第四章 起編
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「ローファンタジー」「入れ替わり」「トラック」「異世界トラック」「異世界転移防止」「ロードムービー」「ゴリラなの?」
皆さんこんばんわ。無職が続いて、いい加減、気がおかしくなってきたアリスです。
現在夜の8時過ぎ。近所のドラッグストアやスーパーを歩き巡り、今は半額商品を大量に買いあさってきたところです。
お金がないので安いもので食生活を耐え凌ぐしかありません。値引きされた食材は当然のように賞味期限が迫っているのですが、そんなこと気にしてなんていられません。これで一週間過ごしてみせます。
両手のエコバッグには格安の肉、魚、パン、缶詰。それらと共に夜道をアパートへと急ぎます。
月明りが落ちる歩道を歩いているときでした。ふと怪しい気配を感じて振り向けば、車道をピンクとマゼンダの色を配した、品性の欠片もないアルミコンテナのトラックがフラフラと迷走してくるところでした。
嫌な予感は的中。そのトラックは歩道に乗り上げ、そのまま走行。私へと迫ってきたのです。私は両手のライフラインを握りしめながら、悲鳴を上げて全速疾走。
運転席の操手に目を凝らせば、あろうことか、居眠りをしながら右手に一升瓶、左手にスマホを持ちながら、手放し運転でございます。
「コイツ、役満か!」
私の叫びに、車道を挟んだ反対側の歩道を行く通行人は何事かと視線を向け、暴走するトラックに驚愕しておりました。
逃走する私は歩道を真っすぐ逃げ惑いながら、避難場所を探すものの、歩道わきの店舗は既にシャッターを下ろして店じまい。わき道も見受けられません。
猫顔のバカ運転手はトラックを私へと突進させ、私が通りすぎたあとにある違法駐輪の自転車や金融業の立て看板を破壊しながら距離を詰めてきます。殺す気か。
しばらく走ると歩道に逞しげなポールが立っているのが見えました。あそこまで走り抜ければトラックはポールに衝突し、私は無事生還できます。
しかし。
半額のパンや納豆、5食入り138円の袋麺がつまったバッグが手から滑り落ちてしまいました。
ああ、悲しき貧乏人の性。
足が無意識に急停止をかけ、手が惹かれるようにバッグへ伸びてしまいます。
たった一秒ほどのロス。
されど。
注意一秒ケガ一生。
暴走トラックはグングンと距離を詰め、ついに私を跳ね飛ばしたのでした。
そう思ったときには目の前が暗闇に支配されました。私ってば、どうなってしまったのでしょうか。
私の足よ。ここはブレーキとアクセルを踏み間違えるところだったでしょうに……。
★
ここは何処? 私はだぁれ? ええ、アリス。
目を覚ませば、そこはスパナやジャッキといった自動車関連の工具がひしめくガレージの中でした。開け放たれたシャッターの前には整備工らしき二人の男性がおります。
「あの野郎、ついに人を跳ねやがったか」
「飲酒に居眠り。遅刻や物損事故。以前から危ないヤツだと思っていたけれど、今回ばかりはクビだよな」
ここは病院ではないのですか。なぜ私はトラックの整備場のようなところにいるの?
二人の男性に話しかけようとしたものの、どういうワケか声が出ません。身体は重いし、鉄のように冷たいし、首も回りません。それに男性を見下ろす形で私は彼らを見ています。なんで?
「んで、アイツが乗っていたこのトラック、どうするんだ? 警察から帰って来たけど」
男性のうち、カエル顔の男性が私に視線を向けました。
「人を跳ねたトラックだからな。社長が廃車にするって言っていたぞ。解体だ」
もう一人の、魚顔の男性が私を見上げました。
トラック? 解体? なんのこと?
「もったいねぇな。トラックだってタダじゃねぇんダぞ」
カエル顔がコンコンっと私を拳で叩きました。トラックのことを言及し、なぜ私を叩く。おや? 痛くない。ん? なんだか普段の身体と違う感覚。
身体の様子を確認しようと手を動かそうとしますが、手が動きません。それどころか、いつもと身体と様子が違い、大きいような。
それでも手を動かそうと踏ん張れば。
バタンっ。聞きなれない音がしました。
「あれ? ドアが開いたぞ。誰も運転席にはいないのに」
カエル顔の男性が慌てふためきます。
どうしたことです。ふと、ガレージの入口の脇に立てかけてあった大きな鏡に目が奪われました。そこには私を跳ねた忌まわしきトラックが写り込んでいたのです。忘れもしない、ピンクとマゼンダのツートンカラー。
その瞬間、不思議と自分だと分かったのです。
え……私がトラックになってる!
