第九章 起承編
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『ハイファンタジー』『追放』『パーティ』『冒険者ギルド』『Gランク冒険者』『受付嬢』『お悩み相談』『面接』『ドラゴン』『魔法』『緊急避難宣言』『ゴリラぁぁぁぁぁ!』『そんな私にも素敵な○○ができました!』
「そもそもキミはうちのパーティじゃないよね。前から思っていたんだけど、なんでついてくるの?」
突然ウチのパーティリーダーの魔法剣士さんが、おかしな言葉をつぶやきました。
ここはナウロッパ王国の、とある領都。私は魔法使いとして冒険者パーティに所属しています。
ウチのパーティ『ワールドブレイカー』は数多の王国指定有害モンスターを打ち倒し、未踏のダンジョンをクリアする、冒険者ギルド内でも一目置かれているパーティです。
これまでの功績を称えられた私たちは、近日に王都で王様との謁見を控えており、今晩は当日の打ち合わせとばかりに、酒場で吞み会をしておりました。
麦酒で乾杯し、さて王城ではどうやって振る舞えば良いだろう? 当日になれば執事が謁見のイロハを教えてくれるんじゃない? ご褒美は何かな? アハハハハ。
…………そんな状況でリーダーから放たれた強烈な一言でございました。
同じ円卓についている、ほかのメンバーも困惑した表情で私を見据えます。
「どうしたのですか魔法剣士さん。なんの冗談ですか。つまらないですね。みなさん困ってますよ」
私は魔法剣士さんを諌めました。すると。
「困っている? ああ、困っているな。見習い魔法使いのアリスよ、もう一度言うぞ。どうしてウチのパーティにいるんだ?」
「どうしてって。仲間だからに決まっているじゃないですか。もう酔っぱらったンですか」
私の言葉に魔法剣士さんは溜息をつきました。
「酔っぱらってなんかいられない。これは大事なことなんだ。どうしてキミはここにいる」
「え? 仲間と共に仕事のあとでお酒を飲みかわすことに、なんの疑問があるのでしょう」
「さっきから仲間仲間と言っているが。そうか。まずは、そこからなのか」
魔法剣士さん、またまた深い溜息。疲れているのかな。
領都と王都をつなぐ道があります。今日の仕事は、そこに出没するモンスターを狩る仕事でした。ダンジョン攻略やワイバーン討伐に比べたら楽な仕事だったと思います。強いモンスターはいなかったし。どうして魔法剣士さんは疲れているのでしょうか。
「もしかして悩みなんてあります?」
「悩みの種はキミだよ、アリス。どうして俺たちのパーティにいる?」
「だから仲間だからに決まっているじゃないですか。仲間の悩み事を放っておける私ではありません。どうぞ、お話になって下さい」
「だから仲間ではないんだよ、アリス!」
驚愕の事実! いや、待てよ。私は数々のミッションをこのパーティでこなしてきた。仲間の素性もよく知っています。私が仲間じゃない? バカな。
「今まで一緒にたくさんのモンスターと戦ってきたではないですか。共に旅をして寝食を共にしてきましたよね。どうしてつまらない冗談を言うのですか」
「それはアリス。キミが勝手についてきただけなんだ」
ほぁ? いったい魔法剣士さんは何を言いだしたのでしょうか。私は助言を求めて、同席する格闘家さんに目を向けました。すると。
「なるほど。よく旅先やダンジョン、宿屋で見かけるなと思っていたら、そういうことであったか」
え? 私は格闘家さんに聞きます。
「アナタまで何を。一緒に戦ってきた仲なのに」
「行く先々で似たような女と出会うとは思っていたのだ。そうか。ついてきていたのか」
「そりゃ仲間だからついていきますでしょう。意地悪なことをおっしゃらないでください」
「気配が小さすぎて分からないこともあるのだな」
「僕は気付いていたよ」
そう言うのは盗賊さんです。
「最初は行き先や目的が同じなのかと思っていたけれど、ついて来てたね。旅立つ前の打ち合わせやモンスターとの戦闘中も、しれっと参加していたけれど。誰も注意しなかったから無視していたけどね」
「みなさん何を言っているのですか」
悪い冗談にしても度が過ぎます。ここまで言われたら私だって抗議します。
「戦闘中、おとり役を演じたり、モンスターから逃げるときは殿を勤めていたのは私のはずです。それを、仲間ではないと」
「モンスターに遭遇するたびに、よく襲われている冒険者がいるなと思っていた。毎回似たような女であるなと思っていたが、全てオヌシであったのか」
