第三章 転結編
お手洗いを済ませた私。一抹の不安がよぎります。
「このテーマパーク、私は楽しめるのでしょうか」
どうにもこの遊園地と相性が悪いのか。楽しめる自信がありません。せっかく友人が招待してくれたのですが。
向こうからガラの悪そうな男性集団が近づいてきました。絡まれる! そう思った私はとっさに胸に付けたバッジを『YES』から『NO』に裏返したのです。
するとガラの悪そうな男性集団は私を大きく迂回し、すれ違って行きました。男性集団の胸元を良く見れば『STAFF』とかかれたバッジがありました。
「あやうくトラブルに巻き込まれるところでしたね」
この遊園地、やっぱり怖い……。
周囲を見渡せば一見普通の遊園地。向こうではミニスカートの女の子の三人組が自撮りをしています。
自撮りって私、出来ないんですよね。私は私の姿を見るのはあまり好きではないのです。幼少期に容姿でいじめられたことが原因なのでしょうか。卒業アルバムも自身の姿がそこにあるから見られない。
自分の写った写真って、なんかこう……見る気は起きないのです。
でもせっかく遊園地に来たのだから、写真くらいとっておきましょうか。あとで見返すとは限りませんが。
スマホで風景をパシャパシャと撮ってみました。
「あ! ざまぁニャンだ!」
「本当だ。 ざまぁニャンが家から出てきた!」
「え? 激レアじゃん!」
三人組の女の子が騒ぎ出します。彼女たちの視線を追えば、先にある20段ほどの階段の上にカラフルな家が建っており、そこの玄関前にはピンクとマゼンダの縞々柄の、それはそれはブサイクな猫の着ぐるみが立っておりました。
ざまぁニャンなる者が手を振れば、女の子たちは興奮し、彼(?)のもとへ駆けていきます。『ざまぁランド』のマスコットキャラ的な存在なんでしょうね。
女の子たちはざまぁニャンのもとへ行き写真を撮りまくっていります。ざまぁニャン、階段のすぐそばまで来ているものですから、女の子たちは階段に立ったまま撮影をしておりました。
「かわいいー!」
へぇ、今時はあんな品性のない猫が可愛いんですか。わかりませんね。
しばらくすれば、ほかの女性や子供たちも集まってきて、ざまぁニャンに写真をパシャパシャ。
ねぇ、ざまぁニャン。階段の上にいるものだから、みんな階段に立って写真を撮影しておりますよ。ざまぁニャンの中の人よ、もう少し下がって、みんなに平地で撮らせてあげて。
おや、よく見れば女の子に混じって中年男性もざまぁニャンに群がろうとしています。男性はミニスカートの女の子の背後に密着していました。そこまで着ぐるみが好きか。
「私も撮影しておきましょうか」
遠くからでもいいや。群れの中に飛び込む気も起きず、遠方からざまぁニャンを撮影します。すると、階段の下から撮ったためか、ざまぁニャンよりも群衆がメインで撮れてしまいました。
まぁいいでしょう。そこまで興味ないですし。
気がつけば中年男性の姿が消えておりました。ざまぁニャンに近づけずに諦めたのでしょうか。
私は群衆渦巻く階段の下で、遠くの観覧車や園内に植わる樹木を撮っていました。
「これだけ撮ればいいでしょう」
なんだか義務的な感じで写真を撮ってしまいましたね。白ウサギ(P.N)さんとアマビエさんのいる広場へ向かおうと思ったときでした。
「おい、俺のこと撮っただろう!」
一人の男性がこちらへ向かってきました。
「オマエ、俺のこと撮っただろう!」
いきなり迫ってきた男性に気が動転しましたが、もちろん否定します。
「私はアナタなんて撮っていません。撮っていたのは風景です」
「ホントだろうな」
男性は20歳前半でしょうか。妙に痩せていて目つきの鋭い人でした。
男性は私のことをジロジロ見るなり言いました。
「まぁいい。俺はな、爆弾を仕掛けたところを撮られたのかとばかり思って」
「え? 爆弾?」
すると男性は気がふれたように、怒りを交えて早口でまくし立ててきました。
「ああ、そうさ。俺は学校に、社会に、そして世間に虐げられてきた。こんな生きづらい世界は壊れてしまえ。この世界は消えるに値する。俺はこんな世界を爆弾で滅ぼす権利があるんだ」
これはざまぁランドのスタッフが仕込んだイベントなのでしょうか。しかし私の胸の名札は、スタッフによるイベント発生を拒否する『NO』を表向きにしていますし。彼は『STAFF』と書かれたバッジをしていませんでした。するとこれは、ガチなのか。
私が黙って男性を見ていると、男性は返事を求めるかのような視線を送ってきました。
「えっと、大変でしたねぇ」
「ああ、大変だったさ。俺はこの遊園地に合計五か所も爆弾を仕掛けてやった。そしてこれが爆弾の起爆装置だ。見てみろ」
男性はカバンを開けます。どうしてそんな大事なモノを私に見せる?