私の意思はアリスのまま。しかし身体は忌まわしきトラックになってしまっていたのです。
あ……ああっ! ……ああ。
嗚咽が漏れたものの。それはブスっ……ブルブル……プスン。と、排気口から排ガスが漏れるだけでした。
あまりの事態に身体が震え、実際には車体が左右に揺れ動きます。
「なんだ、このトラックは! 勝手に揺れているぞ!」
「呪われてるんじゃないか? 社長に言って、早く解体してもらおうぜ!」
カエル顔と魚顔が慄いております。
解体されてなるものか!
私はトラックの、いえ、私のドアを閉め、なんとか足を……違った、車輪を前へ進めました。
「誰も乗ってないのに動いたぞ!」
「ひええ!」
腰を抜かす二人の男を尻目に、私は慣れない4トンの身体にアクセルをかけて、その場から逃げだしたのでした。
★
ああ、酷い目に遭った。
あのあと自分のアパートまで帰ったものの、当然部屋に入るどころかアパートの門扉すら開けられず、前の道路で立ち往生をしていたところ……
「ちょっと! なに、こんな所で駐車しているのよ! 警察呼ぶわよ!」
近所のオバハンに怒鳴られてしまい、泣く泣く移動する羽目に。
そのあとも公園やコンビニの駐車場で足を休めるたびに別のオバハンが文句を言いに来ました。私は心安らげる場所を求めていただけなのに。トラックの身体になっただけで、ナゼここまで邪険にされるのか。おのれオバハン。
そんなこんなで、今は夜の12時過ぎ。時刻は運転席に仕込まれたデジタル時計が告げてくれます。
場所は産業道路の脇を逸れた田んぼ道。アスファルト舗装されているので走りやすいです。あたりに人気は無し。寂しいところです。産業道路に目を向ければ、残業終わりのサラリーマンを運転手としたファミリーカーや、オッサンを操手としたトラックが忙しなく行き来しています。
私はカエルの合唱渦巻く田んぼの脇に、慣れない巨体を停車させました。
どうしたこんなことに……ううっ。
あまりの理不尽に涙も出ます。涙は、フロントガラスをワイパーで動かすことにより清潔にするウォッシャー液として溢れました。そのとき。
「ここにもライオラの手の者が現れたというのか!」
少年の声が響きました。まだ成長しきってないものの、力強さが感じられる、そんな声でした。どこから聞こえたんだろう。田んぼ道には街灯がありません。どこかに光源でもあれば……そうだ。
私はトラックである私の肉体のヘッドライトを点灯してみました。成功。光の線が前方を灯します。
そこには高校生くらいの私服の少年が立っておりました。手には槍。なんで?
少年は槍を構えると私にこう言いました。
「栖桃を奪いに来たか」
え? 一体どうして少年が槍を持っているのか。
「オマエみたいな異世界トラックは破壊させてもらうぞ」
ええ? 壊すの? せっかく逃げてきたというのに。それに異世界トラックとは?
「や……やめて!」
土壇場で声が出ました。自分でもどこから声が出ているのか分かりませんが。
「私は悪いトラックじゃない。今日、なんでかトラックになってしまっただけなんです」
「へぇ。今度の異世界トラックは喋るのか。まぁいい。何であろうと栖桃の敵は俺の敵だ」
なんですかそれは。
「待って白馬君。このトラック、異世界からのものではないわ」
続いて、道路わきの茂みから高校生くらいの女の子が飛び出してきて、私と少年のあいだに割って入りました。
「どういうことだ栖桃。このトラックには運転手がいないぞ。それなのに異世界トラックではないだって?」
「邪悪な気配がしないの。多分、別の……」
パン、パァァァン!
