第11章 前転編
ジャバウォックを剣で斬る。ジャバウォックは苦しみもがいて後退した。
「剣に力を込めるんだ!」
白ウサギが俺に叫んだ。
「変身後の姿にはナノマシンを消滅させる力も貸与されている。その力を剣に込めろ。強く握って、力が移動することをイメージするんだ」
そうな都合よくできるものか。そう思ったものの、強く握れば剣がパチパチと火花を立てる。線香花火のような瞬きが剣を覆うように生まれた。
俺はジャバウォックに駆け寄り、すれ違いざまに、深く斬りこむ。
ジャバウォックは地面に伏して、その身を覆った黒い霧は消えていった。まるで必殺剣だ。ジャバウォックは元の貧相な男に戻ったのだ。
「俺は……俺の車よりいい車を壊してやったぞ。ヒヒヒヒ」
そう言うと、男は立ち上がりフラフラと歩いて行った。
俺が戦意を失うと、白騎士の鎧は消え失せ、手はバックルを握りしめていた。どういう仕掛けだよ。それはそうと。
「白ウサギ、あの男はどうなるんだ」
「ナノマシンが除去されたんだ。今は自我喪失状態だが、一晩眠れば普通の人間に戻るだろう」
「普通の人間?」
「嫉妬を抱え、それでも何もしない人間だ」
アリスが男を追いか、何か話しかけている。
「ねぇオジサン。私は車なんて持ってないよ。どんな車でも、持っていればスゴイと思う。自分で動かせる乗り物があるんだもの。外車がどんだけ良いのか分からないけれど、オジサンは車を持っているんでしょう。それだけですごいと思うよ」
「外車をぶっ壊してやったんだぁ……ブツブツ」
アリスの言葉を無視して、男は去っていった。とりあえず、担任の高級外車は守れたわけだ。
★
その後もジャバウォックは出現した。
ジャバウォックが出現するたびにアリスは調査を開始。アリスがいれば殺人アリスが現れるかもしれない。そう思った白ウサギがアリスの監視を試み、呆れた俺がアリスと白ウサギを見守る。
そしてジャバウォックが現れれば、俺が白ウサギからバックルを奪い取り、白騎士に変身して戦っていた。
「俺だけボーナスが30万円以下。会社の中で最も劣っているのは俺なのか」
「同期はみんな出世して、私だけ出世できなかった。やはり私が女だからか……」
「また失敗。失敗失敗失敗、俺だけがぁぁぁ」
俺に倒されたジャバウォックは人間に戻る。そして人間はフラフラと立ち上がり、家路へと戻るのだ。そのたびにアリスは……。
「私なんてろくに、おこずかい貰ってないよ。20万円なんて大金だよ」
「私も先生の誉められないんだ。でも誉められている女の子もいるよ。出世に女とか、関係ないと思う」
「私も失敗だらけだよ。小学生のとき中学の入学を諦めたもん。それでも中学生になれたよ」
アリスはジャバウォックから人の姿へ戻った者たちに声をかけていた。無視されると分かっているのに。そして、俺たちのもとへ帰って来て、こんなことを言うんだ。
「もし私が、あの人たちの近くにいれば、何も持ってない・何もできない私を見て不シアワセな気持ちにならないのかもね」
★
白ウサギとの出会いから一ヶ月が過ぎようとしていた。
白ウサギは、両親の帰らない俺のマンションを拠点としている。ジャバウォックが現れれば、白ウサギは俺にバックルを渡す始末だ。
殺人アリスはあれから姿を現さない。どうしたことだろう。
「きっとアイツのことだ。良からぬことを考えている」
そう答える白ウサギに俺は聞いた。
「金髪のアリスはいろんな世界のアリスを殺してきたんだろ。だったら、俺もいろんな世界にいるのか?」
「存在する世界と存在しない世界がある」
「マジか。いる世界の俺は、やっぱりアリスの同級生だったりするのか?」
「それはわからない。アリスだって全ての世界に存在しているワケじゃない。たとえアリスと海亀が存在する世界があったとしても、一方が子供だったり、年老いていたりする可能性もある。一方が既に亡くなっていることもあるだろう」
