第九章 転結編
「ドラゴンが……ドラゴンがこの領都に迫ってきているんです!」
ドラゴンといえば全てのモンスターの頂点を行くモンスターです。王国どころか万国共通有害指定モンスター。街に現れ暴れまわれば、震災や大火災と同様に竜災と呼ばれ、王国史に刻まれる大事件と認定されます。そうなる前に騎士団総出で討伐するのですが、それもまた多くの死人が出るので竜災として扱われ……
とにかくドラゴンは厄介なのです。
「どうしてドラゴンが。受付嬢さん、そんな急展開が許されるとでも思っているんですか」
「ここだけのはなし、急展開でもないんです。アリスさんは三ヶ月前、東の森に強力なモンスターが現れたことをおぼえていますか」
思い出した。たしか王国騎士団と領都騎士隊が合同で討伐に行ったんだっけ。討伐後のはなしは聞きませんでしたが、騎士団と騎士隊の合同部隊が赴いたので、どうせ勝ったんだろうとか、合同演習が目的だったんだろうとか、その程度にしか思いませんでした。
そもそも私も冒険者のはしくれ。強力なモンスターの出現情報なんて、よく耳にしますし。
「そのモンスターってドラゴンだったんですか。まさか倒してなかったんですか」
「はい。ドラゴンに蹴散らされて、手も足も出なかったそうです。そこで魔法使いの部隊が結界を張り、なんとか三ヶ月間、動きを封じていたんです」
受付嬢さんが深刻な顔で話を続けます。
「運よく死人は出なかったそうなので、三ヶ月のあいだに騎士団・騎士隊は体勢を整えて再戦する予定でした」
「もっと早く再戦して下さい」
「ドラゴンはドラゴンでもターコイズドラゴンだったんです」
「ターコイズドラゴンといったら青なのか緑なんだか分からない、微妙な色の鱗のドラゴンですよね」
「ターコイズはそもそも青と緑の中間なので、その認識で間違いないのですが、正確にはダークターコイズドラゴンだったのです」
よりにもよってダーク系。ダーク系は呪いのブレスを吐くから厄介なのです。
「呪いのブレスを浴びてしまったがために、三ヶ月間の療養が必要だったのですね」
「はい。呪いは、朝起きても疲れが取れない、出勤する気が起きない、仕事に身が入らない、仕事に夢が抱けない、夜は寝つきが悪い、原因不明の不安感に襲われる、なんだか悪口を言われている気がする……そんなカンジになってしまう恐ろしい呪いだったといいます」
それ、私にとってはいつものことなんですが。騎士団は貴族の中でも体育会系だからなぁ。そんな状況になったことがないのか……。
「そこで王国は騎士団を励ますため、夜のお姉さんを動員し、吟遊詩人に元気になる歌を歌わせ、東の国から元テニスプレイヤーという熱血男性を招集して、なんとか騎士団を元気にさせて、呪いを解かせたといいます」
それで三ヶ月かかったと。それじゃあ騎士団はやってくるのですね。じゃあ慌てなくていいじゃん。
「甘いですよアリスさん。王都と領都をつないでいる道がありますよね。そこに大量のメツキワルゾドンやシマネキケラトプスが出現し、騎士団は足止めされているんです」
「そのモンスターって普段は道の脇の森に住んでいるヤツらですよね。強くはないけれど数だけは多いタイプ。どうして道に大量発生したんでしょう。道に出てくれば、その道の最強モンスターであるコロスゾサウルスに食べられてしまうのに……はっ!」
たしか先日、A君がコロスゾサウルスを全滅させたって言っていました。その影響が、こんな所に。
「本来なら既に騎士団が到着し、再戦している頃なのですが、予定が狂ってしまったわけです」