「殿ではなくて逃げ遅れていただけだよね。よくぞ毎回逃げおおせているなと感心していたけれど。そして毎回僕らに追いついて、ずっと付いてくるんだ」
格闘家さんと盗賊さんが顔を合わせて頷きあっていました。納得できません。
「先ほども言いましたが、私は皆さんと寝食を共にしてきました。ダンジョンの中ではみなさんとお食事しましたし、食堂では同じ席につきました。今だってそうです。宿屋では聖女さんと同じ部屋で就寝しました。それを仲間ではないって……」
抗議の言葉を発し、聖女さんに目を向けます。彼女は困った顔をしていました。
魔法剣士さんが口を開きます。
「聖女はダンジョンや森の中でキミを一人にするのは憐れに思って、仲間のふりをしていたんだろう」
そんなバカな。
「俺はてっきり、やさしい聖女が遭難者を食事に誘っていただけなのかと思ったぞ」
「最初、食堂で同じ席に座られたときには驚いたな。酔っぱらった危ない人が絡んできたのかと思った。食事を勝手に食べ始めたときは怒ろうかと思ったけれど、やさしい聖女の施しなのかと思ってやめておいたよ」
格闘家さんと盗賊さんが顔を見合わせて頷き合います。そんなバカな。
私は困惑に満ちているだろう視線を再び聖女さんに向けました。
「宿屋では毎回同じ部屋に泊まりましたよね」
「最初は勝手に部屋に入ってきたので驚きました。お金を持っていないご様子だったので、追いだすことはできませんでした。弱者には手を差し伸べる。それが聖女の宿命だと思っております」
聖女さんは困った顔して答えました。本当に困った顔でした。
「そ、そんな……。旅先では色んなおはなしをしたではないですか」
馬車の中では故郷のはなし、トラップだらけの遺跡では引き際の相談、いつかAランク冒険者になったら何をしたいか……いろいろと語りあっていたはずなのに。
「それはキミが勝手にはなしていたことだ。俺たちがキミの言葉に応えたことはあったか? 会話は成立していたか?」
「俺はてっきり、旅先で出会う変なテンションの旅人が現れたのかと思っていた」
「旅先でテンションあがってお喋りキャラになる人っているよね」
三人は頷きあっています。聖女さんは困った顔をしておりました。
「そ、そんな」
「ええぃっ。いい加減わかってくれ!」
魔法剣士さんは立ち上がりました。
「見習い魔法使いアリス。ステータスの腕輪を開け!」
は、はい。ステータスの腕輪とは冒険者ギルドに登録するともらえる魔法具です。腕輪の形をしていて、身につけた者の能力、才能、所属などが数値化、文言化されて表示されるのです。
私が立ち上がりステータスオープンと唱えると、目の前に光の壁が現れました。大きさを例えるなら、一人分の食事を乗せられるくらいの四角いお盆でしょうか。光の壁には私の各能力やレベルが白い文字で書かれています。
「魔法剣士さん、ステータス出しました」
「うん。所属欄のところ、なんて書いてある?」
「何も書いてませんよ。強いて言うなら『―』ですね」
魔法剣士さんは無言で自らのステータスをオープンさせました。
いろいろな能力が高い値で記されています。さすがは我らがリーダーです。数値にうっとりしていると、魔法剣士さんが言いました。
「所属のところ、なんて書いてある?」
「え? あ、『ワールドブレイカー』!」
私のステータスにはパーティ名が表示されていないのに。
「ずっと不思議だったんです。どうやれば表示されるんですか。もしかして自分で記入しなければならないのでしょうか」
「だから、キミが仲間ではないからなんだよ!」
な! なんだって! 驚愕に打ちのめされている私に、魔法剣士さんは追い打ちをかけます。
「これまでモンスターの毛皮やダンジョンで得た宝石や武器を売り払ってきた。それなのにキミは一銭も得ていない。どうしてか考えなかったか?」
「それはリーダーがお金を一括管理しているからですよね。それに武器代や防具代、食事や宿泊にもお金がかかります。メンバーにお金が渡る前に消えてしまうからですよね」
「俺達はギルド内でもトップパーティだ。挑むのは国宝級の宝が眠る未踏破のダンジョン。打ち倒すのは王国指定有害モンスター。報奨金だって手に入る。パーティメンバーには十分な給金を払える状況なんだ」
「素直に貯金すれば王都に家を建てられるくらい、もらってきたよね」
「俺は休みのたびに豪遊するであるから、ちっとも貯まらないが」
盗賊さんと格闘家さんが嬉しそうに報告してきます。聖女さんは本当に嬉しそうな顔をしていました。
「どうして私はもらえないのでしょうか!」
「だから仲間じゃないんだ。次に」
