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前の帳場

前回に続き、安芸の寺にいる佐吉の視点でお送りします。


時期は天文十八年の五月の終わりから、六月の初めまで。迎えが来ると決まってから、寺を出るまでの半月ほどのお話です。


おかげさまで、この話が百話目となりました。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

 六月の半ばに、迎えが来る。


 日にちが決まってしまえば、残りの日は数えられる。佐吉さきちは指を折るのをやめた。数えたところで、増えも減りもしない。


 それより先に、片づけねばならぬものがあった。


*  *  *


 その日から、佐吉はちょうのほかに、もう一枚の紙を書きはじめた。


 自分の書き方を、書いておくための紙である。


 書けば済むと思っていた。すぐに済まぬと分かった。


 品を先に書き、名を後に書く。それは書ける。日にちは月と日を続けて書く。それも書ける。だが、たとえば「初穂はつほ」と書いたものと「麦」と書いたものを、なぜ別の行に分けているのか。同じ麦なのに。理由はある。付け届けの初穂は年に一度きりで量が少なく、暮れの麦はたわらで来る。混ぜて綴じると、多い年と少ない年が分からなくなる。


 分かっている。分かっているが、書いてみると、うまく書けなかった。


(……己には、当たり前になっておる)


 当たり前になったものほど、書き落とす。


 佐吉は、膝の脇から前の帳場ちょうばの方の帳を出した。頁の隅に、細い字の小書きがある。量り直しの控えだ。あの方が、誰に読ませるつもりもなく残していったもの。


 いま見ると、あの方も、書けるところだけを書いていた。書き落としたのではない。当たり前のことは、当たり前すぎて、目に入らなかったのだ。


*  *  *


 三日目の夕方、佐吉は思い切って住職に尋ねた。


「和尚様。それがしが出ましたあと、帳は」


「わしが書く」


 あまりにあっさり返ってきたので、佐吉は次の言葉を失った。


「お前が来る前は、わしが書いておった。五年、楽をさせてもろうただけじゃ」


「……では、いまの帳を、お読みいただけますか」


 住職は片眉を上げたが、何も言わずに帳を受け取った。


 庫裏くりあかりを寄せて、開く。しばらく、頁をめくる音だけがしていた。


「これは、何じゃ」


 住職の指が、行の脇の小さな字を指していた。


「一筋のみ、ほかに聞かず、と書いてございます」


「それは読める。何のために書いてあるのかを訊いておる」


「……その話を申した者が、一人きりであった、という覚えにございます」


「聞いた話は、別の紙に書いてございます。ただ、檀家だんかの家に関わるものは、この帳の脇にも書き添えておりまして」


「なぜ、そのようなことを書く」


「一人きりの話は、確かに見えまして、確かめられませぬゆえ」


 住職は、うなずかなかった。頷かずに、次の頁をめくった。


「この三と、この三は、同じ三か」


「上はますにて三、下はつぼにて三にございます」


「どこにも書いておらぬぞ」


「……書いてございませぬ」


 油は壺、麦は枡。この寺に九年おれば、誰でも分かる。書くまでもないと思っていた。


 住職は、さらに頁を繰った。指が、頁の下のほうで止まった。


「ここは、なぜ空けてある」


 佐吉は、その一行を見た。何も書いていない。上の行と下の行の間に、一行ぶんの隙間があるだけである。


「……浜の、平作へいさく殿の家の場所にございます」


「書いておらぬではないか」


「まだ、納めておられませぬゆえ。毎年、六月に入ってから納めなさいます。順を崩さぬよう、場所だけ空けてございます」


「空けてあるだけでは、空いておるとしか見えぬ」


 住職は、そう言って、帳を膝に置いた。


「わしがこれを書き継いだとして、この隙間は詰めるぞ。詰めてしもうたら、平作殿の家は、どこへ行く」


 佐吉は、答えられなかった。


 書いてあるのに読めぬ行があり、書いていないから読めぬ数があり、そして――何も書いていない場所にまで、自分は意味を込めていた。込めたことを、誰にも言っていなかった。


 佐吉は、開かれた頁を見つめていた。


(読めぬ)


 己の帳が、読めぬ帳になっていた。それも、明日からではない。とうの昔から、この帳は佐吉一人にしか読めぬものになっていて、今日まで誰も困らなかっただけだ。困らなかったのは、佐吉がここにいたからである。


 五年前、前の帳場の方の帳を開いて、読めぬと思った。あのとき、書いた人が不親切なのだと思った。


 いまなら分かる。あの方も、たぶん、自分の帳が読めるものだと思っていた。


(……それがしが、前の帳場の者になった)


