第七章 転結編
こんにちは、生まれ変わった私。さぁ行くぞ、強い私。
帽子やさんから貰ったマスクを纏い、今日もマスク警察を探しながら出勤します。あ、電車に乗る前に駅の裏手にある帽子やさんへ行きましょう。新しい人生を示してくれたマスクのお礼を、是非帽子やさんに言わなければ。
ところが帽子屋さんの喫茶店は閉まっておりました。今日はお休みなのでしょうか。
「残念ですね。そうだ!」
お礼の代わりに自販機でマスクを購入しましょう。貰ったマスクは〈小〉サイズ。次は〈中〉サイズを購入します。
〈中〉サイズを身につけると、不思議とさらなる闘志が湧きあがってきたのでした。
「マスクをつけろ! みんなマスクをしているぞ! オマエらはKYか!」
初老の男性が公園の子供たちを叱りとばしています。数人の子供たちは萎縮しておりました。私は男性の肩を叩きました。
「こんにちは。マスク警察ハンターです」
「え? ……うわぁぁ!」
男性が驚くのも無理はありません。今の私は全身を不職布のつなぎ服で防護しております。さらに防護メガネとマスクで完全無欠。なんだか以前ニュースで見た、鳥インフルエンザが発生したときに対応している保健所の職員みたいな格好です。
男性は慄いておりました。
「な、何なんだ。アンタは」
「マスク警察ハンターです。アナタ、マスク警察なのならば紳士的に市民と接触して下さい。子供たちが怖がっています」
「俺は、ただ注意を」
「注意は捲し立てるのではなく、丁寧に行って下さい。アナタはマスク警察の講習を受けたのですか」
「なんだ、講習って」
「講習を受けていないマスク警察はニセモノですね。それとアナタはコロナ対策が不十分であるとお見受けします。アナタもこれを着て下さい」
私はカバンから予備の不職布のつなぎ服を取り出しました。ワーク○ンで意外と安く売っていたのです。これを男性に差し出すと。
「それを着ろというのか。バカバカしい。マスクだけで事足りると専門家が」
「そんな専門家でもコロナの発生は予想できませんでした。いま、この瞬間にも新種株が生まれているかもしれません。それは既存のマスクでは防ぎきれないかもしれませんよ」
私がズズっと迫ると男性は声を荒げます。
「いい加減にしろ。警察を呼ぶぞ」
「私はアナタの言葉づかいを注意しているだけです。マスク警察が普通の警察を頼っていいのですか。プライドはないのですか。これ以上、人数が増えたらクラスタが発生するので通報はやめて下さいね。そんなことも分からないのなら、ニセモノのマスク警察です」
「く……」
男性は去っていきました。私は子供たちに向き直り、カバンから新しいマスクを取り出しました。
「さぁ、マスク警察ハンターからマスクのプレゼントですよ。受け取って下さい」
「え、あの、知らない人から物をもらうのは、ちょっと」
「もう私は知らない人ではありません。みなさんの味方、マスク警察ハンターです!」
子供たちに背中を見せます。つなぎ服の背中には大きく『マスク警察ハンター』と書いてあるのです。自分で書きました。
私は子供たちにマスクを渡すと公園を去りゆきます。
「マスク警察ハンター、かっけぇ……」
子供たちの応援を背負い、次なる敵を探す私なのでした。
★
『マスク警察ハンターの動画撮ったった』
『つなぎの右腕に七色のマスクくっつけてるw。ハンターさんハンパねぇ』
『子供がマスクせずにスーパーを走ってたらマスク警察のババァに絡まれたんだけど、ハンターが追い返してくれて助かった』
『ハンターのマスクってどこで売ってんの?』
ああ、皆さんが私を求めていますね。あれから何回もマスク警察に襲われている人々に巡りあいました。マスクをして意識を研ぎ澄ませれば、自然とマスク警察のいるところに辿り着けるのです。
それから私は帽子やさんへお礼を言いたくて、お店へ通いましたが、時間帯が悪いのか出会うことができませんでした。
「私にできるお礼といえば、これくらいですか」
自販機でマスクを購入して、せめて売り上げに貢献しようと思いました。そして先日、ついに〈特大〉サイズのマスクを購入したのです。
★
「最近、アリスさんはパワフルだな」
ここは職場の倉庫。先輩である20代の男子が、マスク越しに言いました。