「魔法使いがダークターコイズドラゴン(以下・DT竜)にかけた結界魔法は、あとどれくらい持つのですか?」
「間もなく効果が消えるそうです。未明に監視役が逃げ帰ってきました。だから私、こうして慌てているんですよ!」
「そういう話は、もっと早くして下さい」
「騎士団が予定通りくると思って、秘密だったんです」
「最初に冒険者と合同で戦っていたら、こんな事にはならなかったかもしれないのに」
「プライドの高い騎士が冒険者と一緒に戦うワケないでしょう」
「そうだ。こういうときこそ冒険者です。冒険者総出でドラゴンを迎え討ちましょう」
ここで受付嬢さんの瞳がクワっ! と開きます。怖い。
「無理です。魔法剣士さんのパーティは王様から呼び出しを受けて、王都へ旅立っています。今ごろ騎士団と共に、道で大量のモンスターに囲まれて前にも後ろにも移動できない状況かと」
「美丈夫剣士さんたちは」
「領主さまがギルドを通さずに護衛に就かせてしまいました」
「それなら、ほかの上級冒険者を」
ここで受付嬢さんの瞳孔がグワぁっ! と開きます。ヤバい。
「ほかの冒険者には避難民の護衛を頼む予定です。暇なのはGランクくらいです。戦えます?」
詰んだっ……。
ドラゴン出現ポイントは東の森だったはず。馬車で一日の場所。ドラゴンの飛行速度まではわからないけれど、進行方向が領都なのなら……
「早く逃げなければ!」
「甘いですよアリスさん。当初、騎士団・騎士隊とDT竜の戦いは西へ西へと移動して、最終的には不思議遺跡のあたりで結界魔法を使ったといいます」
不思議遺跡といえば馬車で半日の場所。
「今すぐ逃げなければ!」
「そうはさせません」
「私にしか扱えない最終兵器があるとでも?」
「まだ寝ぼけているんですか。これからギルドから大事な資料やアイテムを引き上げて荷車に載せます。手伝って下さいね」
★
緊急避難宣言発令!
私と受付嬢さんはギルドから資料やアイテムの運び出しをしていました。外ではギルド支部長や職員が冒険者に指示を出し、住民の避難を手伝っております。朝から非常に騒がしいことになっております。
「どうして領主さまは騎士隊を率いて戦わないんでしょうか」
大急ぎで資料を荷車に載せながら、受付嬢さんに聞いてみました。
「呪いのブレスの呪いが解けてないんでしょうね。さらに領主さまはお歳のためか、覇気を失っているとのはなしです」
ポーションや聖剣を運び出す受付嬢さんが応えてくれます。
「もし領主さまの御子息が行方不明でなければ状況は変わっていたかもしれませんが」
「御子息、いたんですか」
「素行が悪いとかで、数年前に追放したそうですよ」
今回の竜災は人災でいいのでは? 受付嬢さんは言います。
「さて、あらかた荷車に詰め込みましたね」
「まだ武器庫には剣やら鎧がありましたが」
「全ての道具を持っては逃げられません。ここに捨てておきます」
「でも……アレは。アレさえあれば」
「アリスさん?」
「お気になさらず。ところで、どこに逃げるんですか」
「逃げた場所が新たな我が家となるのです。人間は夢とお酒さえあれば生きていけます。さぁ逃げましょう」
領都民は次々と西の門から出ていきます。DT竜は東から迫ってきますからね。私と受付嬢さんは荷車を押して避難する住民のあとに続きます。
私はふと、足を止めました。
「私、忘れ物をしたので取りに戻ります。それではお元気で」
「アリスさん?」
私は受付嬢さんに別れを告げて冒険者ギルドへ戻りました。
よしよし、無人だな。足を武器庫へと進めます。そこに。