そう考えながらもカバンの中を覗き込んでしまします。恐いもの見たさ?
カバンの中にはスイッチがたくさんついた器材がありました。
「これがあればざまぁランドに仕掛けた爆弾を爆発させることが出来るのだ」
「なぜ、ざまぁランドを標的に」
「こんなところで遊んでいる連中はシアワセなヤツに決まっている。俺はそんなヤツらを不シアワセにしてやるのさ。俺と同じにしてやる!」
男はひとしきり笑いました。
「さて、爆発に巻き込まれたくなければさっさと帰るんだな」
男はそう言うと去っていきました。
「なんだったんでしょうか」
男の言うとおり、本当に爆弾が仕掛けられているのならば、早くここから友人とともに避難しなければなりません。
でも、本当に爆弾なんてあるのでしょうか。
私はスマホの中の写真を見ました。
「これでしょうか」
写真の中から男が写っているモノを見つけたのです。写真の中の男は木の根元でしゃがんでいるところでした。私は写真の木の根元まで行ってみました。木の根元は空洞のようなものがあります。覗き込んでみましょう。
「ひいいっ」
思わず尻もちをつきました。そこにはダイナマイトと思しき筒と、コードの延びた器具があったのです。遠隔起動式の爆弾に違いありません。これと同様の物が園内にあと四つも仕掛けられているなんて。
それらが爆発すればざまぁランドは吹き飛ぶでしょう。白ウサギ(P.N)さんやアマビエさんはもちろん、ここにいる全員の命が危ない状況です。
早く皆さんに知らせなければ。そう思って立ち上がったときでした。
「おい、アンタ」
まるでボイスチェンジャーを使っているような低い声。ドラマで電話越しに誘拐犯が身代金を要求してきそうな、地獄から響いてきそうな声でした。
ふり向けば、そこにはゴリラのようなオッサンがおりました。
「アンタ、さっきスマホでこの辺りを撮影していただろう」
ゴリラは爆弾男の仲間! 私が爆弾のことを周囲に知らせようとしたから抹殺しに来たのですね。恐い。
ゴリラは怯える私に言いました。
「アンタが撮った写真の中に俺が知りたい情報があるかもしれないんだ。見せてくれないか」
ゴリラはぐいぐいと迫ってきました。近い。怖い。ゴリラ臭い。これ以上来ないで。イケメンにも迫られたことないのに……。
か弱い私に出来ることといえば、これしかありません。
「爆弾のことは、誰にも言いませんから!」
そう言って全速力で駆け出しました。走りながら振り向けば、ゴリラが何か言いながら追いかけてきます。私を殺すために。
日ごろの運動不足と、学生時代からの鈍足は何だったのか。疾風のように駆け抜けた私は運よくゴリラを撒くことが出来ました。そして白ウサギ(P.N)さんたちが待つ広場に到着。
「ゼェゼェ、はぁはぁ、ひぃひぃ、ぐえぇぇぇ!」
広場に辿り着いた私を、白ウサギ(P.N)さんとアマビエさんがどうしたことかと目を向けます。
「どうしたのアリスさん。様子が変だよ」
「それが、その……」
広場には多くの露店や移動販売車が並び、フランクフルトや焼きそばなどが売られています。四人掛けの白い円卓もたくさんあり、多くのお客さんが食事をし、家族や友人と歓談を楽しんでおりました。まもなく爆発で死んでしまうとも知らずに……。
とりあえず白ウサギ(P.N)さんに事情を説明しよう。そう思い、彼女たちが座る円卓の椅子に腰をかけようとしたときでした。
視界の片隅に爆弾男が見えたのです。露店の前でタピオカを飲んでおりました。なに悠長にタピッてんだよ。はっ、爆弾男がここにいるということはゴリラもここにいるということで……。
ガクガク、ブルブル。さっきトイレに行っておいて良かった……。
私は椅子に座ると、円卓に伏せるように頭を低くしました。
「どうしたの? 眠いの?」
白ウサギ(P.N)さんは不思議そう。たしかに今の私は、あたかも学生が机で寝に入るスタイルですが、恐ろしすぎて眠ることはできません。下手すればゴリラに殺されるという恐怖。生まれて初めて味わうタイプの生命の危機です。
「もしかして、ざまぁの途中? どんなざまぁなの? 聞かせてよ」
純粋な子供のように目を輝かせて聞いてくる白ウサギ(P.N)さん。
「随分と怖い目にあったようですね」
アマビエさんは買ってきたコーヒーを差し出してくれました。
爆弾のことを言うべきか。言わなければ皆さん爆死してしまう。言わなくてならない。しかし喋れば騒ぎになって、爆弾男やゴリラに私が他人に知らせたことがバレてしまう。
