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訊かぬこと

天文十八年、六月。


前回まで二回、安芸の寺で発つ支度をする佐吉を追ってきました。今回は岡豊へ戻り、迎える側の数日を描きます。


人手が要ることと、人が一人要ることは、違います。

 六月に入ると、村は一斉に腰を折った。


 田の草取りである。植えた稲の間に入り、指で泥をかき回して草の根を浮かせる。腰は伸ばせず、日は真上から来る。梅雨の晴れ間はこの仕事のためにあるようなものだと、太助たすけが言っていた。


 藤丸ふじまるあぜの上から見ていた。田の中に入る用はない。入れば踏み荒らすだけである。


源五郎げんごろう


「はい」


「山へ人を出せるのは、いつ頃になる」


「秋の刈り入れが済んでからにございましょう」


 源五郎は、田のほうを見たまま答えた。今年もそうなるだろうと、藤丸も思っていた。椎茸しいたけの、いつも採る谷は去年の野分のわきで埋まったままである。掘り出すには男が四、五人で半月かかる。その四、五人が、いま一人も余っていない。


 銭で頼めば来る。銭がない。去年の暮れから、そこは何も変わっていなかった。


(人手が要る仕事は、人手の空く時にしか動かせない)


 あの谷は、そういう仕事だった。


 だが、この月のうちにここへ来る者は、そういう数え方をされる者ではない。四、五人のうちの一人ではない。半月で終わる仕事のために呼ぶのでもない。


 人手が要ることと、人が一人要ることは、まるで違う。


*  *  *


 その日の夕方、昌源しょうげんに呼ばれた。


「迎えじゃ。誰をやる」


 文には人を二人と書いてある。書いたのは藤丸自身である。


甚兵衛じんべえ殿を一人。……もう一人は、源五郎をと存じます」


「なぜ源五郎じゃ」


「道を知っております。それに、あの者は道々で余計なことを申しませぬ」


 昌源は、それについては何も言わなかった。


「甚兵衛は荷を負うて行く。もう一人は、負わせるな。二日の道じゃ。歩けぬ者を連れて帰ることになるやもしれぬ」


「……歩けぬ、と申しますと」


「十四じゃ。寺の板の間に九年座っておった子が、二日続けて歩けると、誰が申した」


 藤丸は、返す言葉がなかった。


 佐吉さきちが二日で来るのは、当たり前のことだと思っていた。甚兵衛が二日で歩くからである。甚兵衛は、二十年その道を歩いている男だった。


「源五郎に訊け」


「はい」


「行けと申すな。訊け。あの者には在所ざいしょがある」


*  *  *


 源五郎を、門の脇で捕まえた。


「六月の半ばに、安芸あきまで行ってもらいたい。……行けるか」


「参ります」


 即答だった。あまりに早いので、藤丸は用意していた次の言葉を出しそこねた。


「在所の田は」


 源五郎の目が、わずかに動いた。


「草取りの盛りにございますが、女房の父がおりますで」


「その方は、幾つになる」


「……六十を、二つ三つ」


 藤丸は、少し黙った。


 この男の田は三枚である。作り手は女房と、その父。六十を過ぎた者が、田三枚の草取りを一人で背負う。四日か、五日。それも天気次第だ。


「四日、長うて五日で戻れるように日を組む。それでも足りぬなら、申せ」


「……はい」


「源五郎」


「はい」


「足りぬときに足りぬと申すのは、こちらのためだ。そなたのためではない」


 源五郎は、少しのあいだ藤丸の顔を見ていた。それから、頭を下げた。


 この男は、訊かない男である。何を書いているのかも、なぜ歩くのかも、四年近く一度も訊かなかった。訊かれないことに、こちらはずいぶん助けられてきた。


(訊かれぬのは、楽だ。……楽だから、こちらも訊かなくなる)