「あった!」
そこにあるのは『魔導書』。
魔導書とは、手にした者に禁断の力を授けるというアイテムです。冒険者学校で習いました。私が魔法剣士さんたちと一緒にダンジョンで見つけ、危険だと判断しギルドで保管してもらっていたんです。
さっき、運び出しをしている最中に見つけたのですが、受付嬢さんは「ここに捨てておく」と言っていたので、もらってしまいましょう。
「禁断の力。それさえあれば私もスゴイ魔法が使えるようになってドラゴンを倒せます。そして魔法剣士さんや美丈夫剣士さんから戻ってこいと言われて、もう遅い! って返してやるんです」
そして新たな仲間ができて領主さまと懇意になって……ゲへへへ。
夢を膨らませた私は、DT竜が待っている不思議遺跡へと向かうのでした。
★
領都から馬車で東へ半日。そこには不思議遺跡と呼ばれる建造物があります。大きな直方体の石が階段上に積み上がり、その高さはお城に匹敵。階段上と言っても、一つ一つの石が人の背丈より高いモノですから容易に上れません。遠くから見れば巨大な四角錐。なんだか冒険者学校で習った、砂漠の国にあるというピラミッドに似ています。大きな石には見たこともない文字が彫られていて、その珍妙さに拍車をかけていました。
さて、そんな不思議遺跡の前には。
「馬が途中で逃げてしまい、半分徒歩だったため夕暮れが近いのですが……本当にドラゴンがいますね」
DT竜がいたのです。高さにして一般建築物の三階ぶんでしょうか。不思議遺跡よりも小さいですが、人間にとっては十分巨大です。背には大きな翼、太い樹木のような四肢、大きな牙。鞭のようにしなる巨大な尾。
夕日に照らされた鱗を光らせ、DT竜は見えない壁に体当たりを喰らわせておりました。私は魔法使い。Gランクでも結界くらいは、透明な壁として視認できます。そんな透明の壁、かなりヒビがはいっています。ああ、これはもうすぐ割れる。
そう思った矢先、結界が破れてしまいました。
「グギャアアオン!」
雷鳴のような轟音が、周囲を走り抜けます。
「こわっ。ええぃ、魔導書よ、さっそく出番ですよ。私に力を!」
魔導書を開きます。ちょうど真ん中くらいのページが開いて、光が溢れました。
『我の眠りを覚ますのは誰だ』
「私はアリス。ワケあって魔導書の力をお借りしたくて手に取りました」
『そうか。ではアリスよ。今すぐ我を閉じよ。二度寝がしたい』
「はい?」
『なんかすっごい眠い。寝た気がしない。我を閉じよ』
「あの、私は英雄になりたくて仕返しがしたくて貧乏だから力を借りたいのですが」
『冒険者登録して仲間を作ってレベル上げすれば叶うであろう。我を頼るでない』
上手くいかないから魔導書に頼っているんじゃないですか。仲間がいたら本とお喋りなんてしませんよ。
「ドラゴンを倒したいんです。私に禁断の力を与えて下さい!」
『はぁ? ドラゴン? あ、ヤベェ、本当だ。なにドラゴンと戦おうとしてるの? バカなの? 早く我を連れて逃げるのだ!』
結界を破壊したドラゴンは三カ月間の強制巣籠り生活のストレスを双眸に湛えて私を睨み下ろしてきました。
「戦わなければ殺されます。魔導書もビリビリに破かれます。さぁ、私に禁断の力をお与えください」
『なんか勘違いしているな。それは昔のはなし。今となっては、我は無力なのだ』
「どういうことですか。早く力を」
『それはステータスオープン技術がなかった時代のはなしなのだ』
「はい?」
