4.お別れパーティー
王太子が来てからの学園の1ヶ月は、あっという間に過ぎました。大体、1ヶ月なんてぼんやりしていればすぐに終わるのです。
「ウーシュル国の王太子様に声をお掛けしようとしたのですけれど、いつもヘレナ様が付き添っていらっしゃるから、なかなか声をお掛けすることができませんでしたわ……」
(本当に邪魔なお方ですこと。少しは気を遣って離れていてくだされば良いのに)
「王太子様も、授業が終了すると外交のために我が国の視察に行かれてしまいますものね」
(放課後に声をお掛けしようと狙っておりましたのに、全然ダメでしたわ……)
「昼食の際に少し席が近かったものですからご挨拶に伺おうとしましたけれど、既に順番待ちでしたわ。私も並んでおりましたけれど、あまりにも列が長いものですから、私の順番が来る前に、次の授業が始まってしまう、と言って去っていかれましたの……」
(そのためにいつもどの席にお座りになられるかを調べてわざわざその近くの席に座りましたのに。他の皆様は、もう少し遠慮して弁えるべきですわ……!)
「皆様一度順番になると長く話されますものね」
(大体、大した話でもないのですから、あのような行動控えられるべきですわ!本当にさもしい方が多いですわね)
「ヘレナ様もご一緒にいらっしゃるのですから、1人1人のお時間を区切ってくださればよろしいのに」
(ヘレナ様が配慮するべきですわ!少し美しくて勉強がお出来になるだけで、それ以外のことでは気が利かない方ですこと)
「ヘレナ様は公爵家ですもの。そのようなはしたないことはなさらないわ。でも、アンナ様も一緒にいらっしゃるのですから、ウーシュル国やヘレナ様のためにもそういった手配をなさるべきでしたわよね」
(アンナ様は幸運にも伯爵家の身分であのような高貴な方々と一緒にいる栄誉を与えられているのですから、私たちにもっと配慮するべきですわ。あの方は何のためにヘレナ様のそばにいらっしゃるのかしら?)
「本当にそうですわ。いつも黙って一緒にいらっしゃるだけで、何もなさらないのだもの」
(アンナ様は気が利かないお方ですわよね。ほとんど自身から話題提供なさらない上に、返事する時以外は黙っていらっしゃるんですもの。私であれば、我が国の各地の産業などのようなつまらないお話ではなく、衣類や宝飾品の最新流行などのお話ができましてよ。アンナ様ときたら最新の流行には疎いですし、もしかして頭が悪いのではないかしら?)
「あのようなお方がウーシュル国の王太子様と一緒にいらっしゃるだなんて……、我が国の品位が疑われそうで不安ですわ」
(ヘレナ様やアンナ様ではなく、私のような気が利く優秀な者をそばに置いたらよろしかったのに)
そんな1ヶ月でしたが、ヘレナは和やかに、アンナは静かに日々を過ごしていたのでした。
1ヶ月経つ頃、お別れパーティーが開かれました。どの貴族もこの日ばかりはと張り切ってドレスや燕尾服を仕立てました。ウーシュル国の王太子とお近づきになれる最後のチャンスでしたから。
豪華絢爛なお別れパーティーは、卓上の料理も豊富で貴族たちの衣装も目には鮮やかでしたから、まるで王宮や成人した貴族たちが訪れる社交界のようで、学園の生徒からすると少し目新しく心踊る行事となりました。
「皆様、本日の王太子様をご覧になりまして?いつもに増して麗しい装いでいらっしゃいましたわ……!」
「ええ、勿論ですわ!とてもウーシュル国らしい白いお召しに、美しい銀の刺繍がなされていますわね……!所々縫い付けてある宝石がさり気なくて品がありますわ!流石王家の方ですわ……」
「本日は多くの貴族子息の方々に囲まれていらっしゃるのも、王太子様の人望を表していますわね!」
「ええ……!本日は流石にヘレナ様もアンナ様も遠慮されておそばにいらっしゃらないようですから、あのようになりますわよね!」
「ヘレナ様は会場の隅にいらっしゃるみたいですわね。あの方、本日は多くの貴族子息たちに囲まれていらっしゃいましてよ」
「私たちと話もせず、男性とばかり話されているなんて、ヘレナ様は男好きでいらっしゃるのかしら?わざわざドレスも公爵家らしく麗しく誂えていらっしゃいますものね。小さな宝石がいくつもあしらわれていますし……。よほどドレスにお金をかけたのですわ……!」
「それに、いつも通りアンナ様もおそばにいらっしゃいましてよ。もしかしたらアンナ様が貴族子息の方々をお呼びになったのかもしれませんわね」
そんな賑やかなお別れパーティーの最後に、王太子のお礼のスピーチが行われました。
長々としたお礼を述べた後、彼は、
「ところでここで皆様に正式に報告させていただきたいことがあります。私は1年ほど前、この国の1人のご令嬢と婚約させていただきました。今回こちらに留学に来ましたのも、私自身がその方との出来る限り早い対面を希望したためです」
と言い出しました。周囲はざわつきました。
(本当にそんな方がいらっしゃったなんて……!やはり留学に来られる方はこの国と縁を繋ごうとしているという噂は本当でしたのね!)、(そんな幸運を手にした女性はどなたなのかしら……!)、(1年ほど前ですって?今更なんですの?随分前に決まっていたのではないですか。私の頑張りはとんだ無駄足でしたわね。早く公表なさればよろしかったのに)、(1年も隠し続けるなんて、相当陰険な女に違いありませんわ!)
