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今日もヤベェよ! アリスさん!  作者: 錯乱坊☆ちぇりぃ丸
第11章 【ネタバレ回】エピソード・ゼロ~もう死なないで、アリス~
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第11章 起編 黒髪アリスと金髪アリス

第11章タグ


『ローファンタジー』『男主人公』『変身』『平行世界』


【注:コメディー要素なし】

『アリスという名の少女、死亡。もう三人目』


 スマホのニュース記事の中に、そんな物騒なタイトルが踊る。

ここは朝の教室。ホームルームの五分前。仲の良い物同士で取りとめない会話に励んでいるヤツ、机に突っ伏して寝ているヤツ、マンガを読んでいるヤツ、ほとんどのクラスメイトが今日も登校している。

 俺は担任が来るまでのあいだ、暇つぶしにスマホを眺めていた。

 朝のニュースで報道されていた事件。それを詳しく見るためだ。


「おっす海亀っち。何見てんの」


 隣の席で別のヤツと話していたヤツが話しかけてきた。どうやらソイツとの会話は終わったらしい。暇になって俺に話しかけてきたみたいだ。


「ニュースだよ。ほら、アリスって子が殺されている事件。知ってるだろ」

「あー。そんな事件なったな」


 いま、中学生から高校生の女子生徒が殺されるという事件がニュースをにぎわせていた。被害者は既に三人。犯人は捕まっていない。発生場所はバラバラのため、犯人が同一犯なのか、それとも偶然なのかさえも分かっていない。

 事件の共通点はふたつ。被害者は全員、何らかの特技を持っていたという事。中学剣道で全国大会優勝した者、弓道で将来はプロとして注目されていた者、天才棋士としてメディアの取り上げられていた者。才能のあるヤツが殺されている。

 そして、もうひとつの共通点は、アリスという名前だということだ。


「アイツ、狙われなきゃいいけどな」

「ん? 海亀っちの知り合いにアリスって子がいるのか?」

「知り合いっていうかさ、このクラスにいるだろ」

「いたっけ?」

節戯野ふしぎのアリス」

「そういや節戯野ってアリスって名前だったな」


 俺はスマホに視線を落とした。事件の発生場所はバラバラ。けれど少しずつ、この街に近づいてくる。

 間もなくして担任の男性教師がやってきて、出席を取る。


「節戯野。節戯野は欠席か」

 担任が名前を呼びあげるが、返事がない。たしかにアイツの席は空席だ。そのとき。

「遅れちゃいました!」


 教室の引き戸が開き、息を切らしたアリスが現れる。手入れをしていない黒い長髪が乱れ切っていて、全力疾走してきたことが良く分かる登場ぶりだ。


「遅刻の理由は」


 担任は慣れた様子でアリスに聞いた。


「はい。朝の公園にお婆ちゃんが一人でいて、話を聞いてみたら昨日散歩に出てみたら帰り方がわからないっていうから交番まで連れて行ってあげて、おまわりさんに囲まれて何だか驚いていたみたいだから、可哀相に思えて、家族が迎えに来るまで一緒にいてあげました」

「また人助けをしていたのか。分かった。怒らないから席につきなさい」

「はい」


 アリスは満足げな表情で席に着く。


「節戯野、また遅刻だな」


 隣のヤツが半笑いで俺にそう言った。その通り。アリスは遅刻常習犯だ。週に二回以上は遅刻している。通学途中に財布を拾って交番に届けたとか、転んだ爺さんを介抱してやったとか。首輪をした迷子のイヌを見つけて飼い主を探してやったとか。

 とにかくトラブル遭遇率が異様に多いのだ。それ以外の特技は、ない。それどころか全てにおいて、ドン臭い。

 そう考えると、節戯野アリスが殺される心配はなさそうだ。

 そんなアリスはにこやかに担任の言葉に耳を傾けていた。



 アリスは小学校からの幼なじみだ。当時から何かと人助けが必要な場面に遭遇することが多かった。ドン臭さも中学生になっても変わらず。いや、加速したか? 頭も悪い。入れる高校があるものかと考えてしまう。

