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今日もヤベェよ! アリスさん!  作者: 錯乱坊☆ちぇりぃ丸
第7章 マスク警察に暴言吐かれた私はマスク警察ハンターになって世界を変える!
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第七章 起承編

第7章のタグ

『マスク』『マスク警察』

 生きる喜びよりも、襲ってくる不安のほうが大きくて生きるのが辛い。

 こんにちは、アリスです。不安の正体って何なんでしょうね。

 今日は5日ぶりの休日。机の蛍光灯が切れてしまったので、駅前のスーパーへ買い物に行きましょうか。

 ニュースでは連日新型インフルエンザの情報を流しております。さっそく私はマスクをして家を出ました。

 

 近所の上り坂を歩いているときでした。ああ、マスクをしながら坂を上っていると辛いのです。息が苦しくなります。中高年でもないのに体力は皆無。

 季節は夏。炎天下。ただでさえ暑さで体力が奪われるのにマスクが呼吸の妨げになり、息苦しくなります。

 そういや小学生のときは縄跳びの前まわりを10回もやれば吐き気をもよおすこともありましたね。同級生はどうしてあんなに元気だったのか。同い年は、どうして数時間の仮眠だけで動きまわれるのか。ずっと不思議でなりません。

私って皆さんに比べ、基本的なスペックが低いと思うんですよね。ステータスが視覚化されたら、きっと全ての能力が最低ランクなんだと思います。アビリティープアっていうんでしょうか。

 上り坂は車がすれ違えるほどの大きな車道。その脇には歩道があり私以外に人の往来はありません。

 マスクを外し、口で呼吸しながら坂道を上ります。やっぱり家にいれば良かった。そう思ったときでした。

 反対側の歩道を、マスクをした還暦の男性が歩いてきました。その男性は私を見つけるなり、車道を渡って近づいてきたのです。

 気にも留めず、すれ違おうとしたときでした。


「おいっ! マスクはどうした!」


 え?

