第四章 転編
数時間後。夜の峠道の入口。そこには小さな駐車場があり、私たちは勝負の時間が来るのを待っております。
峠道の入口がスタートで山頂がゴール。峠道は山の向こうまで続いているそうですが、今回は山頂がゴールです。
それにしても、深夜だというのにギャラリーがたくさんいます。
「兵隊の誰かがアタイたちが勝負することを、SNSで広めちまったんだろうね」
女王が愚痴っています。わずか数時間ちょっとのあいだに多くの人だかりができてしまいました。この辺の人たちは深夜なのに観戦に来ちゃうのですね。
先ほどまで、私と白馬君は女王の子分の案内で、一通り峠道を見てきました。急カーブの連続で、一般車はもちろん、大型トラックではスピードは出せません。こんな道で競争するなんて狂気の沙汰だと思いました。
「さてと、もうすぐ勝負開始の12時だ。始めるとしようか」
子分に囲まれていた女王が、自分のスポーツカーに向かいます。
「女王、俺が勝ったらちゃんとトラックが出てくる場所を教えてくれよ」
「勝てば教えてやるさ。峠沿いや山頂にも観客はいる。約束は破らないよ」
女王はハイヒールからスニーカーに履き換えると自分の車に乗り込みました。
「栖桃、行ってくる」
「うん」
栖桃さんはスタート地点で待機です。危険な運転になるかもしれません。
白馬君は周囲の子分たちに睨みを利かせました。すると。
「アタシたちは女には手を出さないよ。安心しな」
「それにしたって女王にトラックで挑むなんて」
「負けたからって女を置いて逃げんなよ」
子分たちは女王が勝つと信じて疑いません。
白馬君は私に乗りこんできます。
「白馬君、実は私も女王に勝てるとは思えません。なにか勝算はあるんですか」
「あるさ。だから挑んだんだ。今回の運転は俺に任せてくれないか」
「はぁ……」
「トラックの兄ちゃん。そろそろ時間だ。スタートラインについて」
子分の一人に促され、道路を良く見れば薄らとスタートラインのようなものが見えました。
私は女王のスポーツカーの隣で、スタートラインの位置につきました。
「アリスさんは自分の魔力を高めながら加速することだけに専念してくれ。ブレーキとハンドルさばきは俺に任せて構わない」
魔力を高めればいいんですね。うん、わかんない。
魔力の扱い方に自問自答していると、勝負の時間である12時が迫ってきました。子分が秒読みを始めます。
とにかく加速。そして魔力……
「3……2……1……スタート!」
女王のスポーツカーがスタートダッシュを決めました。対して私はそれなりのスタート。差がみるみる広がります。
私は一生懸命加速するもなかなか追いつけません。
「アリスさん、減速は考えなくていい。俺がブレーキでうまくコントロールする!」
「はいっ」
左手は雑木林。右手はガードレール。その先は何もなし。もしもコースアウトしたら、下へまっさかさまです。
たまにガードレールの近くにギャラリーが立っていますが、勇気ありますね。
そんなことを考えていたら女王の車のテールランプすら見えなくなりました。うしろから見ていたのですが、女王、カーブするのが上手すぎます。
「こちらはノンブレーキでカーブに突っ込んでいるっていうのに、追いつけませんね」
時おり出くわすギャラリーが、つまらなそうな表情をしています。勝負が既についていると言いたそうですね。
「こうなったら、神器を使うか」
はい? 運転席の中に目を向けると、白馬君は懐から腕輪のようなものを取り出しました。
「俺が異世界から持って来たのは聖槍だけじゃない。この腕輪も持って来た」
白馬君は謎の腕輪をシフトレバーに通します。その腕輪は不思議にもシフトレバーにぴったりとくっつきました。
「なんですか、これ」
「重力制御の腕輪・ファイナルフォームリングだ。今アリスさんは神器と一体になった。魔力の力で空を飛ぶことができる」
「もしかして」
「足下に高めた魔力を集中させるんだ。頑張れ神器アリスさん!」
ああ、やっぱり。それに足下って。
私は足まわりに意識を集中させます。そして……ふわりっ。4トンの巨体が浮いたのです。
「いいぞアリスさん! それっ」
白馬君は急にハンドルを切り、左手の雑木林へ突っ込みます。私は木々に衝突したくない一心で急上昇。次の瞬間には木々の上を走っておりました。飛んでいても車輪は回転しています。
「これで頂上のゴールまでショートカットできるぞ。ん? どうしたんだアリスさん」
いえね、空を飛びたいと思っていたときが私にもありました。でも、まさかトラックになって空を飛ぶことになるなんて。ますます人間から遠ざかっていく。それはそうと。
「こんなことをして正当な勝負と言えるのでしょうか」
「大丈夫だ。ゴールの直前は真っ直ぐな道になっている。そこで道に降り立って女王の車を追い抜けばいい」
雑木林の上を真っすぐ頂上へ向けて飛んでいくと、女王の車のテールランプが見えました。あそこが道路ですね。
女王の進行方向にはゴールが見えております。何人かギャラリーもいます。
女王の車がラストの直線に乗りました。私は女王に悟られぬようライトを消して道路に着地します。