 以前俺はアリスに、困っているヤツを見かけても放っとけばいいのに、と言ったことがある。するとアリスは。


「私はね、みんなに生かされているの。だから私がみんなを助けることは当然のことなんだよ。『支え合う』。それはきっと、神様が恩返しできる環境を作ってくれたんだと思うんだ」


 なんだよ、それ。たしかにアリスが生活している環境は特殊だ。親のいない子供が集まって共同生活をしている福祉施設に住んでいる。そこは税金で運営している。だからって、みんなに生かされている、とか、恩返し、とか考えて生きるのって、なんだか重い気がするんだ。アリスだって、好きでそこで生活しているわけじゃないんだし。

 そんなことを考えながら、帰り道を歩いていた。

 するとアリスがたたずんでいた。正確には見下ろしていた。ここは国道の脇にある歩道だ。アリスが立っている場所は長さ五メートルほどの短い橋になっていて、下を小さな川が流れている。川と言っても水量が少ないから、せせらぎと言ったほうが近い。橋だって小さすぎて、ここに川があることなんて、車に乗ったドライバーは気付かないだろう。


「オマエ、何してんの?」


 そう言うとアリスがこちらを見る。


「あ、海亀君。えっとね、子猫がいるの」


 下を覗いてみれば、たしかに一匹の子猫がいた。チョロチョロと流れるせせらぎの脇でニャアニャア泣いている。水量が多くないから、水路全体には水が及ばず、せせらぎは水路の中央を流れていて、子猫は水浸しというワケではない。命の危険はない。水路の脇なら猫だって人だって歩けるのだ。


「子猫だな。だから何?」

「あんな所に一人でいて、可哀相だなって」


 だから何なんだよ。よく考えたら、アリスは帰宅部だ。部活を終えた俺なんかよりも、ずっと早く帰っていたはずなのに。もしかして、ずっとここにいたのか。


「早く助けてやれば?」


 ここと水路の高低差は、たいしたモノじゃない。降りようと思えば降りられる深さだし、上ろうと思えば上れる高さなんだ。

 するとアリスは俺をジッと見て距離を詰めた。


「ダメだよ。無暗に子猫に触ったり、移動させちゃ。だってお母さん猫が子猫をここに置いてゴハンを取りに行っただけなのかもしれないよ。子猫がいないと、戻って来たお母さん猫が驚いちゃう。それに子猫に人間の臭いがつくことを、お母さん猫はとっても嫌がるの。だから、軽はずみに子猫を触っちゃいけないんだよ」

「わかったよ。近づいてくんなよ。だったら放っておいて帰れよ」


 するとアリスは再び子猫を見下ろした。


「もしも野良犬が来たり、川の水が多くなったら大変。もう少しここで見張ってる」

「この辺に野良犬はいねぇよ。それに雨降ってないから増水しねぇよ」

「うん……」


 アリスは一歩も動かない。帰る気ゼロかよ。


「じゃあな。好きにしろ」

「うん……」


 俺はアリスを置いて、歩きはじめた。しばらく歩くと。


「海亀くーん! バイバーイ! また明日ねー!」


 手を上げてぶんぶん振っている。久しぶりに見たお別れの動作だ。小学生かよ。

 俺は無視して歩き続けた。



 家に帰って勉強しているとシャーペンの芯がなくなった。ペンケースの中にはシャー芯はないし、家中のシャーペンの中を覗いても、ない。時刻は夜7時。シャー芯のためにコンビニに行くのも面倒だ。だけど、無いままで過ごせるわけでもない。

 仕方なくコンビニでシャー芯を買った。家へ戻る途中、ふとアリスのことが気になった。アイツ、まだ子猫を見ているんじゃないだろうな。コンビニのある住宅街から国道に向かうと、制服姿のアリスがこちらに向かって歩いてくるところだった。


