬深いヤツが吸収してしまった。
俺はアリスを見る。節戯野アリス。どういうわけだか幼なじみ。ドン臭くて、いつも支え合いとか言いながら、人助けに首を突っ込む。放っとけば金髪アリスに殺される。理由はそれだけで十分。
「よく考えたら理由なんていらないけどな」
剣を金髪アリスに構える。もう一度アリスを見た。心配そうにこちらを見ている。他人の心配してんじゃねぇよ。お願いだから、割り込んでくるなよ。
金髪アリスは、手から黒い霧を出現させ、剣を作った。そして迫って来る。今の金髪アリスの身体にはナノマシンがある。
「だったら、これでも喰らえ」
俺は剣に力を込める。金髪アリスの剣と、火花を散らした俺の剣が重なる……!
「はいっ。ウソ~」
「!」
俺に襲いかかってきたのは、金髪アリスの黒い剣じゃない。アリスの背中から生まれた太い腕だった。まるでジャバウォックの腕。黒い腕は俺を殴らんばかりに振り下ろされた。俺は咄嗟に剣の刀身を楯のように構える。それでも数十メートルうしろに押し出された。
「ぎゃはは。この私が正々堂々真っ向勝負で挑むわけがないではないですか。これだから男の子は、互いに剣を構えた途端……ウヒャリャハハハ」
まずい。今の一撃で剣にヒビが入っている。力を込めた状態ならナノマシンを除去できるはずだ。そんな状態の剣がぶつかったのは、ナノマシンでできた黒い拳だった。その拳はみるみる再生していく。
俺は視線を白ウサギに向けた。
「アリスの中で増殖しているんだ!」
察した白ウサギが言う。くそう、とんでもない女だ。
剣に力を込める。さっきよりも強く、長く。刀身は火花を散らし、光り輝いていく。
金髪アリスは人を馬鹿にしたように目を細めた。
「あれぇ。まだ諦めませんか。剣にヒビが入ってますよ~。ウィンクっ(*^_<*)」
「ああ。せいぜい、あと一回が限界だろうな。一回あればじゅうぶんだ。オマエなんか」
「生意気、地獄行き」
今度は俺が駆ける番だ。金髪アリスは剣を構え、そのくせ背中の黒い腕を伸ばしてきた。相手は卑怯、そのぶん動きが読みやすい。甲羅で受けるほどでもない。俺は伸びてきた腕を避ける。
「チぃっ」
アリスはもう一本、背中から腕を伸ばす。
「腕が一本だけだって、俺は最初から思ってない!」
それも避ける。
「なんなんだ。テメぇは」
金髪アリスの口調が変わった。焦っているんだ。コイツは嫉妬深くて卑怯者。きっといくつもの世界で大勢のアリスを殺してきたときも、斬りあいも殴りあいもせずに、奇襲を仕掛けてきたんだろう。さっき俺を襲ったように。
俺は剣を左手に持ち替えた。金髪アリスは剣を構えて、投げつけてきた。それを蹴りとばす。
「ひぃっ」
「言っただろ。一回あればじゅうぶんだって」
ついに金髪アリスに辿り着く。左手で持った剣を掲げ、このまま振り下ろしてやる。そのとき。
金髪アリスの口から、黒い霧が、蛇のような形になって剣を貫いた。ヒビが入っていた剣は、ついに砕け散ってしまった。
「ぺぇっ。ヒヒヒ。これで自慢の剣は壊れてしまいましたね」
口から出た蛇を吐き捨てた金髪アリスが勝利を確信したように笑う。剣を持っていた左手を振りあげたままの俺を嘲笑っている。
「ギャヒヒヒ。これからどうします? 武器なくなっちゃいましたね。可哀相でちゅね。私の武器はナノマシンで無限に作れますが。どうします。まぁ予定を聞いたところで、伸ばした黒い腕を戻して、タコ殴りにしてやりますが。ギュヒヒヒ。あんま笑わせんなよオイ。今どんな気持ち? これからボコされた挙句、大切な女の子を殺されちゃう気持ちは。すっごい興味ある。ヒヒィっ。さぁ、どうやっていたぶってやろうかなぁ。ハハハッ……ぐぎゃぉぁっ」
最後の呻きは金髪アリスの苦悶だった。俺の拳、火花を散らした輝く右手がアリスの腹にめり込んだのだ。
コイツが剣を狙ってくることは分かっていた。だから、あらかじめ剣以外にも、自分の右手にも力を充填させていた。
拳を腹に食い込ませ、身体を『く』の字に曲げた金髪アリスは宙を舞い、地面に落下した。
「海亀、無茶しやがって」
白ウサギの言葉に自分の右手を見る。特別な繊維っぽい手袋や手首まわりの装甲は衝撃によって砕け散ってしまっていた。痛い。俺の手が露出していて出血してる。これまで武器に力を充填してきたのには、それなりの理由があったみたいだ。
それでも、まだ左手がある。
俺は、苦しみ、えずく金髪アリスに近寄っていく。
「うえぇぇぇ」
青い目を上にあげながら、口から黒い霧を吐きだす金髪アリス。
「よぉ、殺人女」
「ちくしょう……近寄るな。私の中にはナノマシンがまだまだあるんだぞ」
俺は無言で近づく。金髪アリスは今にも膝をつくそうなヨロヨロな風体で俺から距離を取った。
