第八章 起承編
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『異世界転生』『紹介所』『転活してみた』『人生再出発』『ゴリラ、あなたまで』
詰んだっ!
バイト先で大きな失敗をやらかしてしまいました。
「まさか満杯のゴミ箱の横にあった段ボール箱の中の使用済みビニール袋が、計量に必要な物だったなんて」
捨ててしまったのです。だってゴミだと思ったから。従業員はとても混乱していました。
あのビニール袋、何に使うものだったのか。とにかく私は大事なモノを捨ててしまったよう。
ああ、私は何をやっても上手くいかない。仕事に慣れる前に失敗する。10日も働けば無能な人間であることがバレてしまう。職場に居づらくなる。だから仕事が続かない。
「もう、今回の職場にも居られないだろうな」
同級生が次々と出世し、結婚して子供を作り、年齢相応の人生ステージに立っているというのに、私ときたら仕事で躓いてばかり。20歳そこそこの悩みから、いつまで経っても解放されないのです。
「私の人生、上手くいったことあったっけ……」
ネットで打開策を探すも、簡単に見つかれば苦労はしません。検索サイトの表示される婚活会社の宣伝。こっちはそんなステージに立っている状況じゃないっての。
この人生はハズレだ。人生80年は長すぎる。明日にでも寿命が来てくれ。
「はぁ……こうなったら、人生やめてやる」
私は世間で噂のアレに登録することに決めました。
★
異世界転生紹介所。そこに登録すれば、死んだ際は異世界人に転生させてくれるのです。私のように人生が詰まり、この世界に未練がなく、さらに楽しい経験のない人間にとっては、別世界で人生をやり直せるという、まさに夢のようなシステムを供給してくれる会社なのです。
私は数ある異世界転生紹介所の中でも満足度ナンバー1と言われる会社にやってきました。早速、登録の手続きのために個室に通されております。20分後、そこへ一人の女性がやってきました。
「アリス様。はじめまして。ワタクシ、アリス様の担当をさせていただきます、天瀬井縁子と申します」
「はじめまして。アリスです。よろしくお願いします」
縁子さん、長髪のキレイな女性です。仕事できそう。こんな女性に生まれていたら、私だって転生は望みませんけど。
「アリス様、まずは当社、異世界転生紹介所ナローに登録していただきましてありがとうございます。確認させていただきますが、本当に登録なさってよろしいんですか」
「はい。人生詰まってます。私になんて、この生きづらい世界では働ける場所がありません。預金もあとわずか。もって三ヶ月。よろしくお願いします」
「念のため伺いますが、転生紹介所の多くが、結婚紹介所や転職サイトのように登録料を頂くシステムにはなっておりません。代わりに頂く物は登録者様が死亡した際に残る身体。眼球、臓器、骨髄もろもろ、当社に寄付してもらい、私どもがそれらを売ることで運営を成り立たせてもらっています」
「もちろんネットで調べました。私は自分の身体に愛着なんてありません。こんな特技も美貌もない身体にどれだけ苦汁を味あわされたことか。転生させてくれれば、抜け殻となった身体なんて差し上げます」
「ありがとうございます。では頑張って転生先の異世界人を探しましょう。まずは当社のシステムを説明させていただきます」
「それなら御社のホームページで事前に調べておきました」
「いえ、説明させて下さい。アリス様が知っていても、ほかの皆さんが知らないでしょう」
「この部屋には私と縁子さんしかいませんが」
「それでも説明させて下さい。是非!」
え~、説明省いて先行きましょうよ。でも彼女の熱意に負けてしまう私なのでした。
「では説明させていただきますね。まず当社の最先端技術で、これから死にそうな異世界人を事前に調べてあげ、彼らのプロフィールを精査しています。ここで悪人は排除します。それを踏まえたうえで、当社では多くの異世界人を登録しております。アリス様には気に入った異世界人を選んで頂きます」
「はい(知ってる)」
「選んだ異世界人が死ぬ瞬間にあわせ、アリス様には安楽死して頂き、魂を異世界人の肉体に御転生させていただきます。残ったアリス様の身体を、先ほど申し上げた通り、我が社に寄付させていただき有効活用させていただきます」
「はい(それも調べた)」
「よく聞かれることなのですが『死亡した身体に転生したら、死亡しているゆえに転生した瞬間死んでいるのでは』という質問を頂くのですが、アリス様が転生した瞬間、当社の最先端技術により転生先の肉体は完全蘇生されますのでご安心ください。死因がケガだろうが病気だろうが完全蘇生されます」