「そうか」
「少なくとも私の親友のアリスのまわりには、海亀はいなかった気がする。生きていれば、これから出会っていたのかもしれないけれど」
★
ある日、またも奇妙な事件が発生した。
近所の商店街にあるファミレス、書店、ファンシーショップ、ドーナツショップ、ハンバーガーショップが潰されたのだ。深夜のうちに、まるで車が突っ込んだかのように壊された。肉屋もコンビニも大手洋服チェーン店も。
その一方でスナックや乾物店、金物屋、居酒屋、紳士服屋は無事だった。
「これもジャバウォックの仕業かなぁ。もしそうなら、やっつけに行かなくちゃ」
「感染者は商店街に恨みを持つ者だろうか。そのわりには、無事でいる店舗も多いであるな」
「実際戦うのは俺だろう。俺の身にもなれ」
アリスは今回も首を突っ込もうとする。
深夜。この時間ともなれば、駅前から離れた地元商店街には人影がない。店舗が襲撃され続けているからか、警官が巡回している。それを路地に入ってやり過ごす。
「アリス、満足したらさっさと帰れよ」
案の定、アリスは商店街に行こうとした。福祉施設を深夜に抜け出してここに来たのだ。福祉施設を監視していた白ウサギから連絡を受けて、俺も商店街にやって来た。最近の俺は、どうかしている。
「一晩中、見張ってたらダメかな」
「明日の学校はどうするんだよ」
俺はアリスの頭を小突いた。涙目で抗議するアリス。
「静かに。誰かいるぞ」
白ウサギが顔の前で人差し指を立てる。俺たちのいる所は商店と商店のあいだにある路地だ。商店街のメインストリートでジャバウォックを待ち構えていても、通りすがりの大人に通報されるだけだからだ。
白ウサギは路地の奥を見つめ、歩みを進める。商店街の人だろうか。けれど、ピザ屋以外は時短とかで、とっくに店仕舞いしている。一体誰が。
商店街の裏通り。そっと角から顔を出す白ウサギ。アリスも顔を出すものだから、俺も顔を出す。
「貴沙妃ちゃん、今日もお店を壊すの?」
「当り前だよ。それとも栖桃は、みんなから見下されて良いと思ってるの?」
子供が二人、街灯の下に立っている。こんな時間だぞ。どうして。
「今日ね、商店街に300円ショップができたんだ。結構オシャレな文房具やアクセが売ってるんだよ。ネットで紹介されてた。きっとクラスのみんなは、ここで買い揃えると思う。そうなれば私と栖桃は仲間外れだよ。そうなる前に、潰す」
「うん……」
「いつも言ってるけど、これは私と栖桃だけの内緒だからね」
栖桃だと? 名前を聞けばハッキリと分かる。あそこにいる片方は福祉施設でアリスと住んでいる栖桃だ。
もう片方、貴沙紀と呼ばれた子の口からは黒い霧が溢れ、小さな身体を覆っていった。そして大人よりも大きなジャバウォックへと変貌した。
「栖桃ちゃん、危ない離れて」
「えっ。アリスちゃん?」
アリスは飛び出すと栖桃を抱えてジャバウォックの元を離れた。白ウサギは俺にバックルを投げて寄こす。
俺は白騎士に変身すると、ジャバウォックへ剣を向けた。
「だめ! 貴沙紀ちゃんを傷つけないで」
栖桃はアリスを振りほどくと、ジャバウォックをかばうように俺の前に立ち塞がった。
「どけ。ソイツは斬らないと元へは戻らない」
「斬らないで。貴沙紀ちゃんはお友達なの。お友達になったの。だから」
どうしたものかと白ウサギを見ると、そちらも困惑していた。そこへ口を開いたのはアリスだ。
「栖桃ちゃん、あと、貴沙紀ちゃん? 少しおはなしできるかな?」
★
鳩野貴沙紀。栖桃のクラスメイト。
彼女の父親は事業を興していて、規模は大きくないものの、社長だったんだそうだ。だけどコロナのあおりで経営破たん。現在は知り合いの会社に雇ってもらったものの、月収は25万円程度らしい。
