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6.天才の作る魔道具

 その頃、王太子が帰国して1ヶ月が経とうとしていました。ヘレナに嫉妬しつつも、自国の公爵家やウーシュル国の王家を恐れて直接危害を加えられない者たちは、代わりにアンナへの嫌がらせを激化させていました。


 (アンナ様の文具ごと隠してしまった時はヘレナ様に助けられてしまいましたから、文具入れだけ隠してしまいましょう)


 その日、アンナは文具入れを見つけられず、移動が必要な授業では文具をハンカチに包んで持ち歩きました。


「あら、あれって新しい流行のつもりかしら?それとも新しい文具入れすら買う余裕がないほど、伯爵家は経済的に困ってしまわれているのかしら……」


 (文具を隠したらハンカチで包むなんて。足りない頭で少しは考えましたのね。面白い考えですこと)


 クスクス笑いながら彼女たちは話しました。


「歴史ある伯爵家ですのに……。でも、いくら歴史がある家だと言っても、子孫にまできちんと能力が受け継がれるのは珍しいことですから、経済的に困窮されてしまっていても仕方がないのではなくて?」


 (お勉強ができたとしても、経済面への知識が秀でているとは限りませんわよね。まあ、私たちが彼女の文具入れを隠したのですけれど、もう捨ててしまいましたもの。学園の隅にあるゴミ箱に入れてしまいましたから、どうせ誰も見つけられませんわ。それに、伯爵家の経済状況がどうかなんて知るところではないですし。私たちがいくら言っても聞く耳を持たれなかったあの生意気なアンナ様が貶められると気味がいいですわ)


「アンナ様は優秀ですけれど、ご両親の方は数字に少し疎くていらっしゃるのかもしれませんわね」


 (そもそも、女性は良いお相手と結婚して無事に子を産みさえすれば勝ちですもの。執務なんて男性にお任せしてしまえば良いのですから、学力を高めることなんて、それほど価値がありませんわ。それに、学園の成績だってヘレナ様ほどではないではありませんか。元よりエルフに勝とうなど、努力する方が無駄なのですわ。アンナ様の見た目だってヘレナ様と比べたら雲泥の差ですし)




 別の日には。


 (アンナ様は靴をひっくり返したくらいでは驚かれませんでしたわね……画鋲でも入れてしまいましょうか?)


 その日、アンナは靴を持った時、わずかに重さが違うように思いました。雨の日であればよくあることでしたが、その日は晴れていましたから。


 アンナが靴を少し傾けると、いくつもの画鋲が転げ落ちたのでした。


 (まあ……。随分と沢山用意されたのですね。もし学園の備品であれば持って帰ってはいけませんから、近くの掲示板に刺しておきましょうか)


 そうしてアンナは画鋲を掲示板に刺し直すと、家へと帰りました。掲示板はまさにその画鋲の数だけ穴が残っていましたから、ちょうど良かったのです。




 でもある日、本当にいつもと変わらないある日、突然、彼女たちの行動は明るみになりました。


「サリー子爵令嬢、リリー男爵令嬢、ニーナ伯爵令嬢……は、職員室に来るように」


 学園内放送で突然名前が読み上げられ、嫌がらせをしていた貴族令嬢たちは呼び出されました。そして、彼女たちはそのまま憲兵に突き出されたのです。


「先生方!どうしてこのようなことをなさるのですか!?」


「私は何もしておりませんのに……」


「学園長、これはきっと何かの間違いですわ!お父様とお母様を呼んでくださいませ!」


「そうですね。事情をお話ししなければなりませんし、お呼びいたしましょう」


 その後、彼女たちが言う通り、彼女たちの両親は学園へ呼び出されました。しかし、残念ながら、彼女たちの思うような展開にはなりませんでした。


 以前ヘレナが家族へ相談した後、クルトは宣言通り数日で魔道具を再現製作していたのです。


「うーん、再現はできましたけれど、この魔道具、もっと色々調整できる気がするのですよね……。何個か作ってみましょうか。姉様のためにもなりますし」


「私のためというのは明らかについでですわね?でも、私の友人のためですから、いくらでも作ってしまってくださいな」


「そうそう姉様。そのために少し火の精霊の力が必要になりそうですから、火の精霊のところへ案内してください」


「それぐらいお安い御用ですわ!……普通のエルフであれば、精霊を見ることも、精霊の声を聞くことも、どちらも当たり前のように出来るのでしょうね」


「そうみたいですね。精霊がどんな姿なのか、僕も見てみたいですけれど、声が聞こえないのでは面白そうな話題も聞くことができませんから、僕は聞く方が遺伝して良かったと思っていますよ」