私の仕事は倉庫内作業。仕事を始めた当初はひぃひぃ言いながら荷物を運んでいたのですが、最近は疲れを感じません。それどころか、心と身体には常に自信と力が漲っております。
「きっと慣れてきたんだと思います。年下の男子と一緒に働いているから、若返ったんでしょうかね」
「いや、それにしたってパワーありすぎでしょ。俺たちでさえ重くて持てない物を運んじゃうし」
別の男子も言います。
「最初に会ったときとは別人みたいだ。そもそもマスクが大きすぎてアリスさんかどうか分からないけれど」
「うん。女の人じゃないみたいだ。今朝だってデカイ男が職場に来たな、と思ったら、よく見たらアリスさんだったし」
「この前なんて、うしろからすごい圧を感じて振り向いたらアリスさんだったしな」
「なんですか、それ」
私はマスク越しに笑います。プライベートが充実しているから、元気になれたのかもしれません。
「さぁ仕事しましょう」
「少し休もうよ」
「何を言ってるんですか、だらしない。あ、パレットの上の荷物、運んでおきますね」
「それはあとでフォークリフトで……本当にパワフルだな」
よいしょ。もしかしたら、マスクのおかげかも知れませんね。
★
「この辺りには、もういないのかもしれません」
マスク警察ハンターの活動のおかげで、近所にはマスク警察の気配がなくなってしまいました。今日は休日。全身不職布のつなぎを脱いで、街に出るとしましょう。
歩いていると、向こうから大柄の男性が近づいてきました。
「アリスさん。よく見ればアリスさんだね。こんにちは」
あれ? こんな男性、知り合いにいたっけ。
「私だよ。私」
男性はマスクを取って素顔を晒しました。
「白ウサギ(P.N)さんだったのですか」
男性かと思っていたのは、友人の白ウサギ(P.N)さんだったのです。彼女は小柄な女性。どうして大柄の男性だと見間違えてしまったのか。でもさっきまで男性の声だったような。
「白ウサギ(P.N)さん。とりあえずマスクをしましょう。いつマスク警察が現れるか分かりません」
「そうだね。でもマスク警察ハンターって人がマスク警察をやっつけてるみたいだよ」
久しぶりの再会で、私たちは近くの喫茶店でお茶をすることになりました。帽子やさんの喫茶店と違い、よくあるチェーン店の喫茶店です。雰囲気や趣なんてありません。
「すると白ウサギ(P.N)さんも駅の裏にあるマスクの自販機で購入されたんですか」
「うん。あのお店のマスクをつけると、とっても自信が湧いて何でも出来るようになるの」
彼女のマスクには、私のマスクと同じようにシルクハットの刺繍がほどこされています。
「おや?」
偶然、喫茶店の外に目が向くと、体格に良い男性の集団が仲よさそうに歩いておりました。彼らのカバンには、可愛いキーホルダーや小さなヌイグルミがぶら下がっております。奇妙な光景です。
「あの子たちも、同じマスクをしているね」
白ウサギ(P.N)さんの言葉で、目を凝らして彼らを見れば……いえ、彼女たちか。よく見れば女子高生の集団でした。みんなで下校しているようです。
これは、目の錯覚だったのでしょうか。
「このマスクをしているとね」
「え?」
白ウサギ(P.N)さんが言います。
「このマスクをしていると、電車の中でも痴漢に遭わないし、道でぶつかって来る男もいないの。それどころか人混みだと、向こうから避けてくれるし」
「そんな効果が……」
「あの子たちも、それを知っていてマスクをつけているんだよ。防犯対策だね。私もアリスさんと会ったとき、最初はアリスさんだと気付かなかったし」
「ふぅむ」
「マスクをすれば元気が出てくる。私なんて家でも朝からマスクをしているよ。低血圧なんて吹っ飛ぶよ。マスクを二重、三重につけていれば、そのぶん効果が上がるみたい」
私はマスクを外してジッと見ました。安心して下さい。既にマスクは二重につけているので、マスクを外してもマスクをしていますよ。それにしても、このマスク、なにか危険な力を秘めているのでは……。
「コーヒーお待たせしました」
マッチョなウェイター……いえ、よく見ればマスクをした華奢なウェイトレスが注文したコーヒーをテーブルに置きます。