ゴールまでの距離は100メートル超でしょうか。
「加速だアリスさん!」
うおおお! 運動会の100メートル走を思い出せ! あ、ダメだ。毎回6位だった。
でも今の私はトラック。希望を届けるのが使命。
魔力全開。魔力を後方に向けて発射する感覚。正解かどうかわからないけれど……
「とどけぇぇぇ!」
そして、上り坂が平坦になったとき、目の前には女王の車はありませんでした。
★
「まさかトラックでアタイに勝つなんてな。たいしたモンだ」
今は峠の入口に戻ってきております。チートで勝つことに、こんな後ろめたさを感じたことは初めてです。
「兵隊の中には、まるで空を飛んでいるような走り方をしていたって言うヤツがいてね。今度走りをじっくり見せてくれよ」
ギクリ。
「それで女王、約束のことなんだが」
白馬君は動揺もせずに話題を切り替えます。さすが異世界帰り。
「そうだったな。実は……」
女王は知り合いから聞いたという話をしてくれました。
★
数人の若者が肝試しに山の中にわけいったときのこと。目的地は、今は使われていないという廃トンネルでした。舗装された道路を逸れたところにある、雑木林の奥に廃トンネルがあると言います。
ところが雑木林には、まるで無理やり掻き分けたような、一本の道があり、新しい轍があったとのこと。廃トンネルは、もう何十年も使われていないので、みんなして「おかしいね」と言い合ったそうです。
廃トンネルまでやって来ると、トンネルの奥からクラクションが聞こえたとのこと。さらにデコトラがトンネルから出てきて、道路のほうへ走り去っていったというのです。
「そいつらの話だと、じゃんけんで負けたヤツがトンネルの中を調べたんだとよ。そしたら、50メートルも行かないうちに瓦礫だらけの行き止まりになっていたんだそうだ。まぁ、よくある怪談かもしれないけどな」
女王はそう付け加えました。
「間違いない。そこが異世界の門だ」
白馬君は頷きます。ついに場所が特定できましたね。
「女王、場所はどこなんだ」
「隣の山さ。この辺じゃ妙なトラックの目撃情報が絶えないんだ。アタイらはそのトラックが、怪談のあった場所から来ていると噂していたんだが。調べに行くのかい?」
「ああ」
すると女王は懐から交通安全のお守りを出して見せました。
「これは私のライバル、みんなは白い車に乗っていたから白騎士って呼んでいたけれど。そいつの形見のお守りだ。持っていけ」
「いいのか?」
「あいつは事故って死んじまった。ずっと、どこかにいるっていう運命の女を探していたよ。きっとあいつがアンタらを運命の相手に会わせてくれるだろうよ」
運命の相手に会いに行くわけではないのですが。それに事故で死んだ人の交通安全のお守りって御利益はあるのでしょうか。栖桃さんが車内にお守りをくくりつけます。
まぁ、異世界の門の場所がわかったので良いでしょう。私は神器トラックになりましたけれど。
★
夜が明け……。
私たちは女王の情報を頼りに、異世界の門と思しき廃トンネルの前までやってきました。
「不気味なトンネルですね。たしか奥は行き止まりになっているんでしたっけ」
「微力ながら魔力を感じる。間違いない。ここが異世界の門だ」
運転席で白馬君が言います。
「ここが異世界と繋がっているんだ。世界間直結魔法でこの世界と異世界をつないでいるんだろうな」
「世界間直結魔法?」
「そうそうできることではないさ。きっと、このトンネルの構造、材質、周囲の環境が偶然にも直結魔法に適していたんだ。おそらく日本ではここくらいなものだろう。ここを叩いてしまえば、もう二度と日本人はトラックに襲われて異世界転生することはない」
なるほど。白馬君が提示した作戦は、こうです。
このトンネルから異世界に突入し、異世界にあるであろう『世界間直結魔法を発生させている魔道具』を潰す。その後、この世界に戻ってきて異世界の門であるトンネルを破壊する。とのこと。
「異世界転生者がいなくなれば、魔王ライオラの軍は現地の人間軍に壊滅させられるだろうな。既に転生させられてしまった者は、女神がこの世界に送り戻してくれるはずだ」
「そうですか。先ほども言いましたが、トンネルの奥は行き止まりなんですよね」
「異世界トラックがこちらへ来られたんだ。俺が異世界トラックの魔力の波長と同じ魔力を放つ。アリスさんは俺に合わせて魔力の波長を同調させてくれ。そのままトンネルを走れば異世界へ行けるはずだ」
「白馬君……」
助手席の栖桃さんに白馬君は目を合せました。
「異世界に行けば敵が襲ってくるだろうな。でも栖桃をここにおいていけば、異世界トラックが栖桃を狙ってくるかもしれない。すまないが一緒に来てくれ」
「もちろんだよ。二人だけを行かせるわけにはいかないもん」
栖桃さんが力強く答えます。では、異世界へ行くとしましょうか。
無職からトラックへ、さらに魔法トラックから神器トラックへなった私。もう失うモノも怖いモノもありません。
白馬君と栖桃さんを乗せ、私は車体をトンネルへと走らせました。




