第五章 起承編
第5章のタグ
『穴』『大学生』『ゴリラみたいな評論家』『シュポンっ!』
こんにちは。女子大生のアリスです。
この春から大学生。きっと毎日が輝いた日々。そう思っていたときが私にもありました。
「アリスさんの私服って、なんだかパッとしないよね」
大学生活の初日。教務課が用意した学生同士のオリエンテーションの時間で、そう私に声をかけてきたのは、同学部の女子大生でした。
彼女は今では女王と呼ばれており、大学内でも上位の階層に轟く女となっております。授業を受けるときはいつも誰かと一緒。複数のサークルを股にかけ、キャンパス内でも男を侍らせ、いち早く輝かしい女子大生ライフを手に入れた存在でした。
対して私は高校時代からパッとせず。大学に通っているから大学生と名乗っているだけで、内面は高校時代と変わらない存在として生きております。
そもそも高校生のときだって中学生のときと変わらなかったし、そもそも中学時代だって小学校を卒業したから中学生と名乗っていただけで……すると私は小学生と変わらないのか。いや、こんな小学生がいたらイヤか。
なにが言いたいかというと、女王に私服のことを言及されてからというモノ、毎朝服を選んで登校することが非常に苦しくなってしまったのです。なんで大学って制服がないのでしょうか。将来は絶対、制服のある会社に就職してやる。
そんな、朝からアンニュイな気分でイケてると思しき私服(わざわざ買った)に着替えて大学へと向かいます。
ああ、今着ている服はおかしくないだろうか。昨日、ら○ぽーとのオシャレなお店で買ったのだけれど。だいたい私がオシャレな服を着こなせるものなのか。
人が度を越えたオシャレをすると、オシャレに食われるといいます。例えば新社会人はスーツを着こなしているのではなく、スーツが人を収めているのだとか。
レベルの高いオシャレは身につけている人間を食べてしまう。
「今の私、おかしくないよね」
大学に向かうため、駅で電車を待っていると、ほかの客がジッと見つめてくるのに気付きました。目を合わせても視線を外しません。
たまにいるんですよね、ああいう人。自分がジッと見ることで、相手が嫌な思いをすることなんて考えていない人。治安が悪いところではケンカに発展するかもしれないのに。ああいう人は無敵なんでしょうか。
「やっぱり私の服が変なのかな」
モヤモヤしたまま、やってきた電車に乗りこみます。
大学のある駅に降り立ちます。大学へ向かうには駅前の長い商店街を行かなければなりません。
私は気晴らしにと、スマホを手にとりました。なにか楽しい記事は、ないか。では『なろう』小説でも読もうかな。閲覧履歴を押し、昨晩読んでいた作品を選びました。画面に文字が溢れたときでした。
急に私を襲う無重力感。衝撃が足下を蝕み、視界が黒く覆われます。これは、もしや異世界転移? ……いや。
周囲は地面によって構成されております。見上げれば空。これは、穴?
「よいしょっと」
這い出してみれば、そこは先ほどまで歩いていた商店街でした。
「え? ただの穴?」
私は商店街で穴に落ちたのでした。どうしてこんな所に穴があるのでしょうか。
周囲の人たちがこちらを見つめてきます。足を止めて見る者、歩きながら視線を送って来る者。
もしや、落ちた瞬間から這い出てきたところまで、ずっと見られていたのでしょうか。やめて。ただでさえ見られることはイヤなのに。
「アリスさん!」
ジッと私を見つめる群衆の中から、身を乗り出してきたのは、同じ学部の白ウサギ(P.N)さんでした。
「このタイミングで名前を呼ばないでください。恥ずかしいではないですか」
「ゴメン。穴に落ちていたけど、大丈夫?」
「痛かったものの、膝や腰に損傷はありません。若さゆえに助かったものでしょうか」
「ふぅん。アリスさんったら、穴があるにもかかわらず気付かずに向かっていくからビックリしたよ。案の定、落ちるんだもの」
「すると白ウサギ(P.N)さんは穴の存在に気付いていたのですか。どうして声をかけて下さらなかったのですか」
「だってアリスさんは気付いていると思ったんだもん」
悪びれもせずに答える彼女。ほかにも穴の存在に気付いていた人もいたはず。どうして注意してくれなかったのか。
「それにしたって、何ですかこの穴は。どうして商店街に。責任者を追及してやる」
「アリスさん、普通は落ちないと思うよ。歩いていれば分かると思うし」
「私はスマホをしていたんです!」
「歩きスマホはいけないんだよ」
ぐぬぬ。全ては穴がいけないんです。私が穴に憎悪を向けていると。
シュポンっ。
空気が抜ける音とともに、穴が勝手にふさがりました。
「穴が、消えた」
穴は無くなり、今は私の足下同様、アスファルトで舗装された地面になっております。穴の形跡もありません。塞いだ跡もありません。まるで最初から穴なんて存在していなかったかのように。