「オマエ、ずっと子猫を見ていたのかよ」


 アリスと別れてから2時間くらい経っている。アリスは俺に気付くと、嬉しそうにこちらに駆けてきた。


「えっとね。さっきお母さん猫が戻ってきて、子猫を連れてどこかへ帰っていったよ。子猫、すごく嬉しそうだった」

「ふぅん、良かったな」

「うん。すごく良かったよ」


 アリスは本当に嬉しそうだった。部活動で試合に勝った俺たちよりも、とても嬉しそうにしていた。なんだか、おかしなやつだ。

 そんなアリスが表情を変えた。喜怒哀楽のどれでもない、強いて言うなら不思議そうな顔か。


「どうしたんだよ」

「あれ、何かな」


 アリスが指さす先。歩いてきたであろうソイツは偶然、街灯の下に姿をさらした。

 一言で表すなら全身黒ずくめの巨漢。男かどうかもわからないけれど。黒ずくめと言っても服なんかじゃない。黒い煙のような物を纏っている。それも頭から足下まで。つなぎ目なんかない。だからアレは服じゃない。目は赤く爛々(らんらん)と光ってる。猫の目のように反射してるんじゃない。発光してるんだ。強いて言うなら着ぐるみか。


「やべぇ」


 俺は即座に判断した。逃げよう。アレは危険なナニカだ。バケモノの着ぐるみがいていいのは遊園地だけだ。


「あれってゴリラかな」


 アリスが阿呆な事を言っていやがる。ボケなのか。こんなときに。

 俺は怒りを感じながらも、アリスの手を掴んで走った。ドン臭いコイツのことだから、放っといたら黒いヤツに殺られる。


『ズルイ、ナンデ、オマエタチモ!』


 とても人の声だとは思えない音を吠え散らかしながら、黒いヤツは追いかけてきた。

 振り返れば少しずつ距離を詰めてくる。普段何考えてんだか分からないアリスも、危険を察したようで全力で駆けてくれる。


『アリス、こっちだニャ!』


 今度は何処から声がした? 声の主に気付いたのはアリスだ。視線の先には、ブロック塀の上に立つ奇妙な猫がいた。ピンクとマゼンダの縞々模様。人を食ったようなニヤっとした笑顔が俺たちを見下ろしていたんだ。


『こっちだニャ!』


 猫は俺たちを先導するように、ブロック塀の上を走り出す。


「ついて行ってみよう」


 アリスは、まるで猫が味方であることが当り前のように俺の先を行った。

 振り返れば黒いヤツ。ここでアリスと別れて二手になるか。もし黒いヤツがアリスを追うことを選択したら? 俺はニュースで死んでいったアリスという名の被害者を思い出してしまった。犯人は黒いヤツだったのか? 目の前のアリスが新たな被害者になってしまったら?

 アリスを一人にさせるのはマズイ。俺はアリスのあとを追う。


「どうして猫が喋るんだよ」

「もしかしたら、子猫を見守っていたから、猫の神様が助けに来てくれたのかも」

「あの笑い方、とても神様には見えなかったけどな」


 妙な猫はブロック塀から降りて、俺たちの数歩先を走った。

 夜の住宅街の先、町工場と空き地しかない地区に逃げ込み、さらに鉄クズ置き場の裏手の路地まで誘導される。

 振り向けば黒いヤツは撒けたようだった。でも、どうしてこんな人気のない場所に。ここは袋小路ばかりの場所だ。こんな所で、またアイツと出くわしたら。

 猫とともに角をまがった途端、猫は歩みを止める。


『連れてきたニャ』

「わぁ、ありがとうございます。猫の手を借りて正解でしたよ」


 その路地は案の定、10メートルほどで行き止まりになっていた。行き止まりには不法投棄された軽自動車が朽ち果てている。そんな車の屋根に座り、長い足を組みながら、こちらを見据える女がいた。

 街灯に照らされた煌めく長髪はブロンド。青いワンピースの上には白いエプロンを纏い、純白のニーソックスの足先には厚底のシューズが黒く輝いていた。

 さらにその顔は。


「アリス……」


 アリスそっくりだったのだ。


「よいしょ。でかしましたよチェシャさん。こうも簡単に見つけてくれるなんて。おかげで助かりました。私ったら間違えて三人も殺しちゃうほどのドジっ子なので」

『まぁ、僕は世界中どこにでもいるニャ。人探しは簡単ニャ』


 女は車から降りると、こちらに歩みを進めてくる。

よく見れば俺の知るアリスよりも足も長く、身長も高く、スタイルもいい。顔も少しだけ整っている。少しだけ整うだけで、随分と美人に見えるものだなと、こんなときに感心している自分を振り払う。