母親はそんな夫に幻滅し、娘である貴沙紀を置いて出て行ってしまったという。父親もこのご時世、再び事業を興せない。社長に返り咲くのは絶望的だ。
これまで割と裕福な家庭の子として育ってきた貴沙紀だったけど、父親から慎ましい生活をするよう言いつけられたという。
「貴沙紀ちゃんはクラスの中でもオシャレな子のグループだったんだ。でもお父さんの会社がつぶれたのがみんなに知られて、グループの子から離れていたの。そのときにお友達になってくれたんだ」
栖桃は笑顔で言うものの。つまり貴沙紀はクラスのトップ集団にいられなくなり、孤独を埋めるために目をつけたのが、福祉施設に住む栖桃だった。そんなことなんだろう。つまり、偽物の友情だ。
「そして、これまで自分が手にして来て、これからは手に入れられず、まわりの者がこれから手に入れられる物……それらを取り扱う店を潰してきたワケか」
白ウサギが唸る。
これまで自分が栖桃のような境遇の子に自慢してきた物が手に入らなくなり、次は自分が自慢される番となる。それが許せずに店を襲っていたということか。
やっぱり斬り伏せていいか? 栖桃のはなしを聞くアリスと白ウサギ。三人を真ん中に置いて睨みあうジャバウォックと俺。
「分かったよ。貴沙紀ちゃん。私とおはなししよう」
アリスはジャバウォックへと近づく。
「危ないぞアリス。ソイツは」
「平気だよ。栖桃ちゃんのお友達だもん」
ジャバウォックがアリスに襲いかかろうとするものなら、容赦なく斬ってやろうと思って剣を構えなおす。
「こんばんは貴沙紀ちゃん。私はアリス。そこにベンチがあるから、座ってお話ししようよ」
意外にもジャバウォックはアリスの言われるままに、ベンチに座った。異様な光景だ。アリスは怖がりもせずに黒い化け物に話しかける。
「今の生活、苦しいのかな?」
『わかんない。あまり変わらないかもしれない。でもお母さんがいなくなった。お父さんが仕事帰りに買ってくるプレゼントはなくなった』
「どうしても、お店を壊したい?」
『当たり前だろ。店があったら誰かが買う。自慢されるのはイヤ!』
「自慢されるのはイヤだよね。最近はどんなゴハンを食べているの?」
『……そう言えば、みすぼらしくなったかもしれない。お父さんが買ってきたお寿司とかお弁当。お父さんが作る料理。お母さんが作ったご飯と違って、おかずの種類が少ないんだ』
なんだ、この会話は。街灯に照らされたベンチに座って会話するアリスとジャバウォック。それを見守る栖桃と白ウサギ。
アリスの相手はジャバウォック。それでも無垢な子供に語りかけるように言葉を出す。
「ゴハン、お肉もないのかな」
『前より少なくなった気がする。ステーキとか』
「よかった。少なくなっても、ちゃんと食べられているんだね」
アリスの顔がパァっと綻んだ。
「私が小学生の頃は施設にお金がなくてね。お肉なんて金曜日のカレーの豚肉くらいだったよ」
『カレーの肉は牛肉だろう』
「遠足の日のお弁当は今でも覚えてる。きんぴらと、モヤシとキュウリの酢の物、昨日の野菜炒め、朝の玉子焼き。恥ずかしくて、みんなと離れて林の中で食べてた」
思い出した。小学三年生のときだ。昼食中に見周りに来た担任が、アリスがいないと騒ぎ出していたな。
アリスが続ける。
「探しに来た先生がね。私が一人で食べているお弁当を見て察したんだと思う。唐揚げをくれたんだよ。その唐揚げはコンビニの唐揚げ棒だったんだけど、冷えていたんだけど、美味しかった。そのとき初めて食べたんだ。コンビニの唐揚げ棒」
『コンビニのホットスナックだろ? そんなものが美味しいのか?』
「貴沙紀ちゃんは、最近美味しいモノを食べた?」
『パスタ屋さんのカルボナーラとピザ。チェーン店だけどパパが連れて行ってくれた』