私はマスクを外し、素早く別のマスクを装着します。このマスクは薄いガーゼで作られているのです。そのマスクをしたまま、コーヒーを一口。コーヒーがガーゼに染み込み、口の中にまで届くので、水分補給するには何の支障もありません。
白ウサギ(P.N)さんも同様のマスクでコーヒーを味わっておりました。
「そのマスク、駅の裏の自販機で?」
「アリスさんも?」
「これならマスクを外さずに、お茶ができますね」
私たちは笑いあいました。
★
外には危険がいっぱいです。もはやマスクなしでは外出できません。
私はマスクとマスクを縫い合わせ、ついにインナーシャツを作ってしまいました。
「外は真夏。これを着て、さらに服を着たら熱中症になりそうですが、気合いで乗り越えてみせます。これは必要な装備なのです」
よく考えれば、この世の中にはマスク警察以外にも脅威はあるのです。違法駐輪・駐車。電車内の携帯電話による通話。路上喫煙。
これらは全て無くしていかなくてはなりません。
注意すると、中には泣き出してしまう人もいました。これも、より良い世の中を作るための犠牲です。私は私を止めません。
暑さ極まる倉庫内の仕事。そしてマスク警察ハンター改め、迷惑ハンター。私は多忙な毎日を送るのでした。
★
時おり、鏡の前に立つと驚いてしまいます。鏡の向こうには見知らぬ屈強な男性がたたずんでいるのです。しかしよく見れば、マスクをつけた私。
「疲れているのでしょうか」
さらに別の日。
「きゃあっ」
「え?」
職場の女子トイレに入ろうとしたときでした。先に女子トイレにいた女性が私を見て悲鳴を上げたのです。
「どうしたのですか」
「ここは女子トイレですよ」
「え? 私は女ですが」
「……あれ? あ……」
女性は不思議な顔をして出ていきました。失礼ですね。
★
そして、そんなおかしな体験が一ヶ月ほど続きました。
「これは……」
自宅の鏡の前に立つと、鏡の向こうには大きな男性がたたずんでいました。これは……また私は疲れているのか。
しかし、マスクを取っても、目をこすっても、鏡の向こうの私は元の姿を取り戻しません。
パニックになった私は思わず外に飛び出しました。混乱しているのに、反射的にマスクをつけて外出してしまいます。
向こうから見憶えのある男性が近づいてきます。あの男性は、よく見ればマスクをした白ウサギ(P.N)さんです。
「白ウサギ(P.N)さん、大変なんです」
「え? 誰?」
「アリスですよ。ほら」
マスクを外して素顔を晒しました。それなのに。
「誰なんですか? アリスさんは女の人です。アナタは男の人です」
「よく見て下さい。アリスですってば」
「よく見ても別の人です。アナタ、アリスさんをどうしたんですか。まさか黙って家の登記を乗っ取って、アリスさんと名乗っているんじゃ。アリスさんをどこへやった。アリスさんを、よくも」
白ウサギ(P.N)さんは殴りかかってきました。まるで別人のようです。
埒が明かない。どうしてこんなことに。私は宛てもなく走りだしました。
そうだ、このマスクが原因なんだ。なんてマスクを売ってるんだ。あの帽子やめ。狂った帽子やめ。店まで行って抗議してやる。
帽子やまで来てみたものの、案の定、閉まっておりました。
「どうして、いつもいつも居ねぇんだ!」
隣の店に乗り込んで帽子やの居場所を聞き出すか。そう思ったとき。
商店街の外れのほうで帽子やが歩いているのを見つけました。こちらに背中を向けて、遠ざかっていくところです。
「逃がさねぇ! 待ちやがれ!」
私は全速力で追いかけます。商店のショウウィンドウに映る私の姿は、どう見ても2メートル近い大男でした。よくも私を別人にしやがったな。ゆるさねぇぞ。
帽子やは角を曲がります。私も角を曲がると、帽子やははるか遠くを歩いていました。こちらは全速力で駆けているのに、どうして追いつかない。
もう10分以上追いかけているのか。あたりはすっかり人気のない住宅地になりました。
気がつけば帽子やの姿がなくなっております。
「あの野郎、どこへ消えた……あ」
長い下り階段の下。帽子やはこちらに気付きもせず、やはり背中をみせて遠ざかっていきます。私は急いで階段を下ります。
「待て。くそ。なんて長い階段だ。このままじゃ追いつかない。そうだ。こんな高さくらい、飛び降りてやる!」
私は勢いに任せて、階段から飛び降りました。
グシャっ!
