3.麗しい王子
そして、ヘレナが家族に発破をかけられてから1年後。
学園に隣国ウーシュル国の王太子が留学にやってきました。1ヶ月という短期間留学という話ではありましたが、学園は大盛り上がりです。王太子は黒髪黒目で顔の造形が美術館の彫刻のような眉目秀麗の美形でしたから、まさに"理想の王子"を体現している容姿でした。
貴族令嬢たちは、
「凛々しくて背も高くていらっしゃるわ。流石、隣国の王太子様ですわね。もしかしてウーシュル国は、皆様あのように美しい方々ばかりなのかしら?」
(なんて麗しいお姿なのでしょう。長い睫毛、爽やかで優しげな目元……。見ているだけで目の保養になりますわね。なんとかお近づきになれないかしら)
「顔貌も勿論ですが、鍛えていらっしゃるのか腕や胸板も厚くていらっしゃる……。なんて素敵なのかしら」
(あんな逞しい胸板に抱かれてみたいものですわ……!)
「時々留学に来られる他国の王家の方や貴族子女の方々は、我が国との繋がりを求めていることが多いとお聞きしたことがありますわ。だから大抵、そういった方はその国の貴族子女と結婚なさるとか……。結婚相手を探していらっしゃるのかもしれませんわね」
(そんな相手に選ばれたいものですわね。特に、隣国は我が国より大国ですもの。そこの王族の方と繋がりを持てたら……!はしたないですけれど、明日からは侍女に命じて服や髪をいつもより良いもので整えるようにいたしませんと)
「でも……ご令息の方々なら分かりませんが、貴族令嬢たる者、王家の方にこちらから声を掛けてしまっては品位が問われますわよね……」
(こちらから品位を下げては本末転倒ですわよね……。どうやって声をお掛けしたらお近づきになれるのかしら……)
「それに、隣国の王太子様ともなれば、見た目の好みが厳しくていらっしゃるかもしれませんわ」
(あのような美貌を持っていらっしゃるなら、自身の理想が高くなってしまわれていらっしゃるかもしれませんわね。頑張ったとしても私など選ばれないかもしれませんわ……)
「そうですわね……」
(あなたは容姿があまり秀でていらっしゃいませんものね。私であれば可能性はありますわ!ここは一つ、頑張ってみようかしら)
なんて会話していましたが、誰もが(でも、同じ学園にいるのですから、私も選ばれる可能性が少しはありますわよね……!何か奇跡が起きてくれないかしら)なんて夢見ていたのです。
でも、というか、当然というか、王太子の学園サポート役に任命されたのはヘレナでした。王太子はヘレナと同年齢でしたし、その学年では彼女が学年1位の才女で、しかも身分も公爵令嬢なのですから至極当然のことでした。彼女以上にサポートとしての適任はいないでしょう。
『ヘレナ様、あなたのお父上から、ウーシュル語をある程度習得されていらっしゃるとお聞きしています。彼の学園でのサポートをお願いいたします』
『ええ。学園長からのありがたいお務め、謹んでお受けいたします。精一杯努力させていただきますわ。王太子様もよろしくお願いいたします』
『あなたがヘレナ様でしたか。噂に違わぬ美しさですね。こちらこそよろしくお願いいたします、ヘレナ様』
学園長室で王太子とヘレナは、顔を見合わせてお互いに微笑みました。
(精霊たちがまずまずな顔をしていますわね。それほど悪いお方ではなさそうです。あら?ふふふ、水の精霊が彼の髪の毛に潜り込もうとしていますわね。何か見つかるのかしら?)
(ようやくお会いできました……!こちらが、この世にいないかもしれないと思われていたエルフの血筋の方ですか!ここまでお美しいとは!まるで彼女自身が発光しているかのようではありませんか!しかも、成績や学園での行動ですら優秀で模範的だと聞いておりますし……。色々と手を尽くして留学までさせていただいた甲斐がありましたね!)