「その方をここで改めて公表いたします。ヘレナ公爵令嬢、こちらへ」
舞台袖に控えていたヘレナが舞台へ現れ、王太子の隣に並びました。
「エルフの方が人間界に出てきてくださるのは長らく歴史上確認されておらず、まるで奇跡のような幸運なことだと思っておりました。この国の公爵様が長い時をかけエルフの森と交渉してくださったことで、ようやくエルフが物語の御伽話の存在ではなく、実在する種族であること、そして私たちと共に生きていくことができる種族であることを証明していただけることとなりました。私はユーレイル国のそのような偉業に敬意を払います」
先程のお別れ挨拶より、声に力が籠っているように感じられます。聴衆はしっかりと耳を傾けました。
「ウーシュル国の王太子である私が、その公爵様とエルフの王女様のご息女であるヘレナ様とこのような縁を繋ぐことができたこと、そしてそれを許してくださったユーレイル国の皆様にも心からの感謝と敬意を捧げます」
そうして王太子は、ヘレナに微笑み、彼女の手をそっと取りました。
「私たち2人は、ユーレイル国とウーシュル国の架け橋となれるよう精進することをここに誓います」
まるで舞台劇のようです。黒い貴公子と輝かんばかりのハーフエルフはこれ以上ないお似合いであるかのように思われました。
パチパチパチパチ……
最初はまばらに、次第に大きな拍手がパーティー会場に巻き起こりました。最初あまりにも静かだったため、ウーシュル国の王太子が密かに拍手要員を用意しておいたのは適切な判断だったと言えるかもしれません。
周囲の貴族令嬢や令息は、(やはりそうなりますか)、(そうですよね。あれだけ美人で希少なエルフの血を持つ女性を手に入れたいと思わない男性などいませんよ)などと思っていました。元より王族に勝ち目などありません。
エルフが人間界に現れたことによる騒ぎは、ユーレイル国だけの騒動では収まりませんでした。噂は行商人たちや諜報員など、様々な情報流通経路を通じて各国へと伝わり、そうして様々な外交を経てヘレナを手に入れる栄誉を得た勝利者が、ウーシュル国の王太子だったのです。
ウーシュル国の王太子はまるで御伽話のようなエルフの娘と縁を結ぶため、あらゆる努力を惜しみませんでした。そうして、極めつけに、大国ウーシュル国にある巨大な銀山の採掘権をユーレイル国に譲ってまでヘレナと縁を繋ぐ決断をしたのです。
王太子はホッとしていました。
(これでようやくヘレナ様を名目上でも私のものと宣言できます。発表までは、不測の事態が起きるのではないかと、気が気ではありませんでしたが……。婚約が成立した1年前から彼女に我が国精鋭の影を付けてはいましたけれど、何故か公爵家には入れないと報告を受けましたからね……。状況が常に分からないのでは完全に守ることもできません。しかし、かなり古い文献で、エルフは意思を尊重せずに閉じ込めてしまうと急に消えてしまうとの記録がありましたから、エルフは何か不思議な力に守られているのでしょう。これからはより大事にしなければなりませんね)
王太子は幼少期にエルフが実在していたという授業を受けてから、自分にも少しは可能性があるかもしれないと、必死にエルフの文献を漁り、学んでいました。殆どが本当の御伽話にしかないような嘘か真か分からぬような記録ばかりでしたが、ウーシュル王家に残された秘蔵の文献の中には、僅かですが、尤もらしい記録も確認できたのです。
エルフに対する研究や理解は、エルフの王女が人間界に出てきたことで、明らかに進んだのでした。
ヘレナは、(婚約の話はどうしても嫌なら無理しなくてもいいとは言われましたけれど……、賢いお母様が、あの王太子ならば他の候補よりはずっと幸せになれますよと教えてくださったもの。私はクルトと違って精霊の声は聞こえませんから、お母様の言う通りにしておいた方が楽しく生きられそうですわ……!あら?光の精霊が天井で少しだけチカチカしてますわね!ふふふ、あれでもあまり目立たないようにしてくれているのかしら?光の精霊は結構恥ずかしがり屋が多いですもの)なんてニコニコ空中を見ていました。
そんな時、アンナはいつも通り、ひっそりと会場の端に溶け込んでいましたが。
驚いたのはレオン伯爵令息です。
(あれ?ヘレナ様は俺のことが好きなのではなかったのでしょうか……。ああでも、貴族は政略結婚するものですからね。可哀想ではありますが、仕方のないことでしょう)などと思っていました。
だから、彼は次の日、ヘレナに赤いバラを1本渡しに行ったのでした。それは、(俺はきちんとあなたの気持ちを分かっております。だからこのバラを思い出にしてください。それから婚約おめでとうございます)という、心からの気持ちだったのです。
超絶勘違いではありましたが……。
でも、思春期の男子なんてものは、多かれ少なかれそんなものです。
しかし、それを目撃した周囲は違いました。目撃した者たちはそれを陰で笑い、そして、悪意のある噂話を流し広めたのです。
「レオン様、ヘレナ様と王太子様の婚約が正式発表された翌日にわざわざ玉砕に行かれたようですわよ」
(本当に滑稽で道化のような方ですこと)
「あら……ヘレナ様からしてみれば、とんでもなく迷惑なのではなくって?」
(私があのような方にもしそのようなことをされたらと思うと……ゾッといたしますわ。ああ、あのようなみっともない方に好かれなくて本当に良かったですわ)
「レオン様はずっとヘレナ様のことをお慕いしていらっしゃったようですものね」
(分不相応ですけれど。お分かりになっていないようだわ)
「バラの花って今時少し……まだ昔の価値観をお持ちでいらっしゃるのかしら?」
(残念で頭の悪いお方だこと。私が殿方に何かをいただけるのであれば、もっとスムーズに優雅に行動していただきたいものですわ。勿論、家柄も見た目も良い方と)
そんな風に。
それを聞いて、激しく心を痛めたのはアンナでした。




