2.違いすぎる種族
学年が上がって15歳にもなると、そんなヘレナに話しかける令嬢・令息はかなり限られた数人だけとなっていました。それどころか、側に居続ける学友も変わり者扱いされるようになり始めたため、隣にいるのはアンナだけになっていたのです。
「本日の授業も終わりましたから、私、今から図書館に行って参りますわ」
「ご一緒いたします」
ヘレナの孤高のオーラのせいでもありましたが、6歳の頃から、彼女の行動パターンが教室にいるか、図書館に行くか、家に帰るかだけだったのもあるでしょう。
「今日借りる本はこの数冊で良いかしら……」
「それは……。隣国の100年ほど前の歴史を元に、それによるその後の各地への影響を考察した書籍ですね。私、まだ読んだことがありませんわ」
「隣国の歴史では、100年ほど前に急激な変化が起きたと我が家の家庭教師が申しておりましたの。私が読み終わるまでに2日ほどかかってしまうと思いますけれど、読み終わったらアンナ様も読んでみられますか?」
「是非」
休日にカフェなどに行くこともありません。他の者からは、ヘレナが家で何をしているのかも分かりません。あまりにも洗練されすぎた行動パターンで、まだまだ遊びたい盛りの貴族令嬢たちには少し理解できないところがありました。
「では本日はこれで帰宅いたしますわ。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
それに、人間、見栄えだけでは徐々に飽きるのです。
多くの貴族子女は、(ヘレナ様と話したところで得るものはなさそうですし、こちらにご興味もない様子。このまま続けても公爵家と関係が持てる可能性は低そうですか……。見るだけであれば遠くから愛でていればいいですね)と思い始めました。
ですから、入学の1年以上経過後にはもう、話し掛けてもわりと上の空で返事しないこともあるヘレナを遠巻きにし始めたり避け始めたりするようになった貴族の子女も多く、今ではかなりの人数が距離を取っていました。
何故なら、日常生活や流行の話題になると、いつもこんな具合なのです。
「ヘレナ様、最近できた新しいカフェを知っていまして?」
「いいえ」
(何のことかしら?あら、水の精霊がなんだかソワソワしていますから、精霊の興味を引くぐらいにはちょっと変わったお店なのかしら?)
「まあ!そちらでは王都では珍しく、とても爽やかな香りのする高級茶葉を使った紅茶が味わえるのですわ。カフェの外観もとても可愛らしくて素敵ですの。本日放課後、是非一緒にそのカフェへ行きませんこと?」
「今日は授業が終わり次第帰宅することになっていますから、申し訳ありませんが……」
(今日帰宅したら何するのでしたかしら……。家に帰ったらすぐにスケジュールを確認いたしませんと……。あらっ?火の精霊と水の精霊が何やら意気投合していますわ)
「そうですの……残念ですわ」
「サリー様、私もあのカフェは気になっておりましたの!本当にとても可愛らしい建物ですわよね。ヘレナ様はお忙しいご様子ですから、今日は私と一緒に放課後そのカフェへ行きませんこと?」
「まあ!リリー様!是非お願いいたしますわ」
これでは関係を進展させようにも、取っ掛かりがありません。
それに、(ヘレナ様の隣に立つとどうしても見劣りしてしまいますもの。他の貴族令息の方々から、ヘレナ様と比べて大したことないなどとレッテルを貼られてしまっては、縁談にも響きますわね)と思ったご令嬢も多かったのです。
ヘレナの側にいれば、どんな高位の貴族であろうと、普通の人間は引き立て役か取り巻きにしか見えません。
そもそも種族が違うのですから。
アンナもそうでした。アンナもやはり、ヘレナと比較すると、薄く化粧をしているとはいえ、かなり見劣りがしました。それでもアンナは何年もずっと、ヘレナの側に付き従っていました。
「今日も図書館へ寄ってから帰りますわ」
「ご一緒いたします」
「そういえば……図書館に行く途中で少し、あのお話をいたしませんこと?」
「ええ、勿論。私も是非お話ししたいと思っておりましたの」
図書館に通うという行動パターンが同じなのもありましたが、アンナはあまり口数も多くない大人しい令嬢だったため、口さがない者たちは、
「ヘレナ様は、自分より見た目でも身分でも見劣りする伯爵令嬢を引き立て役として引き連れているのですわ」
「アンナ様は大人しすぎてヘレナ様に逆らえないのかもしれませんわね」
と噂しました。ヘレナの美貌と家柄が高すぎるため、相対的評価で外見や能力を判断してしまうと大概の者は引き立て役になってしまいますが、ヘレナをこき下ろしたい彼女たちにとってはそんなことどうだって良かったのです。
それどころか、
「ヘレナ様のそばにいると不幸になりますわよ」
「あなたはヘレナ様に引き立て役として利用されているだけですわ」
などと正義を気取った善意のつもりで、いらぬ言葉を常々アンナに吹き込もうとしていました。
アンナは見た目以上に賢い女性であったため、
「そうでしょうか……?」
と眉を下げるだけではあったのですが。
ところでヘレナはエルフの血を引いているだけあって、自然が好きでした。自然には精霊の残滓が残っていることも多かったからかもしれません。
ある日、図書館からぼんやりと外を眺めていると、そこに小鳥が巣を作っているのを発見したのです。
(まあ!小鳥が何度も細長い葉のようなものを運んでいてよ。とても可愛らしいですわ!それに、風の精霊が1人、面白がって少し手を貸そうとしていますわね……。でも、あんなやり方では、葉が飛ばされてしまいますわ。どちらも必死ですけれど……面白いお手伝いですこと)
その一生懸命な様子が可愛くて、ヘレナは思わず、珍しく表情を崩し、満面の笑みを浮かべました。
その時ちょうど、レオン伯爵令息が窓の外を通りがかりました。
その伯爵令息は伯爵の妾の子で、そのせいかは分かりませんが、貴族子息にしては勉学熱心ではなく、母親に甘やかされすぎたせいか顔や身体も横に大きく育っていました。それに、一体誰に似たのか、顔の方も貴族にしてはあまり整っているとは言い難かったのです。
それでも、伯爵の本妻にも妾にも、他の子息がいなかったものですから、彼が伯爵家を継ぐことは殆ど決まっていました。
(ヘレナ様がこちらを向いて俺に笑いかけていらっしゃる……?)