『昔はステータスオープン技術がなかったため、タンク向きの者が斥候をやったり、魔力のある者が剣士を目指したりと、誰もが己の才能を把握できず、努力やら根性やらで不向きな職業を続けていた。当然挫折する人間、落ちこぼれと呼ばれる人間が多く生まれた』
魔導書は続けます。
『そこで我は手にした者の才能を把握し、適切な職業を紹介した。器用な者は盗賊に。俊敏性の高い者はシノビに。【風】の力を持つ魔法使いには【火】や【回復】の魔法は諦めさせ、【風】魔法を極めるように指示した』
「それのどこが魔導書なんですか」
『能なしと呼ばれていた者が突如才能を開花させれば、周囲の人間は嫉妬を込めて、禁断の力を手にした、と噂する。禁断の力を授けるから魔導書。しかし今はステータスオープン技術がある。ステータスが分かれば自身の能力がわかり、適した職業も瞬時にわかるであろう。ギルド支部長が言っていた』
「ならば私がもらうべき禁断の力とは」
『アリス。職業は魔法使い。魔法は【風】【次元】』
「そんなことは分かっています」
これではただの喋る本ではないですか。高齢者がボケ防止にプレゼントされる喋る人形と変わりありません。
ふと、夕日に照らされていた私の周囲が陰りました。DT竜の影。もうすぐそこまで迫って来ていたのです。
こうなりゃ戦うしかない。たとえGランクでもどうにかなるかもしれない。
私は後退しながら魔法を繰り出しました。
「水球よ。かの者に水びたしの裁きを。ウォーターボール!」
子供の背丈ほどの直径を持つ水球が中空に出現。ふわふわとDT竜の顔面に向かいます。
DT竜は大きな口をあんぐりと開けると
パクん……ごっくん。
飲みほしてしまいました。
だったら現在の【水】魔法最強の技で挑むしかありません。
「にわかの数多の水滴よ。この者に天上からの災厄を。シャワーレイン!」
DT竜の頭上めがけて幾粒もの水滴が落下していきます。夕日を纏った水の欠片たちは、まるで天から降り注ぐ火の粉のようでした。
魔法雨を全身に喰らったDT竜はというと、翼を器用に使って、顔を拭いたり、足下の汚れを落としたりしています。目を細めちゃって、とても気持ちよさそう。
「ダメかぁ~」
『逆に【水】魔法レベル1でドラゴンに勝てると思っているオマエがスゴイわ』
「私には魔法の才能があるはずです」
『才能があっても、伸ばす努力をしないと、ずっとレベル1のままなのだが』
雨がやむと、DT竜は尻尾をフリフリしながら私に近づいてきました。
ヤバい、殺される。
しかも尻尾が近くの岩に直撃。粉砕された岩の破片がこちらに向かって飛んできます。
ヤバい、死ぬ。そのとき。
私の前に飛び込んできた赤い影。いえ、それは赤いマントをたなびかせた、赤い長髪をなびかせた、うしろ姿でした。
その女性は飛んできた岩の破片を剣で両断。助かった私の声は感激にみちていました。
「クイーンさん!」
「やっぱりアリスさん、ここにいたんだな。街を出ていくのが見えたから、ドラゴンにケンカ売りに行くんだと思っていたら、やっぱりだ」
「助けに来てくれたんですね」
「私もドラゴン倒そうと思ってさ。倒せば評価が上がるだろうし、なにより、彼氏が帰ってくる場所を捨てたくはないから」
クイーンさんニヤリと振り返りました。
「私が前衛で行く。アリスさんは後衛を頼む」
「分かりました。魔法で援護します」
やってきたのはGランク。私だってGランク。たった二人の最終決戦。普通なら震えている。諦めている。
でも、巨大な敵に向かって走り出す彼女の背中を見ていたら、そんな気持ちは微塵と湧きませんでした。心強い。負ける気がしない。そんな熱い想いが、弱い私を変えてくれる!