今年最強のガクガクとブルブル。ブルドック、ブルドント、ブルーデスティニー。私の運命はゴリラに握られている。
とりあえず目の前にいる二人だけでも助けなければ。妙にざまぁが好きな友人と、今日知り合ったばかりの友人だけでも逃がさねば。
「お二人とも、もう十分に楽しまれたのではないですか。丁度お昼時ですし、ざまぁランドの外に出て美味しいものを食べに行きましょう。なんなら奢りますよ」
けれど白ウサギ(P.N)さんは即答します。
「お昼ならここでも食べられるよ」
「うっ。そうだ。ちょうど私が好きなドラマが映画化されているんです。みんなで観に行きましょう」
「映画は次の機会でいいよ。それにまだ二回しかざまぁしていないし」
「あまり長くいると、すごくマズイことになると思いますが」
「ざまぁはスタッフが仕込んだことだから、本当のトラブルではないんだってば。どうしたの、アリスさん?」
どうしたもこうしたも、どうしてこうなった。
「もしかして、体調がすぐれないのではありませんか?」
アマビエさんが心配して覗き込んできます。
「全然元気です」
心配させまいと私は顔を上げました。そのとき、視界の片隅に爆弾男が見えたのです。出店の前でチーズタッカルビを食べておりました。思わず円卓に顔を伏せます。あの野郎、なにチーズ伸ばしてんだ。けっこう人生楽しんでいるじゃないか。
「やっぱりアリスさん、ざまぁランドが嫌い?」
白ウサギ(P.N)さんが怒ったような、それでいて悲しげな声色で聞いてきました。
「今日はみんなと楽しもうと思ったのにな。でもアリスさんは気に入ってくれなかったんだね。私ね、今日を楽しみにしてたんだ。でもアリスさんが帰りたいなら、それでいいよ。また一人で来るから……」
最後は消え入りそうな声量でした。違うんです白ウサギ(P.N)さん。ざまぁランドが気に入らないとか、そんな問題ではなく。
ゴンっ。
どうやって釈明しようかと悩む私の椅子の背もたれに、何かがぶつかりました。振り向けば、うしろの円卓には荷物だけが置かれており、そこへ家族連れが戻ってきたところでした。どうやら円卓を確保するために荷物を置き、食べ物を買いに行っていたようです。
父親と二人の子供が席に着き、最後に母親と思しき女性が、自分が座るための椅子を引き、真後ろにいた私の椅子にぶつかったようです。母親は謝りもせずに、家族たちと円卓につきました。
一瞬、スタッフがざまぁを仕込んできたのかと思いましたが、その方たちにはスタッフのバッジが見当たりません。ただのマナーの悪い客だったようです。
気を取り直して白ウサギ(P.N)さんを説得し、どうにか二人を外へ連れ出さなければ。どうにかIQを上昇させて、言葉巧みに話かけようとした、そのとき。
「ないっ。ないわっ!」
再びうしろの母親でした。見ればハンドバッグに手を入れて何かを探しています。
「ないっ。この中に入れておいた指輪がなくなっているの。大きなダイヤがついたものよ。どうしてないのよっ」
大声でキレ気味に、ハンドバッグにまくし立てています。まわりのお客さんも何事かと注視しています。
「ないっ。どうしてないのよ。高かったのに。まさか盗まれた!」
母親は周囲を見渡しました。そして、なぜか私と目を合わせたのです。
「アンタね、盗んだのはっ!」
「え?」
どうしてか、私を泥棒扱いしたのでした。
「私ですか?」
「アンタが指輪を盗んだんでしょう。近くにいるんだし」
「盗んでいません。アナタが指輪を持っていたことも存じ上げていませんし」
「じゃあ、どうしてコソコソしてるのよっ」
コソコソ? もしかして頭を低くし、円卓に突っ伏している体勢のことですか。これはゴリラから身を守るための姿勢です。
「ちょっとぉ、この人、私の指輪を盗んだのよ。だれか警察、警察を呼んでちょうだい!」
周りのお客さんが続々と集まってきます。
「なんだろう?」
「え、ざまぁ?」
「いや、両方ともスタッフのバッジをつけてないぞ」
私は抗議しました。
「私は盗んでなんかいません」
「嘘言わないで。いいから指輪を出しなさい!」
「なにが『いいから』なんですか? 盗ってない指輪なんて出せません」
「そんな見え透いた嘘なんて、すぐにバレるんだから。みなさん、この人は私たち家族がいない隙に、バッグの中から指輪をとったのよ。すぐ近くにいたアンタなら盗めるでしょ」
この女、大声を出すことで周囲を仲間にして、同調圧力をかけてくるタイプか。
「そういえばアリスさん、さっきから帰りたがっていたよね」
