第四章 承編
前方には破壊されたトラックの残骸。その先には複数台のトラックに追突され続けている白馬君の姿がありました。高速道路の中央分離帯は既に破壊され、トラックが反対車線から回り込み、一人の少年を体当たりしたり轢いたりしながら、いたぶっているところでした。
白馬君は反撃の余地もありません。2~3台のトラックを破壊したのち力を使いきったのか、形勢逆転されている模様です。
私は全速力で向かいました。彼との距離は数百メートル。
『なんで戻ってきたんだ!』
「白馬君!」
高速道路を逆走し、舞い戻ってきた私に白馬君の声が轟きます。
(*高速道路の逆走は法律とかで禁止されています。みなさんは真っすぐ走りましょう)
この距離なら声なんて届かないはずなのに。なんだか直接脳に響いてくるような。あ、魔法による念話みたいなものでしょうか。
「白馬君の声が聞こえたの? なんて言っているの?」
栖桃さんが運転席で騒ぎたてます。そうだ。車のラジオの波長を魔力に合わせて。
『アリスさん、なんで戻ってきたんだ!』
「あ、私にも聞こえるわ」
ラジオから漏れる白馬君の声。成功ですね。私も白馬君に届くよう、喉? ではなく魔力を意識して語りかけます。
「なんで戻ってきたかって。気に入らないからですよ」
『はぁ?』
トラックどもに弄ばれている白馬君が呆けた声を上げました。
「そもそも、どうして車って横断歩道で歩行者が待っているのに止まってくれないんですか。あと店舗の駐車場から出てきて歩道を塞いでいる車。横断歩道を塞いで右折や左折をしようとしている車。歩行者のことは見えないんですか。自動車学校で教わったことは記憶喪失ですか。歩行者優先って日本語、知ってます?」
『えっと、アリスさん?』
「あとね。なにが、栖桃を頼む、ですか。私と栖桃さんだけで異世界の門を潰せと。不可能です。その場のノリで大任を押しつけないでください! それとですね」
「まだあるの? アリスさん」
栖桃さんが運転席で声を上げます。
「栖桃さんにも言いますよ。このまま白馬君を放っておけば私を怨むでしょ。理不尽なストレスを私にぶつける気でしょう。たまったモンじゃない。私はリア充が嫌いです。高校生の分際で恋人を作ってしまったら、人生勘違いしてしまいますよ」
困惑する二人を尻目に私は続けます。
「リア充が離れ離れになる。大いに結構。だけど私も人間です。トラックになっても人間です。自分自身がリア充の別れの原因になるなんて良心が痛みます。私は優しいですから。ですから私をラブストーリーの別れの場面に組み込むなんて、しないでいただきたい!」
そんな私に、異世界トラックの1台が突っ込んできました。距離200メートル。
パン、パァァン!
ターゲットを私に変えたトラックがクラクションを鳴らしながら猛烈に迫ってきます。だから、どうした。今の私もトラックなんだ。もう交通弱者ではない。上等ですよコラァ!
異世界トラックへ向けて加速前進。時速は180キロ。
そのとき、私の前面に光の壁が現れました。光の壁は私が前進するとともに前進します。常に私の目の前にそびえ立っています。
『それは魔力フィールドだ』
白馬君の声。
『アリスさんは体内の魔力を前面に集中させたんだ。それで魔力の壁が現れた。わずか短期間で、ここまで魔力を操るなんて』
「この光の壁、魔力フィールドですか。頑丈なんですか」
『大抵の攻撃なら防げる。そのまま異世界トラックに突っ込んでくれ!』
言われなくったって。異世界トラックが向かってきます。おぅおぅ、みんなの道路を我が物顔ですね。アナタの人生唯一の悦楽はあおり運転ですかぁ?
私は魔力を前方に意識しならら全力加速。スピードメーターはフルスロットル。魔力フィールド拡大濃厚。準備は整った。いま、正義の鉄槌を喰らえ!