二人が話しあっていると、産業道路のほうから、けたたましいクラクションと共に一台のトラックが迫ってきました。
トラックの各所には電球が仕込まれており、コンテナには『異世界上等! 転生なめんな!』という文字が見慣れないフォントで書かれてあります。デコトラというヤツでしょうか。
よく見れば運転席には運転手の姿がありません。どうして無人走行なのか。怖い。
自分のことを棚に上げて言います。誰も乗っていないのに走って来るトラック恐い。
「あっちが異世界トラックだわ。白馬君!」
「わかった。離れていろ」
少年は無人トラックの進路上に立つと槍を構えて叫びました。
「栖桃は誰にも渡さない! 喰らえ聖槍! エクスゴイサー!」
突っ込んでくるトラック。少年は無謀にもトラックへ向かって走り出すと、槍をトラックに向けたのでした。轢かれる!
そう思ったのも束の間、槍は光りを帯びながらトラックを突き刺し、そのまま真っ二つに分解。トラックは粉々に四散し、その部品は道路に弾けとび、一部は私のボディをしたたかに打ちつけたのでした。
★
「さっきは驚かせてゴメンナサイ」
女の子は私に頭を下げました。
「いえ、別に」
道路にはトラックの部品が散乱しております。夜は人が来ないでしょうが、朝になれば大騒ぎになるでしょう。
「それにしてもトラックを壊すなんて。どうして」
私は少年を見ました。いつの間にか槍はどこにもありません。
「異世界トラックはライオラの放った転生装置だ。破壊しなければいけないんだ」
少年は粉々になったトラックに鋭い視線を送っております。
「私は異世界トラックに狙われているの。そんな私を白馬君は守ってくれているの」
混乱している私を察してか、女の子は説明してくれます。
「異世界トラック。それはこの世界の人間を轢き殺して、魂を異世界に連れて行ってしまうトラックのことよ。異世界に転生した人間は、その世界で魔王ライオラの兵士として異世界人と戦わされてしまうの」
「ん? トラックにひかれて死んでしまったら……いえ、どんな死因でも人間の魂は天国や地獄に行くものだと思っていましたが」
「異世界トラックの手にかかったら、別なんだ」
少年は言います。
「異世界ではライオラ率いる魔王軍が現地の人間と戦っている。現地の人間は、人にしか扱えない神器と呼ばれる武器を手に取って魔王軍に抵抗をしているんだ」
異世界。本当にあったのか。少年は星空を見上げました。
「窮地に陥った魔王軍は、現地人に対抗するため、この世界から神器適性のある人間を自分のもとに呼び寄せるため、この世界のトラックに偽装させた遠隔操作型魔道具を放った。それが異世界トラックだ」
「随分とお詳しいんですね」
「俺もかつては異世界トラックに魂を転生させられた人間だからな」
少年は悲しげな目をします。
「異世界トラックにはねられた俺は異世界転生し、魔王ライオラに唆され、神器を手に異世界人と戦ってしまったんだ。だが、人間軍と女神に真相を聞かされ、自分が騙されていたことを知った。そして俺は人間軍と共に魔王を倒した。その後、女神の采配でこの世界に戻されたんだ」
「そうだったんですか。でも魔王を倒したのに、どうして異世界トラックが現れるんでしょう?」
「きっと魔王が復活したんだろう」
あのライオンづらのペテン師め。少年はそう言うと歯ぎしりをしました。少女は続けます。
「それでね、私が神器適性のある人間みたいで、異世界トラックに狙われているの。白馬君は私を守りながら、異世界トラックが転移してくる場所に行って、転移できないようにしようとしているの」
女の子が少年に向けて微笑みました。その笑顔を見て、ああ、この子は少年を信頼しているんだなと思いました。
ここで気になることが。
「つまりお二人は異世界トラックが転移してくる場所に向けて旅をしていると?」
「そうよ」
「今も旅の途中と?」
「うん」
「若い二人が連泊しているんですか」
「ええ」
「お、俺は栖桃のことを守るために!」
少年が顔を真っ赤にして怒りました。ヘッドライトに照らされて、怒りと羞恥に満たされた表情が良く分かります。