「まだあるのですか」
「数多のモンスターと戦い、勝利してきたにもかかわらず、どうしてキミのステータスは貧弱なままなんだ?」
たしかに私のステータスの各値はレベルアップしないままの状態。俗に言う底辺ランクの冒険者、そのものです。
「それって戦闘中、私がモンスターに一太刀も浴びせられなかったから。ですよね?」
「仲間であるのならば、戦闘に参加していれば経験値が割り当てられ、レベルだって上がる。たとえそれが、おとり役でもだ」
「じゃあ、どうして私は?」
「だから、仲間じゃないって言っているだろう!」
どんなモンスターが相手でも弱音を見せず、どんな困難だろうと決して折れない魔法剣士さんが、とても疲れた表情で声を荒げました。
そんな……私は皆さんの仲間ではなかった。ともに旅をして、いつも健康と勝利と無事の帰還を願っていた仲間たちは仲間ではなかった。
「あの、私に治癒魔法をかけてくれたこともありましたよね」
「それは聖女が優しいからだ」
「ダンジョンで白銀の剣を託してくれましたよね」
魔法剣士さんは、私が腰から下げている白銀の剣に視線を移しました。彼は懐かしそうに目を細めます。
「あのときは宝箱から黄金の剣が出てきて、白銀の剣が邪魔になったから捨てたんだ。キミは速攻で拾いあげていたな。無視したけど」
そういうことか……。これはもう、受け入れるしかありません。
気付けば酒場の客人や従業員は、私たちの会話に耳をそばだて、黙っております。
もう、この場でパーティを抜けることを宣言しなければならない雰囲気。あ、仲間ではないからパーティを抜けることもないのか。
「私、皆さんとAランク冒険者を目指したかったです」
すると魔法剣士さんは再び自らのステータスを開きました。
「見てくれ。俺たちはもう、Aランクなんだよ!」
ほかの三人もステータスを開いて、冒険者ランクを見せつけてきます。たしかに皆さんAランク。
それにひきかえ私なんてGランクです。登録してからずっと、そのまま。魔法剣士さんが言います。
「それにひきかえキミなんてGランクだ。登録してからずっと、そのままなんだろう!」
うん、知ってるから。
私はその場で項垂れるしかありませんでした。魔法剣士さんが言います。
「もっと早く言うべきだったと思う。反省しているよ。だが、間もなく王都で国王との謁見がある。そこに部外者であるキミがついて来ては、まずいんだ」
「はい。そうですね。私、出ていきます」
「あ、あの」
聖女さんです。魔法剣士さんが彼女の視線を受け止め、きっぱりと言います。
「聖女、俺たちはAランクだ。アリスはGランク。今さら仲間になんて出来ない」
「そ、そうですか。あの、アリスさん。テーブルの上には五人分の食事があります。最後に、一緒に食べていきませんか」
「いえ、いいです」
いま口を開けば、感情が溢れ出しそうでした。ここで泣きじゃくってはいられない。
私は酒場の出口に向かって足を進めました。途中まで歩いて振り向きます。
「まさかとは思いますが、王様からの報酬の分け前を減らしたくないために、私を嵌めたワケではありませんよね。魔法剣士さん」
「この女はっ。いや、ゴホン。そんなことはない。キミはもともと仲間ではなかったんだ」
それを聞いた私は足早に酒場を出ていくのでした。
「おーい。待ってー」
外に出た私を追いかけてきたのは盗賊さんでした。
「キミ、名前はたしかアリスだったよね。見習い魔法使いの」
「いいですよ。引き留めなくても。Gランクの私なんて、今さら仲間になったところで足手まといになるだけですから」
「わかってるよ。ところでアリスが持ってる白銀の剣、もともとは魔法剣士のモノだよね。売りとばしたいから、返して。魔法使いの見習いには不要な長物だよね」
「…………」
腰から下げた白銀の剣は、盗賊に奪い取られるかの如く、盗賊さんにかすみ取られ、彼は酒場へ戻って行きました。
「ああ、もうダメだ」
双眸は氾濫した河川のように涙をあふれさせ、喉からは暴風のような嗚咽が噴出し、私は人目を憚るため、走りながら悲しみを纏って消え去るのみでした。
★
「アリスさん、こんな所で寝ないでください。冒険者ギルドの軒先は死体安置所ではありませんよ」
翌朝、冒険者ギルドの入り口前で寝込む私を起こしてくれたのは、ここに勤める顔見知りの受付嬢さんでした。
受付嬢さんはギルドの受付待ちあい室の掃除しながら、席に着く私の話を聞いてくれました。
「昨晩、酒場で冒険者同士のケンカがあったと聞いていましたけど、そんなことがあったのですね」