「私も声は聞いてみたいですけれど……。でも、あのように可愛いお姿が見られるのですから、精霊を見る方が遺伝して良かったと思っておりますわ」


「お互い反対ではなくて良かったかもしれませんね」


 2人は顔を見合わせてクスクスと笑いました。そこはクルトの実験部屋で、魔石が乱雑に転がる中でしたが、窓や壁にヒビも入っていなかったため、製作過程で爆発は起こらなかったようでした。




 そんなこんなで、大量の魔道具が製作されました。その魔道具は舞台劇鑑賞用の、その場の映像が何日も残せて後から再度映像を確認できるという、優れた魔道具だったのです。


 そして、それらは今では学園内の至る所に監視用として仕掛けられているのでした。


 ウーシュル国の王太子がいる間に貴族の学園内で本当に盗難が起きていれば大問題ですから、公爵が学園に掛け合って、クルトが製作した魔道具をいくつも学園に寄付したのです。


「ここを少し弄れば保存期間を伸ばす調整も出来そうなのですよね……」


「この部分を平らにしたら、天井にくっつけても目立たなく設置できそうですね」


「クルト!もう真夜中ですわよ!いつまでやってますの?」


「あと少し……」


 (私の話など話半分にしか聞いていませんわ……。これはもう、絶対に明日の朝まで実験していますわね)


 クルトのあくなき探究心により、やたらと数が増えた上に性能まで高くなっていた魔改造された魔道具でしたが、それを学園の者たちが知ることはありませんでした。


 全員が、ウーシュル国で発明・販売されたその魔道具の本体すら殆ど見たことがありませんでしたから。それほどには、魔道具は全体的にどれも高価すぎたのでした。


 初めての試みでしたから、学園の教師・公爵家の者たち何人かによって、毎晩のようにその映像は確認されました。皆、その珍しく面白い、素晴らしいおもちゃに夢中になったのです。


 かなり高価なおもちゃではありますが……。


 (やはりクルトは天才ですわ!それにしても、あの方々のアンナ様へなさる非道の数々、やり方がとても姑息で酷いですわ……。エルフが人間界に来なくなってしまったのも、精霊たちがあまり人間のそばでは楽しそうにしないのも、もしかしたら私が学んだ歴史以上に凄惨な何かがあったのかもしれませんわね……)


 ヘレナはクルトから報告を僅かに受けるだけでしたが、それでもアンナを思って少し心配したのです。


 当然、公爵の采配により、それらの記録はユーレイル国の王家へも共有されていましたから、公共事業に近いところがあったかもしれません。費用は全て公爵家の持ち出しという点以外は。


 公爵家には領地からの税収とは別に、クルトの発明品や代々の鉱山事業による幾つもの収入源がありましたから、魔道具の製作費は税収からの支出ではありませんでした。ですから、そういう意味ではやはり、公共事業ではないのかもしれません。


 しかし、クルトはというと、その収入源すら把握していない上、研究する必要経費が足りるのであれば、それ以上に興味はありませんでした。大体、面白そうなことさえやり続けられるのであれば、金などなくとも生きていけるのです。


 エルフは大概、日光浴すれば長生きしますから。


「あ!ここを見てください!この間文具入れを盗んだばかりですのに、次はもう、アンナ様の万年筆を盗もうとなさっていますよ……」


「王太子様には流石に何もなさらないようですね……。はぁ……、我が学園で外交問題にまでならなくて良かったですよ」


「我が家から申し出て協力していただいたとはいえ、学園長も苦労なさいますね」


「公爵様も連日申し訳ありません。お忙しいでしょうに」


「いえいえ、我が息子の試作品の出来栄えを確認しなければなりませんから」


「優秀なご子息のようですから、学園に来ていただくのが最も良いのですけれどね……」


「あの子はエルフの性質を濃く受け継いでいるようで、それはなかなか難しいかもしれませんね……」


  公爵は少し悩ましげな顔つきになりました。


「うわ!見てくださいよ!あの方々、室内履きまで捨てられましたよ!」


「アンナ様はどうなさったのですか?」


「着ていた服の中に幾許かの所持金を用意していたようですね……!購買店で購入されたようです」


「もっと大変になるかと思われましたけれど、彼女は何故かいつもご用意がいいですね……」


「我が学園も、侍女や執事の付き添いを認めるべきではありませんか!?貴族令嬢があのような目に遭うなど、危険では!?」


「それが、ずいぶん昔、侍女や執事を介した悪事や誘拐が起こったのですよ。それから付き添いを禁止したのですが……」


「あのように悪い貴族令嬢がいたとはねえ……。子どもは純粋で可愛いと思っていましたけれど、これはなかなか……」


 どうやら最後の教師は、子どもに夢を見過ぎているようでした。過去の凄惨な殺人犯には未成年も多数含まれることを、彼は知らないのでしょう。


 積み重なった悪意は、いつか人を殺してしまいます。何千年も前にあった、人間とエルフたちの大きな戦争のように。


 そうしてあまりにも慎重に何度も確認されたその映像のおかげで、この数ヶ月の間、窃盗や傷害罪未遂など、アンナに多くの悪事を働いている犯人が彼女たちだと分かっていました。