 男性は怒鳴り散らし、鋭い眼光を向けてきます。マスクをして分かりませんが、きっと物凄い形相なのでしょう。


「え?」


 突然のことで。思わず返します。すると。


「マスクだ。マスク!」


 ああ、この人が噂のマスク警察か。

 私はマスクをポケットから出し、急いでマスクをしました。


「どうしてマスクを持っているのに、しないんだ!」

「はぁ。上り坂だと息切れして、マスクをしていると苦しいんです」

「そんな急な坂じゃないだろう!」


 坂が急か緩やかか。その判断って、人それぞれの体調次第なんじゃないんでしょうか。


「外に出たのなら、マスクをしろっ!」


 どうしてこの人は初対面の私に、ここまで怒り調子なのか。私は弁明することにしました。


「周りには人がいませんでした。それに、ここは商店や電車の中でもありませんし」

「急に角から人が出てきたら、どうするんだ!」

「人はタヌキや野良犬ではありません。急に出てくることはないと思います」

「現に俺がいるだろう!」

「反対側の歩道から、わざわざこちらに来たように見受けられましたけど」

「コロナの感染力は強いんだぞ! ニュースでも言っていただろう。昨日の新聞なんて……」


 その後、どうしてか男性から新型インフルエンザの説明を受けました。それもネットで知っている情報ばかり。


「あの、私が言いたいのは、周囲に人がいない上り坂くらい、マスクを外して呼吸してもいいのではないか。と、いうことなんですが」

「おいっ! それ以上近づくな。ソーシャルディスタンスを知らないのか!」

「知ってますが。それにマスクしてるでしょう」

「鼻ぁぁぁ!」

「え?」

「鼻がマスクから出ているぅ!」


 喋れば鼻くらい出るし。私の鼻をモザイクが必要な恥部のように扱わないでほしい。

 ここで私は男性が手にしている物に気付きました。地図です。ここは住宅街。私は休日ですが、今日は週末というワケではありません。平日なのです。

 平日の昼間の住宅街に地図を持った男がウロウロ。


「あの、その地図は何なんですか」

「これか。俺は趣味で散歩をしているんだ」

「不要不急の外出はお控えください」

「…………うるさいっ。話しにならない!」


 男性は去っていきました。立ち去った男性を観察していると……。

 男性は通行人を見つけると一旦停止し、不自然な動きで距離をとってすれ違って行きます。なんだか壊れたルンバのような動きでした。

 さらにマスクをしていない人がいるというのに、私のように注意しません。注意をしなかった人とは……強面の男性でした。

 注意とはいえど『気分次第』で、『相手が自分より弱そう』で、『相手が一人でいるとき』に実行に移す。それってカツアゲの心理と変わらないじゃないか。


「あの人、ソーシャルディスタンスを頑なに意識しているけれど、普段はどうやって生活しているのでしょう」


 通勤電車はどうしているのだろう。年齢的に定年を迎えているのでしょうか。

 孫の世話はどうしているのだろう。奥さんや子供夫婦に任せきりなんだろうか。

 ほかの人には注意しないのは……やはり私が弱そうな女だからか。

 男性が去ってからも、モヤモヤが晴れません。

 それどころか、駅前のスーパーにつく頃には周囲の人間がマスク警察に思えて怖くなってしまいました。

せっかくの休日なのに。私だって外出中はずっとマスクを外しているわけではないのに。


「そういや、蛍光灯を買いに来たんだっけ……」


 スーパーの入口に差し掛かります。何人かのお客さんと入店のタイミングが重なってしまいました。


「もしや、この人たちもソーシャルディスタンスを意識しているのでは?」


 不用意に半径2メートル以内に立ち入れば、領土侵犯と言われかねません。私は入口で立ちすくんでしまいました。

 こんな所で立っているモノだから、ほかのお客さんにぶつかってしまいます。


「ひゃあっ」


 うしろからぶつけられた瞬間、力が抜けて倒れてしまいました。


「すいません、お嬢さん。大丈夫ですかな」

「あ、ああ……」


 狼狽して上手く声が出ません。マスク警察に遭遇したことにより、想像以上の心的ダメージを負わされていたようです。


「お嬢さん、どこかぶつけましたか? ぶつかったのは私です。どうぞ遠慮なく仰って下さい」


 見上げれば、ぶつかってきた男性が手を差し伸べてきました。男性はスーツ姿にオシャレな帽子を被っております。口元には昔の西洋貴族のような立派なおひげをたくわえておりました。年齢は50歳前後でしょうか。それでも髭は黒々と艶やかです。

 男性は手を差し伸べ、私を立たせてくれました。私の身体は震えております。ここまで自分が弱かったのかと驚きました。


「おや。お嬢さん、震えていますね。おっと、これは失礼」


 男性は懐からマスクを出すと、口元を覆い隠しました。


「どうもマスクが髭に干渉して、マスクは好きになれないのです。店舗に入るときや人とお話しするときだけでも、マスクをつけることにしていたのですが。お嬢さんと助けるのにマスクをするのを忘れてしまいました。怖がらせてしまって申し訳ない」

「いえ、アナタがマスクをしていないことに震えていたわけではありません。むしろ安心したというか」


 少なくとも、この男性はマスク警察ではありませんから。


「安心? 不思議なことをいうお嬢さんだ。どうでしょう。話を聞かせてくれませんか」



「駅に近くに、こんなお店があったなんて」


 連れてこられたのは、駅の裏手の商店街にある半地下のお店でした。

 店内はアンティークな内装の喫茶店です。気持ちいい冷房が私たちを迎えてくれました。

 お客さんは私たち以外に二人。

 一人はヤマネ顔の男性で、椅子に深く腰掛けて天井を見上げる形で眠っています。器用ですね。

 もう一人のお客さんは癖毛ショートヘアの女の子。グレーのブレザーに蝶ネクタイ、プリーツスカートをはいております。なんだかウサギのような印象です。春の陽光のようなオーラを放つ少女でした。席について、静かに読書をしていました。

 お髭の男性に勧められ、テーブル席につきます。対面には男性が座りました。私と男性のあいだには、テーブルに備えられた透明のアクリルボードがあります。


「ここは私の店なのです。どうぞおくつろぎ下さい」

「喫茶店のオーナーさんだったのですね」

「そう言われれば格好は良いのですが。実は私、こういう者でして」


 お髭の男性は懐から名刺を出すと、机に置いてサっとスライドさせ私の近くに置き……置こうとしたものの、テーブル中央のアクリルボードに阻まれて置けませんでした。

 男性が恥ずかしそうにしているのが、少し可愛くて、私は手を伸ばして名刺を受けとりました。


「『帽子や』さんですか」

「ええ。今どき帽子専門店となると商売になりません。そこで店舗を改装して喫茶店を兼ねた帽子やとして営業しているのです」


 たしかに喫茶店にしてはカウンターがありません。それに店の奥には多くの帽子が陳列されていました。さらにテーブル脇にあるメニュー表には店名として『帽子や』と書かれております。