「はい」
「アリスさん、『ワールドブレイカー』の皆さんと親しげだなって思っていたんですが、まさか自分が仲間だと勘違いしていたなんて」
「だってお互い駆け出しの頃、ちょうどこの席で、俺たちでパーティを組もう! って誘われたんですよ。魔法剣士さんに」
「たまたま魔法剣士さんの仲間たちと同じ席に座っていただけだったんじゃないんですか」
「ぐぬぬ……」
ああ、どうして冒険者になんかなったんだろう。若いときの貴重な数年間を仲間じゃない人たちと過ごしたおかげで、いまだに底辺レベルだなんて。
「普通は気づきますけどね」
「受付嬢さん。ダンジョン攻略、モンスター討伐、宝剣探索……これだけイベントと成功が続けば、ステータスが低くても、そういうものか、と納得してしまうんですよ」
「それでも気付きますけどね」
「…………」
ああ、これからどうしよう。私は頭を抱えました。
「アリスさん、二日酔いですか?」
たしかに昨晩、なけなしの金をはたいて安酒をあおりました。でも号泣しながら飲んだためか、アルコール分は涙と共に出ていってしまったみたいなのです。
「もう、冒険者はやめようかな」
「え? 待って下さいアリスさん」
受付嬢さんはホウキの手を止めて私を見ました。
「私が一発逆転できるクエストがあるとでも?」
「ありませんけど、でも」
「じゃあ、もうやめます。引き留めても、もう遅い!」
「じゃあ引き留めません」
「…………さっき、何か言いかけましたよね。なんですか?」
「ええ。実はアリスさん以外でも長年Gランクであることを耐えかねて退所してしまう人が結構多いんです。ギルドとしては、登録してもらったからには成功してほしい。そのためにも皆さんにはギルドに残ってシアワセになってほしい。そんな悩みがあったんです」
「ほう」
「そこでギルドでは同じ悩みを共有し、悩みを解決するためのコミュニティを作ろうと考えていたところなんです。GランクによるGランクのための交友会。そのスタッフになりませんか。アリスさん」
★
詳しく聞いたところ、ギルド内の一室にGランク冒険者を常駐させ、Gランク冒険者の悩みを聞き、解決の方法を共に考案する部署を置きたいそうなのです。一言でいえばお悩み相談室。
ギルド的にはGランク冒険者がなんの旨味も味わえないまま退所することが増加してしまえば、悪い噂が広まり、冒険者を志す若者が減ってしまう。将来的には冒険者ギルドが困ってしまう……結局は冒険者のためではなく、ギルドのための部署なのですよね。
「アリスさんはGランクでありながらAランクパーティと昼夜を共にし、難関ダンジョンや強豪モンスターにもお詳しいですよね。Gランクなのに。その知識を生かしませんか」
イラッとする受付嬢ですね。まぁ、スタッフというか相談員になればお給金がもらえるとのことで、その仕事を引き受けたのでした。
私なんかに相談員ができるのかな。そんなことを考えていたところ。
「相談員はアリスさんだけではありません。もう一人スカウトしたので肩の力を抜いて下さい」
そんなことを受付嬢さんに言われ、やってきたのはギルドの二階。相談室の看板を掲げた扉があります。開けてみると一人の女性がテーブル席についていました。
「アンタがもう一人のスタッフのアリスさんって人? 私はクイーンってんだ。ヨロシク」
赤いマントをはおった赤毛の長髪。猛禽類のような鋭い目をした女性でした。なんだか夜の街道を馬型モンスターにまたがって暴走してそうな雰囲気の人ですね。
そもそもクイーンって。ギルドには本名で登録する義務はありますが、活動名は偽名でもいいんですけどね。
「アリスさんって魔法使いなの? なんか魔法見せてよ」
席についたとたん、クイーンさんが話しかけてきました。
「見習いですので演芸魔法はちょっと。水系魔法は少し出せますが、床を濡らしてしまうだけですよ」
「つまんねーの」
なんだか失礼な人ですね。こっちから質問してやりましょう。
「クイーンさんはどうして冒険者になったんですか」
「ああ。彼氏が冒険者だったんだ」
「それだけ?」
「うん。最初は一緒に薬草採取とかモンスター狩りをしてたんだけどさ、なんだか私はつまんなかった。だから普段は食堂で下働きしたり、屋台の手伝いとかしてんの。ギルドには登録したままだったんだ。この前連絡があって、相談相手にならないかって」
なるほど。
「彼氏は何も言わなかったんですか」
「一年前に東の森のダンジョンに向かったまま帰って来ない。この装備も彼氏が私の部屋に置いていったモノだし」