「今の見ました?」
「うん。なんだかすごいね」
白ウサギ(P.N)さんも穴のあった場所から目が離せません。周囲の人間もザワついておりました。
★
あの穴はなんだったのか。そんな答えの出ない疑問をグルグルと考えながら、翌日のお昼どき。ここは大学の学生食堂です。
「お蕎麦下さい」
「はいよ。トッピングは何にする?」
元気なおばちゃんが問いかけてきます。トッピングってお金がかかるんですよね。学生生活にもお金がかかる……。
「学生さん、トッピングは?」
「…………」
「…………」
こうして無言の戦いを終え、今日も無駄な出費を抑えた私でした。
食堂には大きなテレビがあります。私はテレビが見える位置を陣取りました。一緒に食事をする学友? 今日は偶然いないだけです。
テレビはお昼の情報番組でした。スタジオに立つ司会者の声がテレビから聞こえてきます。
『さて、次の情報ですが……』
スタジオの中のモニターに映った文字には。
~日本中に謎の穴が出現! 転落者相次ぐ~
私は蕎麦をすするのをやめ、テレビ画面を睨みました。昨日の朝、私が嵌った謎の穴。それは日本中に出現したらしく、昨日の夕方にはニュースになっておりました。すべからくSNSも席巻。
番組の司会者は視聴者に穴の情報を伝えます。各地に出現した穴の特徴は、どれも同じようでした。
・穴の直径は1メートルほど
・穴の深さは150~180センチメートル
・歩行者の約10メートル前に出現
・落ちた人間が脱出すると、しばらくすれば勝手に塞がる
・出現条件などは不明
私が落ちた穴と同じものですね。私はテレビを睨みながらお蕎麦をすすりました。
司会者が言います。
『このたび取材スタッフは穴が出現し、人が落ちて脱出したのち、穴が勝手にふさがるという決定的瞬間を収めた貴重な映像を入手しました。とある商店街の防犯カメラがとらえた映像です。ご覧ください』
「ブハァっ!」
蕎麦吹いたわ。その映像とは、昨日の朝、私が穴に落ちた瞬間の映像だったのです。顔にはモザイクがかかっておりますが、場所柄といい、分かる人には分かる映像だったのです。
映像は、モザイク顔の私がスマホをしながら歩いており、その10メートル先に穴が出現。気付かない私が見事に穴に落ちるというもの。慌てふためきながら、なにが起こったのか分からないとばかりに穴から這い出し、周囲をキョロキョロと見回す間抜けな女が映っております。
「ははは。変な女」
「あの場所って近所の商店街だよな。もしかしてウチの学生か」
「どんだけバカなんだよ。よく大学に入れたな」
周囲でテレビを視聴していた学生が嘲笑しています。
ヤバい。マズイ。居たたまれない。
私は真っ赤になっているであろう顔を覆いました。いつバレるかも分からない恐怖。指名手配犯とはこんな気分なのか。
「あれってアリスさんだよね」
振り向けば白ウサギ(P.N)さんがカツ煮込み定食を手に、テレビを見ながら立っておりました。イイもん食べてんなぁ。いや、それどころではなく。
「私の名前を口にしないでください!」
「アリスさん、全国ネットだね」
「いいから、座って下さい」
私の隣に座る白ウサギ(P.N)さん。
「ねぇ。あれから穴に落ちたりした?」
「…………」
ええ、落ちました。落ちましたとも。
昨日の夕方。どうにも朝の穴の件で気が晴れない私は、スマホで動画を見て心を慰めていました。そのとき。
「ふぎゃあっ」
穴に落ちました。
今朝。昨日の穴の件はすっかり忘れて、家を出たところ、玄関から10メートルのところで。
「ぎゃふんっ」
穴に落ちました。
当時、周囲には人がいたものの、誰ひとりとして穴の注意を呼び掛けてくれなかった。チクショウ。
『この穴。とても危険ですよね。我々はどういった対策を取ればいいでしょうか』
司会者がコメンテーター陣にはなしを振ります。すると。
『10メートルも先の穴だろ。普通気付くだろ』
答えたのはゴリラ顔の辛口評論家でした。
『車だったら10メートル先に穴があいたら避けきれないかもしれない。でも歩行者の前の穴だろ。前向いて歩いていりゃ、見えるだろう』
『しかしスマホをしていたり、考えごとをしていたりしたら穴に落ちる人もいると思うんですが』
『考えごとじゃなくてボケッとしているだけだろ。それに歩きスマホはダメだろうが』
『あの、いいでしょうか』
ここで女性評論家が司会者に聞きます。
『穴の特徴に、人が脱出したあと勝手にふさがる、とありますね。人が落ちなかった穴はどうなるのでしょうか』
『えっとそれは……スタッフが情報を精査したところ、今のところ穴には必ず誰かが落ちているそうです』
『要するに、バカの前に穴が現れるってことか』
辛口評論家のゴリラが再び吠えます。