「はい(ホームページのよくある質問のコーナーに載っていましたね)」
「また、異世界人の成人年齢は15歳となっております。15歳未満ですと親権の問題等もありますので、当社で紹介できる異世界人は15歳以上になってしまいます。転生なのだから赤ん坊からスタートしたいという登録者様もいらっしゃるのですが、当社では叶えることはできません。ご了承ください」
「まったく問題ありません」
「ちなみに当社が斡旋している異世界とは、中世ファンタジー風の世界感でして、魔法や魔物が存在しております。この世界の中世ヨーロッパを忠実に再現した世界ではございませんので、その点もご了承ください」
「はい(異世界って、そんなものだよね?)」
「では大まかな説明でしたが終了させていただきます。次にアリス様のご希望を聞かせていただきたいのですが」
やっと本題になりましたね。
「ではアリス様。ご自身のプロフィールと、転生先として望んでいるプロフィールを教えていただけますか」
私は受付で渡され、縁子さんが来るまでのあいだに記入しておいた書類を二枚、彼女に渡しました。一枚は私の個人情報。もう一枚は転生したい異世界人の人物像です。
「では失礼して。フムフム……」
縁子さんは書類に目を通されているご様子。
「把握しました。確認させていただきます。アリス様が望む異世界人とは、昨年の年収が180万円、スキルなし、輝かしい経験なし、恋人なし、特技なし、不思議と学歴はそこそこ、でも正規雇用の経験なし。そんな異世界人ですね」
「それって私のプロフィールですよね」
「フフ。転生紹介所のスタッフになったからには、是非ともやっておきたいボケでした」
なんなんだ、この人。
「では気を取り直して。アリス様がご希望の異世界人なのですが……『普通』の女性でよろしいんですか」
「ええ、構いません」
普通。それは私のような何をしてもダメな人間にとって、手を伸ばしても届かない贅沢なスペック。普通の学生生活、普通に内定がもらえる就活、普通の会社のオフィスワーク、普通の恋愛、すべてに御縁がありませんでした。
だから私、紹介所が用意した『転生したい異世界人の人物像』の書類の詳細事項の各欄をブったぎって、でかでかと大きな字で『普通』と書いてやりました。太いマジックで。異世界で普通の生活をしてみたいのです。
縁子さんが初めて困惑気味な表情を浮かべました。
「いま流行りの異世界スローライフをお望みなのでしょうか」
「なんですか、それ」
「いえ。アリス様。『普通』と言っても、人それぞれ生きてきた環境や仕事によって、抱く印象が異なってしまうものです。私が考える『普通』とアリス様の考える『普通』も異なると思います。今後、誤解のないようにアリス様のご希望を正確に教えてほしいのです」
「そんなものですか」
「はい。ですので、どのような女性に転生したいのか、教えていただけますか」
うーん。私は欲のない人間なので、希望を言語化するのはとても難しいのです。
縁子さんは笑顔で言葉を待ってくれています。
「少しずつでも構いません。アリスさんの心に秘めた願望を、ゆっくりと具体的なモノにしていきましょう。最初はおぼろげでも構いません」
「そうですか。私の望みなんて普通なものなんですが」
「いいですよ。具体的ならば。少しずつ、少しずつで構いませんから」
「では、いきます。十代後半の公爵令嬢。容姿そこそこ、背は平均以上でスラリとした体格。髪は長髪で三人に一人は振り向く程度の艶やかウェーブ。勉強もオシャレもやればできるタイプなのですが、あまり目立ちたくないタイプなので、貴族院では常に成績が三位から五位程度をキープ。友人も多めです。両親はかつて何らかの功績を立てていて、家名を知らぬ者はおりません。自身は希少な魔法の使い手で、村人や貧しい民を何度も救い、悪人だって懲らしめています。ゆえに国から一目置かれ、重鎮とも顔なじみ。婚約者は第三王子くらいで王妃様とは既に良好な関係。王太子と結婚したら面倒くさそうなので第三王子くらいが良いです。転生して一年程度で結婚式を上げる予定です。なぜ独身の令嬢に転生を望むかというと、少しくらいは独身を楽しみたいからです。途中で聖女などが異世界転生してきて婚約破棄などがないのが良いですね。いま思いつくのは、それくらいでしょうか」
「ぶはぁっ!」
縁子さんはむせ返ってしまいました。まるで激辛ラーメン専門店の50辛ラーメンのスープを躊躇なく啜ったときのように。昼食は激辛ラーメンだったんでしょうか。
「縁子さん。無謀なチャレンジはしないほうが身のためですよ」
「無謀? どっちが? いえ、失礼。少し喉の調子がおかしかっただけです」
そうですか。縁子さんは気を取りなおしたように再開します。