「うおぉぉぉ! 爆ぜろリア充! 滅しろコロナ! 消えてなくなれ煽り運転!」
弱者の怒りを思い知れ! 私の体当たりは異世界トラックと正面衝突。しかしながら、私の走りは止まることを知らず、異世界トラックを金属の残骸に変換し、見事突破したのでした。
「やった。アリスさん、すごい」
『俺も負けていられないな』
満身創痍の白馬君は聖槍の柄を握りしめると、残りの異世界トラックに目を向けました。
『消化試合の相手をしてやる。かかってこい』
彼の持つ一本の聖槍が、何槍にもブレたのです。
『スキル発動! 聖槍エクスゴイサー! イリュージョンスタップ!』
猛然たる槍の突きは、三台もの異世界トラックのタイヤをパンクさせました。これでは相手は自由に動けません。私の怒りも、まだまだ収まりません。
閑散とした高速道路の真ん中で、少年の持つ聖槍と私の体当たりが猛威をふるったのでした。
日が傾きはじめた頃。
「アリスさん……無事か」
「はぁはぁ。白馬君こそ」
周囲に散らばる10台分のトラックの破片。そこに立つ少年と一台の私。そんな私の運転席から出てきた栖桃さん。
「二人とも、無事でよかった」
私、あれだけ急旋回や急加速をしたというのに、乗り物酔いしていない栖桃さんもたいしたものです。
「はぁはぁ……ぐはぁ」
一方、私は悪酔いしたように蹲ります。トラックなので分かりにくいと思いますが。
「アリスさん、どうしたの?」
栖桃さんがドアを摩りながら心配するので答えます。
「魔力切れのようです……」
★
白馬君から少しだけ魔力をもらい、なんとかパーキングエリアまで走り抜けました。互いに疲れきっているモノですから、たいして動けません。今晩はここで休むことにしました。
深夜のパーキングエリア。二人が食事した小さな食堂はとっくに店じまいし、今は公衆トイレと自動販売機の灯だけが駐車場にやってくる人たちを迎えております。やって来る人と言ってもまばらなもの。なんの名物もないパーキングエリアですから、閑散としています。夜の高速道路って走り屋とかトラック野郎で一杯かと思ったのですが、場所によりけり、なんですね。
駐車場の片隅で休んでいる私たちにとっては、静かなことは有り難いことですが。
コンテナの中では栖桃さんが眠っております。コンテナに運びこんだベッドの上で、寝袋にくるまりながら就寝中。
「白馬君は眠らないんですか?」
トイレから戻ってきた白馬君に聞きました。
「もう寝るさ。明日の朝には体力も回復しているだろうから、魔力をたくさん分けてやることができる。待っててくれ」
「なんだか急かしてしまいましたね。正直言えば私、魔力がなければ動けないようなものなので、よろしくお願いします」
「うん。あのさ」
「はい」
「今日はありがとう」
なんだか神妙な様子。どうしたことか。
「昼間の戦いのことですか。あれだけ戦えるなんて、自分でも驚きました」
戦うと言っても体当たりがメインでしたが。次はウィリー走行の体当たりやジャックナイフを試してみましょうか。
「俺も驚いたよ。魔力をあそこまで扱えるなんてな。それとは別に……」
「別? 何かしましたっけ」
「栖桃のことだ。笑顔でいる時間が多くなった。今晩も、安心しきった感じで眠った。アリスさんのおかげだ。俺は栖桃が疲れていることに気付かなかった」
「何を言うかと思ったら。勘違いだと思いますよ」
「女でトラックであるアリスさんがいるからこそ、栖桃は元気になったんだ」
はいはい。面倒くさいリア充の男ですよ。彼女のことを想いやっているのですね。こういう場合、彼女のほうも彼氏のことを想いやっているんですよね。類は友を呼ぶってヤツですか。
それに引きかえ、私は良い人間だというのに周りにいるヤツらは性悪人間だらけ。どういうワケでしょうか。
とりあえず、夜遅くまで起きている少年を寝かせつけますか。
「白馬君との旅が本当に嫌なのなら、栖桃さんはとっくに家に戻って己の運命を悲観しながら、いつかトラックに跳ねられて死んでます」
私は車体前方にいる白馬君を睨みつけます。ヘッドライトがピカッと灯り、白馬君は顔をしかめました。
「たとえ生命の危機にさらされようと、気に入らない男にはついていかないのが女ってモンです。栖桃さんは、そうせずに男と一緒に旅をしているんだから、まんざらでもないんでしょう」
ヘッドライトが眩しいのか、白馬君はドアの横まできて背中を預けてきました。
「アリスさんは優しいんだな。そんなアリスさんに頼みごとがあるんだ」
「頼みごと?」
★
「そんなバカなこと。本気で言っているんですか!」
白馬君の頼みごとを聞いた私は声を荒げました。
「それはあまりにも自分勝手です」