ここで白ウサギ(P.N)さんが発言。
「もしかして指輪を盗んだから? それに無職でお金がないはずなのに、お昼ごはんを奢るとか言っていたし。大金が手に入る予定でもあったの? もしかして指輪を売って、そのお金で……」
この人は本当に私の友人なのだろうか。母親は言います。
「やっぱりアンタが犯人なんじゃないの!」
「お母さんに指輪を返せ!」
「そうだ! そうだ!」
子供まで参戦してきやがったか。旦那のほうは。黙っていやがりますね。そこには日頃から我の強い妻に辟易している男の顔がありました。
対して、私の仲間はというと。白ウサギ(P.N)さんは私に不利になることを喋るだけ喋り、今は顔面蒼白で固まっております。くそっ。やはりガチのトラブルには弱いか。
アマビエさんは、私と目が合うと、意を決したように駆けて行ってしまいました。火の粉が降りかかる前に距離を取ったのですね。今日知り合ったばかりの仲ですもの。そんなものよ。
仲間ではありませんが、爆弾男。群衆の中で虹色の綿飴を片手に自撮りしていました。アイツ、私より人生を楽しんでいるだろ。
「なんだなんだ? どうしたどうした?」
騒ぎを聞きつけてか、年配のスタッフがやってきました。
「この人が私の指輪を盗ったのよ!」
「はい?」
「私は盗っていません!」
双方の異なる言い分に困惑するスタッフ。すると母親はスタッフに喰いかかります。
「私は毎週のようにざまぁランドに来ているのよ。どうして私を信じないの!」
信じる信じないに来園回数は関係ないと思います。
困っているスタッフを見限ったのか、母親は再び私を罵倒してきます。
「いい加減にしないと警察呼ぶわよ」
「呼べばいいじゃないですか。私、悪いことしてませんから」
「ぐっ! 警察呼んでちょうだい」
母親は旦那に向き直りました。旦那は躊躇するようにつぶやきます。
「け、警察? え、それは……おまえ、あまり大事にするなよ」
「役に立たないわね。誰か、警察呼んで!」
自分で呼べばいいのに。母親の悪態はさらに増長します。
「やってないというのなら、証拠を見せてちょうだい!」
「やってない証拠?」
「そうよ。持ち物を全部見せて。カバンの中身」
「え? どうしてカバンの中を見せなければいけないんですか」
「見せられないの? カバンの中に盗んだ指輪があるんでしょ」
カバンの中身を他人に見せるなんて。もちろん指輪はありませんし、たいしたモノも入っておりませんが、でも。
「いいから見せなさいよっ」
さっきから何が『いいから』なんでしょうか。どのへんが『いい』のかまったく分かりません。そんなことを考えていたら……あっ!
母親が私のカバンを奪い、ファスナーを開けて逆さまにして、中身を円卓の上にブチまけました。卓上に散らばる財布やスマホ、その他いろいろ……。
なんだか自分の個人情報が群衆の前で明かされた気分がして、泣きそうな気持ちです。もう、抗議する気持ちも萎えてきてしまいました。
母親は尚も私のカバンに手を突っ込んで指輪を探しております。
「あの、指輪はないように思えますが……」
卓上に散乱した私の私物を見て、年配のスタッフが母親に声をかけます。
「え、そんなはずは。あ、そうよ。きっとどこかに隠したんだわ。どこに隠したの!」
まだ疑惑の目を向けてくる母親。周囲の目が私に降り注ぎます。私はもう疲れてしまいました。もう、どうすればいいのか。
誰か、助けて。
「ありましたっ! 指輪はありました!」
そこへ群衆を掻き分けてアマビエさんが戻ってきたのです。
「指輪、ありましたよ。今はここの警備室の忘れものコーナーに届いているそうです」
「え?」
母親がバカげた声を出します。みんなが状況を理解できないことを察したであろうアマビエさんは言いました。
「アナタがた、さっきジェットコースターに乗るために並んでいましたよね。私、憶えています。そのときハンドバッグをロッカーに預けていましたね。ジェットコースターのスタッフに聞いたところ、ロッカーの中に指輪が残っていたそうです。きっと預けたときにバッグのフタが開いていて、指輪がこぼれたのでしょう。今は警備室で預かっているとのことでした」
「そんな……」
母親は間の抜けた声でアマビエさんに返しました。思い出した。この女はジェットコースターのロッカーにいた家族連れの母親です。
アマビエさんは私に笑顔を向けてくれます。彼女は私の危機に、母親のことを思い出して、ジェットコースターまで駆けて行ってくれたのですね。ありがとう、アマビエさん!