「帽子屋さんが『帽子や』だなんてストレートですね」

「よく言われます。しかし『帽子や』を店名としている帽子屋はなかなかありません。私は個性的な店名だと思っております」

「それもそうですね」


 コトンっ。

 店の奥、帽子が陳列されている場所の手前には、いつのまにか小さなテーブルが置かれ、二組のコーヒーカップが湯気を立てておりました。

 帽子やさんが立ち上がり、コーヒーカップを持ってきてくれます。一体誰が淹れてくれたのだろう。

 コーヒーの良い香りに心がなごみ、私は今日遭ったことを話していました。


「それは大変な目に遭いましたな」

「ええ。マスクをしていないのがいけない、と言われれば、その通りなんですが」

「いえいえ。人にはいろんな事情があるのです。私も注意しないと」


 なんだか思い出したら、疲れてしまいました。


「そうだ。お嬢さんにイイモノを差し上げましょう」


 帽子やさんが懐から出したモノは、透明のビニールで包装されたマスクでした。


「これは心を強くするマスクです」

「え?」

「本来、帽子とは心を強くし、別人へと変身させるもの。私はそれを皆さんに提供したかった。けれど今どき帽子はなかなか売れません。そこで最近はマスク販売にも着手しております。帽子からマスクになっても、みなさんを守りたいという精神は変わりません」


 マスクの左下には小さなシルクハットが刺繍されておりました。素材は不職布ではなく、上等な布でできております。値が張りそうですね。


「これは売り物なのですよね。頂けません」

「いえ、事情を聞き出したせいで、お嬢さんに再び悲しい想いをさせてしまった。そのお詫びです」

「いえ、私は話を聞いて頂きました。おかげで気持ちを落ちつかせることが出来たんです。お詫びだなんて」

「では、こうしましょう。店の前にマスクの自動販売機があります。もし、そのマスクを気に入っていただけたら、買いに来てください」


 店の前に自販機なんてあったっけ。


「コーヒー、ご馳走様でした」

「いつでも来てくださいね。お待ちしております」


 店を出て階段を上ると、商店街の喧騒が耳に飛び込んできました。階段の脇には帽子やさんがおっしゃったとおり、マスクの自販機がありました。

 いろんなサイズや色のマスクを売っているのですが、その全てにシルクハットの刺繍がほどこされてあります。


「私が頂いたマスクは〈小〉なんですね」


 イヤなことがあっても、良いこともあるようです。喫茶店の優しい雰囲気が、まだ身体に残っているうちに、家に帰ることにしました。



 電車に乗っているときのことです。


「どうしてマスクをしていないんだ!」


 ビクリとしましたが、私はマスクをしていたのでした。何事かと声のしたほうを見てみれば、マスクをしていない高校生の女の子が、マスクをしているお爺さんに怒鳴られているところでした。

 女の子は驚いて萎縮していています。


「オマエのような若いヤツがいるからコロナが収まらないんだ。非常識だ!」


 お爺さんは怒鳴り続けていました。あの女の子がコロナの発生源ではないだろうに。なんとかしなければ。


「そうだ」


 私はカバンから帽子やさんがくれたマスクを取り出しました。心を強くするマスクと言っていましたね。あれ? 二組ある。たしか貰ったマスクは一組だと思ったのですが。まぁ、いいか。私はマスクのひとつをビニール包装から出し、マスクをつけかえてお爺さんのもとに向かいました。


「何人コロナで死んだと思っているんだ。若いヤツは電車を使うな! そもそも緊急事態宣言だっていうのに、外にいるヤツが多すぎる。それに……」

「こんにちは。マスク警察ハンターです」


 私はお爺さんの肩を叩いて挨拶をしました。


「あ? マ、マスク警察ハンター?」


 お爺さんは驚いて振り向きました。私だって驚いております。自分でも思ってもない単語が出てきました。


「な、なんなんだ、オマエは!」

「私はマスク警察ハンターです。そのへんにしておいてあげましょう。彼女は怯えております」

「なんだと。俺は注意をしているだけだぞ。マスクをしていないと飛沫が」

「言葉にもソーシャルディスタンスはあるのです。初対面の相手には敬語を使いましょう。アナタの言葉遣いだと、女性や子供は怖がりますし、若い男性が相手だとトラブルを誘発してしまう恐れがあります」