「そういうオマエは何者なんだよっ」
「え?」
「喋るトラックなんて初めて見たぞ」
ああ、それもそうですね。私はこれまでの顛末を話して聞かせました。
「それは信じられないけれど、大変だったのね」
「世の中にはいろんな苦労があるんだな」
顔を見合わせて考えこむ二人。この二人の苦労もなかなかのモノだと思いますがね。
そんな二人に私は聞きました。
「お二人は、ここで何していたんですか」
ここは街灯もないような寂れた場所です。
「ここで野宿をしているの」
「ホテルに泊まろうにも、ほかの人間を異世界トラックとの戦いに巻き込んでしまうかもしれない。茂みの向こうにテントを張っているんだ」
「一人がやっと入れる小さなテントだけどね。ねぇ白馬君。今晩は白馬君がテントで寝なよ。私は外でいいから」
「何を言うんだ。夜の冷え込みは身体に堪える。俺は異世界の戦場で野宿ばかりしていたから平気だ」
「でも戦っているのは白馬君ばかり。疲れているのは白馬君でしょ」
「俺は疲れてなんか」
ヘッドライトに照らされたお二人の顔は、どことなく疲れがたまっている様子でした。私は運転席のドアを開けます。
「二人とも、今晩は私の中で寝ませんか。冷暖房完備ですよ」
★
翌朝。夜が明けても私の身体は元に戻っていませんでした。体重4トンのコンテナ付きの巨体。どうしてこうなった。
昨晩はお二人を運転席に招き入れ、眠りに落ちるまでいろいろお話ししました。
少年の名は角月白馬君。十年前に異世界トラックにはねられて異世界へ転生。魔王に騙されて現地人と戦っていたものの、女神に真実を告げられて現地人と共に魔王軍に抵抗。神器・聖槍を手にして魔王を倒したとのことです。
そして数年前、この世界に戻ってきたとか。
女の子のほうは渓木野栖桃さん。神器適性があるそうで異世界トラックに何度も狙われている少女。偶然、ご近所だった白馬君に助けられ、現在に至るのだとか。
二人は異世界トラックが湧いて出てくるというA県にある『異世界の門』を潰しに行く旅の途中とのことです。
「おはようアリスさん」
白馬君が茂みから出てきました。
「朝食は済んだようですね。栖桃さんは?」
「テントの片づけをしてもらっている。アリスさん、昨日の話なんだけどさ」
「ああ、その話ですか」
昨晩、栖桃さんが助手席で寝てしまうと、白馬君は車外に出て私に言いました。
「一緒に旅をしてくれないか」
白馬君によれば、異世界トラックが湧いて出てくるスポットはA県の山奥。白馬君は魔法が使えるようで、倒した異世界トラックの残骸に逆探知の魔法をかけたところ、A県からやってきたことが分かったそうです。
お二人とも出身地はK県。すなわち日本を縦断する壮大な旅をしているのでした。
「飛行機に乗ろうとも考えたんだけどさ、空港の滑走路に異世界トラックが侵入してきて大惨事になるところだったんだ。鉄道を使おうとすれば駅にトラックが突っ込んでくるし」
最初は長距離バスにも乗ったそうなんですが、異世界トラックにうしろづけされ、最終的には体当たりまで仕掛けられたので、お二人はやむなくバスを降りたのだとか。
「栖桃はほかの人間を巻き込むことを、すごく嫌がるんだ」
レンタカーを借りようにも運転免許がありませんでしょうね。
長きにわたる陸路での旅。度重なる異世界トラックとの戦闘。そんなとき、旅の途中で出会ったのが意思を持つトラックである私だったと。
「アリスさん、行く宛がないんだろう」
こんな身体だとアパートにも帰れませんし、そもそも人間の身体であっても無職なので、やることがありません。
「でも、戦いに巻き込まれるのでしょう」
「アリスさん、精神的にタフそうなんだけどな」
なにがタフですか。こんな生きづらい世界で、学校や職場では自分勝手な人々に翻弄され、私の心は既にズタズタです。しかも生きづらい身体にまでなって……。
そんなことを考えていたら、なんだか元気がなくなってしまいました。
「どうしたんだ? 様子が変だぞ」