東の森のダンジョンか。おおかた、新たな経路を見つけて、迷った挙げ句に野たれ死んだのかな。
クイーンさんの装備は剣と胸当て、手甲、脛当てと、戦士としてはまぁまぁのモノでした。
「彼氏さんも戦士だったんですね」
「良く分からないけど、多分そうだと思う。名前はロードっていうんだけど、知らない?」
聞いたことない。それにロードって領主かよ。この女にして彼氏ありですね。
コンコンっ。
第一お悩み冒険者さんが来たようです。扉を開けてやってきたのは華奢な風貌の少年でした。髪は肩まで伸びていて、整った顔立ち。なんだか女の子みたいですね。
彼は私たちのテーブルを挟んで置かれた椅子に座りました。腰に携えていた大きな剣は隣の椅子に置かれました。
「はじめまして。僕はGランク冒険者の……」
「名乗らなくて結構ですよ。仮にA君とでも呼ばせて頂きます」
私はできるだけ笑顔で、彼を緊張させないように努めました。
「それで、オマエは何に悩んでんだよ」
クイーンさん、弱っている人間に強い口調はちょっと。
「実は僕……」
気にしないんですか。まぁ、いいですけど。
「僕、せっかく冒険者になったのに全然強くならないんです。僕の家は代々兵士の家系で、父は領主さまの騎士団で兵士を務めております。父の推薦で僕も兵士になる予定なんですが、その前に冒険者として実績を作らないと、兵士にさせてくれないというんです」
なんでもお父さんは厳格な実力主義。A君には二人のお兄さんがいるそうなのですが、二人とも冒険者として実力をつけ、すでにCランクなんだとか。そんな兄たちはお父さんから兵士として有望と溺愛されているものの、末っ子のA君は冒険者として開花せず、できそこないとして家を追放されてしまったそうです。
「ゴブリンの討伐に出向けば、槍は空ぶって当たらないし、ゴブリンには笑われるし、背後にまわられてオシリを叩かれるし、槍を奪われて追いかければ、ほかの冒険者からは鬼ごっこしているみたいだと言われました。夕方になるとゴブリンたちは飽きたのか、槍を返してくれました」
なんだか親近感がわくA君です。
「ダンジョンに潜入したら、そこに住むオーガが僕を迷子だと思って、お姫様だっこして出口まで連れて行ってくれました。キラーウルフ討伐のために森に行ったこともあるんですが、五日間留まっても最弱モンスターすら出てきません。帰るときにピクシーが話しかけてきました。『迷い人を憐れに思ったキラーウルフが、最弱モンスターからアナタを守ってくれたのよ』と」
ほかにも矢を放てばゴーレムに跳ねかえされて自分に命中。応急処置が終わるまでゴーレムが待ってくれたこと。商人を警護していたとき、山賊に襲われそうになったものの、商人の娘さん(九歳)が機転を利かせ、被害を免れたこと。薬草採取中にマンドレイクを引き抜いてしまい、周辺の村人を一斉に気絶させたこと……。いっぱいはなしてくれました。
「パーティを組めば集合場所を間違えてしまうし、食事係を任されたら貴重なポーションを水と間違えます。怪我した仲間を見ていたら気分が悪くなって、仲間の傷口に吐いてしまったこともあります」
A君は瞳を潤ませながら、ご自分のやるせなさを吐露しました。
「僕なんて冒険者に向いてないんです。冒険者社会は生きにくい。僕はこの先、どうすれば生きていけるのでしょうか」
可哀相なA君。それでも今日まで懸命に生きてきたのですね。きっと、今日こそ上手くいく。何度も今日に裏切られようとも、明日を信じて踏み出してきた。
そんな評価されない努力の積み重ねが、今は彼の涙として溢れていることが、どうにもやるせなくて、救ってやりたくて、私の心を締め付けました。
「辛かったですね。それでも頑張ってきたのですね」
優しい言葉をかけてやりたい。なにか勇気づける言葉はないものか。チラリとクイーンさんを見てみれば、彼の隣に置かれた剣をジッと見ております。
A君は涙を拭いながら続けます。
「辛すぎて悪夢ばかり見ます。冒険者でない人生だったら……でも何をやってもうまく行かなかった僕です。別の人生でもたいして変わらないかもしれません。もう……どうしたらいいのか」
私はまるで自分の分身を見ている気分がして、悲しくなってしまいました。ダメ、今は悲しい気持ちは封印。A君の気持ちをどうにかして奮い立たせ、冒険者ランクを上げさせる方法を考えなければ。
A君は一度、深く息を吐きました。
「ちなみに僕の剣は金貨一万枚です」
「…………はい?」
「ちなみに僕の剣は金貨一万枚です」
いきなり、何を? 金貨一枚はGランクの日当17日分です。一万枚?