「えっと、アリス様。普通の異世界人に転生するのが御希望なのですよね」
「はい。普通で構いません」
希望は容姿もそこそこで、王家ではなく公爵家というところが妥協点です。また魔法はどんな魔法でも構いません。もし希少な治癒魔法の使い手でしたら、悪人を懲らしめることは出来ないので、その場合は剣の才があるとか、騎士団候補の幼なじみや知りあった冒険者に補助魔法をかけてやり、間接的に悪人退治に貢献したという設定が良いでしょう。
このことを縁子さんに言うと、表情に陰りが立ち込めました。腹痛でしょうか。激辛ラーメンって腸にくるんですよね。
「アリス様、少し考え直しませんか」
もしや縁子さんは、ハードルが低すぎる私の希望に異議を唱えているのでしょうか。せっかく紹介所に相談しに来たというのに、おくゆかしい希望ばかり言っているから。妥協しすぎて、それに見合う異世界人が紹介できないのかもしれませんね。
「そう言われても。これらの希望でも私は十分なんです。もしかしたら、ワガママを言うのが苦手なのかもしれません」
これまで普通にすら届かない人生を送って来たばかりに、願望がささやかなシアワセ程度のモノになってしまったんでしょう。同世代の水準に比べたら異様なほどの低空飛行。縁子さんは、そんな私にもっと羽ばたけと言っているに違いありません。
「アリス様の条件ですと、ちょっと難しいかもしれません」
「え、難しい? あ、今すぐとは言いません。三ヶ月以内に転生させていただければ文句は言いません」
「あの、大変申し上げにくいのですが」
「なにか」
「紹介できる異世界人は、近い将来死にそうな異世界人です。これから病人やケガ人となる人間がほとんどです。アリス様のご希望は公爵令嬢ですね」
私が頷くと縁子さんは続けます。
「公爵令嬢ともなると健康状態は良好。病死する恐れはありません。また、旅人や冒険者でもないため不慮の事故にも見舞われません。令嬢ともなると、なかなか死なないのです。よって当社で御希望の人材を紹介できる可能性は……」
「でも異世界は、この世界に比べたら医療や薬学が未熟ですよね。令嬢でも若くして死ぬのではないのでしょうか」
「アリス様のご希望する異世界人は、国の重鎮からも一目置かれる存在。ましてや第三王子と婚約している身です。もし何かあった場合は国からポーションの支給、または治癒魔法士が派遣され、死ぬ恐れはないと考えられます」
「でも、もし何かあったら。令嬢でも100パーセント身の安全が保障されているワケではありませんよね」
「ええ。その通りです」
「だったら死ぬかもしれませんよね」
「ええ。その通りです」
「だったら、この希望でお願いします。三ヶ月以内でなら、いつまでも待ちますから。いいでしょう?」
「……ええ。その通りです。では、こうしましょう。アリス様のご希望は受け取らせていただきます。希少な魔法の使い手で、第三王子くらいの婚約者で、王妃様とも仲の良い御令嬢が、もしも死ぬようなことがあれば当社の最先端技術により見つけられるので、見つけ次第、ご連絡差し上げます」
頷く私。
「それとは別に、第二希望とでも言いましょうか。一応、そちらも考えてきてもらえませんでしょうか」
「え? なんでですか」
「それは一応でございます」
縁子さんは一枚の書類を私に寄こしました。先ほど書いた、転生先として望んでいるプロフィールを書くモノです。でも私、十分に妥協した人物像を希望したんですよね。そんな状況で第二希望とは。
「今すぐ記入なさらなくて結構です。お持ち帰りになって、じっくりお考えください。ご記入され次第、写真に撮って頂き、メールで送信して頂ければ、私どもはアリス様の御転生をお手伝いさせていただきます」
★
それから一週間。紹介所からは音沙汰なし。こちらは無職なので暇を持て余しています。普段は見ないような昼間放送している二時間サスペンスの再放送を五日連続で見てしまいました。山村○葉って、あの手のレギュラーだったのか。
私はスマホを手にとりました。紹介所のホームページからログインすれば、紹介所が用意してくれた私専用の情報提供画面『マイページ』へアクセスできます。
「やっぱり令嬢が死んだというお知らせはありませんね」
一日10回は眺めているというのに、令嬢はなかなか死にません。こっちは死にたいって言うのに。
画面をスクロールすると、おそらく登録者全員に向けたと思われる記事が載っております。
『農村の娘。森で獣に襲われて近直死亡予定。村長の息子と恋仲。スローライフが御希望のかたにピッタリ!』
『町はずれの教会のシスター。馬車に轢かれて死亡予定。転生した際は当社の最先端技術で完全治癒済みなので、転生すれば教会関係者から奇跡の復活者として聖女認定されるかも!?』