白馬君が心配してくれます。私は消えゆきそうな声で答えました。
「急に力が抜けたような。昨日まであった活気が失われたような……」
こんな身体ですもの。体調もおかしくもなります。もうすぐ死ぬんだろうな。ああ、もう死んでるんだっけ。うう、もうダメだ……。
死期を悟った私の運転席に、白馬君がひらりと乗り込みました。
「アリスさん、分かったぞ」
「私の苦しみを分かってくれるのは、アナタだけですよ」
「いや、ガソリンメーターの針が赤いゾーンを示してる。きっと体調不良の原因はガソリン不足だ」
やってきたのはガソリンスタンド。セルフなので店員に怪しまれずに済みます。
運転席から降りた白馬君は、給油スタンドのノズルを私の給油口に突っ込みます。こそばゆいですね。そしてガソリンが私の中に注ぎこまれてきました。
「ぎゃあっ。ガソリン臭い! うぇぇっ。まずい。気持ち悪い!」
世の中の車両のみなさんはこんなマズイものを飲まされていたのか! ダメ。無理。
「ゲロぉ!」
「アリスさん、なに吐いてるんだ!」
給油口からガソリンが逆噴射し、あやうく白馬君に浴びせてしまうところでした。
「ちゃんと補給しないと元気になれないぞ」
「すごいわ。噴水みたいに溢れてる」
運転席の窓から身を乗り出した栖桃さんが現状報告してくれます。
「だって不味いんだもの」
「だからって。このままではガス欠して動けなくなるぞ」
私の抗議に白馬君は反論します。
「どうにかならないの?」
栖桃さんの言葉に白馬君は考えこんでいる様子でした。
「試してみよう」
白馬君は給油口に手をかざしました。すると温かいものが私の中を満たしていくのが分かりました。同時に力が漲ってきます。ガソリンメーターもクルクル回転していきました。
「白馬君、私に何を?」
「俺の魔力を注いでみたんだ。アリスさんは今や常識外れの存在。魔力と相性がいいと思ったんだけれど、的中したな」
すると、今の私は魔力で動く魔法トラックというワケですね。でも、この先ガソリンが飲めないのであれば、ずっと白馬君から魔力をもらうしかないわけで。
栖桃さんが嬉しそうに言います。
「これで一緒に旅することができるね。アリスさん」
★
二人を乗せて旅をすることになってしまいました。でも出立する前に確認したいことが……。
二人にお願いしてスマホから私の友人のツイッターを見てもらいました。すると私の身体が○○病院に搬送されていたことが分かったのです。私の心はトラックと融合してしまいました。すると、心を失った身体はどうなったのか。ずっと気になっていたんです。
病院の駐車場で待っていると、栖桃さんと白馬君が病院から出てきました。
「どうでしたか」
「友達のふりをして看護師に聞いてみたんだけどさ」
「知らないほうが良い状態だったよ」
二人は暗い顔をしていました。私の身体。きっとトラックにひかれて無残なことになってしまったのですね。集中治療室のベッドに横たわる自分の身体を想像することは容易でした。可哀相な私の身体。でも持ち主としては、状況を把握しなければなりません。
「どのような状態なんですか。もって、あと何日なんでしょうか」
すると二人は重い口を開けました。
「元気だそうだ。ただ口にする言葉は『ブンブ~ン、ドドドド』。廊下を曲がるときは『車が曲がります』。時おり荷物を背負っては病院を抜け出して、荷物を遠くに届けようとする。この前も関越自動車道の入口まで走っていって、職員に進入を止められたんだそうだ」
「廊下を時速50キロくらいで走るものだから、みんな迷惑しているそうよ」
なんですか、それは! それではまるで。
「私とトラック、入れ替わってる!」
なんてことだ。事情を知らない人が見たら、変な人じゃないですか。
「医者が言うには、頭を打った後遺症だと」
私の身体、完全にトラックの魂に乗っ取られていますね。
「病院食をモリモリ食べて、どんどん丸くなっているそうよ。まるでトラックのようだって」
トラックのヤツ! 私がガソリンを受け付けないっていうのに、人間の食事に適応しやがって!