「な、なにをカッコつけおって。なんなんだオマエは」

「マスク警察ハンターです。もしかしたら彼女はどこかでマスクを落としてしまったのかもしれません。無くしてしまったのかもしれません。マスクをつけるのを忘れてしまっているだけかもしれません。そんな可能性を考えず、相手を一方的に悪人のようにののるのは如何なものでしょう」

「なんだとぉ!」

「それに、そこまでマスクをして欲しいのなら、予備のマスクでも差し上げたらどうですか」


 このマスク、すごいです。言葉が次々と出てきます。まるでマスクが喋っているような。


「予備のマスクなんて、持っているはずないだろうが!」

 

 お爺さんの怒りの矛先は、完全に私へ向いてしまいました。普段なら怖いと思う私でしょう。ですが、恐怖心が欠片もありません。もしかしてマスクが防いでくれているのでしょうか。


「予備のマスクがない? それではマスクの自慢をしているだけではないですか。マスク警察ならば、ご自分用と贈呈用、予備用に保存用、戦闘用、崇拝用を持ち歩いていて下さい」

「なんなんだ、戦闘用と崇拝用って」


 自分でも分かりません。分かるのは、このマスクがすごいということです。


「さぁお嬢さん。私のマスクを差し上げましょう。つけてみて下さい。きっとお似合いですよ」


 私はカバンから帽子やさんがくれたマスクを取り出し、女の子に渡しました。よかった。マスクが二組あって。女の子はすぐさまマスクをつけてくれました。


「これで解決。よかったですね」


 お爺さんは悔しそうに顔を歪ませております。まだ何か言いたそうなので質問してみました。


「そういえば、アナタがたの世代は駅や住宅地問わず、たんやツバを吐き捨てますが、あれは衛生面からして、どうなんでしょうね。飛沫でさえ危ないと自覚しているのに、痰やツバを吐いて街を汚すのは、どういった常識をお持ちなのですか」


 電車の中の御婦人がたが一斉に頷きました。


「な、こ、いい加減に殺っちまうぞ」


 お爺さんは怒り心頭。腕を振り上げてきました。見える! ケンカ相手が止まって見える!

 私はスッと横に避け、それでも片足はお爺さんの向かう方向に残しておいたので、突っ込んできたお爺さんはつまづいて転倒しました。


「いてぇぇ!」

「私はこう見えても男性と共に肉体労働をしています。ケンカならば負けませんよ。続けますか」


 働き出して、まだ二週間程度ですが。


「くそぉ!」


 ほどなくして電車は駅に到着。お爺さんは足早に降りていきました。じゃあ私も。


「では、みなさん。お騒がせして申し訳ない。マスク警察ハンターでした」


 そう言って電車を降りました。別にこの駅で降りる予定なんてなかったんですけど。

 ホームではお爺さんがまだ居ました。私に驚いて男子トイレに逃げ込んでいきます。フッ、しょせん紛者まがいもののマスク警察だったか。

 それにしても、このマスクは絶大です。この高揚感、まるで私ではないみたい。例えるなら、なりたい自分になれたような気分です。


「なりたい私、いえ、本当の私!」


 私はマスクを手に取り、高く掲げ見つめました。青空に映える白いマスク。真っ赤な太陽がマスクを照らし、シルクハットの刺繍を際立たせます。そして私はマスクをつけて、次の電車を待つのでした。



「おや、これは」


 帰宅してSNSを見ていると、とあるツイートをみつけました。


『電車で女の子がマスク警察に絡まれていたんだけど、そこにマスク警察ハンターっていう人まで現れてカオス状態w。マスク警察ハンターがマスク警察を成敗していたw』


 これに対して皆さんの反応は。


『マスク警察ハンターw。ついに、そんなヤツまで』

『その電車って○○線? 私もその車両にいた』

『○○線って変なヤツ多いな』

『この前マスク警察につきまとわれたから、マスク警察ハンターは歓迎です』

『マスク警察ハンター、俺のところにも現れてくれ』


 私の行いはおおむね好評だったようです。


「そうか。マスク警察ハンターこそ私の使命!」


 心に炎が灯った瞬間でした。決めました。私はマスク警察ハンターとして生きていきます!


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