「もしかして隣町の? いいなぁ。行ったことない。私ね、大人になったらいっぱい稼いで毎週通ってやるんだ。あと、駅前のオレンジ色の自販機にある大きなメロンソーダ。あとイチゴミルク。アレを買うのが私の夢」
『夢? そんなことが』
「あとね。暑いときにはコンビニで冷たいモノを片っ端から買うの。寒い日はレジの横の中華まんを全種類買う。あと唐揚げも。牛丼やピザも買って一人でパーティーしてやるんだ」
『ギャハハハハ!』
ジャバウォックは笑い出した。あまりの大声で誰かが来てしまうのではないかと、心配になってしまうくらいだ。
『なんだ、その夢。アンタ中学生だろ。もっとまともな夢見ろよ。ギャハハハ』
「だって、ウチの施設、おこずかいないし。好きなモノは買えないし。ゴハンは給食みたいだし」
失笑するジャバウォックに白ウサギも唖然としている。
『私って、恵まれてたんだ。よく考えたら、お肉なんて、いつも出てくるし。鶏肉だけど。中学生で、そんな夢。アンタやばいわ。ギャハハ。私って、まだマシだったのか』
栖桃も口を開いていて唖然としていた。アリスは照れくさそうに、辛そうに、口元だけ笑顔を作り続けていた。俺は……笑い続けるジャバウォックが、どうにも憎くて斬りかかりたい。
そしてアリスはジャバウォックに語りかける。
「今は自慢される側だよね。辛いよね。でもさ、大人になったら絶対に自慢せれたモノを買ってやる。足りないモノを手に入れてやる。買い物袋一杯にね。大人になったら叶えてやるんだ。大人になるまでは不自由だと思う。でも大人になれば手に入る。欲しいのは今だと思う。でもさ、一緒に待とうよ。待った分だけ、贅沢は、最高の贅沢になると思うんだ。簡単に手に入る贅沢も憧れるけれど、なかなか手に入らない贅沢だって、きっと美味しいよ」
笑い転げていたジャバウォックが急に項垂れた。そして黒い霧が宙に掬いあげられ、元の貴沙紀という女子に戻っていく。
「ナノマシンが人間から離れた? こんな事は初めてだ」
白ウサギが驚いている。
貴沙紀とかいう女子はベンチで気を失い、アリスにもたれかかった。栖桃が近寄る。
「貴沙紀ちゃん!」
「あれ、私、どうかしてた? ん? 栖桃、なんでアンタが?」
「栖桃ちゃん、貴沙紀ちゃんのこと、家に送り届けてあげて」
「うん!」
アリスは貴沙紀を栖桃に預けた。黒い霧、きっとナノマシンだろう。それは宙を舞って移動を始めた。
「ナノマシンが一度感染させた人間を離れるなんて、初めて見たぞ」
「アリスの説得が功を成したってことか」
「わからない」
黒い霧を追いかける俺と白ウサギ。あとをついてくるアリス。アリスがジャバウォックに感染された人間を説得させて、ナノマシンを分離させたってことなのか。
商店街の端。今は車のない砂利の駐車場。その奥は広大な畑。夜のこの時間、畑は闇以外のなにものでもない。
黒い霧を追いかけていくと、そこにはさらに黒い霧の塊があった。よく見れば人型だ。コイツもジャバウォックなのか。
「これは……ジャバウォックの親だ!」
白ウサギの言うジャバウォックの親。別世界から来て、さらにナノマシンを散布して人々をジャバウォックにする存在。それが親ジャバウォック。
「宿主を失ったナノマシンが親の元へ帰ったとでもいうのか」
親ジャバウォックは貴沙紀から分離した『黒い霧=人をジャバウォックと化するナノマシン』を吸収して雄叫びをあげた。
「これは、運がいいかもしれないな」
白ウサギが不敵な笑みを浮かべる。
親ジャバウォックから放たれたナノマシン、それに感染した人間は子ジャバウォックになってしまう。貴沙紀のように黒い化け物に変貌する。目の前の親ジャバウォックを倒せば、子が増えることはない。
「白ウサギ、コイツを倒していいか」
「やってくれ。親さえ倒せば、この世界は救われる」
俺は剣に力を込めて斬りかかった。
つづきは明日投稿します