『冒険者のタンク役。ダンジョンボスのドラゴンに焼かれて死亡。近直DランクからCランクに昇格予定。仲間との関係も良好。冒険したい人は是非!』
う~ん。これじゃないんですよね。やっぱり第二希望を書かないといけないのでしょうか。私は縁子さんから渡された、転生希望の記入用紙をチラッと見ました。もって帰って来てからずっと、テレビの横に置いてあります。
でも書こうにも、何も浮かびません。だって第一希望ですら、じゅうぶん妥協しているのですから。さらに妥協してしまったら、自分を安売りしているみたいで気が引けます。
そうですよ。これまでの職場だって、そうでした。学生時代に就職活動したものの、どこにも採用されず、どこでもいいから就職しようとしてブラック企業に入社したのが運の尽き。その企業から逃げるように慌てて転職した会社が、給料不払い系の貧乏企業。そこから妥協して町工場、派遣会社、フリーターと転々としましたが、行きつく職場はすべて何らかの汚点を抱えておりました。
「そうです。妥協なんてするからシアワセを得られなかったんです。転生するときくらい、ドーンといきましょう」
決して贅沢は望みません。妥協したくないだけなんです。そんなことを考えていると……ピロリロリン。
紹介所からの新着情報を受信しました。なになに?
「転活パーティ開催?」
★
転活とは転生活動の略なんだそうです。暇なので転活パーティに参加してみることにしました。所持している服の中で最も上等なモノに身を包んでパーティ会場に行くと、受付には縁子さんがいらっしゃいました。
「ようこそアリス様」
「縁子さん。例の公爵令嬢は死にそうですか」
「それはちょっと。そもそも条件に合う御令嬢が異世界に存在しているかどうかも、定かではない状況でして」
「え! なんですか、それ。もう、ほかの転職紹介所に登録しようかな」
「……ところで第二希望の件、お考えいただけましたか」
「それが、まったく考えられないんです」
「ならば今日のパーティで是非、希望の異世界人を見つけてみたら如何でしょうか。きっと良い人が見つかるはずです。当社が選んだおススメの異世界人をご用意してあります」
異世界人を用意? この世界に異世界人が来ているのでしょうか。
縁子さんは疑問な私を会場へと押し進めました。するとそこは、複数のモニターが用意された会場でした。各モニターには異世界人と思しき人間が一人ずつ映し出されております。
畑仕事に精を出す娘さん。鍛冶場で汗をかきながら剣を鍛造する青年。ゴブリンと戦っている槍使い。なるほど、彼らはもうすぐ死んで、登録者が転生できる異世界人なのですね。
多くの人間がモニターへ真剣な眼差しを送っております。この人たち、私と同じ転生希望者なのか。なんだか水族館で水槽を凝視している海洋生物マニアみたいですね。
会場にはテーブルが三卓ほど用意され、食事が用意されておりました。海老フライや唐揚げまであるではありませんか。食べなきゃ損。
「パクパク。これ、冷凍食品だ」
それでも構いません。私は無職です。ここでたくさん食べておきましょう。
一通り食べて回り、私もモニターを眺めることにしました。どこだ、どこにいるんだ公爵令嬢。ところが、どこのモニターにも令嬢の姿はありません。
映し出されるのは、森へ分けいる猟師や、戦う冒険者、旅路の中にいるである商人ばかり。モニターの下の張り紙には異世界人の名前、職業、年齢、数日~数週間後の死因などが詳しく表記されております。
あ、ベッドで寝ている女の人がいる。でもよく見たら顔色の悪い中年女性でした。病気なのか息が上がっています。薬も買えないのか。ああいう人には転生したくないなぁ。
モニターの数は50近くありましたが、ピンとくる異世界人はいませんでした。これでは第二希望も書くことができません。
気が沈むと脇腹が痛くなってきました。さっき食べた揚げ物か。最近、揚げ物を食べると、どうも脇腹が痛くなる……。
会場の隅に用意されたソファに座ります。脇腹を撫でていると、ゴリラのようなオッサンがやってきて、隣のソファに座りました。ゴリラも沈んだ様子です。それにしてもゴリラにそっくりです。
「こんにちは」
しまった。珍しくてジッと見ていたら、視線に気付いたゴリラが話しかけてきやがった。適当にお話ししましょうか。
「あの、あなたも転活ですか」
「ええ。もう10年近くになりますよ」
「じゅ、10年!」
それだけやっても良い異世界人に巡り合えないなんて。そもそも10年も耐えられるのなら、この世界で生きることに適しているのでは。
ゴリラは目に苦しみを湛えていました。
