第六章 転結編
「本当に不死身なんだな」
「自分でも不思議ですけど」
翌朝、先輩は校門の前で私を待ち伏せしていた。私が階段から足を滑らせて、落ちて、頭を打ったことを、一年の子から聞いたそうだ。私は足を滑らせて階段から落ちたことになっていた。
昨日、私は病院の病室で目を覚ました。病室にはお母さんがいた。学校から知らせを聞いてやって来たらしい。
そのあと精密検査とか色々やったけど、異常は見つからなかった。だからこうして、今日も学校に来ているんだけど。
「それにしても先輩。朝から迎えてくれるのは嬉しいんですけど、噂が立ちます」
「いいよ。不死身な彼女は俺に必要だし」
「え?」
先輩は、私の左腕にあるブレスレットを見た。
「つけてくれているんだな」
「はい。あの、金曜日のホームパーティのことなんですけど」
「やっぱり来られない?」
「…………はい」
いけないワケじゃない。でも先輩の両親に会うってことは、彼女として紹介されるってことなんだろうし。どんな顔して行けばいいのか分からないんだ。
先輩は言った。
「じゃあ、今はそういうことにしておく」
先輩は校門からクラスまでついてきた。これじゃあ鳩野さんにケンカ売っているみたいだ。私も大概だな。
先輩は私の頭をなでると、二年の教室へ向かって行った。
★
金曜日。体育のあとのことだった。さすがに体育の授業中はブレスレットをしていられない。カバンの中にしまっておいた。すると、体育の授業が終わってトイレに寄って、教室に戻ってみれば、カバンの中のブレスレットが消えていたのだ。
きっと私はどこかに落としたんだろう。放課後、そんな可能性にかけて、学校中を探しまわった。
「なにしてんだよ」
海亀だった。
「探してるの。桜庭先輩からもらったブレスレット、なくしちゃって」
「桜庭! オマエ桜庭に関わっているのか。しかも、もらったって」
「え? 桜庭先輩、いい人だよ」
「…………来い」
連れられてきたのは校舎裏だ。
「桜庭千枝李、いや桜庭家には黒い噂がある」
「は?」
海亀はスマホの写真を見せてきた。どこかの小学校のクラスの集合写真だった。
「檀家から預かった写真を映したものだ」
「檀家? そういえば海亀の家ってお寺だっけ」
「ああ。この写真のコイツ、誰だと思う」
海亀が指さした男の子。
「誰?」
「桜庭千枝李だ」
え! その男の子はとても桜庭先輩の子供時代の姿には見えなかった。今の桜庭先輩は芸能人や雑誌のモデルなんかよりもカッコいい外見だ。それに比べて、写真の男の子は、お世辞にも良い顔とは言えなかった。
「小学生の頃の桜庭千枝李は勉強、運動とも成績が悪かったらしい。ところが、ある時期を境に、急に勉強ができるようになったようなんだ」
桜庭先輩が小学五年生のとき、若い女性教師がクラスの担任になった。その人は国立の一流大学を卒業していた。その教師が、ある日突然自殺したという。
「自殺の原因は不明。教師の死を境に、桜庭千枝李の成績は学年トップになった」
「それは先輩が勉強頑張ったからなんじゃ」
「教師が自殺した場所。そこは桜庭家の私有地で雑木林になっていたところだ。雑木林の中には以前、家屋ほどの大きな岩があり、教師はそこから頭を真下にして飛び降りたっていう」
「それで?」
「ほかの檀家の中に桜庭の中学時代の同級生がいる。桜庭が中学一年生だった頃、付き合っていた女子がいたそうだ。その女子は運動神経がよく、スポーツも万能だったらしい。その女子が交通事故で亡くなって以来、桜庭の体育の成績は伸びたというんだ」
それって全部偶然でしょ。どうして桜庭先輩の悪口を言うの? むしろ身近な人を亡くした先輩って、可愛そうじゃん。
「まだ、あるんだ。その女子が交通事故で亡くなった場所で、美少年モデルがやはり事故死した。目撃者によれば、うつろな目をして車道に飛び込んだという。その日以来、桜庭は別人のように顔が変貌していったというんだ。そして今の顔に」
もうやめて。
「女子とモデルが事故死した道路。そこはかつて桜庭家の私有地だった。さらに教師が自殺した桜庭家の雑木林。そこは線路沿いにあって、今は鉄道会社に買収されて新駅になってる」
もうやめて。
「先日、ある会社の副社長が新駅で飛び込み自殺した。代わりに副社長に就任したのが桜庭千枝李の父親だ。あの一家には」
「もうやめて!」
私は怒鳴りつけた。