 まだ、ここにいるのに。


 だが、と佐吉は思い直した。まだ、ここにいる。それが、あの方との違いだ。あの方は筆を置いたきり、次に座る者に何も言えなかった。自分には、あとひと月ある。


「和尚様」


「うむ」


「発ちまするまで、幾日か、お手をお借りしとうございます」


「なんじゃ、急に」


「和尚様に読める帳に、直しまする。それと――書き方を、お教えいたしたく」


 住職は、帳を閉じた。閉じてから、ふ、と息だけで笑った。


「教わりに来た子が、教えて帰るか」


「教えではございませぬ。……引き継ぎにございます」


*  *  *


 それからの半月ばかり、佐吉は昼を二つに割った。


 半分は帳の直しに使った。壺と枡を書き分け、仮名に漢字を添え、月の頭に断りを一行入れた。


 ――この帳、品を先に、名を後に書く。量は寺の枡による。壺のものは壺と記す。空けたる行は、いまだ納めなき家の場所なり。詰むべからず。


 書いてから、佐吉は自分の書いた一行を、しばらく眺めていた。


 どこかで見た形をしている。どこで見たのかは、すぐに思い当たった。くらの高い棚に載っている木札きふだである。量るべからず。るべからず。誰に教わったわけでもないのに、同じことをしようとすると、言葉のほうが先に似てくるらしかった。


 住職は、存外に根気よく付き合った。読めぬところがあれば、読めぬと言う。分かったふりをしない。その一点だけで、教える側はずいぶん楽になるのだと、佐吉ははじめて知った。


 もう半分は、檀家への挨拶に使った。


 浜の与助よすけの家では、しばらく引き止められた。帰りぎわ、与助が奥から紙の束を出してきた。寺への付け届けにするつもりで買い置いたものだという。


 佐吉は、一枚を灯りに透かした。


「これは、西の紙にございますな」


「分かるかね」


き目が細こうございます。……父が、紙を扱う役の下におりましたゆえ」


 言ってから、久しく口にしていなかったと気づいた。父の背中は覚えているのに、顔はもう輪郭から怪しい。それでも、紙の目だけは指が覚えていた。


「紙は、木の皮から作りまする」


「木か。山ほどあるのう」


「どの木でもようございませぬ。こうぞと申す木にて、これが妙な木で、田になるような土地では、かえって育ちませぬ。川寄りの痩せた砂地を好みまする」


 与助は、へえ、と言った。分かったのか分からぬのか、よく分からぬ返事だった。


 佐吉も、それ以上は言わなかった。ただ、山門への坂を上りながら、田にならぬ土地、という言葉が妙に耳に残った。


*  *  *


 迎えの来る、前の日。荷をまとめた。


 荷は少なく、と二通ともに書いてあった。まとめてみると、書かれるまでもなかった。着替えが二枚と、父の残した小刀が一振り。それに、読み替えの表。


 表は、しばらく迷った末に、寺へ置いていくことにした。前の帳場の方の帳を読むための紙である。持って行っても、岡豊おこうでは一度も開くまい。ここでは、いつか誰かが開く。


 最後に、佐吉は蔵へ入った。


 夏の蔵は、外より息がしやすい。それは五年前から変わらなかった。


 高い棚を見上げる。布に包み、麻紐あさひもをかけ、木札を結わえた枡が、去年の夏に置いたままの形で載っている。札の字は、自分の字だ。


 ――天文十七年夏。寺の枡と量り合わせ。量るべからず。擦るべからず。


 持って行くつもりは、はじめからなかった。あれは寺の物である。それに、あれは動かさぬために封じたのだ。動かせば、封じた意味がなくなる。


 去年の夏、住職に問われた言葉を、佐吉は思い出していた。


 ――その枡が解かれる日、お前はどこにおる。


 あのとき、分かりませぬ、としか言えなかった。住職は重ねて問わなかった。あの問いに答えぬまま、一年が過ぎていた。


 佐吉は、棚を見上げたまま、声に出さずに答えた。


(――ここには、おりませぬ)


 答えて、佐吉は、それがさびしい答えではないことに気づいた。


 その枡が解かれるのは、いまの枡が擦り減り切ったときである。何十年も先だ。そのとき蔵に立っているのは、まだ生まれてもいない誰かだろう。その誰かは、木札の字を見て、この字を書いた者の名を知らぬまま、封を切る。


 佐吉は、蔵の戸を閉めた。


 残していくものが、三つになった。読める形に直した帳と、読み替えの表と、解かれる日を待つ枡と。


 どれも、自分の名は書いていない。


作中に出てくるこうぞは、和紙の原料になる木です。


土佐は江戸時代に紙の産地として名を知られるようになりますが、それがいつごろ始まったのかを示す確かな記録は、実のところあまり残っていません。中世の土佐で楮がどの程度植えられていたのかも、はっきりとは分かっていないのが正直なところです。ですので作中では、佐吉が父の仕事の縁で紙の目利きだけはできる、という形に留めてあります。


楮という木には、少し面白い性質があります。肥えた土地を好まず、水はけのよい痩せた斜面や川寄りの砂地でよく育つのです。田にならない土地でも育つ、ということでもあります。また、根元から刈っても翌年また新しい枝が伸びてくるため、一度植えれば毎年収穫ができます。ただし、まともに採れるようになるまでには三年ほどかかります。


こうした「植えてから答えが出るまでが長いもの」の話は、これまでにも幾度か出てまいりました。次に出てくるときには、たぶん別の土地の話になっているはずです。

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