「最悪の事態を想定してのことだ。俺だって、そうならないよう祈るよ」
白馬君はドアを開けると、自分は運転席で寝ると言ってドアを閉めました。
車道に目を向ければ、深夜だというのに大型トラックが日本の物流を支えるため、元気に走っております。異世界トラックの気配はありません。
私も寝るか。そう考えても、白馬君の頼みごとが頭の中をモヤモヤと蠢き、眠るに眠れないのでした。
★
翌朝。気がついたら熟睡していました。なんという私の精神力。
朝から白馬君が給油口に手をかざし、魔力を供給してくれています。
元気一杯になった私は二人を乗せて高速道路を北上。A県に差し掛かったところで一般道へ降りました。
「行ってほしいところがあるんだ」
白馬君に従って、やってきたのは道の駅でした。
「ここは?」
「異世界トラックが発生する異世界の門。それがA県の山中にあることまでは分かったんだが、詳しい場所がわからない。だから人が多いところで情報収集をしたいんだ」
なるほど。そのために道の駅に来たんですね。駐車場には多くの車。横に長い施設にはたくさんの家族連れやカップルが出入りしております。
「二人とも朝食はまだでしょう。お店の中で食べてきてはどうですか」
「でもアリスさんが」
「気にしないでください。さぁ、行ってらっしゃい」
気遣ってくる栖桃さんを促すため、私は両側のドアを開け放ちます。
「ありがとう」
「じゃあ、行ってくる」
二人は車外に出ると、施設へ向かって歩き出しました。
それにしても道の駅は盛況ですね。施設の前には地元の野菜が売られています。そういえばA県は初めてです。県外に出たのも久しぶりでした。トラックにでもならなければ、ここには一生来なかったかも知れません。
私は人混みが嫌いなので、駐車場から観光施設を眺めるだけでも十分楽しめます。行きかう人々を眺め、やって来る車に目をこらし、遠くの山々に目を細めていたら、30分ほどたったでしょうか。
ふと施設の入口に目をやればカップルが出てくるところでした。カップルはなぜか途中で別れると、彼女の方だけ私のもとへ向かってきます。ああ、栖桃さんでしたか。ソフトクリームを手にしていますね。
栖桃さんは私の10メートルほど前で立ち止まると、反転してスマホを手にしました。自撮りですか。
「なぜ、そこで?」
「アリスさんと撮ろうと思って。アリスさん、トラックだから、このくらい距離を置かないと収まらないから」
なるほど。
「撮れたよ。あとリンゴ味のソフトクリーム」
「朝からソフトクリームですか。フッ、若者。ところで二人はお似合いですね。ほかのカップルに紛れて、栖桃さんたちだと気付きませんでした」
すると栖桃さんは顔を真っ赤にし、頬がプルプルと震動を始めました。照れているのですね。栖桃さんは悟られまいと、ソフトクリームを頬張ります。無駄なあがきを。
「わ、私なんかよりも白馬君とアリスさんのほうがお似合いだよ」
少し上ずった声で意外なことを言いました。
「男子高校生とトラックですよ。何がお似合いですか」
「二人の会話で分かるんだ。歳が近いから話がかみ合っているっていうのかな」
「年が近い?」
「うん。白馬君、本当はもうすぐ30歳なんだって」
驚愕の事実。どうも白馬君は異世界転生で少年に生まれ変わり、そのままの姿でこの世界に帰ってきたとのこと。白馬君のご家族はボケたお祖父さんだけで、10年ぶりに少年の姿で帰宅しても、家に住まわせてくれたようです。
「10年前に死んだはずの近所のお兄さんが、同い年になって帰ってきたから驚いたよ。でもやっぱり中身は大人よね。子供扱いされちゃうんだ」
うーむ。そこは大切にされていると思い知ってほしい。
「ところで白馬君は?」
「情報を集めに行っているところ。あ、帰ってきた」
そこへ白馬君が戻ってきました。
「なにか分かった?」
「ああ。この辺りの情報通が怪しいトラックを知っているっていうんだ。そのトラックは何もない峠道からやってくるらしい。近くには倉庫も工場もないから、おかしいって噂になっているそうだ」
「何もない峠道。そこに異世界の門があるんですね」
「おそらく。夜になったら情報通から場所を詳しく聞こうと思う。でも」
「でも?」
栖桃さんの言葉に白馬君が眉間にしわを寄せます。
「その情報通っていうのが……」
★
道の駅の店じまいは早いです。夕方になると人影は消え、シャッターも下ろされていきます。併設されたコンビニすら18時に閉まるなんて驚きでした。
駐車所に残されたのは二人とトラック一台だけ。数時間が過ぎようとしていました。そこへ。
パラリラパラリラ~。ブヲォォン。ヒャッハー!