学園長室に入ったのはヘレナだけでしたが、その後ヘレナが王太子を案内する際は勿論、アンナもいつも通りほとんど話さず、影のようにヘレナのそばに付き従いました。
それを見た貴族令嬢たちは更に激しく陰口を言うようになりました。
「やはりそうなりましたか。結局、家柄と見た目がよろしくなくては王家の方のお相手は務まりませんわよね」
(結局選ばれるのはヘレナ様ですの?どうしてエルフなんていう美しいだけの種族が存在するのかしら。忌々しい。大体、ヘレナ様のお母様がエルフの王女というのも本当なのかしら?エルフの中でも身分の卑しい女なのではなくて?森から出てこなければよろしかったのに)
「アンナ様も上手くヘレナ様に取り入られたものですこと。分かっていましたら私だってヘレナ様の引き立て役としてずっとご一緒しておりましたのに……」
(結局、アンナ様は美味い汁を吸いたいがために大人しいふりをしてヘレナ様のそばに付き従い続けたのですわね。分かっていたら私だって従順なふりぐらいできましたものを。アンナ様のお父様が指示なさったのかしら?)
「アンナ様は見た目に似合わず、家柄至上主義の方でいらしたのかしら?確かに歴史ある伯爵家の方ですものね……色々と賢くていらっしゃるわ。私はそこまで強かさを持てませんから、自分の心に反してどなたかのおそばに控えているなどできませんわ……」
(アンナ様は大人しくて地味だと思っておりましたのに、予想以上に計算高い浅ましい方でしたのね。伯爵家に代々伝わる卑劣な知恵かしら?私はそこまで自身の心を隠したりどなたかを利用したりなんてできませんもの。これだから口数の少ない何を考えているか分からないような女は嫌なのですわ)
エルフが美しすぎるから悪いのかもしれません。そんな種族がいなければ、彼女たちだってそれなりに王太子の気を引けたはずですから。
特にヘレナよりアンナへの嫉妬の方が激しく、彼女は徐々に実害まで受けるようになっていました。何故なら、その貴族令嬢たちは、ヘレナがなかなか孤立しなかったことだって、親切な自分たちの忠告を無視し続けたアンナが悪いのだと思っていましたから。
でも、アンナが受けた嫌がらせは、他の貴族令息や、まともな貴族令嬢から見ると少し分かりにくいものでした。具体的には、文具を隠されたり、下駄箱の靴をひっくり返されていたり。
あまりにも地味な嫌がらせでしたが、それは、貴族令嬢たちの、(これぐらいであればアンナ様もご両親や教師に訴えたりなどなさらないでしょう)、(証拠を残さなければ、どなたがやったかなんて分かりませんわ)という、計算された陰湿なイジメでした。
友人の異変に最初に気付いたのは、いつもは鈍いヘレナでした。アンナは賢く忍耐強かったため誰にも言いませんでしたが、文具が見つからないことだけは本当に困ってしまったからです。
「ヘレナ様、本日1日だけ、文具を貸していただけませんか?このお礼は必ずいたします」
(あまりにも情けないけれど……、最近少し過激になってきている周囲からの悪意を警戒し、財布などの類をすべて家に置いてきてしまったのが仇になりましたわね……。おかげで財布は盗まれませんでしたけれど、文具ですか……。所持金がなければ学園の購買店で買うこともできませんし、頼れるのもいつもおそばに居させていただけるヘレナ様ぐらいですわ……。彼女から借りることができなければ、いよいよ、教師の方々にお願いに行かなければなりませんね。文具を忘れるなど、素行不良と判断されなければよろしいのですけれど……)
「……!?アンナ様が何かを忘れるなど、私、初めて見ましたわ。文具に関しては勿論構いませんけれど……。顔色もいつもより悪くていらっしゃるわ。体調が悪いのではなくて?」
(……!これは絶対何かあったのですわ!風の精霊がいつもよりウロウロと心配そうにしていますもの)
「……ありがとうございます。体調は問題ありませんわ」
(良かったですわ!素行不良と判断される可能性は減りましたわね!)