クイーンさんはピタリと足を止めてこちらを見ました。
「アリスさん、剣にヒビが入っちまった。さっき岩の破片を斬ったときだと思う。なぁ、代わりの武器ない? 剣でも槍でもいいんだけどさ」
「私は魔法使いです。持っているわけない……あぁっ」
「ああぁっ」
クイーンさん、DT竜に背中を見せたものだから、DT竜にマントを噛まれ、そのままマントと共に持ち上げられてしまいました。
DT竜はクイーンさんを勢いよく、マントごと空に放り投げます。
可哀相なクイーンさんはドラゴンの頭の反対側に落下していきました。
「クイーンさん!」
「大丈夫。ちょうどコイツの背中の上に落ちたから。おおっ」
「今度は何ですか」
「コイツの背中、上等な剣や槍がたくさん刺さってるぞ。矢もある」
「おそらく三ヶ月前の騎士団・騎士隊との戦いのときのモノだと思います」
「やった。ここにあるのは全部私のモノだ。そうだ、いいこと考えた。アリスさん、コイツの横に回りこんでくれ」
なにがなんやら。私は急いで回りこみます。DT竜の背中にはクイーンさん。彼女に言うとおり、DT竜には無数の剣や槍、斧が突き刺さっていました。
「今から剣や槍を抜く。アリスさんはコイツの傷口めがけて魔法を放ってくれ」
なるほど。弱い魔法ではDT竜の鱗は貫けない。けれど、傷口めがけて魔法を放てば、もしや。
「Gランクでもドラゴンを倒せるかもしれない。その話、乗りましたよ!」
私は不思議遺跡によじ登って、DT竜の背中を見下ろします。
クイーンさんがDT竜の背中から剣を引き抜き、傷口が露わになりました。赤黒い血がドロリと噴出します。そこへ。
「水槍よ。かの者に清き蒼の鏑矢を。ウォータースピアー!」
空中に出現した水の槍が、矢のごとくDT竜の傷口に命中します。命中した水槍は弾けとび、水へと変わっていきます。
「グギャイヤアアン!」
DT竜が叫びます。効いてる! クイーンさんは次々と槍や矢を抜いていき、私は息つく暇もなくウォータースピアーを連続発射。直撃した傷口は膿を溢れさせ、噴出する黒かった血は鮮血へと変わっていきます。
DT竜は叫び続けました。これなら勝てる。そう思った矢先のこと。
「あわぁっ」
クイーンさんが、足を取られて落下したのです。考えてみたらDT竜の背中はウォータースピアーの水やら、血やらで滑りやすくなっていたのでした。
ゴォォォォォォッツゥン!
クイーンさん、頭から地面に落下。彼女は悶絶し、すぐに横たわり、やがて動かなくなりました。
私は急いで不思議遺跡から降りると、彼女に駆け寄りました。
「うう……私はもうダメだぁ」
クイーンさんは頭から出血していました。血が止まりません。
「クイーンさん、しっかり。ポーションさえあれば……」
受付嬢さん、ポーションのような良いモノはしっかり荷車に載せるんだもん。
「アリスさん、ドラゴンは倒せたか?」
「いえ、まだ。でもクイーンさんのおかげで、あと一歩です」
「そうか……よかった……」
彼女の瞼はゆっくりと閉じられていきました。
「ダメ、死なないでクイーンさん!」
「最後に……ロードに、会いたかった……」
「そうだ。こういうときこそ魔法です。魔導書さん、私に【回復】や【復活】の魔法を追加して下さい」
『だから我は力を授けるような存在ではないのだ。才能を見出し、行くべき道を示すだけの道具よ』
「【水】魔法なんていりません。もう成功や仕返しも考えない。ドラゴンも名誉も関係ない。ずっと一人ぼっちでいい。私の寿命も全部あげます。だからクイーンさんを助けられる魔法を」
『だから我はオマエが望む魔導書ではない。かつて魔導書と呼ばれたにすぎない、過去の遺物だ』
私は魔導書を捨ててクイーンさんに手をかざしました。
『何をする気だ』
「【回復】魔法をくれないのなら、今ここで目覚めます。私だって頑張れば。うわぁぁぁ」
『ムダだ。オマエの可能性の中に【回復】はない』
「そんなの勝手に決めないでください! ぬっはぁぁぁぁ!」