「オマエ、誰だよ」


 女は俺の言葉を無視するように、アリスに近づく。アリスは俺以上に混乱していて、言葉も出ず、動くこともできない。

 そんなアリスに無遠慮に接近した女は、アリスの瞳を覗きこんだ。


「へぇ、アナタがこちらの世界の私ですか。ずいぶんとまぁ、才能の欠片もなくドン臭そうな感じですね。この世界の私のことだから、きっと有名人かと思って、名のあるアリスちゃんたちを殺してしまったではありませんか」


 まさか、これまでのアリス殺しはコイツが。


「まぁ、いいでしょう。この子を殺して魂を喰らえば私は目的を果たせますし。死んでいったアリスたちは運が悪かったってことで。じゃあアナタ、さっそく死んで、その魂、頂けます?」

「アリス、逃げるぞ!」


 硬直しているアリスの手を掴み、やって来た道を引き返す。そうしようとした。

 だけど、俺たちの行く手を拒むかのように、黒いヤツが再び姿を現したのだ。


「追いかけてきたのかよ」

「あらあら? どこのゴリラかと思えばジャバウォックではないですか。この世界にもいるなんて。すると、この世界もそろそろ末期。さっさと魂を頂いて移動するとしましょう」


 どこから出したのか、女は包丁を構えている。


『ドウシテ、オマエタチハ。ズルイ。フコウヘイダ』


 黒いヤツはブツブツ言いながら、こちらに近づいてくる。


「逃げ場なしかよ」


 そのとき。


「でぇぇぇぇい!」


 空から誰かが降って来た。

 キィィン! 金属と金属が重なり合う鋭利な音が響く。

 降って来たヤツが女と距離を取った。ソイツは白装束に白い槍。白装束は和風になのに、腰に光る機械的なベルトが違和感を放っている。

 ここで俺は、先ほどの鋭利な音の正体が、女の包丁と白い槍が重なった音だと、やっと気付いた。

 女の包丁は真っ二つに折れ、女は包丁だったそれを地面に投げつける。

 白い槍の持ち主は中学生くらいの小柄な女子だ。なんでこんなヤツが空から降って来た?