「だって、そっちのお姉さん、ずっと剣を見ていたから気になったのかなって」
A君に振られたクイーンさんは慌てて口を開きました。
「あ、ああ。私が持ってる剣と、随分と違うんだなって」
「この剣は曾祖父が住んでいた山小屋の倉庫から見つけたんです。鑑定士がいる武器屋に持っていったら金貨一万枚分だと言われました」
なんてサプライズな鑑定結果。私の口はオートマティックに言葉を発しました。
「その剣を売りに出せば働かずに暮らせると思いますよ」
「売るのはちょっと……。剣は僕にだけ語りかけてきて、モンスターの弱点や倒し方、薬草の自生地、いろんなことを教えてくれるんです。さらに持つだけで体力増強、魔法攻撃反射、治癒効果……あとは面倒くさいから知りませんが、たくさん助けられています。おとといは王都と街をつなぐ道に現れるモンスター、コロスゾサウルスでしたっけ。あれを全滅させたんです。ほかにも色々とやっつけときました」
コロスゾサウルスっていったらAランク冒険者でも苦戦する怪獣です。道沿い最強の肉食モンスター。主食はモンスター。どうりで昨日、強いモンスターがいなかったわけですね。
「そもそも、そんなにお強いのなら悩む必要なんて」
「どうしてGランクなんだ?」
私とクイーンさんが一斉に疑問を投げかけます。
「この剣がなければ僕の実力はGランクなんです。剣を手にしてからのギルドの評価はAランクなんですが、そんなの本当の僕じゃない。僕は僕のままで強くなりたいんです」
でも、強い武器を持っているのなら利用したって良くない?
「A君。本当のアナタが強くなるまで、しばらく剣に頼ってみては如何でしょうか。冒険者ギルドを辞めるのは少し早いと思いますよ」
「僕は辞めるなんて言ってませんよ。僕が僕であるがままに、強くなる方法を知りたかっただけです」
そんな方法があるのなら自分で実践しているわい。
「あ、剣が語りかけてきます。街で女の子がチンピラに絡まれているそうです。その女の子は王都からやってきた公爵令嬢で、助けることによりウハウハな未来が待っている? ウハウハには興味ないけれど助けに行かなきゃ」
するとA君は立ち上がり、私たちと握手を求めてきました。
「お姉さんたちも頑張って下さい。さようなら」
そう言って剣を携えて部屋を出ていきました。
「なんだったんでしょうか」
「相談員って話を聞くだけの簡単なお仕事ってヤツなのかもな」
解せん。ああいう剣、どこで売っているんでしょうか。
★
コンコンっ。扉を開けてやって来たのは、やつれて生気のない女性でした。
「ここにくれば悩みを聞いてくれると聞いて……」
「どうぞどうぞ。座って下さい」
艶のない長い髪が、俯いた白い顔にパサリ、パサリと覆います。
「あの、私は魔法使いで、ランクはG。名前は……」
「あ、名前まで名乗らなくていいですよ。仮にB子さんとしていきましょう」
「……はい」
「それでB子さんのお悩みというのは?」
「はい。私は何をしてもダメな女なんです。職を転々としてきました。最初は領主さまのお屋敷で下働きをしていたのですが、洗濯物は破いてしまうし、料理を作るのは遅くて盛り付けも下手。掃除も上手く出来なくてクビになりました」
その後も転職先のパン屋ではボヤ騒ぎ、大工の補助では木材を破損させ、商会ギルドでは簡単な計算すら頻繁に間違えてしまい、どれも半年も続かなかったそうです。
「冒険者ギルドであれば専門的な技術や学問を修めてなくても稼ぐことができると聞いたんです。そこで私でも出来るかもと登録したんですが、やっぱり冒険者も難しくて」
「難しいですよね。冒険者」
「そうか?」
どうして口を挟む、クイーン。
「クイーンさんだってモンスター狩り、続かなかったっていったじゃないですか」
「あれはなんだか弱い者いじめしているみたいで……」
「うっ……うう……」
ちょっとぉ、B子さん、泣いちゃったじゃないですか。私の視線を受けたクイーンさんは慌てて口を開きます。
「悪かったよ。泣くなよ。それにしてもアレだ。魔法使いなんだろ。魔法を使えるってスゴイじゃないか。私なんて魔法使えないぞ」
「うぅ……魔法使いというよりも魔法の適性があるだけだったんです。適性があるぶん、筋力や瞬発力がなくて苦労しています。魔法適性さえなければ戦士や弓手として、それなりに活躍できたかもしれないのに」