「どうして先輩の悪口を言うの? 私が合コンで困っているとき、助けてくれたのは先輩だった。クラスで無視されれば慰めてくれるのは先輩だった。悪い人じゃない」
「桜庭家は昔からおかしな魔術を使うという噂があるんだ。俺の家はそれを調べに」
「ふざけるなっ」
何が魔術だ。私は海亀を無視して校舎へ歩いた。一緒にブレスレットを探してくれると思ったのに。どうして。変なうわさ話で人を傷つけるなんて、鳩野と同じだ。
「アリス! 事件・事故があった現場の近くには社が建っているんだ。近づくなよ」
★
そのあとも、遅くまで学校中を探してみたけれど、ブレスレットは見つからなかった。
「もうホームパーティは始まっているのかな」
ブレスレットを無くしたなんて先輩には言えない。ホームパーティも行けないと分かると、行きたくなってしまう。
すごく沈んだ気分だ。また泣きたくなってきて、それを必死に抑えながら電車に乗って新駅についた。
そう言えば先輩の家ってどこなんだろう。
先輩の家まで行って、行けなくなったことを謝ろうかな。でも、どこにあるんだろう。
なんとなく祢子先輩なら知っている気がして電話してみた。
「だいたい、あの辺。行ってみればわかるにゃ」
祢子先輩、よく考えたら、どうして先輩に家を知っているのだろう。
祢子先輩の言う、あの辺、とは私の中学の学区のふたつ隣だった。
長い塀が道沿いにずっと続いていた。もしかして、塀の向こうはたった一軒の家なんだろうか。そうだとしたら、すごい豪邸だ。塀の角から30メートルくらい進むとやっと街灯じゃない光が、道を照らしてた。
あそこが豪邸の門なのかな。あれ、誰か立ってる。
「どうしてオマエがここにいるんだ!」
この声は先輩だ。
「わ、私……先輩の……ことが」
「オマエなんて求めてない。どうしてオマエが魔術具を」
近づいてみると、道路に立って門のほうを見ていたのは鳩野さんだった。
「どうして?」
思わず駆け寄った。鳩野さんの視線の先には、開いた門の前に立つ桜庭先輩がいた。
「アリス!? どうして鳩野が魔術具を……ブレスレットをしているんだ」
「え? わかんない。どうして鳩野さん」
鳩野さんは虚ろな目をしていた。目は充血していて真っ赤。口は震えている。そして、倒れてしまった。
「ほぅ。どうやらハズレを連れてきたようだのう」
先輩のうしろからやってきたのは和服を着たお爺さんだった。護衛の人っぽい体格のスーツの男の人を引き連れてる。門の奥には大きなお屋敷が見えた。
先輩は慌てた感じで首を横に振った。
「お祖父さま。これは違うんです」
「千枝李よ。15のときまでは桜庭家が力を貸してやった。しかしいつまでも頼れるとは思うなよ。我らに敵対する勢力は常に動いておる。自分の身は自分で守れるだけの力を奪わんと、すぐに命を散らすことになる。人選は慎重にせぇ」
するとお爺さんは私をジッと見た。
「む……そうか。こちらが本命だったか。奇妙な運命の中にいながら、それを跳ねのける力の持ち主。この先どう出るかわからんが、面白い人材じゃ。千枝李よ、お主の目はたいしたモンじゃ」
「あ、ありがとうございます」
先輩は深く頭を下げた。どうして先輩は自分のお祖父さんに敬語を使ってるんだろう。
「うむ。力を得るときは慎重にな」
お爺さんは屋敷に戻っていった。
先輩は私に向き直った。
「先輩、私、今日パーティに来れなかったことを謝りたくて。それとブレスレットのことなんだけど」
学校で無くなっていたことを話すと先輩は頷いてくれた。
目を覚ました鳩野さんはまだ、ぼんやりしている。そのあと先輩は執事みたいな人に車を用意させてくれて、私と鳩野さんを乗せてくれた。
「アリス、これ」
先輩はいつのまにか鳩野さんの腕から取ったブレスレットを渡してくれた。そして、パーティがあるからと言って手を振って見送ってくれた。
★
月曜日。
鳩野さんは学校に来ていた。あの夜、車で送ってもらったときは、ふらつきながら家のドアを開けていたから、少し心配したんだけれど平気そうだ。
私は放課後になれば、先輩と過ごしていた。
「この前は突然押し掛けて、ごめんなさい」
「いいんだ。お祖父さまのお墨付きとあれば両親も納得したから」
「そういえばお祖父さん、私の何に納得していたんですか」
「いいんだ。アリスは気にしなくて」
★