 小さな女子は言う。


「やっと追いついたぞ、アリス」

「あれぇ、白ウサギちゃんではないですか。また私の邪魔をするんです?」

「覚悟!」

「この私が御丁寧に、神から力を貸与されたアナタなんかと戦うものですか。ジャバウォックもいるんです。逃げますよ。こういうときは逃げていいんですっ!」


 すると黒いヤツが小さな女子に急接近。大木のような太い腕で小さな女子を殴り、彼女は身体を塀に激突させた。

 女子はすぐさま身を起こす。


「アリス逃げるな! 私に倒されろ!」

「あら怖い。まぁ私は今晩はこれでお暇しますよ」


 女はそう言うと、高い塀を飛び越えて、この場から去っていった。


「チぃ!」


 女子は黒いヤツに標的を変え、白い槍で一刀両断。黒いヤツは地面に横たわる。


『ニャニャ! 置いていくなんてズルイニャ』


 妙な猫はニヤけ顔で女を追おうとするが……白ウサギの投げた槍が、その身体を貫いた。


「オマエも私の敵だ!」


 忽然と、猫の死体が消える。


『ニャニャ。ひどいニャ。動物をいじめるなんて』

「黙れシュレディンガー! 猫かぶりを捨てた嘲笑者め!」

『ニャニャニャ』


 どこか癇にさわる笑い声は、空の方へ消えていった。

 白ウサギとか言う女は槍を拾うと、俺たちに向き直る。そして槍の切っ先をアリスへと向けた。


「オマエがこの世界のアリスだな。死んでもらうぞ」

 コイツも敵かよ。そう警戒した矢先、小さな女子はグラリと傾き、倒れてしまった。



「逃げるぞアリス」


 俺は、この状況から立ち去ろうと思い、アリスの腕を掴んだ。


「待って。この子、倒れちゃった。助けてあげよう」


 アリスの言葉で俺はムカついた。こんな時でも人助けしようってのか。


「この女はオマエに死ねと言っていたんだぞ。放っとけばいいじゃないか」

「ダメ。支え合わなくちゃ。助けてあげよう」


 アリスは睨むように俺を見ると、手を振りほどいて女子へ近づいた。よく見れば、女子は頭から血を流している。思い出せば、女子は黒いヤツに殴られて塀に激突していたんだ。


「ねぇ、救急車を呼んであげて。お願い」


 アリスのことだからスマホなんて持っていないだろう。どうする? このままではアリスは逃げない。仕方なく俺はポケットのスマホに手を伸ばす。それを止めたのは、倒れている女子だった。


「救急車は呼ばないで。傷は勝手に治る。どこか静かな所に連れて行ってほしい……」



 俺の住む家はマンションの七階の一室で、両親は仕事が忙しくて帰って来れない。親父は単身赴任だし、母親はしばらくのあいだ、出張とかで家を空けている。時おり叔母が様子を見にくるけれど、俺が中学生になってからは、パッタリだ。

 だから、槍を持った変な女子を連れ込んだとしても、誰にも怒られたりはしない。もっとも、女子の服装はいつの間にか普段着に変わり、槍もなくなってしまった。その代わり、女子はベルトのバックルのような物を大事そうに握りしめていた。


「感謝する。だいぶ良くなってきた」


 リビングのソファに寝かせた女子は、心配そうに見守るアリスと、警戒する俺に、そう言った。頭の出血は止まっていた。救急箱を用意してやったらアリスが手当てしようとしたが、女子は嫌がり、絆創膏を自分で貼っただけで横になってしまった。


「オマエ、何者なんだよ」

「海亀君、この子、まだ辛そうだよ」


 アリスが俺の質問を止める。なんだよ、あれだけの騒動に巻き込まれて黙ってろっていうのか。

 俺が女子に目を向けると、女子は口を開いた。


「私はアリスを追いかけてきた者だ」


 追いかけてきた? アリスというのは目の前にいるアリスってことはないだろう。金髪の女、アイツの名前もアリスだっていうのか。


「どういうことだよ。だいたいオマエはアリスを殺そうとしていたよな。ちゃんと説明しろよ」

「…………」


 女子は黙る。そのとき。


「ここから先は私が説明します」


 声がすると同時に、この部屋の天井が光った。見上げればオーロラのような幕が天井一面に広がっていた。そこから人の足が伸びてくる。さらに胴、頭が順に伸びてきて、一人の女が床に降りてきた。

 ソイツは癖毛ショートヘアの女子。グレーのブレザーに蝶ネクタイ、プリーツスカートをはいていた。なんだかウサギのような印象だ。春の日差しのようなオーラを出してくる感じだった。


「はじめまして。私はこの世界を管轄し、監視する存在」


 また変な女が。驚いている俺を横目に、アリスが喋りかける。


「神様みたいなモノ?」

「そう捉えて頂いて構いません」

「神様って本当にいたんだね」


 もう驚くのは止したほうがいいのか。神様とかいう女は俺を見る。


「白ウサギに質問を求めていましたね」

「マーチヘアー! この者たちに説明なんて不要だ」

「白ウサギ。こちらの世界のアリスにもかかわるお話なので、説明は必要です」


 立ち上がった女子をたしなめる仮称・神様の女。白ウサギか……たしかに、そんなふうに呼ばれていたな。白ウサギは不満そうに俯いたのを見て、神様女は説明を始めた。


「では説明させていただきます。アナタ方が出会った女は別の世界からやって来たアリスです」

「別の世界から来た私?」


 アリスの言葉に頷く仮称・神。神は俺に視線を合わせた。


「続けろよ。一応最後まで聞いてやる」

「ありがとう。ある世界にアリスという少女がいました。そのアリスには『ある能力』を備えていました。世界と世界をつなぎ、移動する力です。その力を使い、アリスは別世界を旅していました。ある別世界でアリスは、ある人物を見つけます。それは別世界に住まうアリスでした」