そして、母親はというと何食わぬ顔をして、家族に振り返ります。
「まったく紛らわしいわね。さぁ、指輪を取りに行くわよ」
母親はこちらに謝りもせずに、家族を促してこの場を去ろうとしています。
私は呆れてしまい、声も出ずに見つめていると、母親は逆ギレするように一人ごとを言い始めました。
「誰にでも間違いはあるわ。それにしても、ロッカーが小さいのがいけないのよ。家族全員の荷物を押しこんだら、そりゃバッグだって逆さになって、中身だって出るわよ。あ~あ、余計な手間を取らされた。まったく、やんなるわっ」
まるでこちらの抗議を諦めさせようとするほどの、強くて大きい自分本位な独り言です。それは自分が悪くないと言い聞かせているようにも感じられました。
家族はこの騒ぎで食事が終わっておらず、それでも母親は居たたまれないのか、子供と旦那に移動を促します。
「あーあ、なんだか今日はもう疲れたわ。指輪を受け取ったら帰るわよ」
やはり自分が悪いと思っているのか。だったら一言謝ってよ。
「あの、お客さん」
年配のスタッフが母親を引き留めようとしました。呆然とする私と卓上に散乱した私物を慮ってのことでしょう。
すると母親は振り向き。それはまるで、自分を追求したら許さない。そう言っているかのような、地獄の鬼のような形相で私たちとスタッフを睨みつけたのでした。
これだけ恥をかかされて、謝罪のひとつも受けることもないなんて。私って一体なんだろう。
「勝手に帰られたら困るんだよな」
そのとき、まるで地獄から響いてくるような低音ボイスが放たれました。
例のゴリラが現れたのです。母親は抗議します。
「アンタ誰よ。帰るのなんて私の勝手でしょう」
「ああ、俺が用のあるのはアンタじゃなくて旦那のほうだ」
ゴリラは旦那に視線を向けました。
「この遊園地では毎週のように盗撮被害が出ているんだよ。そこの旦那さん? あんた、毎週のように、この遊園地に来てるんだって?」
「あ……」
たしかに母親は毎週のように来園していると言っていました。旦那の顔に陰が落ちます。どういう状況でしょうか。
「あんた何なのよ! 関係ないでしょ!」
母親に食ってかかられたゴリラは、平然と返します。
「関係あるんですよ。さっきから警察呼べって言っていたでしょ。俺は地元警察の生活安全課の刑事だ。盗撮事件が多いんで、ちょっと見周りに来させてもらってんの」
すると母親は固まってしまいました。
「ところで旦那さんよ。あんた、さっきマスコットキャラの階段のところで、妙に女の子の背中に張り付いていたけれど、なんで?」
すると旦那は震えだしたのです。一体何なのでしょう。ゴリラは続けます。
「俺さ、女の子に話しかけてみたんだけど、女の子が言うには盗撮されたかもしれないって言うんだよ。そこで直前まで女の子の背後にいた旦那を探していたんだ」
「それは……」
「もしかして」
旦那はものすごい剣幕でゴリラに挑みました。
「違う! 証拠はあるのか! なんだ、俺が盗撮犯とでも言うのか。家族で遊園地に来ているだけなんだぞ。俺はな。マスコットなんて知らないぞ!」
「証拠? いいのか。証拠出しちゃって」
するとゴリラは、いいえ、刑事さんは卓上にある私のスマホを取ると私に差し出しました。
「さっきは驚かせてすいませんでした。キミ、写真を撮っていたでしょ。猫のマスコットの写真。あれ、見せてくれませんか」
私は言われるがままに、スマホを受けとると、今日撮った写真を次々と刑事さんに見せました。
「あ、それ。その写真。その写真が見たくて話かけたんだ」
その写真とは。私がマスコットキャラのざまぁニャンを階段の下から撮った写真。それは『ざまぁニャンに群がるお客さんを階段の下から撮った写真』といったほうが正しいでしょうか。
「ちょっとお借りしますよ」
そう言うと刑事さんはスマホを手にとり、写真の一部を拡大。そこには、階段上でざまぁニャンに夢中になるミニスカートの女の子を、階段の一段下から密着している中年男性の姿がありました。
この中年男性の服装、よく見れば旦那です。
刑事さんは、その画像を旦那に突きつけました。
「これ、あんただよね」
「ううっ」
「どうして、こんなに女の子に近寄ってるの?」
「…………」
「ちょっとアナタ、どういうことなの!」