 罪を犯した貴族令嬢たちはユーレイル国の法律に則り、10年以下の拘禁刑に処されることでしょう。しかし、彼女たちは未成年の上、彼女たちの悪事が明らかになったのはこれが初ですから、執行猶予が付いたり、実家の力による示談が行われる可能性が高いのです。


 これが、過去の判例を元にしたり、若さを考慮した場合の、法の限界でした。国家や権力者、法律などは、決して万能な解決策にはなりえないのです。


 ただ、今回の事件で魔道具の設置が明らかになり、そのようなことをする者が貴族専用の学園からいなくなったり、学園の安全が保たれるようになったりしたのは良いことでした。


 悪事を行うより、悪事から誰かを守る方がよほど難しいのです。


「姉様、解決して良かったですね」


「ええ……!クルト、本当に助かりましたわ!」


「ま、僕はそもそも、お母様が人間界に来たことが全ての間違いだったと思っていますからね。お母様も姉様も、エルフにしては相当変わっていますよ。人間なんていう種族は、信じる方がバカなのです」


「クルト……!もう、あなたはまたそんなことをおっしゃって」


 そうでなければ産まれてこなかったはずのクルトは、人間があまりにも嫌いすぎて、学園さえも忌避し、通うことを拒否していました。公爵は、あと何十年か領地の外交を彼1人で頑張らなければならないかもしれません。


 ……何十年で済むと良いのですが。


 しかし残念ながら、エルフの多くが同じ考えでしたから、彼らが森に引きこもってしまったのも仕方のないことでした。


 ところで、犯罪行為を行っていた貴族令嬢たちが連行された日、そんな魔道具の存在など知らなかったにも関わらず、この数ヶ月裏で何かが起きていると察知していたアンナは、(最近の違和感の原因はこれでしたのね)と納得し、1人満足していました。


 いつもとは違う見慣れない物が学園内に増えていましたし、ヘレナや教師たちがいつもとは何か違う不思議な会話をしていましたから、アンナはヘレナに何か起きるのではないかとかなり警戒していたのです。


 それに、ヘレナといると、時々、物影から変な視線を感じました。敵意はなさそうでしたが、やはりそれも、アンナの警戒対象でした。


 でも、自身のことには疎いアンナは、ヘレナへの視線は気付けても、見慣れない物が自身を守るための装置かもしれないなどとは、全く思わなかったのです。




 学園内では大騒ぎです。学園の生徒が捕まるなんて、前代未聞の事件でしたから。


「呼び出された3人は憲兵に突き出されたそうですよ!俺も、サリー様はかなり性格に難がありそうだと思ってはいたのです」


「おやおや、冗談がお上手ですねえ?あなたは以前、サリー様のような華奢なご令嬢が好みだとおっしゃっていたではありませんか」


「あれは見た目だけの話ですよ。性格に難のある方とご縁を繋ぐなど、とてもとても」


「リリー様のような目立たない控えめな容姿の方でも、あのような非道なことをなさるのですね。あれには少し驚きましたよ」


「リリー様は見た目通りではありませんか?」


「ニーナ様は家柄だけは良くていらっしゃるのに……。残念なことです」


「ニーナ様は家柄が良くていらっしゃるせいで、ご家族が彼女を甘やかしてしまわれたのでしょう」


「それにしても、エルフの方はやはりすごいのですね。魔道具は公爵家で製作されたもののようですよ」


「そのような方とお近づきになりたいものです」


 群衆はいつも通り、好き勝手に騒ぎました。




 レオンは憤りを感じていました。そんなことをしていた最悪の貴族令嬢たちにも、何も言わずに耐えていたアンナにも。


 だから、直情型のレオンはその日、やはりヘレナと一緒にいるアンナのところへ向かって、このように言ったのです。


「アンナ様!あのようなことをされていたのですか!?」


「まあ……少しばかり」


「彼女たちのあなたに対する悪事が複数記録されていたとお聞きしましたよ!今度からは何かされましたら真っ先に俺におっしゃってくださいね?我が家の評判にも関わることになりますから、我慢なされると迷惑です!あなたは俺の婚約者なのですから!」


 隣ではヘレナがいつもと同じ表情でレオンとアンナをじっと見つめています。


 (本当に素直でバカな方だこと)と、アンナは思いました。


「はい、ありがとうございます。レオン様」


 アンナは微笑みました。あまりにも幸せそうに頬を染めるその笑顔に、レオンは少しドキッとしました。


 (あれ……?ヘレナ様とずっと一緒にいらっしゃったから気付きませんでしたが……。アンナ様って実はかなり美人なのではないでしょうか……)


 レオンは惚れっぽい、単純な男でしたから。

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