 白ウサギが苦しそうな表情を浮かべる。神様女は続けた。


「アリスは別世界のアリスと親しくなった。しかし親しくなればなるほど、悲しい事実が浮き彫りになったんです。それは別世界のアリスが、アリスよりもほんの少しだけシアワセだったこと。アリスはそれが許せなかった。よく似た容姿、似たような環境。ならば似たような人生を送るはずだと考えたのでしょう。それでも別世界のアリスが自分よりも恵まれていたのです。正確には恵まれていると思いこんだのです」


 そして嫉妬に耐えきれなくなったアリスは、別世界のアリスを殺してしまった。

 死とは、魂が肉体を失うこと。拠り所を失った魂は、本来は消滅してしまうらしい。けれど、殺されたアリスの魂には拠り所というべき肉体が、すぐ近くにあった。それは殺した側のアリスの身体だった。いわば別世界から来た自分の身体だ。

 肉体を失ったアリスの魂は、殺した側のアリスの身体に入り、一体化したという。


「殺されたアリスの魂は、本来の肉体の持ち主であるアリスの魂に吸収されてしまいました。肉体を失った魂は、殺された衝撃で弱体化してしまうからです。それでも魂は魂。魂を喰らったアリスは、突如得た強大な力にうち震えたことでしょう」


 二つ分の魂を持つことになったアリスは、再び別世界の旅に出たそうだ。ほかの世界の自分を殺せば、自分はもっと強くなれる。ほかの自分のシアワセも得ることができる。そう信じて。


「アリスはこの世界のアリスを殺して、より強く、よりシアワセになろうとしています。この世界のアリス、じゅうぶん気をつけて」

「あ、うん」

 殺されるから気をつけろって言われてもな。それにアリスはドン臭い。


「おい。ここにいるアリスはな、誰がどう見ても嫉妬されるような人間じゃないんだ。あの金髪のアリスだってアリスのことを知れば、どこかに消えるんじゃないのか」

「もうあの女は、損得勘定や嫉妬なんかで動く人間じゃない。全世界中のアリスが消えるまで殺し続ける猟奇マシーンだ」


 白ウサギが吠える。白ウサギは鋭い視線を神様女に向けた。


「マーチヘアー。貴女がここに来たということは、神々による処罰が決まったということなのか」

「いえ、アナタを迎えに来たのです。アナタの身体はたび重なる世界間移動のせいで傷ついています。アリスのように世界を越える力もない者が、幾度もなく世界を越えたのです。だから」

「まだ私はアリスを殺していない。それなのに帰れるものか」


 白ウサギはすごい剣幕だ。


「ああ、け、ケンカはよくないよ!」


 アリスだ。そういえば小学生のとき、よくケンカの仲裁に入っては、とばっちりを喰らっていたことを思い出した。俺だって実家で変な女どもが口ゲンカしてしまうのは困る。

 俺の視線に気付いたような神様女は言う。


「白ウサギはアリスを追ってやって来た者です。アリスは我々、神にとっても奇異な存在。それぞれの神が管轄する世界でアリスを殺し、強い力を身につけている。そこで神々は意見を出し合いました。私は白ウサギに一時的に『世界を越える力』『アリスに対抗できる力』を貸し与えたのです」