母親は旦那に説明を求めます。しかし介在の余地はないようで、刑事さんは旦那と話を進めます。
「あんた、スマホの中の写真、見せてくれない?」
「それは、それはダメだ。プライバシーの侵害だ」
「あんたの奥さんだって、罪のないお嬢さんのプライバシーを暴いたでしょうが!」
卓上には、群衆の前で母親からカバンを逆さにされ、散乱した私の私物が晒されている状態でした。
「隠していたら、ためにならないぞ」
「…………」
旦那は無言でスマホを差し出すと、刑事さんはスマホをスワイプしていきました。
「あ、これは。決まりだな。ん? これはOLの制服か。あんた、会社でも盗撮していたのか」
黙りこんでしまった旦那。
「じゃあ、署まで来てもらおうか」
「待ってくれ。会社にはこのことは言わないでくれ」
「何言ってんだ。会社にも被害者がいるんだ。確認させてもらう」
「それでは俺はクビになってしまう」
「クビになるかどうかは会社が決めることだ。あんた、たくさんの女性を盗撮しておいて、これまでどおりの生活を送れるとでも思っているのか!」
「俺には家族が」
「被害者にも家族はいるんだよ! 被害者だってあんたと同じ人間なんだぞ!」
すると旦那は逃げ出しました。家族を置いて。しかし、それも五歩ほどのこと。
「待て!」
ゴリラは物凄い瞬発力を発揮。すぐに旦那を取り押さえて組み敷きました。警察官って悪人を前にすると日頃の鍛錬が解放されるんだなって思った瞬間でした。
「逃げると逮捕もんだぞ」
「うう……」
旦那は観念したようです。
「そ、そんな。盗撮って。クビって。私たちの生活は。まだ子供も小さいのに」
母親は泣き崩れました。わんわんと泣いています。声の大きい女は泣き声もうるさいんだなって思った瞬間でした。イキがっていた子供たちも、状況を察してか神妙にしています。
刑事さんは旦那を拘束しながら、スマホを返してきました。
えっと、つまり。私が爆弾男の仲間だと思っていたゴリラの正体は盗撮犯を追う刑事。私を追ってきたのは、盗撮の決定的証拠を私が撮影したから。そういうことだったんですね。
「すげぇぞ、あの人。迷惑女をざまぁしやがった!」
「正真正銘のざまぁなんて初めて見た!」
「これぞ、人としての正しきざまぁだ。素晴らしい!」
そして、群衆から歓声が上がり、拍手が巻き起こったのでした。
「すごいよアリスさん。リアルざまぁだよ。ざまぁで性悪女をやっつけたんだよ」
白ウサギ(P.N)さんが嬉しそうに近づいてきました。
周囲の「いいものが見られた」「スカっとした」「きっとあの人は日頃の行いが良いんだね」そんな声が私を包みます。
「まったく、私の友達を疑うなんて失礼しちゃうよ。でも仕返しが出来て良かったね、アリスさん」
歓喜のオーラを発する白ウサギ(P.N)さん。そんな彼女が見つめる先には、刑事さんに捕まる旦那。そしてこの世の終わりのように泣きじゃくる母親でした。
「いいワケない」
「どうしたの?」
私の口からこぼれた言葉を受け、白ウサギ(P.N)さんが首を傾げます。
なんだか違う。ざまぁランドの真相を聞いてから、ずっと溜めこんでいたナニカが爆発しました。
「いいワケないでしょう! 私、とってもイヤな想いをしたんです。せっかく遊びに来たのに疑われ、人前で私物を公開されて!」
「でもざまぁできたじゃん」
「何がざまぁですか! 私は平穏に暮らしたい。たしかに相手に一矢報いることが出来ました。でも、イヤな想いは確実にしてしまった。きっと一生憶えているでしょう。ここに来るたびに、それどころか、ほかの遊園地に行ったって今日のことを思い出してしまいます。そのたびにイヤな気持ちがよみがえって、きっと、きっと何も楽しめませんよ」
「落ちついてアリスさん。ざまぁは完了したんだよ。それでいいじゃん」
さっきから、なにが『いい』んだ。
「良くありませんよ。仕返しして、仕返しされるくらいなら、みんなで仲良く。仲良くできるように工夫するべきでしょう。アレを見て下さい!」
私は涙で厚化粧が落ち、化け物のようになった母親を指さしました。
「あれは人前に出すべき顔ではありません。たった一言の謝罪で十分だった。あそこまで仕返しする必要なんてなかった。ここまでするなんて。自分の悲しみや、他人の悲しみまで歓楽の一環にするなんて、皆さん、どうかしています!」
