二通の文
今回は安芸の寺にいる佐吉の側の話です。時は天文十八年の六月初め、梅雨の晴れ間。
前回、村の畔の上で藤丸が数の食い違いに突き当たっていたころ、二日の道の向こうでは、同じ家から出た二通の文が届いていました。
梅雨の雨が、朝のうちだけ降って上がった。
庫裏の板の間は湿気を吸って重く、佐吉は硯の脇に紙を寄せて、墨が滲まぬように気を配りながら書いていた。五月の付け届けは、麦が済んで、今は初物の瓜が幾つか。品と、家の名と、日にちと、量。
書きながら、前の紙の端に目が行った。
この春に書いた行の脇に、小さく書き添えたものが残っている。
――一筋のみ。ほかに聞かず。
中村の御所様の一件である。あれからひと月あまり経つが、いまだに二筋目は来ない。来ぬまま、あの行は脇書きを付けたまま、そこにある。書き足せぬ行というのは、見るたびに少し重い。
筆を置いたところで、山門のほうから草鞋の音が聞こえた。
聞き慣れた足音だった。
「佐吉様。和尚様のところへ、先に上がらせていただきますで」
岡豊の甚兵衛は、そう言って笑った。いつもなら、懐から先に油紙の包みが出てくる。今日は出てこなかった。
その意味を、佐吉はすぐには量りかねた。
* * *
昼前に、住職が佐吉を本堂の脇へ呼んだ。
床几の上に、開かれた文が一通。住職はそれを膝に置いたまま、しばらく雨上がりの庭を見ていた。
「六月の半ばじゃそうな」
「……はい」
「迎えを寄越すと書いてある。人が二人。荷は少のうしておけ、とな」
佐吉は、頭を下げた。下げてから、下げる以外に何をすればよいのか分からなかった。
この一月、いつ来るか分からぬものを待っていた。来ぬかもしれぬとも思っていた。日にちが書かれて出てきた途端、待っていた形のものが、急に別の重さになった。
「聞け」
住職は、文を持ち直した。
「――当家にて、久武藤丸が傅役として遇す」
佐吉は、顔を上げた。
「もり、やく」
「傅役じゃ」
住職は、読んだところを指でなぞって見せた。確かに、そう書いてある。書き慣れた、崩れのない筆だった。
佐吉の耳のうしろが、じんと冷たくなった。
傅役というのは、若君のそばについて手習いを見、行儀を正し、間違うたときには諫める役である。寺にいても、それくらいは知っている。歳を重ね、物を弁えた者が任じられるものだ。
己は、十四である。相手は十一だと聞いている。三つしか違わぬ。
(諫める。……それがしが)
諫めるどころか、この二年、教わりつづけてきた。量り方も、揃わぬものの揃え方も、返事の返らぬ先へ物を仕舞う手つきも、みなあの文から来た。教わった側が、教える役の名で呼ばれている。
「和尚様」
「うむ」
「……何かの、書き違いではございませぬか」
「筆頭家老の家が、人を招く文で名を書き違えるか」
佐吉は、黙った。
「わしにも分からぬ」住職は、あっさり言った。「傅役と申しても、家ごとに違う。公の役ではないでな。師をつける形もあれば、そばに置くだけの形もある。久武様の家でどう使うておるのかは、久武様の家しか知らぬ」
「なれば――」
「訊けばよかろう。着いてから」
突き放された、と思った。だが、住職の言い方には、いつもの掛け合いのときの粘りがなかった。この人は本当に知らぬのだ、と分かった。
佐吉は、下がりかけて、足を止めた。
「和尚様」
「まだあるか」
「……久武様は、何をお払いになりましたのか」
訊いてはならぬことだと、分かっていた。人一人が動くのに、何も動かぬはずがない。寺は佐吉に九年、飯を食わせている。算用も仕込んでいる。そのぶんの話が、どこかでついているはずだった。
住職は、庭のほうを向いたまま答えた。
「何も」
「……何も、とは」
「そのままの意味じゃ。銭も、米も、こちらは一粒も受け取っておらぬ」
佐吉は、住職の横顔を見た。
「なれば、なにゆえ」
「値をつけるのを、やめたでな」
住職は、それきり黙った。
値をつけるのをやめた、という言い方が、佐吉には分からなかった。この人は、檀家との掛け合いで一文の端まで動かす人である。その人が、値をつけるのをやめる。
訊き返そうとして、やめた。訊いても言うまい、という顔をしていた。
* * *
佐吉あての包みは、その日の夕方、甚兵衛の懐から出てきた。
いつも通り、荷からではなく、懐から。
「遠いところを、ありがとう存じます」
「なんの。……朝に出さなんだのは、お許しくだされ。和尚様のほうが先じゃと、申しつかっておりましたで」
佐吉は、包みを受け取る手を止めた。
順が決まっていた、ということだ。まず住職が読み、そのあとで自分が読む。誰が決めたのかは分からぬが、決めた者は、この文が読む者を驚かせると知っていたのだろう。驚く者より先に、驚かぬ者に読ませてある。