レオンはそう思いました。
それに、美しすぎるヘレナの笑顔を見てときめかない思春期の男性がいるはずもありません。
レオンは、思春期男子特有の謎の自信と傲慢さで、(あー、俺、お母様に似てそこそこ美形ですしね。流石のヘレナ様とはいえ、俺に惚れてしまいましたかー)などと不相応なことを考えていました。
そして勘違いしたレオンが(俺が将来の伯爵なのもあるかもしれませんね。公爵家にはヘレナ様の弟君もいらっしゃいますから、爵位を継ぐのは弟君の方になるのでしょうし、ヘレナ様が我が家に嫁いできても問題はないでしょう。……もう少し俺の良さをアピールして差し上げますか)なんて思ってしまったのも、仕方のないことでしょう。
その日からレオンの謎行動が始まりました。
試験前にヘレナの席の近くで
「困りましたね、俺としたことが、まだ全然試験勉強をしていません。あなたはもう始めていらっしゃいますか?」
と他の貴族令息相手に騒いでみたり。試験の結果は廊下に張り出されるものでしたから、彼としては(勉強など必死にしなくとも、それなりの成績を取れてしまう俺は優秀でしょう?)とアピールをしていたのです。
その時の試験の結果は、レオンは学年10位。確かに学園ではそれなりの上位でした。
ただ、残念なことに、当然ヘレナが学年1位だったのですが……。そして、2位はといえばアンナでした。
また、ある時には体育の授業中にヘレナの側で、
「最近我が家では騎士育成にも使用されている新型の訓練用器具を購入いたしまして」
などと話をしていました。
彼としては、ヘレナに財力と筋力で頼れる男アピールをしたつもりだったのです。他の者たちから見ると、体形はあまり変わっていないようでしたが。
その頃になると、周囲も流石に薄々、(レオン様って、ヘレナ様に分不相応にも恋心を抱きはじめたのでは……)と気づき始めていました。特に敏感に察知したのはヘレナに陰口を叩いていた貴族令嬢たちでした。だから当然、レオンの様子は彼女たちの嘲りの格好の餌食となったのです。
「ねえ、皆様。レオン様ったら、最近、ヘレナ様へのアピールがすごくありませんこと?」
「私もそう思っておりましたわ!伯爵令息の方が公爵令嬢を射止めるのは、少々荷が重そうですわね?」
「しかもレオン様は妾の子でいらっしゃるから……。大変な道のりでしょうね」
「それに、そもそも容姿の方が少し……。でも、ヘレナ様なら彼女自身が美しくていらっしゃいますから、気になさらないのかしら?いくらレオン様が伯爵家を継げることが決まっていると言いましても……」
「ヘレナ様はあまりにも高貴な身分でいらっしゃるから、伯爵家など眼中にもない可能性もございますわよね」
「そうですわね……」
それは陰で言われていただけでしたから、アンナ以外とは関わりが殆どなくなっていたヘレナは気付きもしませんでした。でも、賢く周囲をよく観察していたアンナは、彼女たちの表情を見るだけで全て察していたのです。
(ヘレナ様もレオン様も、自身に悪意を向けられていらっしゃいますのに、それぞれ全く気付いていらっしゃらないわ……)
ヘレナが周囲に頓着しなかった理由は他にもあります。エルフ界と人間界では常識が違い過ぎて、両方の知識を学ぶ必要があるヘレナには単純に時間がなかったのです。
人間界では精霊の知識を学びませんから。
それに、最近では隣国の言語習得に力を入れ始めていましたから、そちらの勉学で忙しく、周囲を気にしている余裕がありませんでした。
ヘレナはいつも、(私だけ1日の時間が倍にならないかしら……?このままでは全て抜け落ちて頭がザルのようになってしまいますわ……)と思っていました。
しかも、両親や、ヘレナより優秀な2つ下の弟に、
「あと1年で会話をある程度できるようになさいませ」
「姉様、そろそろ隣国の基本会話は全てマスターしましたよね?」
などと言われ、常日頃から発破をかけられていたのですから、当然です。
(何故私もあの子のようにすぐに覚えられないのかしら……。もしかして私、エルフとしてはあまり優秀ではないのかしら?)とさえ思っていました。
実際は、母親であるエルフの王女とヘレナの弟が賢すぎただけだったのですが。
アンナは、そんなヘレナと一緒に隣国の言語を学び始めていました。
「では、今日も図書館へ行くまでの間、ウーシュル国の言語で会話いたしましょう」
『ええ。よろしくお願いいたしますわ』
アンナはヘレナに、ウーシュル語で返事しました。
(言語習得の1番の近道は、その言語で日常会話を行うことですものね)
ヘレナがウーシュル国の言語を学習し始めたと聞いた時、これを提案したのはアンナでした。
(ウーシュル国は最近産業で盛り上がってきていますから、ウーシュル語を習得することは私の将来のためにもどこかで役に立つかもしれませんわ)と思いましたから。