「長いこと転活していますが、良い異世界人がなかなか死なないんです。転活疲れっていうんですかね。もう、この人生で寿命を迎えるしかないのかと諦めかけています。でも、やっぱり転生は諦められない」
「お察しします」
「もう、こんな人生やめたい。この外見、生い立ち、この世界はイヤなんです。だから転活を頑張っているというのに報われない。転生したい。だから転活パーティには足しげく通っています。でも今日もハズレです。はぁ……」
悲しきゴリラは溜息をつくと、足下に視線を落としました。酷く落ち込んでいます。なんだか自分の未来像を見た気分がして、背筋が凍りました。
「森野守人様。第二希望の異世界人はいらっしゃいましたか?」
森野? ゴリラに声をかけてきたのは縁子さんでした。ゴリラは顔を上げて不シアワセをぶつけるように応えます。
「前から希望を出している異世界人は、まだ死なないんですか!」
「申し訳ありません。森野様のご希望は30代までのS級冒険者なのですよね」
「ええ」
「以前から申し上げているとおり、S級冒険者はなかなか出現しないのが現状でして。A級でも珍しいのが冒険者界なのです」
「S級、100年前には現れたんですよね。どうして今、いないんだ」
「もしS級が現れたとしても、なかなか死にません。S級ともなれば死なない戦い方を熟知していますし、仲間には優秀な治癒魔法士もいることでしょう。場合によっては蘇生アイテムを所持している可能性があります」
「A級だったら、死ぬというんですか」
「A級もS級同様に強いのです。そうだ。将来性のあるC級冒険者なら、もうすぐ死ぬようなので、ご紹介できます。転生後はB級に昇格すること、間違いないでしょう」
「Bじゃダメなんだよ!」
ゴリラは大声を張り上げました。会場の皆さんが何事かと振り返ります。ゴリラは静まり返った会場に気付くと、慌ててつぶやきました。
「いや、失礼。怒るつもりは」
「いえ、力及ばず、申し訳ありません」
「……私は有名大学を出たのち、大手企業に10年ほど勤めました。しかし業績不振のため理不尽なリストラに遭い、それ以降、期間バイトや警備員で食いつないできたんです。リストラを免れた同期は結婚して子供ができていました」
なんのはなし? 突然の悲しき過去が始まりました。縁子さんは黙って聞いています。ゴリラは続けます。
「私の人生、何もなかったんです。頑張って生きてきたと思ったのに。なにも手に入れていない。せめて些細な褒美が欲しい。それが転生なんです。同僚のシアワセを超える転生が欲しいんです。B級冒険者じゃダメなんです。だからっ」
ゴリラのすがるような瞳に、縁子さんが頷きます。
「伺っております。まもなく、当社の最先端技術のアップデートが始まります。死にそうな異世界人をリサーチする精度も上がりますので、森野様の期待に応えうる異世界人がきっと見つかるはずです」
「…………」
「一緒にがんばって行きましょう」
するとゴリラは「今日は帰る」と言って去っていきました。ゴリラなのに猫背でした。あの背中は悲しみを背負っておりますね。
さて、私はもう少し見て回りますか。
モニターのひとつが、画面の向こうで派手な火花を捉えていました。
「すげぇな。魔法使いか」
「火の魔法か。敵兵が消し炭だぜ」
モニターを見ていた登録者たちが異世界人を称賛していました。モニター下の張り紙によると30代の魔法使いなんだそうで、取得魔法は火・土・水・風。治癒魔法は苦手。傭兵ギルドに所属していて現在は隣国との戦争に参加しているんだとか。一カ月後に敵の放った暗殺者に殺されることまで書いてありました。
こんな魔法使いならば転生したい人は多いことでしょうね。
「チッ。ろくでもないヤツだな」
見れば、全身黒づくめの髪の長い男性がモニターを睨んでいました。まるで生ごみを狙うカラスのような不気味さです。
「アンタも、そう思うだろ」
え。話しかけられた。とりあえず応えときますか。
「この魔法使いですか。強いと思いますけど」
「どこが強いんだよ」
「だって火・土・水・風の魔法を」
「治癒魔法が苦手なんだろ。何年魔法使いやってんだか。さっさと苦手な物なんて潰せっての。この俺だったら治癒どころか気配察知魔法を取得して暗殺者を逆に殺しているところだぞ。攻撃魔法ばかりに偏っているから殺されるんだ」
殺されてもらわなければ、私たちは異世界転生は出来ないんですけどね。
「この俺だったら、いい歳して前線なんかには立たない。王国軍の参謀にでもなって後方から軍を指揮しているはずだ。なんだよ、傭兵ギルドって。ちんたら生きてないで、しっかりしろよな」
カラス男はブツブツと魔法使いの悪口を言い始めました。ん? 私に語りかけてんの? 独りごとなの?