そうなんですよ。魔法適性のある人間って体力面が劣っているんですよね。Gランクだとろくに魔法が使えなくて、体力もないから苦労する。
たまに魔法適性がありながら体力面も恵まれている魔法剣士なる職業もありますが……なんだかイヤなこと思い出した。これ以上考えないようにしよう。
B子さんは涙の濁流に飲み込まれたように、堰を切りました。
「とにかく身体面でも劣っているのに、魔法もろくに使えない。親はいつか死にます。いつか一人で生きていかなくてはなりません。この先、どうすればいいか」
すごく分かります。直視してもつまらないクソ現実。こっちは一生懸命生きているのだから、クソバカ現実は少しくらい存在感を弁えてほしいです。
B子さんは嗚咽を漏らしながら、時おり隣を振り向いて、頷いたり、ウンとか言っておりました。何事?
「えっとB子さん」
「はい。私、どうすれば冒険者として自立できるのでしょうか。え、死の湖? 私、そんな大それたこと出来ない。今までやったことないし。それに怖いし」
やはり隣を向いて喋ってらっしゃる。
「死の湖っていったら、正式名クリムゾンネス湖。フロムヘル半漁人やタコアシネッシーが住んでいる立ち入り禁止区域だよな」
クイーンさんの言うとおりです。あの辺は貴重な資源が眠っているそうですが、指定有害モンスター出現ポイントなんですよね。冒険者や王国騎士団すら出向こうとはしません。
私は挙動不審なB子さんに尋ねました。
「もしかして死の湖に行かれるのですか?」
「私はGランクです。何をやっても上手くいきません。凶暴なモンスターを相手にしたらひとたまりもないのです」
「そうですよね。空耳でしたか」
「そんな私にも、理解ある精霊くんができました」
「はい?」
「そんな私にも、理解ある精霊くんができました。いま可視化します。えいっ」
すると、B子さんの隣に、冷気を纏った青色の衣装を着た精霊が出現したのです。いわゆる美形なお顔立ち。肌は色白。まるで水の王子様でした。
「彼は水の精霊ウィンディーネ様の眷族、レカシィ君です」
「さぁ涙を拭いて。僕が死の湖の化け物どもを駆逐して、人間たちにキミのことを認めさせる。そうすればキミの不安は払拭されるのだろう」
「ダメよレカシィ君。アナタを危険な目に晒すなんて」
「心配しないでくれ。これでも人間どもがBランクと恐れる化け物くらいは一撃で氷化できる。さぁ、僕を使役して魔法を使うんだ」
「そんなこと……」
せ、精霊だと! 初めて見ました。
ああ、イヤな思い出が。
「どうしたんだ、アリスさん?」
「クイーンさん。私、冒険者学校にいる頃ですね、魔法の先生から精霊には頼るな。まずは自分の魔力を高めろ。魔法を磨けと散々言われてきたんです」
「ふうん」
「でも、いざ冒険者になってみたら精霊の力を使って魔法を使う、いわゆる精霊魔法の魔法使いが持て囃されていたんです。彼女たちはギルドの登録時期こそ私と同じなのに、どんどんランクアップしていきました」
「つまり?」
「学校では精霊に頼るな。現場では精霊に頼らないのか。精霊の相棒くらい作れ。そんな矛盾に直面して、ろくでもない人生なんですよ」
「冒険者学校ね。そんな学校行かなくても私は冒険者になれたけどな」
冒険者になって困りごとに直面したくないから、学校に通っていたんですが。通っていたはずなんですけどね。
「アリスさん、いまから精霊の力は使えないのかよ」
「私の場合、精霊との出会いはゼロだったんです。今から出会ったとしても、いい歳した今では、魔力の質や方向性がガチガチに固まっているので、精霊の魔力を借りて魔法を放つことは難しいんです」
「歳を取ると自分と結婚したようなものだから、結婚は難しいっていうのと似てるな」
ぐはぁっ。クイーンさん、私に恨みでもあるのですか。
「相談員さん、諦めないで。私がレカシィ君と契約したのは一年前よ」
B子さん、そんなレアケースを基準にしないでください。
だいたい理解ある精霊君ってどこで売ってるんですか。そんなとき。
なんだか一階が騒がしいのです。喧騒がだんだんと二階まで近づいてきて、そして。
「B子! B子はいるか!」
紅蓮に燃えさかる赤い衣装を着た青年が部屋に入ってきました。なんだか異国情緒漂うワイルドなお顔立ち。肌は褐色。俺様系のイケメンといった印象です。おや? もしや精霊!