ガクン! 急に膝の力が抜けました。これは、急激に魔力を消耗したときに起きる現象です。
「これは……あれ、なんでしょうか」
不思議遺跡に張り付くように、虹色のカーテンが出現したのでした。
『むっ! アレはディメンションカーテン。そうか【次元】魔法の使い手でもあったな』
「するとアレは私が魔法で出したものなのですか」
『レベル1でアレを出すとは珍しい。ディメンションカーテンは、壁のこちら側とあちら側をつなげる【次元】魔法だ』
「そんな……」
そんなものではクイーンさんは助からない。何がディメ……ナントカだ。便利道具みたいな名前しやがって、人一人助からないじゃないか。
なんて役に立たない魔法。それは私自身が役に立たないから。そりゃパーティメンバーになれないわけですよ。
心が折れた。そう思ったときでした。
「うわ、明るい。ここ外か」
虹色のカーテンから出てきたのは、モヒカンのゴリラでした。いや、ゴリラは喋らない。すると色黒でゴツイ人ですか。冒険者の装備をしているから、戦士でしょうか。
「東の森のダンジョンを彷徨って一年。行きついた先はピラミッドの内側のような天井の部屋だったけど、いきなり出てきたカーテンの向こうが外だったなんて。しかもドラゴンがいるじゃんかよ」
ゴリラ野郎は独りごとをつぶやいています。言葉から察するからに、不思議遺跡の内部から出てきた人のようですが。
ゴリラは困惑している私の方へ目を向けました。
「不思議な事もあるもんだよな。な?」
「はぁ」
「ん? そこで倒れているのってクイーンじゃねぇか。なんで血出してんだよ」
「クイーンさん、頭をぶつけたんです。それで……ん? お知りあいなんですか」
「待ってろクイーン。俺の【治癒】魔法で今助ける。ヒール!」
ゴリラのかざした手から生まれた柔らかな光が、クイーンさんの頭部を包むと、出血は止まったのでした。クイーンさんは目を開けます。
「あれ……ロード。ロード、どうしてここに?」
クイーンさんの視線がゴリラに釘づけになっています。ロードって……このゴリラが彼氏なんですか。
「ロード、どこ行ってたんだよ。ずっと、ずっと会いたかったんだぞ」
「ごめんな。ずっと東のダンジョンを彷徨ってたんだわ。まさか不思議遺跡と繋がっていたとは驚きだぜ」
泣きはじめるクイーンさんに、ゴリラは申し訳なさそうに言いました。そして。
「俺の大切な女を怪我させたのは、あのドラゴンか。ちょっとブッ殺してくるからよ。待ってな」
ゴリラはDT竜に対峙しました。私は慌てて止めます。
「待って下さい。相手はDT竜ですよ」
「そんなの関係ねぇ。ダンジョンを彷徨って一年。レベルアップした俺の剣撃を受けやがれ!」
こ、これは! 強大な魔力が、ゴリラが頭上に掲げた剣に集約されていきます。足下の魔導書が驚きます。
『この魔力。魔力持ちでありながら剣の使い手。あの男は大魔法剣士か』
「マジですか」
ゴリラが剣を振り下ろすと、魔力を纏った斬檄波がDT竜を襲いました。その巨体は衝撃に吹き飛ばされ、幾度も転がりまわります。
「グギャイタァァァン!」
DT竜の叫びが周囲に響き渡りました。
「すごい攻撃ですね」
『ムム……ドラゴンが何か言っているぞ』
「魔導書さん、ドラゴンの言っていることがわかるのですか」
『もちろんだ』
「なんて言っているのですか」
『痛いからヤメテ……』
★
今回の『結』
魔導書さんの通訳を介し、DT竜から真相を伺いました。
DT竜は旅の途中で偶然東の森を訪れたとのこと。東の森は居心地がよく、永住を決めたところを王国騎士団・騎士隊に攻撃されたといいます。偶然逃げる方向に選んだのが西。すなわち領都がある方向でした。
このまま西に進めば人間の住む街がある。ここにDT竜が来てしまうと、人々は怖がって生活ができなくなる。このことを魔導書さんを介して伝えると、DT竜は東の森へ帰ってくれました。
緊急避難宣言、解除!