 その癖が、そろそろ都合の悪いものになりつつあった。


*  *  *


 翌る日、藤丸は源五郎を連れて文吉ぶんきちの店へ行った。


 紙を買うためである。


 これまで、ちょうに使う紙は年に二度も買えば足りた。今年からは足りない。書く者が一人増える。増えれば、書き損じも増える。


「今年は、多うございますな」


 文吉は、束を数えながら言った。


「人が一人、増えます」


「ほう。それは、めでたい」


 紙は、去年より少し高かった。藤丸は、そこで初めて訊いた。


「この紙は、どこでいておるのですか」


 文吉は、意外なことを訊かれたという顔をした。


「西でございます。川筋を上ったあたりの村々で」


「この辺りでは、漉かぬのですか」


「漉きませぬな。昔から、買うものにございます」


 当たり前のことを言う口調だった。


 藤丸は、束の一枚をあかりに透かした。漉き目が細かい。どういう手でこの目になるのかは、見ても分からない。


「値は、年によって動きますか」


「動きます。船が止まれば上がりまする。雨が続いても上がりまする。……去年の野分のあとは、ひと月ばかり、ひどうございました」


 藤丸は、それを覚えて帰った。


 帰り道、束を抱えた源五郎の背中を見ながら、頭の中で一行を書いた。


 紙は、この辺りでは作らない。買うものである。値は、こちらの都合とは何の関わりもないところで動く。


 書いても、それだけの行だった。それだけの行を帖に書くべきかどうか、屋敷の門が見えるあたりまで迷った。


 迷った末に、書くことにした。書いておけば、いつか誰かが読む。


*  *  *


 その夜、藤丸は文机ふづくえの前に座って、白い紙を一枚置いた。


 訊きたいことを、書き出しておこうと思ったのである。


 文の最後に、たまってございます、と書いた。書いたときは本当にたまっている気がしていた。紙を前にすると、その形が自分でもよく分からなかった。


 帖を三冊、膝の脇に積んだ。当て推量の欄を、端から拾っていく。


 ――寺の付け届けは、年によってどれほど上下するのか。

 ――安芸のみなとに入る船は、月に何艘なんそうほどか。

 ――東回りの便が七日から十日に延びた件、向こうからはどう見えていたか。

 ――読み替えの表は、どうやって組み立てたのか。


 筆はよく進んだ。半刻はんときばかりで、紙は十五ほどの行で埋まった。


 藤丸は筆を置いて、上から読み返した。


 二度読み返して、それから、動けなくなった。


 十五の行は、どれも、始まりが同じだった。


 こちらの帖が、ここで止まっている。だから訊く。


 付け届けを訊くのは、こちらの筋が細いからである。船の数を訊くのは、こちらが湊を知らないからだ。表の組み方を訊くのは、こちらが同じ物を欲しいからである。


(……訊きたいことを書いたつもりで、答えてほしいことを書いていた)


 佐吉が五年のあいだ何を見ていたのか。何に困ったのか。困ったとき、どうやって決めたのか。


 一つも、書いていなかった。


 ――前の世でも、確かめる者を一人しか置かぬところからは、同じ間違いばかりが出た。何を確かめていたのかは、思い出せない。二人目を置いた日に出てきたのが、一人目の見ていた場所ではなかったことだけが、手に残っている。


 藤丸は、紙を裏返した。


 表の十五は、消さなかった。いずれ訊く。ただ、先に訊く物ではない。


 裏に、一行だけ書いた。


 ――こちらから、先に訊かぬこと。


 肝に銘じまする、と父に申し上げたら、銘じるな、書いておけ、と返された。銘じた物は忘れる。書いた物は残る。


 書いてみると、一行きりの割に、守れる気がしなかった。


 藤丸は、その紙を今年の帖の巻頭に挟んだ。


*  *  *


 灯りを持って立ち上がり、文机の脇へ回った。


 板の間が一畳ぶん、空いている。冬に炭櫃すみびつを置くだけの場所である。先だって、自分で拭いた。


 ここに文机をもう一つ入れようかと、この幾日か考えていた。入れるなら向きも決めねばならない。北へ向ければ手元が落ち着く。南へ向ければ明るいが、昼過ぎに紙がる。


 考えて、やめた。


 どちらが書きよいかは、書く者にしか分からない。こちらが決めて据えてしまえば、向こうは据えられた向きのまま何年でも座るだろう。座って、何も言わない。


 藤丸は、机の上からすずりと筆を取り、昼に買ってきた紙の束と一緒に、板の間の真ん中に置いた。


 文机はない。座る物もない。硯と筆と、まだ一枚も使っていない紙が置いてあるだけである。


 置き方は、座る者が決めればよい。


お読みいただきありがとうございます。


今回、紙を買う場面が出てきました。


土佐は古くから紙の産地として知られ、平安期の記録にも土佐の紙が見えると言われます。ただし、戦国期のこの時期に、どの村でどれほど漉かれ、どのように流通していたかを直接示す史料は、私の知る限りごく限られています。作中で文吉が「西の川筋の村々で漉く」「この辺りでは昔から買うもの」と言うのは、後世の産地の分布から遡って組み立てたものとお考えください。


紙は、この時代、決して安い物ではありませんでした。書き損じの裏まで使うのが当たり前で、要らなくなった文書の裏に別の文書を書く「紙背文書しはいもんじょ」は、中世の記録が今日まで残った理由の一つにもなっています。表に書かれた物が捨てられずに済んだのは、裏を使いたい人がいたからでした。


田の草取りについても一言。稲の間に入って手で草を取る仕事は、田植えと並んで人手を食う作業でした。器具を使って草を掻く方法が広まるのは、もっと後の時代のことと言われています。六月の村に人が余っていないのは、そのためです。


次回もよろしくお願いいたします。

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