 白ウサギはベルトのバックルのような物を握りしめた。


「元の世界に帰るのです、白ウサギ。貸し与えた力を長いあいだ行使し続ければ、肉体はむしばまれる。もう十分戦いました」

「まだだ。いつも寸分のところでアリスに逃げられた。どこの世界でもアリスは殺されてしまった。私は一度も間にあったことがない」

「既に力を使いこなせていませんね。再生能力も落ちていますね。さあ、力を返してもらいますよ」


 白ウサギは悔しそうに顔を歪ませている。


「待って」


 アリス、やっぱりオマエか。


「もう少し頑張らせてあげて下さい」


 俺が止めるしかないか。


「何を言ってるんだアリス。そこの女はオマエに、死んでもらう、とか言ったヤツだぞ。槍を向けられたことを忘れたのかよ」

「そ、そうだ。どうして私の味方をする。オマエを先に殺せばアリスに殺されることはない。アリスは強くなれない。だから殺そうとしたというのに」


 俺と白ウサギが揃って抗議する。聞こえていないのか、アリスは両手を組み、膝をついて神様女を見上げた。


「神よ、チャンスを与えたまえ!」


 何やっているんだ。コイツは。神様女は溜息をつくと、手の平をアリスへ向けた。アリスの身体がふわりと浮かび、立たされた姿勢に戻る。


「この世界のアリスは、とても良い子のようですね。殺されるには惜しい。白ウサギ、この子を守ってやって下さい」

「私が」

「そして、この世界で決着をつけるのです。これが最後のチャンスです」


 白ウサギが頷くと、神様女は手を上げた。


「来なさい、アマビエ」


 部屋の天井には、いまだにオーロラのような幕が張ってある。そこから嘴、長髪、鱗を纏った生物が降りてきた。アマビエだ。初めて見たぞ。

 アマビエは発光する。その光を浴びた白ウサギの傷はみるみると治っていった。アリスも自分の身体を確認する。まて、オマエはもともとケガしていないだろう。


「では、帰ります。白ウサギ、皆さんに迷惑をかけないよう。皆さん、白ウサギのこと、助けてやって下さい」

「うん、わかったよ」


 アリスが元気よく返事をする。皆さんって、俺もなのか?

 神様女とアマビエの身体が宙に浮く。天井のオーロラから帰るんだろうか。


「待てマーチヘアー。神々は動かないのか」

「アリスといえども人間の一人にすぎません。本来、神は人間に関わることを良しとしないのです。神の中には、アリスという存在が別のアリスを喰らい続け、最終的にどうなるのか、観察を続けたいという者もおります。そんな神々の目もあり、アリスの行いに嫌悪する神は直接には動けません。もちろん、これからも私は多くの神々と言葉を交わし、アリスへの対策を話し合っていこうと思います」

「それでは何年も前から変わっていないじゃないか!」


 白ウサギがまたも吠えたものの、神様女はアマビエを連れてオーロラの向こうへと消えていった。


「何が話合いだ。しょせん神々の永遠会議ティーパーティーだろう」


 オーロラが消えた天井を見上げる白ウサギだった。



「よかったよね。白ウサギちゃん、こっちの世界にいられることができて」


 俺はアリスを家まで送るため、夜道を歩いている。時刻は9時過ぎ。

いつ金髪のアリスが襲ってくるとも分からない。体力を回復させた白ウサギも、姿は見えないがついて来ているはずだ。

 ヤバいのは金髪アリスだけじゃない。アリスがゴリラと言っていた黒いヤツもだ。

 白ウサギはジャバウォックと言っていた。このジャバウォック、白ウサギが槍で斬って倒れた途端、身体にまとっていた黒いモノが消えて人間の姿になった。

 その人間はちょうど俺たちの母親くらいの年齢のオバサン。オバサンは妙にやつれていて、ふらりと立ち上がるとトボトボと歩き去っていった。


「私はずっと一人でがんばって来た。なのに親や親戚から評価されるのは妹。さんざん遊んだあげく男を作って妊娠したくせに。両親も孫のことばかり。男がいれば偉いのか。私は何なんだ」


 オバサンはそんなことを言っていた。アリスは何度か声をかけていたけれど無視されていた。

白ウサギは神様女が去っていったあと、こう説明していた。


「ジャバウォックの正体はナノマシンに侵された人間だ。ナノマシンは他の世界で生まれた。その世界ではシアワセ分配システムと呼ばれていたんだ。そのシステムを使えば、シアワセな人間は周囲の者に、シアワセな気持ちを共有させることができる。いわばシアワセのお裾わけを可能とした技術なのだ」