着地と同時にひざが曲がり、そのまま前のめりに倒れ、頭を強く打ちました。
「なんで、私は強いのに。どうして……」
★
朦朧とした意識の中、薄らと目を開けると三人の人物が私を見下ろしておりました。
「困難を乗り越える力を与えたというのに、どうしてこんなことに」
帽子やが残念そうな面持ちでつぶやきました。
「マスクをしたところで、人間の限界を越えることなんて出来ない。そんな単純なことを忘れるなんてな」
そう言うのは、あぁ、思い出した。帽子やの喫茶店にいたヤマネ顔の男です。
「マスクして自分の身の安全を守るだけで十分なのに、調子に乗りやがって。成功が続くと、ろくなことをしやしねぇ。この世界の人間はいつも、こうだ」
ヤマネ顔は帽子やに顔を向けます。
「で、この人間、どうするんだ。オマエの世界から人間が一人消えるだけだけど」
帽子やは悲しそうに顔を歪めました。
「人間が一人消える。そうだな。このまま死を迎えていただこう。それで今回の視察は終了にしよう」
「治してやったところで、ろくなことしないだろうしなぁ」
「待って下さい」
そこに割り込んだのは、三人目の人物。それは帽子やの喫茶店にいた癖毛ショートヘアの女の子でした。
「このアリスなる人物の行動で、この世界の何人かは救われています。そんな女性をこのまま見殺しにするのは、神として気が引けます」
「じゃあ、どうすんだよ」
「私が管轄している世界にもアリスという人物がいます。その者と、かの者の意識を融合させて救済したいと思うのです。さいわい、私の管轄している世界にはコロナはありません」
「なるほど」
帽子やは頷きました。一体、この人たちは何を言っているのでしょうか。
「では本日にて視察は終了する」
私の意識は、そこで途切れました。
★
気がつけば、自分のアパートの布団の上でした。
あれ? どうして、ここにいるんだっけ。なんだか大きな不安に取り憑かれていたような。何かと必死に戦っていたような。
「思い出せませんね。まぁ漠然とした不安って、よくありますよね」
スマホの日付を見てみれば、今日は休日。
顔を洗おうと洗面所に立つと、鏡の向こうの私がつまらなそうな顔で出迎えてくれます。毎朝毎朝、ブサイクな顔ですよ。
やることもないので、私は不職布のマスクをして外へ出ることにしました。
「ひぃ、ふぅ、ひぃ」
マスクをしながら坂道を上るのは、とっても辛いです。つい最近まで体力に満ち満ちていたような。でも私の人生、振り返ってみたら体力があったことなんて一度もありません。
それにしても今日は暑い。マスクをしていると余計に暑い。口元から頭に熱が広がっていきます。それでもマスクは外せません。
「ひぃ、へぇ、はぁぁ……」
坂の途中で腰を曲げ、ゆで上がった身体を少しでも涼めます。
「アンタ、大丈夫か?」
声をかけてきたのは、地図を持った還暦の男性でした。私の2メートル以内までやってきて、不思議そうに見つめてきます。マスクをしていません。どこかで見たことがあるような。
「熱中症か?」
「いえ、マスクをして坂道を上っていたら、暑くて」
「そりゃマスクしていたら暑いだろう。マスクを取ったらどうだ」
「え? でもコロナが」
「コロナって何だ?」
「え?」
そういえば、何だっけ。男性は続けます。
「風邪でも引いているのか」
「いえ。でも感染症が」
「なにか持病でもあるのか」
「感染症対策で」
「若いのに何を気にしているんだ。人間はそんなに弱くないだろう。真夏にマスクなんてしているから、てっきり芸能人か不審者かと思ったぞ」
「そ、そうですよね」
男性は去っていきました。
……どうして私はマスクをしていたんだっけ。コロナって何だっけ。
「そういえば、机の蛍光灯が切れていたんでした。買いに行きましょう」
私はさっそくマスクを外し、歩きだすのでした。
おわり
こんにちは。こんばんわ。作者です。
ここから下へスクロールすると
☆☆☆☆☆
星が五つ煌めいていますね。
この星々の上には漫画の広告があります。
漫画の広告は二回ほど画面が切り替わり、気になる展開で終わってしまいます。
いつもいつも気になる展開で・・・。
『引き』って、こういうふうに作るものなんだと勉強になります。
たまに、ちょっとエッチな漫画の広告も出てきます。
拙作の場合、いつまでたってもエッチな展開にはなりませんので安心してお読みください。もしくはご了承ください。
明日も投稿します。以上、作者でした。