『いいか。これはバカの穴だ。バカしかハマらない穴だ。足元見ずに歩いているから、穴に落ちるんだよっ』
「言われているね。アリスさん」
白ウサギ(P.N)さんが肉厚のカツをほうばりながら無邪気に言ってきました。
ぐぬぬ……。私は決してバカではない。でも穴にはハマってしまった。なぜ。
「さて、ご馳走さま。そろそろ行こうかな」
逡巡していると、白ウサギ(P.N)さんは既に食べ終えていました。私は聞きます。
「もう午後の教室に向かうのですか」
「違うよ。これからみんなで、穴に落ちた女を見つけ出そうっていうイベントがあるの。その顔合わせに行くんだよ」
「ちょっと! なんですか、そのイベントは」
ご学友よ。バカなことは考えずに勉強してくれ。ここは大学だ。震える身心で問いかけます。
「私を売る気ですか」
「そんな気は全然ないよ。私はみんなと騒ぎたいだけ。すぐにアリスさんが犯人だって分かったら、そこでお祭りは終わっちゃう。誰が犯人かというよりも、犯人捜しを永遠に続けて、みんなと思い出を作りたいだけなの。じゃあ、行ってくるね」
白ウサギ(P.N)さんは駆けていきました。食べ終わりの片付けもせずに。彼女は本当に私の友だちなのでしょうか。
「それにしても、穴に落ちただけで犯人だなんて」
私はすっかり冷えきった蕎麦をすすります。
テレビでは、私が穴に落ちる映像が再び流され、映像に載せて司会者が視聴者に向けて注意を促していました
『みなさん。歩く際は足下に注意し、また進行方向に歩行の妨げになるモノはないかと気をつけて下さい。周囲の方々が、穴があることを教えてくれるかもしれません。他人とはいえど、人の言葉には耳を傾けるようにしましょう』
『まるで初めてのお使いに行く幼児向けの注意だな』
辛口ゴリラの言葉で番組はCMに突入。
……あ、私の映像が使われたってことは、二度と昨日と同じ服で大学には通えないということではないですか。うう、あの服は高かったのに。
★
それからというもの、注意していても、注意力が途切れた途端に穴に落ちる日々。
たまに目の会う人がいるのですが、それは注意を促してくれているのか、それとも私が穴に落ちた過去を知っていて、それで見てくるのか。はたまた服装がおかしくて内心で笑っているのか……。
いずれにせよ、視線が怖くなり、それでいて視線にイラついていて、自分でもよく分からない精神状態で過ごすようになりました。
「穴って知っているかい?」
「あんな穴に落ちるヤツっているのかよ」
「私のまわりには穴はないなぁ」
「穴は勝手にふさがるんだろ。あの穴に粗大ゴミを捨てれば金はかからないぞ」
あれから数週間。テレビや新聞では連日、穴を取りあげ、死亡者こそ出ていないものの、ニュースでは穴に嵌ってケガをし、救急搬送された人数『通称、本日の嵌人の数』を発表していました。
私は周囲の視線を感じるものの、それでいて穴に落ち続ける日々。さいわい、ケガはしませんが。それでも穴から這いだせば、周囲の人間は、「あ、やっぱり落ちた」という目を向けてきて。そのたびに私は、どうして声をかけてくれなかったのだという憤りを感じるのでした。
ある日のこと。いつものごとく穴に落ちる私。そこへバカそうなカップルが登場します。
「穴だ。あの、早く代わって下さい」
「はぁ?」
彼氏側の言葉に疑問を感じ、自力で這いあがると、カップルは空になった穴に自ら落ちて記念写真を撮っております。
「何をされているんですか」
「穴にハマった二人は一生結ばれるって噂なんです」
「私たち、この写真をインスタにあげま~す」
なんだそれ。
「いやぁ、穴に落ちる人が現れてくれてラッキーでした」
「私たち、いくら待っても穴が出なくて困ってたの」
ひとしきり騒いだカップルは満足気な表情で穴から這い出してきました。
そしてカップルは私のことが最初からいなかったかの如く去っていったのでした。
シュポンっ。
役目を終えたとばかりに、勝手にふさがる穴。穴よ、キサマは何者だ。
ネット上には穴で記念写真を撮るという新たなブームが到来。不謹慎と咎められないのは、やはり穴がバカの穴だからでしょうか。解せん。
神奈川県の、とある一軒家。ここの子供部屋で苦悩する一人の男がいた。この作品の作者である。
「今日こそ読者様にお願いするんだ。ウケを狙うのではなく、直球で」
そして男は意を決し、作品の後書き欄に向かった。
「読者様にお願いがあります。もしも拙作のことが少しでも面白いと思ってくれたのなら・・・」
そのとき、男の部屋に虹色のカーテンが現れた!
カーテンの向こうから現れたのは・・・
「ここが現実世界ですか。なんだか地味ですね」
男は驚愕という文字を声色に露にして叫んだ。
「オマエはアリス!」
「はい。こんにちは。私の作者」
『創作者』と『創作されし者』。出会わないはずの両者が出会った瞬間だった。
後書きも、つづく。




