7.幸せに暮らしました
それから。
ヘレナはウーシュル国の王太子妃として、きちんと務めを果たしましたし、ヘレナとアンナは、その後何十年も交友が続くこととなりました。
何故なら、アンナがレオンをサポートしていたおかげか、レオン本人の努力かは分かりませんが、彼は王宮でも優秀な外交員となったからです。
「この文書はレオン様に回してください。ウーシュル国との外交時に確認を取らなければならない輸入品や輸出品についてのリストです」
「あの伯爵家のご令息ですか。学園ではあまり良くない評判があったとお聞きしたことがありますが、彼の優秀さを妬んだよからぬ者たちが流した悪評だったのでしょうね」
「ああ……。仕事ができればどうでもいいですがね。学園時代のことなど、子どもの頃の話ではありませんか。3歳児の頃おねしょをしていたからといってバカと言われてしまえば、ここにいる全員がバカということになってしまいますよ」
「それもそうですね。あ、この文書も持っていきます」
「お願いいたします」
レオンとアンナはどちらもウーシュル国の語学に精通していましたから、特に夫婦で訪れる必要があるウーシュル国との社交や外交には適しており、幾度も隣国を訪れることとなりました。
最終的にレオンはきちんと伯爵家当主となり、それと同時にウーシュル国での特命全権大使となりましたが、それは詳細に語る必要もないことでしょう。
アンナは幸せでした。きちんと努力家で一生懸命で正義感の強い、でもちょっと勘違いしやすくもあるレオンと夫婦になれたことが。
(それに、外交の功績は全てレオン様のものにしてしまえますもの。これでようやく、ただの普通の伯爵夫人として扱っていただけますわね)
2人は子宝にも恵まれ、賑やかな家庭を築きました。
レオンがアンナの密かな想いにきちんと気付いたかどうかは、アンナと精霊たちだけが知っていることでしょう。
「アンナ様。いくらでも伯爵家はありますのに、よく我が家に婚約打診なさいましたね?」
「見知らぬ者よりも顔見知りで同格の伯爵家の方が安心だろうと、父がおっしゃっておりましたから」
(ヘレナ様がいなければ、アンナ様も学園でかなり注目されたでしょうに……。これほど美しい女性に婚約打診されるとは、やはり、学園で俺の有能さがあちらこちらに広まっていたのかもしれませんね)
アンナは眉を下げて微笑み、新しいグラスにそっと氷を入れ始めました。よく見ると、レオンのカクテルグラスはもう空になりそうでしたから。
ヘレナは王太子妃として大切にされ、その後王妃となると、隣国でも"ウーシュル国の宝玉"と呼ばれていつまでも歴史に名を残しましたが、それも、ヘレナとアンナの友情には関係のないことでした。
『ヘレナ様……。私は人間界からすれば王家ではありますが、やはり人間ですから、あなたと生涯を共にすることはできないかもしれません……』
『エルフの寿命について記録された遺跡でも見つかりまして?』
『はい、ユーレイル国にのみ、残されておりました。かなり古い記録です。千年……、いえ、それ以上前の記録かもしれませんね。あなたのお父上はきっとこの遺跡の内容も読まれていたでしょうに、よくエルフの王女に求婚できましたね……』
『それが、恋というものの盲目さ、なのかもしれませんわね……。でも私はハーフエルフですから、きっと寿命はほとんど人間と同じですわ!それに、もし長生きが出来るのであれば、この子の将来を長く見守ることができるでしょう』
ヘレナは膨らんだお腹を優しく撫でながら、とても美しい笑みを浮かべました。彼女が王太子そっくりな黒髪黒目の子を産み、ウーシュル国王都で盛大な祝福行事がなされるまで、そう日はかからないでしょう。
ピチチッ、ピッ
そんな小鳥が囀る穏やかな日。
『ねえ、アンナ様。目に見えないモノの存在を信じることができて?』
『ええ、ヘレナ様、勿論ですわ。だって、私たちが普段吸っている空気ですら、私たちは見ることができないではありませんか』
春の日差しが暖かい美しい庭園のお茶会で、そんな会話がなされたとか、なされていないとか。