 そのシステムはナノマシンを体内に入れることで他人にシアワセを伝え、他人はシアワセを味わうことができる。これさえあれば、人々のコウフク度が上がり、楽園が誕生する……はずだった。

 当然、他人のシアワセを知った人間の中には嫉妬に狂わされた者もいた。嫉妬から来るストレスは体内のナノマシンを変異させ、人を怪人ジャバウォックへと変貌させた。

 ナノマシンはさらに変異を繰り返し、クシャミや咳によって体外に放出。なんと空気中でも活動出来るようになったというのだ。ナノマシンを体内に取り入れ、かつ強烈な嫉妬により人間をジャバウォックに変えてしまうナノマシン。


 どうしてこの世界にジャバウォックが現れたのか。それは、金髪のアリスが世界を移動し続けてきたことがきっかけで、別の世界と別の世界を隔てる『壁のような物』が脆くなってしまったんだそうだ。そのため『ウイルスのようなナノマシン』はこの世界にやって来てしまった。

 白ウサギの槍にはジャバウォックを倒すことにより、人間からナノマシンを除去する力も加味されているという。

 ジャバウォックから元の人間に戻れたオバサン。あの人は嫉妬に狂わされていたんだろうか。

 アリスの住む福祉施設が見えてくる。


「あっ、やっと帰って来た!」

「先生、アリスちゃん帰って来たよー」


 門の向こう側で待ち構えていたのは、ここに住む顔なじみのガキども、白馬はくば栖桃すももだ。栖桃はアリスが帰ってきたことを大人たちに伝えるため、建物へ駆けていく。


「アリス、どこ行ってたんだよ。しかも海亀までいやがる」

「白馬君。私、人助けしてたんだよ」

「こんな夜遅くまでかよ。俺以外は心配してたんだぞ」

「えへへ。ごめんね」


 建物から施設の職員たちが顔をのぞかせる。アリスはヘラヘラしながら彼らのほうへ駆けていった。

 怒られている? 呆れられているのか。もう職員たちもアリスの言動に慣れているのかもしれない。


「人助けか。自分が怖い目に遭ったなんて言わないんだな」

 この世界に現れたジャバウォック。それにアリスを狙う殺人アリス。どうしてアイツは笑っていられるんだ。


「海亀、なんか言ったか」


 白馬がこちらを見上げてくる。年々生意気そうなガキに成長していやがる。


「オマエはアリスを守ってやれよ」

「はぁ。誰が。どういう意味だよ」


 俺は黙って家に戻ることにした。電柱の影から白ウサギがアリスたちのことをジッと見ていた。


 翌朝、担任が朝のホームルームでこんなことを言った。


「昨晩、この辺りで妙な事件があったらしくてな」


 ドキリとする。俺は朝からジャバウォックや殺人アリスが事件を起こしていないかと、ニュースをチェックしていた。犯人不明の殺人事件が起きたわけでもなく、ホッとしていたんだけど。


「事件というのはな、駐車場に停めてあった高級車が壊されるって事件なんだ。先生の車、高級外車だから心配で」


 担任は車通勤している。小学校では、教師が通勤で使っている車は校舎の裏手に停めてあった。けれど、この中学校では校門から出て三分ほどの場所にある駐車場に停めなければいけない。そこの周囲は木が鬱蒼と生い茂っていて、人目につかない。車一台がやっと通れる車道に出られるだけの駐車場だ。日中でも車上あらしが実行できると思う。


「放課後は職員会議があって遅くまでかかりそうだ。ああ、車が心配だ。何が言いたいかというとな。車を壊すような変質者がこの辺りにいるということだから、キミたちも気をつけるようにってことだ」


 じゃあ乗って来るなよ。

 ホームルームが終わると、担任は教室を出て、みんなは一限目の準備を始める。アリスだけがトコトコと担任のあとを追った。俺は廊下に耳を傾ける。


「先生。放課後は私が車を見張っていてあげようか」

「おう。悪いな。そうしてくれ」

 止めろよ、担任。生徒が不審者と遭遇するかもしれないんだぞ。アリスもアリスだ。殺人アリスに狙われているっていうのに。


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