B子さんは驚嘆の表情から声に出します。
「炎の精霊フレイム様の眷族、ピレッカ君! どうしてここに」
「B子。俺を置いていくなんて、何故なんだ。オマエのことは俺が守ってやるって言ってるだろうが」
動揺するB子さん。B子って本名だったんですね。
「私はダメな女。私といるとピレッカ君を不シアワセにしてしまうわ」
「そんなの俺には関係ない。俺のシアワセ条件はB子といること。それだけなんだ!」
ここで水の精霊レカシィ君が二人の仲に割って入ります。
「B子は既に僕の契約している。部外者のキミは立ち去りたまえ」
「ああん? 契約なんて知るか。俺はB子が気に入った。B子の笑顔をもっと見たい。笑顔を壊すヤツは燃やし尽くす。そんな想いを契約なんぞで邪魔されてたまるか」
「魔法使いと精霊は1対1。そんな理も理解できないとは」
「ビジネス関係御苦労さんなこった。俺はB子の伴侶として隣に立つ。精霊とか人間なんかは関係ない」
「初めて会ったときから知能のない輩だと思っていたが」
「精霊であることに固執して、人間の女と添い遂げる気もないお坊ちゃんは黙ってな。どうせ手に余るモンスターが出てきたら、女を置いて逃げ出す気だろう。これだから水のヤツらは」
「…………もしやウェンディーネ様を愚弄したか。たった今、キミは凍結対象となったぞ」
「B子の隣にいるのは俺だ。冷めたテメぇなんぞじゃ役者不足なんだよ。B子が風邪引いちまう」
「B子は僕が守り続ける。そしてシアワセへと至らせる。その道程に暑苦しいだけのキミは不要だ」
「消し炭にするぞコラァ!」
「凍結させる。キミの運命も魂も!」
ここでB子さんが叫びます。
「私のために争うのはやめて!」
その叫び虚しく、床には冷気が覆い、空気は熱気に支配されました。
「凍てつくす。覚悟しろ!」
「燃やしつくす。くらえや!」
氷の槍が壁を穿ち、炎のヴェールが天井を走ります。
幾太刀の氷剣と数多の炎弾がぶつかりあい、相談室は破壊されていきました。私たちの座るテーブルも憐れな姿へと変貌していきます。そして絶氷と獄炎がぶつかった水蒸気爆発により、私とクイーンさんは吹き飛ばされて、天井に頭を直撃させたのでした。
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目覚めるとB子さんはいませんでした。眼前に広がるのは壁やテーブルが破壊しつくされた、悲惨極まりない相談室。
「ああ、まるで悪夢を見ていたようです。才能なきお悩ミストが来たと思ったら、高位精霊2体に好かれていたあげく、痴話喧嘩に発展し、私たちがとばっちりを喰らうという最悪の夢でした」
私の横には、息絶え絶えのクイーンさんが横たわっております。
「ああ。私も変な夢を見た。部屋中リフォーム必須な有様で身体中ボロボロだけど、あれはきっと夢だったんだ」
「ええ夢ですとも。顔面凍傷、身体は火傷。それでも夢だったに違いありません。早く受付嬢さんからポーションをもらって治してもらいましょう」
「アリスさん、髪が実験に失敗して爆発に見舞われた錬金術師のように、でっかいパンチパーマになってるぞ」
「それをおっしゃるクイーンさんの衣服こそ、大火事から逃げ伸びた被災者のような身なりになっていますよ」
「そんなアリスさん。手が凍ってる。アハハハハハ」
「クイーンさんこそ、ムダ毛が焼きつくされて羨ましいったら。フフフフフ」
そうして私たちは乾いた笑いを浮かべながら、一階にいる受付嬢さんにポーションをもらいに行くのでした。




