第11章 承編 変身
そして放課後。
アリスは人気のない駐車場で担任の車をジッと見ていた。そんなアリスをジッと見る白ウサギ。
「あのアリスは何をやっているのだ?」
白ウサギは、様子を見に来た俺に聞いてきた。ことの顛末を聞かせてやる。
「昨日、マーチヘアーが説明したはずだ」
「そういうヤツなんだよ」
アリスは命を狙われている。それなのに自分から人目につかないところでジッとしているんだ。誰だって不思議に思う。
「いくらアリスでも、多くの人目のあるところでは、別のアリスは襲わない。あのアリスが学校に行っているあいだ、私はアリスの捜索をすることができたのだ。見つけることは出来なかったが」
白ウサギが俺を見る。どうも服装が気になるみたいだ。
「これは部活動のユニホームだ。ちょっと気になって抜け出してきたんだ」
「この世界にも部活動はあるんだな。それもそうか。間違えて殺されたアリスという名の子たちも部活をしていたそうだな」
そして再びアリスに目を向ける。
「部活に戻っていいぞ。私が見張っている。友達は大事にしろ」
そう言われたものの……。
「私に用があるのか」
俺が動かないでいると、白ウサギがこちらを見ずに語りだした。
「私には友達がいた。たった一人の友達だった。空気が読めずに孤立していた私を、彼女は救い出してくれたんだ。けれど殺された。アリスに。アリスが最初に殺したアリスだった」
「マジか」
「彼女を失った私は狂ってしまった。死を目前にした私の前に現れたのがマーチヘアーだった。マーチヘアーは仇を取るための力を与えてくれた。アリスは私が倒す。安心しろ」
俺が無言でいると、白ウサギが振り向いた。
「てっきり私のことが聞きたいのかと思って話したんだが」
「いや、別に」
「お前みたいな年齢の男は難しいな」
俺は部活に戻ることにした。
★
高級車が壊されるという事件。休み時間、スマホで詳しく調べてみたら、ローカルニュースで取り上げられていた。被害にあった車は、まるで重機にぶつかったのかっていうくらい、ひどい有様だったという。
これは不審者の仕業じゃない。ジャバウォックだ。
ジャバウォックになってしまった人間は、たくさんいるのか。昨晩白ウサギに聞いたら、こう返された。
「さっき戦ったジャバウォックの強さからして、そう感染者は多くない。最初、ナノマシンが変貌した『人間を母体としないジャバウォック』が世界を越えてこちらの世界にやってきたんだ。それがナノマシンを撒き散らして人間をジャバウォックにする。そのジャバウォックが誰かにナノマシンを感染させ、新たなジャバウォックを作る」
こちらの世界に来た最初のジャバウォックが親だとしたら、そいつのナノマシンでジャバウォックになったヤツが子供。ソイツが撒き散らしたナノマシンのせいでジャバウォックになったヤツが孫。そしてひ孫、玄孫が生まれていくと。
「その解釈でいい。いまのところジャバウォックは子の段階だ。ナノマシンもこの世界に馴染むのに時間を要しているのだろうな。この段階で親ジャバウォックを倒せば、この世界は救われる」
部活中、白ウサギの言葉を思い出していた。ナノマシンに感染しないヤツは嫉妬心のない人間くらいか。それってアリスくらいなんじゃないのか。
そんなことを考えていたら、部活に集中できなかった。
★
部活も終わった夕暮れ時。駐車場に行ってみると、アリスはまだ居た。当然担任の高級外車もある。車なんてどうでもいい。アリスを連れてとっとと帰ろう。でもアリスのことだから。なんて考えていると、 貧相な男が車道から駐車場を覗いていた。
「外車がある。また外車だ。それに比べて俺のくくく、車はははハハ、コクサンシャ。キンジョデ、オレダケ、コクサンシャ。オ隣のアイツガ、ガイシャニ、カイカエナケレバ、コンナ、ミジメナ、オモイハ……」
あの喋り方は聞いたことがある。もしかして。
男の口から黒い霧が溢れ、身体を覆った。昨晩の黒いヤツと同じ、ジャバウォックだ。
ジャバウォックは駐車場に侵入すると担任の車に迫った。
「だめ! これは先生の車なの!」
ジャバウォックに気付いたアリスが行く手を阻もうと、車の前で両手を広げる。バカか。体格差を考えろ。
ジャバウォックはお構いなしに突っ込んでいく。俺はアリスのもとへ駆けた。ジャバウォックの黒い背中で、アリスの姿がよく見えない。
「白ウサギ、どこにいるんだ!」