「可哀相なアリスさん」
栖桃さんはまるで可哀相な人を見るような目で、私のフロントガラスを見上げてきました。奇行に走っているのは私ではなくてトラックなんだからねっ。
ああ、こんな現実もうイヤだ。遠くに行きたい。私は旅に出る現状を甘んじて受け入れました。
★
「アリスさんはすごいね。家具が捨ててあるところがわかるなんて」
「何年、貧乏人を続けているとお思いですか」
旅に出るにあたり、ソファやベッドを手に入れようと思いました。お二人はずっとテント暮らし。寝袋で寝ていたとか。私なら気が滅入りますね。眠るときくらいはベッドの上がいいでしょう。
家具が捨ててありそうな場所は見当がつきます。人気のない河川敷や山道。そこへ行けば多少汚くてもテーブルや椅子くらいならタダで手に入れることができます。
さらに私の後部はコンテナ。中は空っぽなので、そこへベッドやソファを詰め込めば簡易的なリビングの完成ですよ。コンテナの中は明りだってつきますから。テレビが無いので最低限の文化的な生活とまではいきませんけどね。
「へへ。なんだかキャンピングカーに乗っているみたい」
「運転もアリスさんがしてくれるからな。A県への最短経路はカーナビが教えてくれるし」
運転席の二人はご機嫌です。
装備を整えた私達は国道を走っております。
車のあいだを駆け抜けるのって、最初は怖かったのですが、今の私は大型トラック。二車線以上の道路を走るときなんて、軽自動車なんかは相手のほうから道を譲ってくれます。ああ、交通弱者だった私がロードキングになっている。
この身体にもなれてきたのか、気付いた点があります。フロントガラス、リアガラス、バックミラー、バックモニター、車載カメラ、カーナビの画面……それぞれから見える景色や映像が私の脳内に送り込まれてくるのです。複数の視界を持っているって、なんだか奇妙な気分です。
さらに意識すれば、視界の届かないはずのコンテナの上面や、タイヤの外見まで把握できます。周囲の車との車間距離も正確に把握できるのです。まるで身体中がレーダーになったように。
「それは俺が注いだ魔力の影響だ。身体制御が出来ている証拠だな。アリスさん、魔法を使うことが上手いのかもしれないな」
白馬君は意外そうにつぶやきました。私にも才能があったのか。トラックの身体を手に入れて、得た才能。喜んでいいんだか。
★
高速道路に乗り、A県へ向けて北上しているときでした。
「車があると楽だね。私たちは嬉しいけれど、アリスさんは大丈夫?」
「不思議と疲れませんね。やっぱりトラックだからでしょうか
」
人間の身体であれば、10メートル走っただけで息切れしてしまいますが、現在は時速100キロで30分も走っているというのに、全然疲れません。
それに高速道路って走りやすいんです。カーブなんて計算して作っているんだなって思いました。
「走るのって気持ちいいですね」
「ほかに車もいないしね」
私と栖桃さんの会話に、白馬君が眉をひそめました。
「おかしいぞ」
「なにがですか」
「ほかに車がいないなんて」
「偶然ですよ。A県方面へ向かう車がいないだけです」
「でも、対向車線の車までいないなんておかしいぞ」
そういえば……
栖桃さんが慌てた様子でスマホを操作します。
「大変。ネットのニュースだと△▼自動車道の◇■インターチェンジで複数台の大型トラックが横転。ほかの車が高速道路に入れない状況だって書いてあるわ。しかも、ほかの数か所のインターチェンジやジャンクションでも同時に事故が起きたって」
インターチェンジといえば高速道路の出入口、ジャンクションは高速道路と高速道路の交差点です。
「△▼自動車道っていったら、この道路だぞ。俺にも見せてくれ」
白馬君が栖桃さんからスマホを受けとりました。
「事故が起きた場所は、ちょうどこの場所の周囲数か所だ。俺たち以外に車がいないのにはワケがあったんだ」
偶然にしては出来過ぎです。
「もしかして私たちは狙われている? どうして私たちの現在地が?」
「異世界トラックは神器適性のある人間の居場所がわかるんだ。高速道路からほかの車を締め出して、俺たちを襲おうとしているんだ」
栖桃さんを異世界転生させるために、大がかりな作戦に打って出たということですか。