アンナは儚げに微笑みました。大きな葉の中に小さい花を咲かせるベゴニアタブレットローズのようなその笑みは、絵に残したくなるほど可愛らしかったのですが、それを見ることになったのは勿論、ヘレナだけだったのです。
そうしてヘレナは文具を貸しましたが、やはり、優秀なアンナが文具を忘れて学園に来るはずもありません。
(絶対に何かあったのですわ!最近徐々にアンナ様の表情が沈んできているような気がいたしますもの。それに、彼女のそばではよく精霊が遊んでいますけれど、最近よくいる風の精霊たちが珍しく不安げな表情で彼女を心配している様子……。普段の精霊たちであれば、いつも楽しそうに好き勝手していますのに。私にも精霊たちの声まで聞こえたら状況が分かるのでしょうけれど……)
ヘレナはその日帰宅すると、家族にこの話をしました。
「お父様、お母様、本日、私の友人がおそらく所持品の盗難に遭ったようなのです」
「それは本当ですか?貴族の学園でありながら……」
「知っているということは、あなたの目の前で行われたのですね?あなたは注意なさらなかったの?」
両親は険しい顔をしました。
「私は盗難の現場を見ておりませんの……。でも、普段忘れ物をしない優秀な友人が文具を借りにきたのです。おそらく何かあったのですわ!それに、精霊たちも彼女を心配しているのです」
「精霊が?おや、それは珍しいですね」
「彼女の周りはどういうわけか、精霊にとってお気に入りの遊び場のようなのです。だから彼女の周りでは時々精霊が遊んでいますわ」
「姉様は精霊の声が聞こえないですからね。お父様、お母様、人間界では証拠がないと罪を問えないことも多いと聞きます。それに、エルフの特性のことも表に出すべきではないのですよね?」
「そうですね、昔からエルフはそのせいで人間たちに狙われてきましたから……。随分昔、もう何千年も前のことだそうですけれど、大きな戦争があり、そこからエルフの森は人間を入れなくなったとエルフの歴史書には書いてありましたわ」
「人間の欲深さがエルフや精霊に失望されたのでしょうね……。なぜ彼らはあんなにも欲深いのでしょう?いえ、私もそうなのかもしれませんね。あなたを人間界に連れて帰ってきてしまいましたから」
「それは私の意思ですから構わないのです!それに、あなたはあの時までも、あの時からも、精霊の信頼を勝ち取るほど真摯に誠実に私たちに向き合ってくださったではありませんか!」
「お母様も、お父様も!今そのような話はしておりませんわ!イチャつくのは私たちがいないところにしてくださいませ!」
「まあまあ、姉様。僕にいい案があります。数年前ウーシュル国で発明された面白い魔道具のことを、最近ちょうど調べていたところなのです。あと数日もあればその魔道具を製作できると思いますから、その魔道具がきっと姉様のお役にも立つでしょう」
「流石クルトですわ!」
「というわけで、お父様、お母様、必要経費としてその魔道具に必要な魔石の購入と材料の調達をお願いいたします!」
「あなたは結局それですか。最近コソコソと何かしてると思いましたら……。また自室の窓を壊したり何かを爆発させたりしませんわよね……?」
「お母様はもう少し息子を信用してください。あれから1度だって爆発させていないではないですか。それに、その魔道具は既に完成品がありますから、分解して解析し、製作するだけです。何かが爆発する要素など一切ありません」
(……おそらく)と、クルトは心の中でだけ、付け加えました。
「……爆発させない代わりに、あなたが興味を持って分解したり作成したりするものの費用が高額になっているのですが……?」
「必要経費ですよ、お父様!」
クルトは天才でした。人工的な道具の構造を他人の何倍もの早さで理解し、再設計できてしまうというタイプの。
「今回ばかりはクルトがいてくれて良かったですわ。魔道具ができてから学園にもお話しすべきかしら……?」
(今回ばかりは、だなんて!いつだって僕の作る商品は他の物より高性能だって言われますのにー。)
クルトはちょっと不貞腐れつつも、口を挟みませんでした。結果はそうなのですが、その途中でいくつもの失敗もあったからです。その中には、公爵家でなければ非常に迷惑な規模の失敗もありました。それが、爆発事件です。クルトは半分エルフのおかげか、精霊に爆発の衝撃を吸収してもらえて助かりましたが、人間であればそうもいかなかったでしょう。
あの部屋の修繕には一体いくら掛かったのか……クルトは想像もしたくありませんでした。
「いえ、魔道具の件も、盗難の疑いの件も、私が上手く学園と交渉しましょう。この国ではまだ男尊女卑の意識が根強いですし、今はウーシュル国の王子が来られていますのに、万が一、彼に被害が及ぶようなことがあっては、隣国との外交問題になってしまうかもしれませんからね」
「お父様……!お願いいたします」
(流石私の家族ですわ……!頼りになりますわね!)
クルトが頼りになるかはさておき、こうして、アンナの文具盗難の件はどういうわけか、ヘレナの家での面白そうな解決すべき事件へと変貌を遂げていたのです。アンナの預かり知らぬところで。