足音が背後から迫ってくる。白ウサギだ。
「どこに行ってたんだ」
「すまん。トイレだ」
アリスとジャバウォックの距離はいくらもない。アリスは叫ぶ。
「こっち来ないで。この車は先生の宝物なの。先生は車くらいしか自慢するものがないんだから壊されたら可哀相。だから壊さないでぇ!」
「何を言ってるんだ、あのアリスは」
「ああいうヤツなんだよ」
隣を走る白ウサギは、例のバックルを出すと腹に押し当てた。バックルはベルトに変化した。
「P.N白ウサギ。邪滅の力よ、顕現せよ!」
すると白ウサギの服は白装束に変身。さらに白い槍まで手元に現れた。白ウサギは跳躍すると槍を回転させ、勢いをつけてジャバウォックに斬りかかる。おかげでジャバウォックの動きが止まった。
「ナンダ、オマエハ」
死んでないのかよ。ジャバウォックに殴られた白ウサギは、隣の雑木林に吹き飛んでいく。追い打ちをかけようとするジャバウォック。おかげで車とアリスは標的から外れたみたいだ。
「白ウサギちゃん!」
アリスは白ウサギを追い始めた。弱いオマエが行ってどうするんだよ。聞いたところで支え合いとか、バカな事を言うんだろうな。
雑木林では白ウサギが長い槍を振り回してジャバウォックと戦っていた。長い槍を自分の身体のように使いこなし、華麗な捌きでジャバウォックの太い腕と交えている。
「コイツ、感染して既に十日は経っているみたいだ……きゃあっ」
白ウサギがこちらに飛んできた。ジャバウォックに殴られたんだ。身体を何度も地面にバウンドさせ、木にぶつかって、やっと止まる。
「う……あぁぁ」
「白ウサギちゃん!」
白ウサギの変身は解け、腹にあったバックルは地面に落ちた。
「本来の私なら、あんなヤツなんて」
白ウサギは膝をついてしまった。
「大丈夫?」
「くそぉ……」
ジャバウォックはこちらを警戒して動かない。もしや白ウサギの攻撃もそれなりに効果があって、動けないでいるのか。
俺は白ウサギに聞いた。
「おい神様女が言っていた。オマエは殺人アリスを追って何度も世界を越えた。そのせいで傷ついているって。オマエ、弱っているんだろ」
「そうだな。アリスでもない人間が世界を越えた代償だ。この世界が私を異物として排除しようとしている。だからなんだというんだ。アリスがいる限り、私は負けることなんて出来ない。ましてやジャバウォックなんかに」
白ウサギは震える手をバックルに伸ばす。それを見たアリスは何かを思いついたようにバックルに手を伸ばした。
「あっ」
「ああっ」
二人が揃って声を上げる。アリスがバックルを手にしようとしている。そう思った途端、こうしてしまったんだ。
「バックルを返せ」
「海亀君、まさか」
俺の手にはバックルがある。咄嗟にかすめ取った。
「俺はこの世界の人間だ。この世界から排除なんてされないし、世界も越えてない」
「だからなんだ。返せ」
「今だけ貸しとけよ」
俺はバックルを腹に押し当てる。バックルはベルトに変化した。頼むから変なモノに変身するなよ。
次の瞬間……俺の両腕、腹、足を見る。全身白いフルプレートの鎧だ。手で頭を確認。兜もしっかり被っている。兜はフルフェイスだから、もし知り合いに会っても平気だな。目の前の地面には両手剣も突き刺さっていた。
変身を意識した瞬間、バックルから戦う姿を求められた気がした。俺はフルプレートの鎧騎士を想像した。
「その姿は……」
「海亀君、背中に白くて大きな甲羅があるよ」
なんだと。背中に手をまわすとたしかに甲羅のようなものが。
「それに、変なデザインの兜だな」
「まるで牛さんみたい」
頭部をもう一度手で確認すれば、牛の角のようなモノが二本生えていた。ななめ上に伸びた角が、途中から湾曲して正面を向いている。
そういえば、鎧騎士を想像した直後、バックルから「もっと詳しく」と言われた気がした。強そうな動物を想像したんだ。だから猛牛。でも俺の名字は海亀。子供の頃はウミガメとからかわれていた。俺の深層心理にはウミガメが住んでいたとでもいうのか。
「牛のような頭部に、亀の身体。まるで玄武か」
「違うよ。あれはウミガメモドキだよ」
好き勝手言ってろ。
「ナンダ、オマエハ」
ジャバウォックの赤い眼光が爛々と光る。俺は目の前の剣を引き抜き、ジャバウォックへ歩きだした。
「P.Nは……そうだな、白騎士。選手交代。相手をしてもらうぜ」