なんでしょう、昭和の時代から響いてきそうなクラクションと雄叫びは。
駐車場に乗りこんできたのは明らかに違法改造したと見られる車の集団でした。車の集団は私を囲むようにグルグルと回りこんで停車します。新手の異世界の魔道具でしょうか。
「おうおうっ。だっせぇトラックがいやがるぜ」
どうやら女性が乗っている様子。私だって好きでこんなトラックになったんじゃない。
すると白馬君が私から降りて言います。
「この中に怪しいトラックについて知っているヤツはいないか。俺はソイツと話がしたい」
停車した車から続々と人がおりてきました。全員女性。全員がドラマの中でしか見たことのない特攻服で身を包み、悪役女子レスラーのような濃いメイクをしております。こういう人たちって大人になってもパート先で猛威を振るうんですよね。つまり私の天敵。
「白馬君。逃げましょう。ここはヤバいです」
しかし白馬君は動きません。
「この辺りのことを嗅ぎまわっている余所者ってのはアンタかい」
少し離れたところに、真っ赤なスポーツカーが停まりました。この車は派手な改造をしていないようです。
そんな車から出てきた女性はツカツカとハイヒールを鳴らしてこちらへやって来ました。この人も特攻服を着ております。夜風にソバージュのロングヘアーが揺れ、只ならぬ気配を醸し出しています。
「アタイたちは走り屋集団、斗乱風・覇亜徒。アタイは女王。ここは夜になればアタイらのシマになんだ。とっとと失せな」
「俺は角月白馬。この辺りに怪しいトラックが出現するって聞いた。場所はどこなんだ。教えてくれ」
白馬君。怖い女の前でも怯みません。
「怪しいトラックって……」
女王は私を一瞥します。言いたいことは分かります。
「俺の探しているトラックは異世界ナンバーのトラックだ。なんでも峠道に出没するって言うじゃないか。場所を教えてくれ」
「イヤだね」
「どうして」
「素直に教えたら命令に従ったみたいだろう。そんなのご免だね。アタイたちはこれから、ここで夜の峠攻めのミーティングをやるんだ。とっとと消えな」
取りつく島なし。けれど白馬君は続けます。
「どうすれば教えてくれるんだ」
すると女王は少し考えると言いました。
「アタイに峠で勝ったら教えてやろうか」
「つまり、カーレースってわけか」
「フン」
走り屋に車で勝てと。峠を攻めるのなら上等な車が必要です。しかし私たちにはありません。
「あきらめろよ兄ちゃん。女王に勝てるワケねーだろ」
「これは余所者には教えてやんないっていう意思表示だわさ。諦めて帰りな」
「それにしても変な色のトラックだな」
周りの女が囃したてます。女王は踵を返しました。
「待ってくれ」
白馬君が女王の肩に手をかけると。
「アタイに気安く触るんじゃないよ!」
振り向きざまに女王の肘が白馬君の顔面に直撃。白馬君はうしろへ倒れました。
「白馬君!」
車内から様子をうかがっていた栖桃さんが、私から降りて白馬君へ駆けよります。
「コイツ、女連れだったか」
栖桃さんは白馬君を介抱しようとしますが。
「守りたい子がいるんだ」
白馬君は自力で立ち上がると女王に告げました。
「俺はアンタに勝つ。このトラックで」
白馬君が指をさす先は、私なのでした。