「でも、人間は全員と仲良くなんてなれないし、必ず軋轢が生まれるんだよな」
群衆の中から意見が飛び出しました。
「生きていれば必ずイヤな想いをする。だけど、それでは心が収まらない。だからざまぁが必要なんだ」
「そうだ。ちゃんとざまぁ出来たキミは恵まれているよ」
「ざまぁは人類にてとってインフラだ。だからこそ、さまぁ系もありふれているんだ」
この人たちは! 反論してやる。
「そんなの間違ってる。そんなことが人のシアワセでいいんですか。シアワセっていうのは……あれ、どんな漢字だっけ。たしか……辛。違う。ああ、出てこない。御縁がないからか。とにかく、人のシアワセって仕返しとかではなく、もっと、人の役に立ってこそ」
「そんなの理想論だよ」
白ウサギ(P.N)さんが、虚ろな目で私の手を取りました。
「私たちは人の役に立てない。夢も叶えられない。日々を一生懸命生きていくだけ。そんな私たちに嫌がらせをする人間は必ず存在する。だから、そんな人間にはざまぁするしかない。これは防衛手段でもあるし、私たちに残された最後の自由な選択なの」
「そうだ。ざまぁしなければ明日も辛い目に遭う。ざまぁ出来なければ、たとえ作られたざまぁでも、それにすがるしかない」
「お客さんにはざまぁの才能があるようです。さぁ、これからも素晴らしきざまぁを見せて下さい」
「一緒にざまぁを楽しみましょう」
群衆やスタッフまでもが虚ろな目で私へ迫ってきたのです。
「違うっ!」
私は白ウサギ(P.N)さんの手を振りほどきました。
「人間は、人間はそんなものではないはずです。私は」
「アリスさんでは誰かの役に立てないよ。医者でも消防官でもない。ただの無職だもの」
「それでも、私は」
私は爆弾男を探しました。いた。群衆の端のほうで、今度は大きな牛肉串を食べていやがります。私は爆弾男に跳びかかりました。
「この人生エンジョイ野郎め!」
「ぐえええ!」
私は爆弾男の腕を力の限り掴みます。そして旦那を連行しようとしている刑事さんに叫びました。
「ちょっとゴリラ! いえ、刑事さん」
「どうしたんだ?」
「この男は爆弾を持っています! 園内に爆弾が仕掛けられていて、こいつは起爆装置で、ここを爆発させようとたくらんでいるんです!」
「え? 牛肉串が爆弾?」
要領を得ないゴリラめ。私は爆弾男のカバンに手を突っ込みました。
「お、おいやめろ!」
「暴れないでください。あ、あった!」
爆弾男のカバンから起爆装置を引き抜きました。
「これが起爆装置です。園内の各所に爆弾が仕込まれています。こいつが爆弾を仕込んでいる証拠の写真もあるんです。すぐに逮捕して下さい!」
ところが皆さんのリアクションが芳しくありません。迷惑女のざまぁからの急展開。皆さん、状況についていけないようです。
「くくく」
爆弾男が不気味な笑みを浮かべました。
「爆弾は時限式でもあるんだ。俺が逮捕されても、爆弾を探しだして処理しなければ、間もなくこの遊園地は火の海になるんだ」
「なんてことを」
「遊園地にくるようなヤツはシアワセを享受している。せめてたくさん死んで俺みたいな人間の鬱憤を晴らさせてくれ」
「あなたみたいな人間がシアワセを語るな。こんなもの!」
私は起爆装置を地面に叩きつけました。
それでも、どういう造りになっているのか。起爆装置は壊れません。
「ムダだ。その装置は頑丈だ。装置が壊れなければ、時限爆弾は勝手に爆発するんだ。ククク」
くそぅ。刑事さんは盗撮犯で手が一杯のようですし、スタッフは棒立ちになっております。このままでは。爆弾男がせせら笑います。
「お前だけでも逃げたらどうだ。俺と同じ、つまらない人生の臭いがする。シアワセなヤツらなんて」
「私のような人間でも、人は守れます」
「あ?」
「ここにはシアワセな人間なんていません。みんな不シアワセです。生きづらい世界なんです。でも、不シアワセのままで死んでたまるか!」
私は起爆装置を拾いあげました。
「これを壊せばいいんでしょう!」
どうする。そんなときに目に映ったのは園内の案内図でした。
閃きました。そして私は駆けました。
広場を出てジェットコースターの横をすり抜け、どこかの誰かの仕込まれた『ざまぁ』のあいだを貫いて。
そうして到着したのがスワンボートの乗り場。学校の校庭くらいの池が広がっております。機械は水に弱いはず。ここに飛び込めば!