週末。先輩は当り前のように私をデートに誘い、私も当り前のように応えていた。
デートの場所は県内の観光地だ。そこにはタワーや遊園地が密集している。
ふたりして遊園地で遊んだり、美味しいモノを食べたりしていた。
露天商が並んでいる場所を二人で見ているときだった。
「きゃああっ」
いきなり悲鳴があがった。何人かがこちらに走ってきて、すれ違って行く。
すれ違う人たちが来たほうを見てみれば、男の人が興奮したカンジで刃物を握っていた。振り回してはいない。でも刃物の切っ先は人のほうに向けていた。
男の人はあたりを見回している。誰かを探しているみたいだ。
「オマエ……か」
男の人の目と切っ先は私? 違う。隣にいる先輩に向けられていた。
「サ……クラ……バ!」
「あ……うわぁっ!」
先輩はすぐさま逃げ出した。刃物の男は追おうとしたけれど、駆けつけてきた警備の人に取り押さえられ、転んでいた。男が倒れた拍子に黒い靄のようなものがスゥーっと立ちのぼって消えていったように見えた。
「俺は何をしてたんだ!」
「しらばっくれるな!」
男の人はキョロキョロとあたりを見回していたけれど、警備の人に地面に押さえつけられて、警察を呼ばれていた。
「俺は何もしてない。離せっ!」
男の人はまだおかしなことを言っていた。
「先輩を探さなきゃ」
私は先輩を追った。携帯も繋がらない。三十分くらい探して、ようやく自販機の裏側で蹲っているところを見つけた。
「先輩、もう終わりました。あの人、捕まりましたよ」
「あいつらが来たんだ。俺を殺しに。あいつらが差し向けたんだ……」
「桜庭先輩」
「俺は死にたくない。誰に頼れば。もう実家は守ってくれない……」
「桜庭先輩!」
先輩は顔を上げると、驚いた顔で私を見た。
「アリス?」
「はい。アリスです」
「無事だったのか」
「はい」
「本当に、本当に不死身なんだな」
不死身も何も、今回は警備の人がすぐに取り押さえたから、たいした事件ではないと思うけれど。
すると先輩は抱きついてきた。
「よかった。アリスがいてくれて。アリスがいれば、俺は生きていける」
「もう、大袈裟だなぁ」
刃物を持った人が出てきたら、普通は怖いよね。私は先輩の頭を撫でてあげた。
ベンチに座って、しばらくして落ちついたのか、先輩はいつもの様子を取り戻した。
「俺、アリスが欲しい」
「なんですか、それ。告白?」
「告白」
そして私たちはデートの続きを楽しんだ。
★
月曜日。
この日、先輩はなんだか落ちつかない様子だった。放課後は遊ばずにまっすぐ帰ろう。そんなことを言われたのは初めてだ。もしかしたら週末の刃物の男のせいで外出が怖くなったのかもしれない。
「しばらくはデートも中止かな」
先輩には裏門で待ってもらうことにした。先輩は私のクラスまで迎えにくると言っていたから、さすがにそれは恥ずかしいと断ったんだ。
帰りのホームルームが終わって廊下を歩いているときだった。
「アリス」
海亀だった。
「なに? 私には用がないんだけど」
「桜庭と付き合っているのか?」
「海亀には関係ないでしょ。先輩の悪口いうの? やめてくれる」
「もう何も言わない。その代わり、これを身につけていてくれ」
海亀が差し出したのはお札だった。なんて書いてあるのか分からない文字が書いてある。
「うわ。そういうの、怖いんだけど」
「家に伝わる貴重なモノだ。親父に黙って持って来た。これなら大抵の魔術なら跳ね返せる。アリスを守ってくれるんだ」
「いらない」
「いいから持っていけって」
海亀は私のカバンに、無理やりお札をねじ込もうとした。
「ちょっと、やめてよ」
「頼む。持っていてくれ。カバンの奥でもいいから」
海亀は真剣に言ってきた。子供の頃、学校の帰り道でトラックにはねられた私。次の日、そんな私を泣きながら怒っていた海亀のことを思い出した。
「じゃあ、持っているだけなら」
私はお札を制服のポケットに入れて裏門へ急いだ。
★
桜庭先輩はなんだかソワソワしていた。何かに脅えているような、何かに緊張しているような。
駅に向かう途中も、電車の中でも先輩は無口だ。話しかけても、うん、とか、ああ、で会話が途切れてしまう。
そのまま新駅までついてしまった。先輩はホームの、ある場所で立ち止まった。
「どうしたんですか」
「俺、トイレに行ってくるから、ここで待っててもらえるか」
ここで? トイレの近くや改札じゃなくて?