「ひぃぇぁ。まだ足りない。まだ足りないのか。ジャバウォックを喰らったくらいじゃ。もっとアリスを。アリスを食わないと。そ、そうだ」
金髪アリスはアリスをジッと見た。白ウサギがアリスをかばうように前に立つ。
金髪アリスは背中から黒い腕を伸ばした。その先は。
『え? 僕なのニャ?』
黒い腕が掴んだのはチェシャと呼ばれた猫だった。
「あの男を倒すにはこれしかありません。それにアナタの力、以前から頂きたいと思っていたんですよ」
『てっきりアリスを食べるものだと。油断したニャ』
「では、頂きます」
金髪アリスは大口を開くと、黒い腕につままれたチェシャを口に放り投げた。
「ゴックン。チェシャさん、意外と体力あるんですね。力が回復していきますよ」
『食べられてしまうほうの気持ちにもなってほしいニャ。まぁ、僕はどこにでもいるので大きな問題はないけどニャ』
チェシャの声が金髪アリスの身体の中から聞こえてくる。金髪アリスは、あれだけ苦しそうにしていたにもかかわらず、背筋を伸ばして余裕のある表情だ。
「さてと、チェシャを食べて回復した私です。まずは、さきほど腹パンしてくれたヤツに仕返しでもしときますか」
そう言うと、消えた。
「うしろだ!」
白ウサギの声。うしろを意識したときには、もう遅かった。背中に衝撃が走り、吹き飛ばされた先の地面を転がって振り向けば、背中に何本もの黒い腕を生やした金髪アリスがいた。
左手に力を込める。だが、殴る相手はもういない。消えたんだ。チェシャとかいう猫の能力か。
「目の前にはいない。だったら」
攻撃はうしろから来るはずだ。俺は振り向きざまに左の拳を叩きこんだ。
拳が黒い物体に接触する。それは黒い霧。ただ、それだけだった。
「はっずれ~。そう来るのは分かっていたんです」
読まれていた。再び背後からの攻撃。背中の甲羅が役に立たないほど、金髪アリスの力は強くなっていた。
「ふふふ。ナノマシンもようやく馴染んできましたよ」
地面に転がる俺を、金髪アリスは楽しそうに見下ろしてきた。
★
もう何十発撃ち込まれたのか。背中の甲羅はとっくに砕かれ、鎧のあちこちがボロボロに剥がれおちている。牛の兜も割れている。立つのもままならないほどだ。
「うわぁぁ!」
白ウサギだ。どこに隠し持っていたのか、カッターナイフで金髪アリスに斬りかかろうとする。
「そんなもの、片手でペチンです」
金髪アリスの背中でうねる何本もの黒い腕、そのうちの一本が白ウサギを叩きとばす。
「くはっ。く……アリスめ。オマエは友達の仇だ。これくらいで」
白ウサギは立ち上がろうとするけれど。
「フン。私は私を痛めつけてくれたヤツを痛めつけるのに忙しいんです。邪魔しないで頂けます?」
金髪アリスは俺に近づき、ベルトのバックルをむしり取った。途端、変身が解けて俺の姿が戻って来る。それでもボロボロなのは変わらない。
「こんなものがあるのが、いけないんですよ」
バックルは黒い腕に砕かれた。
「もうやめて!」
アリスだ。アリスが金髪アリスの元へ駆けてくる。
「アナタの狙いは私なんだよね。じゃあ、みんなを傷つけるのはやめて」
「今、いいところなんですが」
金髪アリスが言う。アリスが返す。
「聞いたよ。アナタの目的は私を殺して魂を食べること。だったら」
「私はですね。泣き叫ぶアナタを見たコイツが、なにもできない状態で絶望する顔が見たいんですよ。だから、動けなくなるまでいたぶっているんです。それなのに、アナタが覚悟を決めてしまうと」
「だったら、私は自分で死んでやるんだから」
アリスは、白ウサギが持っていたカッターナイフを拾いあげ、自分の首に刃を押しあてた。
「やめろ。アリス!」
「みんなを助けるには、これしかないんだよ」
焦る俺の声とは裏腹に、静かで強い言葉だった。ここに来て人助けかよ。俺もオマエに助けられるほうの人間ってことかよ。
「はぁ。目の前で標的に自殺されても魂は頂けるんですが」
「え? そうなの?」
「でも、ですね。自殺なんてされたら、なんだか私が負けたみたいだし。そうですね。今ここでアナタを殺しても、コイツらの悔しがる顔は拝めそうです。じゃあ、さっさと魂頂きますか」
金髪アリスは背中の腕を引っ込める。そして自らの右手を黒くて凶悪な腕へと変貌させた。指のそれぞれの先端がナイフのように鋭い。
「逃げろ!」
俺たちなんて放っておいて逃げろ。立ち上がろうとするが、立ち上がれない。何十発も殴られた。それは分かってる。立ち上がれるはずもない。だからって、立たないワケいかないだろ。
向こうでは白ウサギも動こうとしている。身体を引きずってアリスの元へ向かおうとしている。
「フフフ。無駄ですよぉ。皆さん、人助けの才能が無いようで。残念ですね。では」
金髪アリスの右腕が、アリスの胸を貫いた。