起爆装置を抱きかかえ、池を前にする私。事情を知らないお客さんが何事かと見てきます。気にしてなんかいられません。
それにしても、池、深いな。それに冷たそう。躊躇っていたときでした。
ポケットのスマホがLINEを受信しました。見てみればアマビエさんでした。
『どこにいるんですか。お願いです。早まらないで。アリスさんは私の大切な友達』
フっ。今日初めて会ったのに、私のために指輪を探し、えん罪を晴らしてくれた。私のために駆けてくれて、そうして今は私の心配をしてくれている。
「フフっ。大切な友達かぁ」
今一度、起爆装置を抱きしめて。
「それだけで、じゅうぶんだぁぁぁ!」
私は池へと飛び込みました。
★
そして……病院のベッドで目を覚ましました。
私は気を失いながら、起爆装置ともども池にプカプカと浮いていたそうです。起爆装置と時限爆弾はとても稚拙な構造で、爆発できるつくりではなかったようです。それでもダイナマイトは本物だったので、爆弾男は警察に逮捕されました。
以上のようなことを、病院でずっと付き添ってくれた白ウサギ(P.N)さんとアマビエさんが教えてくれました。
ただの気絶で入院していた私は即日退院し、その後は警察で事情聴取されました。
そして、さらに二週間後。
「サンダーストリートの案件ですが、特許申請は通らなかったみたいです」
退院以来、久しぶりにアマビエさんと会っております。今日は白ウサギ(P.N)さんはいません。
「そうですか。これで自由の身ですね」
「はい」
アマビエさんはにっこりと笑顔をつくりました。
「それにしてもアリスさんは素晴らしいです。多くの人命を守るために起爆装置とともに池に飛び込むなんて」
今にして思えば、装置に重りをくっつけて池に沈めるだけでも良かったんですよね。
「実は私、悩んでいたんです」
アマビエさんはうつむいてしまいました。
「いま、人類は未曽有の危機にさらされています。それなのに人間ときたら、互いに蔑みあい、弱点を探しあい、攻撃を繰り返す毎日。私はこの世界を去ろうと考えておりました」
「え?」
「でも、アリスさんのような素晴らしい人間もいた。私、もう少し人間社会に留まって、与えられた設定能力で人々を救っていこうと思います」
「はぁ……」
アマビエさんは顔を上げると、溌剌とした表情を見せてくれました。なんだか分かりませんが、彼女がヤル気になってくれて良かったです。
さらにアマビエさんは全身から神々しいオーラを発散させました。まるで空気清浄機のように周辺のウイルスや雑菌を除去していきそうな勢いです。
私はそんな彼女の姿を、なんとなく絵に残したいと思いました。写真はダメ。災いの素ですからね。
「アリスさん、そろそろ時間なのでは」
「あ、そうでした」
今日は二人で映画を観に行く予定なんです。
『10年OL井戸端イケ子 VS 宇宙派遣ギャバリバン』
大好きなドラマの劇場版なのです。
「アリスさんがお勧めしてくれるのだから、きっと素敵な内容なんでしょうね」
「期待していて下さい。テレビドラマでは、すごく面白かったんです。私は主人公から何度も勇気をもらいました」
私は二人分の映画のチケットを握りしめます。
「それにしても、サンダーストリートの件。少し残念でしたね」
私がそう言うと、アマビエさんは不思議そうにします。
「何故です?」
「だって大手広告代理店に就職できたようなものではないですか」
「フフ。悪い冗談」
こうして私は新たな友達と映画館へ向かいました。
映画の内容は、テレビドラマとは違い、見事なざまぁでした。
おわり
第3章終了しました。お読みいただき、ありがとうございます。
ここで読者の皆様にお願いがあります。
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もしも、この星々が
☆□▽=○
なのならば、『超力戦隊オーレンジャー』だと思うのです。
作者はイエローが好きでした。読者の皆さんは何色派ですか?
明日も投稿します!