「黒鋤烏郎様。お気に召した異世界人はいましたか」
黒鋤? カラス男に話しかけたのは縁子さんでした。カラスは不満一杯な声を縁子さんにぶつけました。
「気に召す? どこが」
「たとえばあちらのモニターに映っている青年は男爵のもとで町の運営に携わっております。たしか黒鋤様はかつて市役所の街づくり課なるところでお仕事していたとか。現代知識を生かして異世界で活躍できると思います」
へぇ。公務員なのですね。ところがカラスは縁子さんを罵るように言います。
「アホか。あんな仕事はこりごりなんだよ」
「大変だったのですね」
「ただの使いぱっしりだ。何が仕事だ。あれならバイトでもできる。この俺がやるべき仕事じゃない。二ヶ月で辞めてやった」
「では、あのモニターに映っている魔法使いなんてどうでしょう。スゴ腕と評判ですので、異世界での戦争を乗り切れば英雄と称されるはずです」
「たった今、そこの女と魔法使いのバカさ加減を話しあっていたところなんだ。あんなヤツを勧めんなよ」
縁子さんは私を見ます。私は思いきり首を振って否定しました。一緒にされては困る。
「黒鋤様。よろしければ第一希望の異世界人の条件を、そろそろ提示して頂けませんか。希望を示して頂かないと、私どもも黒鋤様のお手伝いができません。黒鋤様にも余計なお手間がかかっていると思います」
「条件がわかんねーから、こうして何年も転活してるんじゃねーか」
「少しだけでも、ご希望の異世界人の特徴を決めていただければ」
「決めろ決めろって、テメぇは俺の母親かよ。あの母親、俺に向かって早く就職先決めろだの、バイト先決めろだの。決まんねーから家にいるんだろうが」
すると、この人は無職。転活の前に就活が先では? あ、それは私も同じか。同じなのか。就活ができないから転活なのか。
私は会場にいる登録者を見まわしました。その誰もが将来の自分に見えて背筋が凍りました。
「今日は帰るわ。あ~あ、無駄な時間過ごした」
カラスは明らかに苛立ちながら、会場から去っていきました。
「ところでアリス様。第二希望の人物像はお決まりになりましたか」
縁子さんがゴリラやカラスの一件なんてなかったかのように、満面の笑みで語りかけてきます。
「私……私は……」
「あの、アリス様。ゆっくり見てまわって下さい。もしかしたら、公爵令嬢よりもアリス様にあった異世界人がいるかもしれませんよ」
「はい……」
そのあと私はモニターの前をウロウロとしておりましたが、心の中で不安と希望がグルグルと渦巻き、異世界人の姿やプロフィールなんて頭には入って来ないのでした。
★
『御転生おめでとうございます』
転活パーティから一ヶ月の昼下がり。アパートの床に寝ころがり、紹介所のマイページを見ていると、転生が決まった登録者のインタビュー記事が届きました。
紹介されている女性には見憶えが……あ、この前の転活パーティで見かけた女性です。転生先は村長の娘ですか。なになに。決め手は、土いじりと無農薬野菜を使った料理が好きだから。あ、きっと転生先は畑仕事に精を出していた娘さんですね。
「へぇ。あの程度の異世界人でいいんだ」
せっかく転生するのだから美人や裕福な家庭の娘にしておけばいいのに。
公爵令嬢の情報は今日もなし。私、いつになったら転生できるのでしょうか。
おや? 今度は紹介所からメールが届きましたよ。題名は『転活セミナーのお知らせ』?