おや? バックモニターが後方から近づく複数台の車両を捉えましたよ。なんだ、私たち以外にも車が走っているではないですか。
「違う。あれは異世界トラックの集団だ!」
え! 後方から近づいてくる三台の車両は、三車線を綺麗に塞ぐように、同じ速度でジリジリと迫ってきます。
栖桃さんは窓を開けると、身を乗り出してうしろを確認しました。
「危ないですよ!」
「大丈夫よ。間違いない。あれは異世界トラックだわ」
「どうやって見分けるんですか」
「魔力の有無かな」
さすが神器適性者。異世界トラックがわかるのですね。
「あとナンバーが異世界ナンバーなの。たとえば右端のトラックのナンバーは異世界555ねぇ42-74」
「意外と簡単な見分け方ですね」
「アリスさん、スピードを上げてくれ。このままでは追いつかれる!」
わかりました白馬君。栖桃さんが助手席についたのを確認し、スピードを上げていきます。
けれど、うしろの異世界トラックはみるみると距離を詰めてきました。私の速度に追いつくとは。
「こっちは時速150キロオーバーですよ。どうして距離を詰められるんですか」
(*この作品はフィクションです。みなさんは法定速度を守って運転しましょう)
「あっちは魔法で加速しているんだ。おそらく複数台で魔法を合わせ掛けして、効果を上げているんだろうな。おそらく後続車もいる。きっと10台くらいいるだろう」
白馬君は不穏な言葉をつぶやきました。10台のトラックに煽られているって言うんですか。ああ、イヤだ。
煽りって嫌いなんですよ。私は車に乗りませんけどね。日常でも煽りってあるじゃないですか。狭い歩道を歩いていると、うしろから来た自転車が真後ろについてきたり。駅の狭い階段や改札口で真後ろに張りつかれたり。
言葉には出さなくても、邪魔だと言っているのが分かるんです。私だって好きでテメぇの前を歩いてるんじゃねーよと思います。急いでいる? こっちだって急いでるんだっつーの。
あとレジで並んでいると真後ろにピタッとつくヤツ。ああ、外出が嫌になる要因の一つです。
なんでヤツらは無敵感丸出しで生きているんでしょうね。無敵な人のおかげで、こっちは精神的生きづらさを被っているというのに。
とにかく、世の中はみんなのモノ。オマエらだけのモノじゃない。
バックモニターに映る異世界トラックの前面のデザイン。あれは我が物顔ですね。私、トラックだから分かるんです。異世界トラックは我が物顔で突っ込んできています。ああいうの、嫌い。
「俺が出る」
私がイライラしていると、白馬君は窓を開け、車体を伝ってコンテナの上に立ちました。
「危ないですって!」
「平気だ。魔力で身体制御できている。ここは俺が引き受けるから、アリスさんはこのまま走って行ってくれ」
「白馬君、戦うというんですか」
栖桃さんが再び窓から身を乗り出します。
「ダメよ。これまで戦ってきた異世界トラックは毎回一台だった。でも今回は10台以上いるのよ!」
「安心しろ、栖桃。異世界では一対複数なんて茶飯事だった。アリスさん、栖桃を任せたぞ」
すると白馬君は私から飛び降りました。
「神器適応者・角月白馬の名のもとに神器を顕現する。相対するモノ・魔王軍。ライディング!」
バックモニターが捉える映像。そこには左手から現れた聖槍の柄を、右手で引き抜き、聖槍・エクスゴイサーを構える白馬君の雄姿がありました。
「栖桃を、頼む」
私は栖桃さんを乗せて時速160キロで高速道路を北上しています。異世界トラックの集団を迎え撃とうとする白馬君のうしろ姿がグングンと離れていきました。
「白馬くーん!」
栖桃さんが窓を開け、後方へ叫びます。
バックモニターやバックミラーがもたらす映像には、聖槍を手に異世界トラックへ向かっていく白馬君の姿がありました。その姿はやがて点になり地平線の彼方に消えていきます。それでも窓から身を乗り出し、後方をジッと見つめる栖桃さん。もう見えないだろうに。
何が「栖桃を、頼む」だ。白馬君め、これから私たちでどうしろというんですか。カッコつけちゃって。主人公気取りめ。私の人生の主人公は私なんですけど。
あ~あ、もう。
私は180度急ターン。後方に車体を向けます。
「アリスさん!?」
栖桃さんの困惑、いえ、歓喜の声でしょうか。ふんっ、行けばいいんでしょ。行けば。