街に人々が戻ってきました。
ちなみにロードの正体は領主さまの息子。数年前に素行不良で追放され、以来冒険者として生活していたとのこと。一年前、東の森のダンジョンで新経路を見つけて、ずっと彷徨っていたそうです。
「一年間ほっつき歩いていたらよぉ、モンスターに出くわすは、魔力量増加の苔しか食うもんはないわで大変だったぜ。でも、こうしてAランクのレベルまでランクアップできたんだ。人生どうなるか分かんねぇな」
ロードはそう言って笑っていました。
領主さまはロードの帰還に大喜び。高齢のため覇気を失っていた領主さまは、帰ってきたロードを新領主さまに据えました。まぁ、DT竜を追い返して街を守ったのも同然ですもの。領民にとっては英雄の帰還。ロード、本当に領主さまだったのですね。
さらにクイーンさんは新領主の奥方として迎えいれられることになりました。こうして私は領主夫人と顔なじみの冒険者になったのでした。
ロードはまだまだ素行の悪さが目立つようですが、そこはクイーンさんが上手く舵を取っているようです。
さらにDT竜。私たちはDT竜にお願いして東の森に帰ってもらったのですが……。王国や周辺領から見てみれば、ドラゴンを従えている領土だとみなされてしまったのです。ロードはドラゴンと意思疎通が出来る領主さま。DT竜とお話ができるのは魔導書のおかげなんですが。
とにかく王国中から注目される我が領都は、訪れる人も多くなり、賑やかになるのでした。
★
三カ月後……。
「なぜ私が、こんなことを」
一方、私といえば、魔導書を持ち出したのがバレてしまって罰を受けているところです。
「火事場泥棒なんてするからです」
そう言うのは受付嬢さん。
「通常なら降格のうえ減給です。けれどアリスさんはGランク。これ以上ランクは下げられませんし、減給しようにも最低賃金ですし。向こう三年間はGランクです」
「私だってドラゴンを追い返した人間の一人ですよ」
「だから、こうしてアリスさんにしかできない特別な任務を与えているのではないですか」
その仕事とはダンジョンに潜りこみ、帰還予定日になっても帰って来ない冒険者を救出する作業。私が【次元】の魔法でロードを救出したことを知った冒険者ギルドは、私を鍛え上げ、ダンジョンに潜った冒険者を救出する『魔法救出員』としてダンジョンに送りこむことを決めたのです。
ええ。それはもう、何度も何度も【次元】の魔法『ディメンションカーテン』を出す練習をしましたよ。練習を課せられましたよ。こんなに魔法の練習をしたのは生まれて初めてです。
おかげ様で救出作業員として現場に赴くまでに、【次元】魔法レベル2に達したのでした。
「それにしても、良い眺めですね。地図を上手く描けそう。風が強いけれど」
「落ちないでくださいよ」
私は受付嬢さんを注意します。ここは空を飛ぶDT竜の背中の上なのです。
三ヶ月前、私はあの日、【水】魔法を駆使してDT竜と戦ったはずなのですが、DT竜に懐かれてしまったのです。DT竜にとって、私が放ったウォーターボールは彼の喉を癒す美味しい水でした。魔法雨のシャワーレインは彼にとって空からのお風呂。クイーンさんがDT竜の背中から剣を抜き、私が傷口めがけて水の槍を発射する作戦は……傷口を洗浄してくれる良い行いとして映ったそうです。
DT竜に慕われた私は、彼の背に乗り、空から冒険者が迷っているという王都のダンジョンへ向かっているところなのです。
「なにが冒険者の救出ですか。私の【次元】魔法は依然として、壁のこちら側とあちら側をつなぐだけのもの。救出にどれだけの時間を費やすか。それにモンスターに襲われたら、どうするのですか」
「大丈夫ですよ。アリスさんには頼れる仲間がいますから」
受付嬢さんがにっこりと笑います。
「今度こそ僕だけの力でモンスターをやっつけるんだ。もう剣には頼らない。え? 王都のダンジョンのモンスターには聖水が効くから買っておけって? 助言なんていらないよ。一応、買っておくけど」
「いいこと聞いたぜ。聖水が効くってことはアンデッド系か。俺の獄炎の出番だな」