「次は、帰りが二人連れになりますなあ」
甚兵衛は、そう言って目を細めた。それだけ言って、その先は言わなかった。この男の世間話は、いつも肝心の手前で止まる。
開いたのは、夜になってからだった。勤めと片付けを終え、庫裏の隅に灯りを寄せ、膝の脇に帳と読み替えの表を置いてから、油紙を解く。五年、そうしてきた。
文は、驚くほど薄かった。
――梅雨の道は、山田の御領分の改め場で待たされることがあると聞き及びます。急ぐ旅ではございませぬゆえ、日の高いうちに宿へお入りくださいますよう。
――荷は少なくとお願い申し上げます。硯と筆は、こちらにございます。紙も、ございます。
それだけだった。役目のことは、一言も書いていない。傅役の二文字も、どこにもない。
最後に、一行。
――お尋ねしたきことが、たまってございます。
佐吉は、その一行を、三度読んだ。
同じ日に、同じ家から、二通の文が出た。一通には、諫める役の名が書いてある。もう一通には、訊きたいことが溜まっている、と書いてある。
どちらも噓ではあるまい。だが、二つの文の言っていることは、まるで噛み合っていない。
(……どちらが、まことなのだ)
考えて、佐吉は、手を止めた。
朝に見た行が浮かんだ。二月経っても二筋目の来ない、脇書きだけがついたあの行である。
あのときは、筋が一つしかなかった。合わせる相手のない数は量り直しようがない――そう書いて、書いたきり、あの行はいまだに動かない。動かせぬまま、重さも分からぬままだ。
いま、膝の前には、二つある。
同じ日に、同じ家から出て、言っていることが食い違っている。
食い違っている、ということは。
佐吉は、二通を膝の上に並べて置いた。
――量り合わせられる、ということだ。
一筋きりの話は、確かに見えて、確かめようがなかった。二筋あるものは、どちらかが噓だと決めてかからずに済む。二つとも取っておいて、三筋目が来るのを待てばよい。
三筋目は、六月の半ばに、自分の足で歩いて行く先にある。
佐吉は、灯りの芯を落とした。
答えは、出さぬことにした。分からぬことは、分からぬまま書いておけばよい。二日の道を歩けば、いずれ両方に会える。
灯りを消してから、しばらく眠れなかった。
この寺は、山門の石段のあたりで風が入れ替わる。山から下りる風と、海から上がる風とが、夕方にひとしきり揉み合って、どちらとも決まらぬまま夜になる。九年、その音を聞いて寝てきた。
二通の文も、いまはそういう音をしている。
どちらとも決まらぬまま、日にちだけが決まっていた。
* * *
翌る朝、佐吉はいつも通りに帳を開いた。
開いて、筆を執って、そこで動けなくなった。
六月の半ばに、自分はここを出る。
出たあと、この帳を、誰が書くのか。
寺には、住職と、通いの下男が一人と、飯を炊く婆がいる。字を書くのは住職だけだ。その住職は、勘定のたぐいを五年前に佐吉へ投げてから、一度も帳に触れていない。
佐吉は、この一年ばかりで書き足したものを、はじめて外から眺めた。
品の横の量。日にちの書き方。仮名の当て方。前の帳場の方の書き方に引き当てるための、読み替えの表。年ごとに綴じ直した束。
どれも、佐吉には読める。
佐吉は、古い束のほうへ手を伸ばした。五年前の、前の帳場の方の帳である。
一枚目を開いた。名が先で品が後。油は仮名。あのとき困り果てた、そのままの紙だった。
いま読んでも、やはり読めなかった。
あのときは、書いた人が悪いのだと思った。
いま開いてみて、腹は立たなかった。
腹の立たぬ理由が、すぐには言葉にならなかった。
佐吉は、その帳を開いたまま、隣に自分の帳を置いた。
二冊を、並べて眺めた。
中世の武家の書状には、用件を書いた本紙とは別に、取次の者や近しい家臣が「添状」「副状」と呼ばれる文を添えて出すことがありました。同じ用件でも、宛てる相手によって書き方も丁寧さも変わります。今日でいえば、正式な通知と、担当者どうしのやりとりが同時に届くようなものでしょうか。
もっとも、この話に出てくる二通は、そのどちらでもありません。片方は当主が寺の住職に宛てた正式な招きの文、もう片方は十一の子が自分の名で書いた私信です。同じ家から同じ日に出て、書いている中身が噛み合わない――そういう文の出方が当時どれくらいあったのかは、記録からは分かりません。
もう一つ。佐吉のように、武家や有力な百姓の子が寺に預けられて読み書きや算用を習う例は、中世の後期にはあちこちに見られたと言われています。寺は書物と紙と筆のある数少ない場所でしたし、帳面をつける手が要る場所でもありました。ただし、土佐のこの時期にどれだけそうした例があったかを直接に示す記録は、私の知るかぎり見当たりません。