そう聞こうと思ったけれど、先輩は足早にトイレへ駆けていった。
スマホを眺めて何分か経った。先輩は帰って来ない。トイレまで様子を見に行こうかな。でも行き違いになったら面倒か。
『まもなく上り急行電車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください』
駅のスピーカーからアナウンスが聞こえてくる。また急行電車か。イヤなことを思い出してしまった。
そのとき、激痛が走った。左手だ。見てみれば左手のブレスレットが腕に食い込んでいた。さっきまで丁度いいサイズだったのに。
あまりの痛みに叫びそうになった。
「あ……が……あ」
声が上手く出ない。それどころか足が勝手に動き出した。少しずつ前に進んでいく。この先は線路。もうすぐ急行電車がやって来る線路だ。さらに、その先には社が建っていた。あの社は、このまえ電車に飛び込んだ男の人がジッと見つめていたモノだった。
足は少しずつ線路へ向かっていく。止まりたいのに止まれない。このブレスレットがいけないのか。右手を一生懸命動かして取ろうとするけれど、身体の全然言うことを聞かなかった。
急行電車は警笛を鳴らしながら近づいてくる。電車も私の足も止まらない。誰か気付いて。そう祈ると、一瞬だけ首が自由になった。とっさに人の気配がする右側に視線を向けた。そこには。そこには不気味な笑みを浮かべた桜庭先輩がいた。
「あ……」
私は線路に飛び込んでいた。そのあと、大きな衝撃が襲ってきた。
★
「ここ、どこ!」
何十秒と正面を見つめていたんだろう。私はベッドから飛び起きる形で部屋の壁を見ていた。そうだ、ここは私の部屋だ。
「でも、どうして。夢?」
夢にしてはリアルだった。ありえないくらい汗をかいている。さらに不思議なことはスマホの日付が四月○日であることだ。この日は入学式の翌日。私と桜庭先輩が出会った日だった。
この朝、私はちゃんと生きていることを確認し、親に四月○日であることをしつこく聞き、汗をかいてしまったのでシャワーを浴びていたら、学校を遅刻してしまう時間に家を出る羽目になってしまった。
本当に今日が四月○日なのならば遅刻することは許されない。クラスの遅刻者第一号になってしまう。
私は新駅へと急いだ。だけど、足が止まる。新駅には行きたくないと思った。遅刻してもいい。そう思って徒歩40分の駅までバスで行くことにした。
学校には遅刻した。昼休み、兎子は私をランチに誘ってくれて、鳩野さんは私を意地悪することもない。クラスの子は私を無視することもなかった。
そして放課後。
「そんなことがあったのか」
「海亀、信じてくれる?」
「家宝にしていた魔術避けのお札が破けていたんだ。なるほど、それが原因なのか……そんなことが」
「ねぇ、桜庭先輩には近づかないほうがいいのかな」
「アリスが桜庭家とおかしな夢を関連付けさせるなんて、偶然には出来過ぎている。やはり桜庭家には何かある。なるべく接触しないほうがいい」
こうして、私は桜庭先輩を避けるように学校生活を送ることになった。兎子や鳩野さんとの関係も良好に、つつがなく過ごした。
私が二年生の頃、女子の噂で桜庭先輩が不審者に襲われて入院したと聞いた。それでも先輩は回復し、学校へと戻ってきた。
先輩は卒業し、私も三年生になり、無事高校を卒業することができた。
大人になった私は実家を離れた。独り暮らしをしたいという理由もあったけれど、本当は新駅からできるだけ離れたかったという考えのほうがが大きい。
なぜなら新駅を思い出すたびに……私が線路に飛び込む直前に見た桜庭先輩の笑顔が、どうしても蘇ってしまうからだ。
おわり
神奈川県の一軒家、とある子供部屋に虹色のカーテンが揺らめく。その向こうから姿を現したのは作者。今まさに創作の世界から現実世界に戻ってきた瞬間である。
「ちょっと作者! なに勝手に創作の世界に行ってるんですか!」
作者に食ってかかるのは、物語の主人公アリス。彼女は現実世界にやって来てからというもの、作者の部屋で酒を飲んだくれていた有り様である。
「ただいま。どうして怒ってるんだ?」
「なんなんですか、今回の話は! どこがコメディーなんだか! 読者はジャンルエラーに敏感なんですよ!」
「ほぅ・・・」
「創作の世界に行って何をやらかすかと思えば・・・桜庭千枝李って・・・やはり私が物語の中心にいないとダメなようですね!」
アリスはそう言うと、部屋にある買い置きの酒やツマミをつかみ、虹色のカーテンの向こうへ消えていった。
さらに虹色のカーテンも無くなる。
子供部屋に一人残された作者はつぶやいた。
「いい年したオッサンが女子高生を描いたこと事態がコメディーなんだけどね」