「やめろ。焼き殺せば臭気が広がりB子の迷惑になる。ここは僕の力で化け物どもを氷柱と化そう」
「B子は俺が守る。臭気だって俺の炎で燃やし尽くしてやるぜ」
「だから焼くなと言っているだろう。これだから炎の眷族は」
「ああっ。テメぇ。俺をバカにしやがったか」
「私のためにケンカはやめて!」
そうです。受付嬢さんはもちろん、A君やB子さん、金貨一万枚の剣、二体の精霊まで私についてきたのです。受付嬢さんは言います。
「私がスカウトしたんですよ。アリスさん、仲間が欲しいんですよね」
「仲間にもよるのですが」
「いいわね。若い人たちは楽しそうで。私の若いときなんて……はぁ」
どうしているんだ。シーコさん。
「彼女も私が誘ったんですよ」
「受付嬢さん、シーコさんの弓の才能は……」
「シーコさん、絵がとってもお上手なんです。ステータスには表示されない才能だったので、驚きました」
ステータスオープン技術は冒険者として役に立つ能力しか表示されないようなのです。技術の進歩もまだまだですね。私は受付嬢さんに尋ねました。
「絵の才能があると仲間にするんですか?」
「当然です。アリスさん、情報満載の地図を本にして出したいという夢をお持ちでしたね。挿絵はシーコさんに任せてあげて下さい。あ、私は測量士の資格を持っているので地図を書けます。アリスさんは本の内容や体裁、文章を考えて下さい」
「……だから受付嬢さんなのについてきたんですか。あの夢って実現させないといけないんですか」
「させましょう。せっかく夢を抱いたのだから」
『本を作るのか。体裁は我が監督してやろう。我に並び立つに相応しいものにするのだ』
DT竜との通訳役に持って来た魔導書さんまでしゃしゃり出てきやがった。
「アリスさん。領主夫人からの伝言です。DT竜のおかげで街にはたくさんの旅行者がやって来るようになる。アリスさんの地図の本は、これから多くの人に必要とされる。頑張って作りあげてくれ。なんだそうです」
クイーンさんめ。それにしても受付嬢さん、昨晩も呑んだくれていたというのに、元気な女だな。
A君が聞きます。
「これから救出する冒険者ってAランクの魔法剣士のパーティでしたっけ」
「たしか功績を立てて王様から御褒美をもらったというパーティでしたね」
『おおかた、調子に乗って、触れてはいけないダンジョンの真理階層に足を踏み入れたのだろうな』
B子さんや魔導書も口を開きました。
「魔法剣士さんたち、今のアリスさんに助けられたら、どんな顔するでしょうね」
受付嬢さんはニッコリと笑顔を向けてきます。
たしかに今の私は以前の私とは少し違う。ちょっと自慢できる魔法と、すごい仲間たちがいるわけで。
竜災といわれるモンスター、DT竜の背中に乗って、受付嬢さん、A君、B子さん、二体の精霊が私に信頼の目を向けてきます。私の手には、共に夢を叶えてくれるという魔導書もある。
「いいわね。アリスさんは楽しい仲間がいて……私なんか」
「シーコさん、アナタも仲間なんですってば。楽させませんよ!」
「グギャヤバァァァン! ア、アアアアっ!」
ああ、シーコさんのせいで空気が重くなってDT竜の高度が下がってきたではありませんか。
『さっきの竜語を訳すとだな。突然空気が重くなって、我慢していた尿意が限界を迎えた。今、熱き奔流が大地に解き放たれる! とのことだ』
「漏らしちゃったんですか。そういうことは、もっと早く訳して下さい」
『ちなみにオシッコは下を歩いていた旅行者を直撃したそうだ』
マジか。謝りに行く? 誰が?
みんなが「オマエがいけ」という視線を私に向けてきました。
魔法雨を降らせて、うやむやにしませんか?
みんなが私に抗議の目を向けてきました。
ええ、そうですよね。代表して謝りますとも……。DT竜を降下させましょう……
ああ、やっぱり仲間なんていらない。そんなことは言ってはいけないのですよね。ええ、行けばいいんでしょ。
「ああ、やっぱり生きづらい世界ですよ」
おわり
第9章終わりました。
作者はホームセンターか好きです。
ホームセンターの店舗内のテレビで放送される『ゴリラテープ』のCMが大好きです。
明日も投稿します。




